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王女の騎士
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懇願しても彼が翻意する様子はなく、ティナの胸に絶望が広がった。
――――どうして、私をそんなに求めるのよ。
たった一人生き残ってしまった王族に、一体何の価値があるというのだ。
「俺はお前の騎士だ。伴侶になる男だ――――認めろ」
ヴェルークは重ねて迫った。彼女はまだ気づいていなかったが、ティナの身体から、また竜紋が消えかかっているのを目の端で捉えていた。
――――ちくしょう。どうして消える。
今までひたすら優しくして甘やかしてみたのに、騙されないとばかりに薄くなる一方だ。ヴェルークは口惜しくて仕方が無かったが、うつむいたティナがぽつりと呟いた言葉が、焦る彼の心を突いた。
「嫌よ。もう誰も巻き添えにしたくないわ」
戦に負け、祖国は滅んだ。
王家に連なる者はその責を負い、皆処刑された。その死は王家に産まれた者に課せられた義務だと、ティナは今でも思う。
でも、王都が陥ちるまでに、どれだけの騎士たちが命を落としただろう。民が犠牲になっただろう。飛竜が堕ちていっただろう。地竜を有し圧倒的な力を見せたルーフス王国に、もはや降伏するのもやむを得ない状況であったにも関わらず、彼らは最後まで戦ってくれた。
それは、私が――――最後の王族が、王都にいたせいだ。
「どうして……私だけが生きているのかしら」
悔恨を滲ませるティナの表情は、かつてなく暗い眼をしていた。それは、かつて王宮で最後に見た彼女のものとそっくりで、ヴェルークは唇を噛み締め、己の過ちを悟る。
己と二人で生きていく――その道は、彼女の記憶が戻ったことで閉ざされた。
ならば、新たな道を拓くしかない。
彼はもう既にそれを見定めてもいたし、ティナも異変に気付いた。
外から悲鳴が聞こえてきて、ティナは息を呑み、わき目も振らずに家を飛び出した。村はずれの小高い丘の上にあった家からは、村の異変がすぐに分かった。
もうもうと立ち込める砂埃と共に地竜の咆哮が聞こえる。悲鳴は逃げ惑っている人々の声だ。統治者を失い、田舎の村はただでさえ略奪の対象になりやすい。その上、支配権を巡って他国と地竜を有するルーフス王国軍がたびたび近隣一帯への侵略を繰り返してもいた。
小さな集落だからか、聞こえてくる地竜の鳴き声は一頭だけだ。だが、一頭いれば騎士百人の働きをするとも言われるものであるから、誰も太刀打ちできない。
ただ、村は制圧され、再びルーフスに略奪されるままになるだけだ。
戦慄くティナを追って隣に立ったヴェルークは、相変わらず冷静だった。
「ルーフス軍が来たな。さて、逃げるか」
「嫌よ」
「敵う相手じゃないぞ。村人が束になって挑んだ所で全員死ぬだけだ。まあ非戦闘員だから、従属しさえすれば命はとられない。せいぜい、かつての俺のように奴隷にされるだろうな」
「…………」
「お前は、それでいいんだろう?」
「…………」
ここは村はずれであり、敵軍からはまだ遠い。逃げる事も出来るだろう。
でも、村には両親がいた。森の奥深くで、まだ一歳ほどの幼児だった自分を拾って育ててくれた大きな恩がある。彼らの為に留まれば、自分は再び虜囚となり――――やがて、飛竜の言葉を理解する能力者と露見するかもしれない。
亡国の血筋の者と露見すれば、どんな辱めを受けるか分からない。
ヴェルークは動こうとしない。
ただ、静かにティナを見返すだけだ。その眼は力強く、どうしようもなく優しい。
「みんなを助けに行って」
「断る」
「……貴方しかいないわ」
「俺には何の義理もない」
ヴェルークは、ティナの婚約者という立場ではあるが、元をただせば赤の他人である。放浪の末にたどり着いた彼に、危険をおかす理由はない。彼は正しい。だから、ティナは意を決して告げる。
「いいえ。貴方は――王女の騎士になるのでしょう」
国は滅んでいるのに。もう誰もいないのに、なんて滑稽な話だろう。
でも、彼は微笑んだ。その言葉を待っていたのだ。
「俺をお前の伴侶に足る男だと認めるか?」
「……ええ」
「よし。お前の敵は、俺がこれから残らず蹴散らしてやる」
