騎士のオトナな秘密と新入りのオ××な秘密

黒猫子猫

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禁酒命令

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 美味しい餌をロディネにたっぷりと貰い、満足したらしき子猫は、居間の隅にある自分の小さなベッドに入って丸まって寝始めた。
 それを待って、ロディネはお風呂に入り、次いでアルベルトも浴室へと向かったのだが。

 静かになった室内で一人待っていると、やはりまた緊張してくる。もう何度か身体を重ねているにも関わらず、ちっとも慣れず、アルベルトにしがみついてばかりいる事も思い起こされた。

「本当に⋯⋯どうしたら良いのかしら」

 どうやったら緊張しなくなるだろう。優しくしてくれる彼にも申し訳ない。

 頭の中でそんな事がぐるぐると巡り、口の中が乾いてくる。

 冷蔵庫にあるものは何でも飲んでいいと言われていたことを思い出し、台所へと向かうと、扉を開いた。数本の瓶が入っていて、お茶にジュースに酒と、種類は様々だ。
 喉を潤すには、お茶が最適だろうと手をかけたが。

 ――――もしかして、お酒の方がいいのかしら⋯⋯?

 付き合い始めの頃、アルベルトは告白してくれた理由として『可愛いから』と言ってくれた。ただ、ひどく酔っぱらって彼に泣き言ばかり訴えたという話であったし、どこにその要素があったか未だに分からない。

 そして、当時の記憶は、やっぱりない。

 ロディネは悩んだ。

 ここで今飲んだら、また記憶がなくなるのではないか。でも、あの時は職場の先輩達に勧められるがまま、大量に飲んで泥酔してしまったからいけなかったのだろう。

 少しならば、ほろ酔い気分くらいならば、良いかもしれない。アルベルトも酔った姿を気に入ってくれたのなら、なおさらだ。

「⋯⋯一杯くらいなら、良いわよね!」

 そう思って、ロディネは無色透明で、いかにもアルコールの度数が低そうだという偏見のもと、一本の瓶を取り出して、コップに注いだ。

 そして、ものの見事に――――記憶が飛んだ。


 目が覚めた時、ロディネの視界はやはり曇っていた。手探りで周囲を探り、眼鏡を探し当ててかけると、すでに外は明るくなりつつあり、カーテンの下からは光が覗いているのが見えた。ロディネはアルベルトのベッドで彼と一緒に寝ていて、ロディネは服を着ていたが、アルベルトは上半身裸だった。

「え⋯⋯?」

 いったい何が起こったのだ、と目を瞬き、必死でズキズキと痛む頭から記憶を呼び覚まそうとしたが、まったく思い出せない。

 身体を起こして頭を抱えていると、隣からアルベルトの声がした。

「⋯⋯おい」
「はい!」

「⋯⋯覚めたようだな」
「め、目覚めました!」

「⋯⋯⋯⋯」

 アルベルトは小さくため息をつき、気だるそうな様子で体を起こした。視線がさ迷う彼女を見返して、眉を顰める。

「また、思い出せないのか?」
「お酒を少し⋯⋯頂いたことは覚えています」

「少し?」
「コップ一杯ほど⋯⋯」

「それで、アレか」
「あれとは⁉」

 今度はいったい何をやらかしたのだとうろたえたロディネを、アルベルトはじろりと見た。鋭い目に、ロディネは小さくなるしかない。

「なんでもない。いいか、お前はもう酒を一切飲むな」
「あの⋯⋯私はまた泣いて騒いだのでしょうか」

 自分の家ならばともかく、アルベルトの家に来てまで泣き上戸になったとは思いたくない。救いを求めて見返したが、アルベルトはふいっと視線を逸らした。

「風呂に入ってこい」
「昨夜入りましたが⋯⋯?」

「いいから、行け」
「はい!」

 有無を言わさぬ彼に、ロディネは慌ててベッドを降りて、浴室へと急いだ。彼女を黙って見送ったアルベルトは、小さくため息をついて髪をくしゃりと掻いた。

「これは⋯⋯言えねえ」

 昨夜の事といい、先日といい、どうにも上手くいかない。

 脳裏に過ったのは、先日友人のルーカスと彼女が曲がり角で何やら話していた時の光景である。彼女は眼鏡を落としてしまったらしく困った様子であったのに、馬鹿な友人はそれを弄んでいるように見えた。

 すぐに傍にいって手助けしてやりたかったが。

 職場ではあくまで無関係を貫くと言った手前、二の足を踏む。上司と言う立場を前面に出せば違和感はないだろうと思い直したが、眼鏡をかけたロディネがまっすぐにルーカスを見返した事で、足が止まった。

 初対面・・・であろう男に、彼女は自分の時と同じように――――いや、それ以上に、目を見て話をすることができていた。しかもかなりの至近距離にいるにも関わらず、その顔に緊張した様子もなかった。

