虚弱な公爵夫人は夫の過保護から逃れたい

黒猫子猫

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3.働きたいの

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 一カ月後。

 ミアはいつものように笑顔でレグルスを見送り、自室に戻ると付き添いの使用人たちを下がらせる。しばらく扉の前に張り付いて、人の気配がなくなったのを確かめると、大きく安堵の息を吐いた。
 そして、思いっきり背伸びをして、喜びに浸る。

「あぁ⋯⋯健康って、すばらしいわ!」

 結婚した当初、暗かったミアの表情は今、晴れ晴れとしていた。


 貴族令嬢というものは、とにかくお淑やかに育てられた。
 ミアは薄幸の令嬢といわんばかりの外見を持っていたものだから、両親は心配して、幼い頃からあまり運動をさせたがらなかった。ミアは仕方なく部屋の中を走り回っていたが、運動量としてはたかが知れている。あまり大きな音を出すと、使用人達がとんできてしまうから、満足に動けない。

 大して体力もつかず、胸ばかり大きいバランスの悪い身体は、引っ越しの負荷に耐えきれなかった。

 結婚式の前に、ミアはレグルスが単身で住む館へと荷物を移すことになった。館にも、実家にも使用人達が大勢いて荷造りや荷解きを行なってくれたから、ミアが手出しをする必要はなかったのだ。

 しかし、結婚後も優雅でお気楽な貴族の生活が続くのかと思うと嫌になり、どうにも身体を動かしたくなった。部屋で一人になると、荷物の箱を無駄にいじり回したり、この場所では片付けにくいだろうと運んでみたり。

 両親が惜しみなく嫁入り道具を揃えてくれたものだから、箱はどれも重かった。

 そして、結婚式前夜――明日に備えて寝ようと、一人ベッドに入ったミアの腰に衝撃が走った。

 いわゆる、ぎっくり腰である。

 いらない事をして重い荷物を持ち、腰をヤる。

 なんとも恥ずかしい結末を迎えたミアは、もちろん誰にも言えなかった。腰が痛いなどといったら、ただでさえ過保護な夫と善良な使用人達に、今後どう扱われるか想像に容易かったからだ。今度から持っていいものが、スプーン程度になってしまうのはごめんである。

 だから、ミアは結婚式に耐えた。

 そして、新居に行く際の馬車は別にしてもらい、揺れに怯えながらも、中で身体を横たえて体力の回復を図った。下りた瞬間、腰にキて、つい悲鳴を上げてしまったのは失敗だった。レグルスが心配して抱き上げてくれようとしたからだ。気持ちはありがたいが、横抱きにされたら間違いなく大声をあげると思い、謹んでお断りした。

 その後、夫婦の寝室で迎えた初夜も、必死で済ませた。

 こっそり鎮痛剤を飲んでいたこともあり、夜には腰が少しマシになっていたのが救いである。結婚前に受けた閨教育でも、『要するに、旦那様に全てお任せすればいいのです』と言われ、ただ寝ていればいいというお墨付きを得たことも、この際ありがたい。

 レグルスも結婚にあまり関心を示さなかっただけあってか、行為は短時間だった。

 新妻を気遣う、完璧で温厚な優しい夫だ。

 ぎっくり腰に呻いて、激しいことをされるとまた死ぬと密かに怯えていたミアにとって、この時ばかりはレグルスが心優しい天使のように思えた。

 そして、体を重ねたのは初夜の一度だけで、レグルスはそれ以降、求めてこなかった。夜遅くまで執務室で仕事をしていたり、王宮に出仕して帰って来るのは数日後ということも多々あったりしたから、そもそも一緒に過ごす時間が短い。

 先に休んでいるミアを起こしたくないからと言って、寝室も別だ。腰の痛みに耐えた初夜を過ごしたこともあり、ミアは次の機会に怯むものがあったから、淡白な彼がむしろありがたかった。

 身体を重ねなくても、レグルスはミアを軽んじたりしない。

 見合いの時と変わらず優しい笑みを向け、礼儀正しく接した。心を深く通わせることはないけれど、静かで穏やかな夫婦関係が築き上げられつつある。

 じゅうぶん幸せなのだろう、とミアは思うのだが――平和な時間が続けば続くほど込み上げてくるのは、熱い社畜根性である。

 腰を痛めたことにも懲りず、ミアはまだ諦められないでいる。

 ――なんとか働けないかしら!
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