16 / 24
大虎と子虎
しおりを挟む
それから一週間後の休日、ロディネは久しぶりにアルベルトと一緒に過ごした。いつものように街を散策して、食事もとり、他愛のない話に花を咲かせる。
半月ほど顔を合せていなかったが、アルベルトは元気そうだった。
以前は多忙を極めていたのか、会った時も疲れた様子である事もあったが、最近ではそうでもないらしく、定時で帰っているという。
団員達の間でも、『最近、団長は早く帰る』という話も聞いていた。忙しすぎて身体を壊してしまうのが心配だったから、会えない寂しさはあっても、ロディネは少し安心していた。
だが、夜になって、いつもならば家に寄っていけと誘う彼が珍しく躊躇した。
「⋯⋯今日はどうする? 俺の家に来るか?」
「は⋯⋯はい」
にわかに緊張した様子のロディネに、アルベルトは少しばかり思案気にした。
「⋯⋯まあ、いいか」
「?」
何がだろうかと困惑したが、アルベルトはそれ以上は何も言わず、以前と同じく自宅へと連れて行った。
ただ、アルベルトに続いて家の中に入ったロディネは、玄関からすでに小さな違和感を覚えた。
いつも完璧といいたいくらい整然としているというのに、靴箱の扉が開けっぱなしで、中から彼の別の靴が片方落ちていた。
アルベルトは黙って拾って靴箱の中にしまってしまったが、朝、よっぽど急いで中から靴を出したのかもしれない。
珍しいと思いつつ居間に入り、言われるがままソファーに座る。
「ちょっとそこで待っていろ」
と、アルベルトは言うと、奥の寝室へと入っていった。
居間の方からは室内はよく見えなかったが、彼が中で何か物を動かしている音が聞こえる。
見れば、居間の物も配置が微妙に変わっていた。
大きな家具こそ同じだったが、棚の上に物が一切なくなっている。ロディネと街に出かけた時に、お揃いで買って飾っていたコップも見当たらない。
美しい床には覆い隠すようにカーペットが敷かれていたが、所々にシミがついていた。
すっかり様子が変わっている室内に、ロディネは落ち着きがなくなってくる。
――――まさか、そんな⋯⋯。
頭を軽く振って、過った可能性を消しにかかったが、足元に何かが当たった感触がして、机の下をのぞき込む。そこにあった物を拾い上げ、ロディネは愕然とした。
「こ、これは⋯⋯《おもちゃ》だわ!」
ロディネは知っている。
それが、どういうものなのか、何に使うものなのか。
バクバクと早鐘が打つ心臓の上を押さえながら、周囲を見回すと、さらに見つけてしまったものがあった。
「あ⋯⋯っ」
ダイニングテーブルの片隅に置かれていたのは、花柄の可愛いお皿だった。
彼の家にある食器は白のもので統一されていて、柄のあるものを好まないようだと思っていたから、ロディネはすぐにそれがアルベルトの物ではないと分かる。
もう居てもたってもいられなくなって、立ち上がろうとした時、ソファーの上に落ちていた毛に気づいた。
「⋯⋯これって⋯⋯」
茶色の毛をつまみあげ、ロディネは震えた。
長さからして勿論、自分のものではないし、アルベルトのものではない。
証拠はすべて、揃った。
アルベルトは言い逃れできないに違いない。ぎゅっと膝の上で手を握り締め、彼の帰りを待つ。
やがて少しばかり息を切らしたアルベルトが居間に戻って来た。もの言いたげな顔をしていたロディネと、机の上に置かれた《おもちゃ》を見た。
「どこにいったかと思ったが⋯⋯見つけたのか?」
「はい。机の下にありました」
「⋯⋯そうか」
小さくため息をついた彼に、ロディネは真剣に訴えた。
「だから、隠しても無駄です!」
「⋯⋯⋯⋯」
「おもちゃも、可愛いあの食器も! それに毛も見つけました! 証拠は揃っているんです!」
「⋯⋯分かった、分かった」
なだめるようにアルベルトは言ったが、ロディネの頬は紅潮し、勢いよく立ち上がった。
「アルベルトさん!」
訴えかけてくる彼女を見つめ、アルベルトは――――たまらない。
今まで付き合った女達の中には、ただ仕事が忙しいというだけだったのに、何もそれを指し示す物など無い中で浮気を疑って一方的に詰って来た者もいた。
ちっとも自分の話を聞かず、挙句に泣きだされてしまい、ウンザリした覚えがある。
実際、ロディネも今、証拠だと言って突きつけて迫ってきているが、アルベルトはちっとも不快だとは思わなかった。
無論、彼女が自分の浮気を疑ってかかっているわけではないからだと分かってはいるが、一方的に言ってくるという構図は同じである。
だが、ロディネは何やら必死で、今にも泣きだしそうで、可愛くて仕方がない。
彼女がもし悋気を起こして泣いて詰って来ても、同じことを思う自信がある。
ただ、今は目下、彼女の望みをかなえてやらなければならない。
「俺に慣れてからと思っていたんだがな⋯⋯でも、さっきから探しているんだが、見つからねえんだよ」
「お手伝いします!」
「いや、止めろ。俺は何度も噛みつかれて、引っかかれたぞ。お陰で腕が生傷だらけだ」
意気込むロディネをなだめつつ、アルベルトは居間の中を歩き回る。そして、戸棚の後ろから物音が聞こえて、のぞき込み、目的の生き物を見つけた。