ヴェルークはティナの唇をかすめ取ると、丘を駆け降りていった。
その後ろ姿を見つめ、ティナの目から涙が落ちた。
――――どうして、私をそんなに求めるのよ。
たった一人生き残ってしまった王族に、一体何の価値があるというのだ。
「俺はお前の騎士だ。伴侶になる男だ――――認めろ」
ヴェルークは重ねて迫った。彼女はまだ気づいていなかったが、ティナの身体から、また竜紋が消えかかっているのを目の端で捉えていた。
――――ちくしょう。どうして消える。
今までひたすら優しくして甘やかしてみたのに、騙されないとばかりに薄くなる一方だ。ヴェルークは口惜しくて仕方が無かったが、うつむいたティナがぽつりと呟いた言葉が、焦る彼の心を突いた。
「嫌よ。もう誰も巻き添えにしたくないわ」
戦に負け、祖国は滅んだ。
王家に連なる者はその責を負い、皆処刑された。その死は王家に産まれた者に課せられた義務だと、ティナは今でも思う。
でも、王都が陥ちるまでに、どれだけの騎士たちが命を落としただろう。民が犠牲になっただろう。飛竜が堕ちていっただろう。地竜を有し圧倒的な力を見せたルーフス王国に、もはや降伏するのもやむを得ない状況であったにも関わらず、彼らは最後まで戦ってくれた。
それは、私が――――最後の王族が、王都にいたせいだ。
「どうして……私だけが生きているのかしら」
悔恨を滲ませるティナの表情は、かつてなく暗い眼をしていた。それは、かつて王宮で最後に見た彼女のものとそっくりで、ヴェルークは唇を噛み締め、己の過ちを悟る。
己と二人で生きていく――その道は、彼女の記憶が戻ったことで閉ざされた。
ならば、新たな道を拓くしかない。
彼はもう既にそれを見定めてもいたし、ティナも異変に気付いた。
外から悲鳴が聞こえてきて、ティナは息を呑み、わき目も振らずに家を飛び出した。村はずれの小高い丘の上にあった家からは、村の異変がすぐに分かった。
もうもうと立ち込める砂埃と共に地竜の咆哮が聞こえる。悲鳴は逃げ惑っている人々の声だ。統治者を失い、田舎の村はただでさえ略奪の対象になりやすい。その上、支配権を巡って他国と地竜を有するルーフス王国軍がたびたび近隣一帯への侵略を繰り返してもいた。
小さな集落だからか、聞こえてくる地竜の鳴き声は一頭だけだ。だが、一頭いれば騎士百人の働きをするとも言われるものであるから、誰も太刀打ちできない。
ただ、村は制圧され、再びルーフスに略奪されるままになるだけだ。
戦慄くティナを追って隣に立ったヴェルークは、相変わらず冷静だった。
「ルーフス軍が来たな。さて、逃げるか」
「嫌よ」
「敵う相手じゃないぞ。村人が束になって挑んだ所で全員死ぬだけだ。まあ非戦闘員だから、従属しさえすれば命はとられない。せいぜい、かつての俺のように奴隷にされるだろうな」
「…………」
「お前は、それでいいんだろう?」
「…………」
ここは村はずれであり、敵軍からはまだ遠い。逃げる事も出来るだろう。
でも、村には両親がいた。森の奥深くで、まだ一歳ほどの幼児だった自分を拾って育ててくれた大きな恩がある。彼らの為に留まれば、自分は再び虜囚となり――――やがて、飛竜の言葉を理解する能力者と露見するかもしれない。
亡国の血筋の者と露見すれば、どんな辱めを受けるか分からない。
ヴェルークは動こうとしない。
ただ、静かにティナを見返すだけだ。その眼は力強く、どうしようもなく優しい。
「みんなを助けに行って」
「断る」
「……貴方しかいないわ」
「俺には何の義理もない」
ヴェルークは、ティナの婚約者という立場ではあるが、元をただせば赤の他人である。放浪の末にたどり着いた彼に、危険をおかす理由はない。彼は正しい。だから、ティナは意を決して告げる。
「いいえ。貴方は――王女の騎士になるのでしょう」
国は滅んでいるのに。もう誰もいないのに、なんて滑稽な話だろう。
でも、彼は微笑んだ。その言葉を待っていたのだ。
「俺をお前の伴侶に足る男だと認めるか?」
「……ええ」
「よし。お前の敵は、俺がこれから残らず蹴散らしてやる」
ヴェルークはティナの唇をかすめ取ると、丘を駆け降りていった。
その後ろ姿を見つめ、ティナの目から涙が落ちた。
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