虚弱な公爵夫人は夫の過保護から逃れたい

黒猫子猫

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7.愚かなことですわ

 レグルスの目には、高慢な女に、華奢でか弱い妻がいじめられているように映った。誰が見ても、そう思うに違いなかった。

「――貴女はレグルス様にふさわしくないわ!」

 令嬢の一喝が、響き渡る。あぁ、か弱い奥様は失神してしまうのではないか――と、ミアに同行してきた使用人達は心配し、同時に主君の怒りが膨れ上がったのを肌で感じて、悲鳴を呑み込んだが。

 ミアの、力強い返答が、すべてを覆した。

「私もそう思うわ!」

 一同、絶句である。てっきりミアが泣き出すと思っていた令嬢までも、呆気にとられた顔をした。それでも何とか、言い返す。

「わ⋯⋯私のほうが魅力的よ⁉」
「その通りだと思うわ!」
「な⋯⋯っ」

 絶句する令嬢に、ミアは大きく頷いてみせた。

 童顔かつ華奢、働かずに食べてばかりの正妻と、見るからに健康そうで魅惑的な肢体をお持ちの令嬢を比べてはいけないと、ミアは思う。

 ただ、麗しい令嬢はひとつ、大きな思い違いをしそうだ。

「でも、もし貴女が旦那さまのお傍にいたいと思われるなら、ひとつご忠告いたしますわ!」
「な、なによ!」

 気弱だと思っていたミアが言い返してきたものだから、令嬢は怯んだ。

 だが、ミアは更にずいと進み出る。

 レグルスは、自分を正妻に迎えたばかりだ。仮に眼前の令嬢に夢中になったとしても、すぐに妻と別れるというのは体裁が悪いだろう。そもそも、離縁するのにも手続きがいるし、両家の調整もいる。仕事に忙しい彼はきっと『面倒くさい』と思うはずだ。

 ならばと、令嬢を妾に迎えるとする。そうなると、大きな問題が起こることが目に見えていたから、ミアは力説した。

「間違っても、自分を一番大切にしてほしいとレグルス様に言ってはいけません。愚かなことですわ!」
「う⋯⋯っ」

 一緒に過ごすようになれば、否が応でも、レグルスが仕事人間だと知るだろう。そんな時、『仕事と私どっちが大切なの』などと、聞いてはいけないのだ。どっちも大事としか答えられないのが、社畜である。

 かつて中毒なほど仕事にのめり込んでいたミアは、社畜の取扱説明書になれる自負があった。

 高らかに宣言された令嬢の顔が悔しさに歪んだ。『正妻に余所者が張り合おうなんて百年早い』と、言われたようなものだと思ったからだ。

 唇を噛み締めてわななく令嬢に、ミアは告げる。

「たとえ聞いたところで、答えは決まっていますわ!」
「⋯⋯っ失礼いたしますわ!」

 完全に押し負けた令嬢は、身を翻す。そして、ようやくすぐ傍に当のレグルスが立っていたのに気づき、ひっと息を呑んだ。彼はにっこりと笑ったが、その眼差しは凍てつくほど冷たかったからだ。真っ青になって逃げていく令嬢を見送ったミアもまた、レグルスにようやく気付いた。

「あら、旦那様。どうされたのですか?」

 まだ日が高い。王宮でせっせと仕事をしている時間のはず⋯⋯。

 ――もしかして、今の女性と会いにきたとか⁉

 家には正妻がいるから、連れ込むわけにいかない。だから、仕事の合間を見て逢引していたとしたら。

 ――私、余計な事をしたわ⋯⋯。

 頭を抱えたミアを見つめ、レグルスは穏やかな眼差しになった。

「意外に、気が強いな」
「え⋯⋯?」

「いいことだ」

 レグルスは上機嫌で、ミアの頭を優しく撫でた。

 追い返してしまった令嬢を追わなくていいのだろうかと、ミアは少し思ったが、自分の手前それもできないのだろうと考える。

「あの⋯⋯旦那様、お仕事は」
「午後は休みにした。貴女と一緒に過ごしたくなってな。館に戻ったら外出したと使用人から聞いたから、探しに来たところだ」

「そ、そうですか⋯⋯」

 相槌をうちながらも、ミアは鵜呑みにできない。レグルスが、妻と過ごしたいなどという理由で休みにするはずがないと思うからだ。社畜なら絶対にしない振る舞いである。

「どこに行くつもりだったんだ?」
「えぇと⋯⋯散歩です!」

「歩いてか? 足が痛くなるだろう。立てなくなったら大変だぞ」

 真顔で心配してくるレグルスに、ミアは遠い目になった。

 本当はダイエットのために走りたいのだ、などと言ったら、また大変なことになりそうだ。曖昧に笑って頷き、レグルスに勧められるまま、馬車での移動へと変わった。

 もちろん、痩せるはずもない。

 挙句に運動不足の足は翌日、見事に筋肉痛になり、痛みに悶えるミアを見て、レグルスや使用人たちは更に過保護に世話を焼くようになった。

 ――このままでは、動けなくなるわ!

 追いつめられたミアは、この甘い環境から脱出をはかるべく、作戦を立てた。
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