彼だけが結婚に熱心だった

黒猫子猫

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つがい

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 古の時代、この世を治めていたのは竜の一族だったと言われている。竜は大別して三種いるとされ、水竜と地竜――――それに飛竜だ。

 そして、彼らの支配から抜け出そうと人間達が一致団結して戦った。中には人々に手を貸す竜族も現れ、彼らの助力もあって、ついに竜の一族は別の世界へと去っていった。

 人々は共闘した竜と手を取り合い、新たに三つの《国》を作った。

 中でもルーフス王国と共生する《地竜》は、陸地で圧倒的な力を振るう事もあって、国土を大きく広げた。やがて、かつて共闘した他の国々と領土を巡って争うようになり――――ついに、《飛竜》と共にあったティナの祖国を滅ぼしてしまった。

 もう、百年も昔の事である。

 ティナの目には、人から竜へと姿を変えて、大空を飛び去って行くヴェルークの姿が映っていた。

「やっぱり……飛竜の化身だったわね」

 百年前、敵兵達に連れてこられた彼を見て、ティナは目を疑った事を今でも覚えている。一見すると薄汚れた男だったが、竜語を解するティナは竜の気配に敏感だ。

 この男は、人ではないとすぐに察した。

 何故大人しく捕らえられているのか理由は分からなかったが、自分を含め人間達に憎悪を滲ませる目がティナの胸を騒めかせた。

 そして、祖国の滅亡を目の当たりにして絶望しかなかった心が、動いた。

 囚われの彼を、飛竜を、鎖から解き放ち――――空に還そう。

 最期に自分も役に立てたという喜びを秘めながら、
『彼を私の騎士にしたいわ。一緒にいさせて』
と、敵将へ告げたのだ。

 長い月日が流れて王都はもう跡形もなく、飛竜の名は滅亡とともに堕ちた。今では、三種の竜の中で飛竜は最弱と嘲られるほどだ。

 飛竜の名を貶めた国の王女が、彼の伴侶になど相応しくない。身分違いもはなはだしい。みんな死んでしまったのに、自分だけが何故か転生してしまって申し訳なさばかりが募った。

 それでも、ヴェルークは伴侶となれと言う。
 何も怖がる必要はないと、示してくれている。
 空に響き渡る飛竜の力強い咆哮に、ティナはようやく顔を綻ばせた。

「……頑張って、生きていくしかなさそうね」


 ヴェルークは歓喜していた。
 彼は、かつて人間の側に立って戦った竜の一族だった。
 だが、戦が終わった後、人間達は手のひらを返して従属させようとしてきた。力で圧倒する事など簡単だったが、かつては仲間だったという事が躊躇いを与えた。
 とりわけ高い知性を持ち、人に化す力を持つ最上位の竜族は、心も人に近い所がある分、よりいっそう裏切りに傷ついた。そして、人間達に襲い掛かられる最弱の同胞達を庇い、深手を負って散り散りになった。

 ヴェルークも、そんな最上位の竜族の一人である。

 二度と人間になど手を貸さないと誓って、傷ついた身体を癒すべく、深い眠りについた。どれ程の間眠っていたかは分からなかったが、気付いた時には周囲を見知らぬ者達に囲まれていた。
 訳が分からないまま鎖で繋がれた。深い眠りについていたせいで体は全くと言っていい程動かず、されるがままだった。ただ、連行されていく道中で、己の同胞である飛竜達が屍と化している光景を見せつけられた。

