王子様は恋愛対象外とさせていただきます【改稿中】

19．長考を求めます

　アルエ王子は、今日も天使のように愛くるしくていらっしゃる。

　ルイーズが見惚れられたのは、ほんのわずかな時間だった。

　数日後にまたしても姉弟を自庭に呼び出した少年は、すぐに決断を迫ったからだ。

「さて、決めてくれたかな」
「殿下……」

　ルイーズがつい顔をしかめて微笑んでいる少年を見ると、アルエは笑みを深めた。

「そんなことを言ってくるような困った僕も、可愛いでしょう？」
「よ、読まれましたね！」

　顔を真っ赤にしたルイーズは必死で邪念を振り払おうと、頭上で手を振る。
　その様子をのんびりと見ながらお茶を飲んでいるのはリュンクスで、今日もやっぱり彼は助ける気がないらしい。

「言ったよね。僕は心が読めるんだよ。だから――正直に言うと、もう君の考えは分かっている。でも、本人の口から直接聞くことで、共通認識にもなるからね。人払いはしてあるから、内々の話で済ませてあげる。さぁ？」
「……遠慮はいらないということですか」

「そうだね、ごまかそうとしても無駄だよ」

　ならばとルイーズは非礼を覚悟で胸の内を口にしようとしたが、そんなとき、こちらに向かって来る男たちに気づいて、眉をひそめた。

　遠目からも分かるのは、ルイーズを上回る珍しい長身と、その覇気だろうか。

　周りを大勢の護衛に囲まれているにも関わらず、彼の美貌は際立ち、無駄のない所作は優雅でありながら、機敏な動きが彼の精強さを感じさせ、たやすく周囲を霞ませてしまう。

　王宮の奥で、しかも弟の宮を訪れているというのに、あそこまで物々しい数の護衛をつける必要もないはずだった。
　もちろん彼は王太子だから、どこであろうと厳重な警備が必要と言われればそれまでだ。ただ、ルイーズたちを見返してくる冷徹な瞳はいただけない。

　大勢の部下を引き連れるだけでかなり威圧になるうえ、そんな尊大な態度を取られると相手は委縮してしまうではないか。

　レオンハルトは、ルイーズの前に立つと顔をしかめた。

　王太子も心が読めるらしいから、どうやらまた心中の苦言が聞こえたようだと、ルイーズは思う。

「……駆け引きをするなと言ったはずだぞ、面倒な女だな」
「何もしていませんよ、私は」
「隠すな」
「……。王太子殿下、ですから――」

　言いかけたルイーズの言葉を彼は煩そうに手で遮って、空いている椅子へ勝手に座ると、付き従っていた武官たちを下がらせた。
　椅子の背もたれにもたれかかり、長い足を無造作に組む。そんな少しだらしない姿までもどことなく扇情的で、無駄に色気が漂っている。

「少し黙れ。アルエ、話はすんだか？」

　レオンハルトの声は低音で腹に響くほどの迫力だが、アルエの声は声変わり前の高い声であるぶん、どうしてもか細く聞こえた。

「……いいえ、兄上。これから伺おうかと思っていたところです」
「無駄なことを。王位は俺のものだ、違うか？」

　冷然と笑う彼に、アルエの顔がさっと青くなる。

　アルエの立場からしたら当然で、反逆を牽制されているようなものだ。

　それを黙って見ていたルイーズは、息を大きく吐いた。

　眼前で可愛い天使がいじめられている。
　これは黙っているわけにはいかない。

「違いませんが、正しくはありませんね」
「なんだと……？」

「王太子殿下が次期王位継承者となられたのは、たまたま殿下の出自が、王位を継ぐ理にかなっていたからです」
「……血筋だけで俺がこの地位を手に入れたとでも言いたいのか」

「いいえ、他を認めさせるだけの努力も才覚もおありなのでしょう。そうでなければ、多くの臣下が殿下を支持するはずはありません」
「分かっているじゃないか」

　尊大な笑みを浮かべるレオンハルトに、ルイーズは更に切りこんだ。

「ただ、折角築かれたその地位に、慢心されているかと」

　その瞬間、レオンハルトの瞳がすっと細められた。

　姿勢も表情も、何一つとして変わっていないというのに、彼の纏う空気が変わる。
　優れた容貌が目を引きやすいが、この男の秘めた本性は恐ろしいもののようにルイーズは感じた。