 口の中に苦いものが込み上げて、彼女への独占欲が露わになりそうになったが、それよりも前に二人が離れていったので、何とか最悪の事態は避けられた。

 だが、なかなか自分に慣れないロディネに、不安を覚えないわけではない。

 その挙句――――昨夜の不始末である。

「⋯⋯参ったな」

 アルベルトは呻いたが、部屋の扉が開いて思考が中断する。欠伸を噛み殺して中に入って来た子猫は、『メシにしろ』とばかりに一声鳴いた。

 人間の喧騒など、おかまいなしである。本当に、自分の母親そっくりだと苦々しくなった。


 ロディネは風呂に入って身綺麗にすると、程無くして居間に戻ってきた。彼女が呑気にソファーで寝ていた子猫を見て目を細めたものだから、アルベルトは先にと思い、一つの事実を告げる。

「そいつ、今日返すからな。飼い主の⋯⋯俺の母親が旅行から戻ってくるんだよ」
「えっ、せっかく会えたのに、もうですか⁉ ⋯⋯残念です」

 落胆してしまったロディネは、猫の事で頭がいっぱいになる。時間が許す限りはと、楽しそうに子猫と戯れる彼女に、アルベルトはますます昨夜のことで物申してやる気が失せた。

 結局、子猫を猫用のキャリーバックに入れて他の荷物をまとめ、ロディネと一緒に家を出ると、途中で別れた。名残惜しそうにしながら自宅へと帰っていくロディネを見送ると、アルベルトはいささか重い足取りで歩いた。

 アルベルトが騎士団寮に入らなかったのは、公私を分け、休日くらいは静かに過ごしたかったからだ。男所帯の寮に一時住んだ事もあったが、四六時中うるさくて仕方が無かった。

 ただ、それが最たる理由ではない。寮が、自分の実家が近くにあったからだ。

 アルベルトは父親の顔を知らない。

 生まれて間もなく両親は離縁し、母親に育てられたのだが、今思い返しても子育てに向いている女ではなかった。働いてそれなりに収入はあり、学校にも行かせてもらえて、必要な物も買ってくれた。

 だが、家事はあまりに不得手で、しかも全くと言っていいほど無関心である。家の中も放っておくとゴミ屋敷になるので、いつもアルベルトが学校から帰って来たらまず掃除をしたし、食事は買ってきたできあいの物か外食ばかりだった。

 アルベルトが留守番できる年ごろになると、夜は母親が男と遊びに出かけてしまったので、一人で過ごすことが多かった。それが日常である。家庭の事を他人に話すと大体同情されたが、アルベルトは別に自分が不幸だと思ったことはない。

 母親は学費を含め、きっちりと金を出してくれた。食事も住処もあったし、幼い頃から誰の手も借りずに生活してきたこともあり、自立するのも早かったのだ。
 母親の恋人達からも、被害を被ったことはない。家に連れてきた事もあったが、土産を持ってきたり、こずかいをくれる男もいた。母親は、アルベルトに害を及ぼさない男を選んでいたようにも思えた。

 士官学校を経て騎士団に見習いとして入ってから、アルベルトは実家から距離を置くようになった。
 相変らず母親は男漁りに夢中で、実家に男を連れ込んでいるからだ。しかも、アルベルトが出て行って、家が散らかるようになると、片付け上手な男を見つけてくるのだから、しっかりしているものである。

 母親からの愛情を感じた事はあまりなかったが、必要最低限の養育をしてくれた恩はある。けして人として好きではないし、あまり関わり合いにもなりたくなかったが、嫌いとも言いきれないのは唯一の肉親であるせいもあるだろう。

 ただ――――本当に、自分勝手な女だ。

 王都の一角にある実家に帰ると、アルベルトは居間で寝そべっている母親を見下ろし、ため息をついた。

「おい、真昼間から床に寝そべるな」

 だらしない姿を晒す女だが、身体は引き締まり、四十代後半とは思えない若々しさだった。美貌の主で知られるアルベルトの顔も母親似である。

「なによ。あちこち遊びに行ったから疲れたのよ」

 口を尖らせて不満顔の母親を無視し、アルベルトは荷物を置くと、母親の傍にキャリーバックを置いて、道中ずっと騒いでいた子猫を部屋に出してやった。

「返すぞ。元気にしていた」
「あら、そう」

 母親は相変わらず寝たままだったが、そんな彼女に子猫は喉を鳴らして擦り寄った。やはり、ロディネ同様に懐いている。
 この野郎と、アルベルトは苦々しく思いつつ、
「じゃあな」
と帰ろうとしたのだが。

「あんたに預けるわ」
「⋯⋯なんだと?」

「今の彼、猫が苦手だったのよ。いると家に呼べないから、困っていたのよね」
「⋯⋯⋯⋯」

「じゃ、お願い!」

 一方的に言い放ち、こちらの都合や考えなどおかまいなしである。本当に、こういう所は昔からちっとも変わらない。そして、こうなると何を言っても無駄だと、経験上アルベルトはよく知っている。こみ上げる苛立ちを押さえ、全てを諦めて、猫を抱き上げると、再びキャリーバックへと入れた。
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