 知能の低い最弱種ではあったが、人間の国の争い事に巻き込まれ、戦力として使われた事を理解して、人間への憎悪が増した。

 ティナの前に引き出された時もそれは変わらず、全員食い殺してやろうかと思った。

 だが、己の敵意を理解しているようだった少女は、それでも告げた。
『彼を私の騎士にしたいわ。一緒にいさせて』

 周囲の者達から嘲笑されても、彼女は全く表情を変えなかった。ヴェルークの鎖が外された時、ティナは初めてヴェルークに優しく微笑みかけ、薄汚れた彼の手を取った。

『これが最後の役目よ』

 ティナは気づいていなかったが、その手の甲には薄っすらと竜の紋章が現れていた。
 人間達の中で稀に産まれるという、竜と同じ強い魂を持つ者だ。強靭な身体を持つ竜族とは事なり、身体は人間そのものだが、伴侶の誓いをたてて竜と交れば同じ月日を生きられると言われていた。
 竜の長い生涯の中で唯一無二の存在であり、失えば二度と現れる事はない者でもある。そして、伴侶となれる竜とその者が触れあうと初めて紋様が出て、以降、相手の居場所を感じ取れるようになるが、その者が竜を心から受け入れないと消えていくという厄介さがある。

 衝撃のあまり呆然とするヴェルークの元から、ティナはすぐに引き離された。

 やめろ。何をする気だ。
 彼女は俺のつがいだ。傷つけるな。

 絶叫して追おうとしたが、ルーフス兵は世迷言をと嘲笑い、押さえつけた。忌々しい事に、身体はまだ深い眠りから覚めてこない。

 そして――――彼女は敵将の刃にかかった。


 あれほどの怒りと絶望を、ヴェルークは知らない。

 気づけば竜と化し、周囲を一掃していた。でも、残ったのは彼女の亡骸だけだ。ルーフス兵への憤りは無論の事だったが、彼女を守り切れなかった不甲斐ない己に一番腹が立った。

 身体から離れていこうとした彼女の魂を、すぐに己の体内へと取り込んだ。竜紋を持つ者の魂はたとえ肉体が滅んでも、竜族が守りさえすれば現世に留まることができるからだ。
 ただ、身体に死を与えられたせいかティナの魂は酷く傷ついてもいて、修復にも時間がかかった。己の最低限の生命維持以外の全ての力を彼女に注ぎ続け、ずっと抱いて守ってきたが、それによって彼女の身体が再誕した時、意識を保っていられなかった。

 いつの間にかいなくなってしまったティナの気配を辿り、死に物狂いで探しまわって、やっと見つけたのだ。

 村娘として、静かに人生を送らせても良かった。それこそ、苦しい思いしかしなかった前世の事を、思い出さないままでもいいと思ったこともある。

 ヴェルークにとって大事なのは、彼女と結婚して伴侶にしてもらう事だ。

 結婚するまでは大人しく人間の振りをして、真面目に働いて稼ぐと言った。竜族の力を振るって良いなら、もっと容易く荒稼ぎできるだろうが、驚かれて距離を取られても困る。

 でも、彼女は別の道を歩き出した。

 ならば、祖国を失った彼女のために、また新たな国を作ってやろう。
 自分が眠っている間に、すっかり腑抜けになった飛竜の性根を叩き直すのだ。
 全ての飛竜を従えて、彼女の敵になるものは蹴散らしてやる。

 そして――――今度こそ思う存分、ティナを思いっきり愛するのだ。


 巨大な飛竜が大暴れしている姿が遠目からも見えて、ティナは呻いた。
 
 あれはもしかして、竜族の始祖と言われる伝説の最強種ではないだろうか。
 自分はとんでもない男を、世に解き放ってしまったような気がする。
 手の甲を見れば竜紋が色濃くなっていて、もう逃れられないのではないだろうか。
 彼が帰ってきたら、とんでもないことになりそうだ。

 それでも、途方もない喜びと安心感を覚えた。ヴェルークに抱きしめられるたびに、腕は暖かいといつも思った。 

 彼はずっと――――そうやって守ってきてくれた気がした。

 ならば、気高い飛竜が暮らす地を、取り戻さなければならない。
 それが私の使命であり、彼の伴侶としてなすべきことだろう。
 ティナはそう胸に誓った。

 後に、《アルティナ》という新たな国が興った。
 飛竜の長に終生愛された開祖の名をとり、大陸に勇名を轟かせることになる大国である。

【了】
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