　背筋が不意に寒くなっても、くじけるルイーズではない。

「……面白い。それで？」

「現状では、レオンハルト殿下が王位を継ぐことに異を唱える者は少ないでしょう。ですが、夜会の時といい、今といい、弟君に対してあんまりな態度です」

「俺は現実を見せてやっているだけだ。王位は俺のものだからな」

「貴方がそんな事をおっしゃれば、たとえアルエ殿下に二心がなくても、周囲の者に誤解されます。それがさらに弟君を追いつめると、お分かりになりませんか。王太子殿下の立場や言動はそれだけ強いということの自覚がないようでは、最高権力者となられたときも、思いやられますね」

「…………」

「全てご自分の思う通りにいくと思われているのなら、大間違いです」

「……言ってくれたな。よく分かった。ロワは、アルエにつくと受け取るぞ」
「左様ですか」

「俺を敵に回した意味が、分かっているだろうな？　俺がロワ伯爵家を潰すのは造作もないと言っている」
「そうやって脅したり排除したりするばかりですね」

「脅しじゃない」
「なるほど。つまり、私と弟は路頭に迷うということでしょうか。……ごめんね、リュン。貴方、伯爵になりそこねるみたいよ」

　ルイーズが黙って聞いているリュンクスに視線を向ければ、弟はくすくすと笑って頷いた。

「別に問題ありませんよ、姉上。あまりに窮屈な地位を押しつけられそうになって、大変迷惑をしているところですから」

　あっさりと言い切ったリュンクスに、レオンハルトは冷然と笑った。

「伯爵家の恩恵を受けて暮らし、贅を覚えた男の言葉とは思えないな」

「お言葉ですが、殿下。我々は別に伯爵家に迎えられて喜んだことなど、一度たりともありません。むしろ、突然あの傍迷惑な父親が死んで、親類が大騒ぎをして強引に王都に連れて来られ、大変迷惑しています。私は姉が殿下の不興をかって追放されるのを、今か今かと待っております」

「……甘いな。親類縁者まで路頭に迷わせても良いんだぞ。お前達のせいだ」

「違いますね、殿下がなさったからですよ」

「…………」

「まぁ、そうなりましたら、親族たちはすぐに我々を追放し、殿下へ媚びて慈悲を求めるのではないですか？　ねぇ、姉上」

　優美に微笑みリュンクスが話を振れば、ルイーズは平然と頷く。

「そうだね、別に私たちは何も罪を犯していないのだから、巻きこまれただけの彼らをどう断罪されるのか不思議で仕方ないけれど、殿下ならば難しくないのでしょうね。ロワ伯爵家を潰されたら、領地はどうされるおつもりですか？」

「……調子に乗るなよ、貴様ら。他の貴族に与えようが、王家の直轄にしようが、いくらでも手はある」

「では、領民は安心ですね。良かったです。私達が放逐されても、何の憂いもありませんね」

　にっこりと笑ったルイーズに、リュンクスが遠慮なく割って入る。

「分かりませんよ、姉上。先が見えていますから、やはり他国へ移住いたしましょうか」

「それならやっぱり温かいところがいいな。ほら、目をつけていた町があったでしょう？」

「あそこは夏場暑すぎて嫌だとおっしゃっていたではありませんか」

　すっかり饒舌になった姉弟は楽しそうに移住先について話し始め、レオンハルトの顔がぴくぴくと引きつった。

　凄まじく不穏な空気を放つ彼に、遠巻きにしている彼の護衛たちは話の内容は分からないながらも、空気だけで蒼褪めている。

　まったく悲壮感のない姉弟と、激怒寸前のレオンハルトを前にした、可憐な少年アルエは。

「……っもう、駄目です……！」

　堪えきれないとばかりに腹を抱えて笑い出した弟を、レオンハルトは思い切り睨みつけた。

「笑うな、アルエ！」
「だって、兄上。こんな人たち、初めてですよ！」
「あぁ、そうだろうな。本来なら不敬罪で牢獄行きだ！」

　頬を薄っすらと染めて怒り出したレオンハルトに、ルイーズは息を呑む。

　そうか、その手があった。王宮の奥で大勢の兵に包囲されては、さすがに逃げられない。

「王太子殿下」
「なんだ！」

「今のは心の声です」
「思いっきり口に出して言っていただろうが⁉」

「いいえ、誰が何と言っても、殿下がお読みになった心の声です！　よく考えてください。その間に、私と弟は国外まで逃げますから！」

「お前は……どれだけ俺に考えさせる気だ！」