「⋯⋯てめえ、また埃だらけになりやがって。俺の家をどれだけ汚せば気が済む⋯⋯! まさかそこで吐いてねえだろうな!」
苛立ちつつも、腕を伸ばす。途端にガブッとまた噛まれたが、構わず首根っこを掴んで引っ張り出すと、両手で持って、ロディネの前に連れて行った。
シャーっと牙をむいたが、アルベルトはおかまいなしである。
そうして、彼をここ半月悩ませている生き物は――――小さな茶トラの子猫が、ロディネの前に現れた。
「な⋯⋯なんて、可愛いの!」
ロディネはもう一瞬にして虜になった。大きな円らな黒い瞳に、ぴんと尖った耳。ふさふさの毛に、長い尻尾。あまりに愛らしい。
「母親のペットなんだが、旅行にいくから、預かってくれと押しつけられてな⋯⋯」
実家に一人で暮らす母親に呼びつけられて行ってみれば、一方的に押し付けられた。離乳していたが、まだ子猫であったし、長時間放ってもおけない。
仕方なく連日仕事を急いで終わらせて、帰宅する日々である。
しかも、かなりやんちゃな猫で、棚の上に乗って物を片っ端から落とそうとするわ、床に毛玉を吐いて汚すわ、靴箱が気に入ったのか中に入って泥だらけになるわ。
アルベルトは散々である。
それでも短い間だからと思って面倒を見てやっているにも関わらず、気に入らないとすぐにひっかいてくる凶暴さだ。こんな暴れん坊がいる家に、おちおちロディネを招けないとも思った。
それに、ロディネはきっと――――。
「お名前は!」
眼鏡の奥はもうきらきらと輝いて、興奮が抑えられない様子だ。
「トラだとよ」
「トラちゃんですね! 可愛い名前です!」
「いや、そのまんまだぞ⋯⋯? 適当極まりねえよ」
閉口するアルベルトを他所に、ロディネはもう子猫に、うっとりと魅入っている。
ちっとも威嚇をやめない子猫に全く怯む様子もなく、全身がなでたい、触りたい、抱っこしたいと物語り、手が泳いでいる。
《大虎》が《子虎》に夢中だなと、アルベルトはつい思った。
「ロディネ⋯⋯動きが怪しいぞ」
「は、はい! だ、だめですね。抱きしめるのは、我慢⋯⋯我慢です。近づいてくるまで、待ちます!」
「⋯⋯そうだな。怖がらせるものな?」
「ええ!」
彼女は、絶対に猫好きだと思ったのだ。
なにしろロディネの部屋には猫のぬいぐるみがあった。写真集もあった。カレンダーまで猫の絵が入っていた。
これを猫好きと言わずに、何という。
ただ、よっぽど嬉しいのか、この家に来るとよく緊張していた顔をしていたロディネの表情が、いつになく柔らかい。
子猫が手の中で暴れるので、アルベルトが離してやると、駆け出していてカーテンレールの上に飛び乗った子猫を追って、優しく話しかけている。
ロディネが気負うことなく滞在できているというだけで、猫を預かったかいもあるというものだ。
「⋯⋯大丈夫そうだな。でも、気をつけろよ?」
「はい。見ています!」
アルベルトそっちのけの彼女に、彼は苦笑しつつ、ダイニングテーブルの椅子にかけてあった上着から財布と自宅の鍵を取り出した。
「そいつの餌が少なくなってきたから、買ってくる。一緒にいてくれ。そこの鞄に猫用の他の玩具も入っているから、もし遊べるようなら使ってもいいぞ」
「分かりました!」
すっかりご機嫌の彼女に微笑んで、アルベルトは家を後にした。
そして、近くの店で餌を買って戻ったのは、一時間ほど後になったのだが。
「お帰りなさい!」
玄関口で出迎えたロディネの腕の中に、なんと大人しく子猫が抱かれている。
アルベルトは驚愕である。
「おい⋯⋯もう仲良くなったのか?」
「はい! 一緒に沢山遊びました!」
「⋯⋯⋯⋯。そうか」
――――この野郎、俺にはちっとも懐かないくせに。
と思って睨めば、子猫はフンと顔を背ける。
だが、ロディネを見れば、表情は明るい。全力で遊んだらしく、頬も赤く、ほんのりと汗をかいていた。
「本当に⋯⋯可愛いな」
「そうですよね! 猫、最高です!」
「⋯⋯⋯⋯。飯にしてやってくれ。花柄の皿に、底が隠れるくらい入れてやるといい」
「分かりました!」
子猫を下ろすと、アルベルトから荷物を受け取り、いそいそと中に入っていく。一方、子猫はといえば、じろりとアルベルトを見上げてきた。
「⋯⋯お前に言ったわけじゃねえぞ。お前はロディネと同じ《虎》だが、可愛くない。ほら、さっさと行け」
と、中へと追い払おうとしたが、その手はすかさず猫パンチで叩き落された。
そして、さっさとロディネを追って中へと入っていく。おまけになにやら甘えた声で鳴く声も聞こえる。
アルベルトは、顔をしかめた。先ほど、ロディネに抱かれてゴロゴロと喉を鳴らしていた猫とは思えない、豹変ぶりである。
そういえば、あの猫は雄だった。
「本当に⋯⋯可愛くねえ。⋯⋯が、まあいいか」
身体を重ねてから、そちらを意識しすぎてしまうのかロディネは軽く触れるだけでも緊張しやすくなった。
以前のような表情が出てきただけで、十分だとアルベルトは思い、微笑んだ。
半月ほど顔を合せていなかったが、アルベルトは元気そうだった。
以前は多忙を極めていたのか、会った時も疲れた様子である事もあったが、最近ではそうでもないらしく、定時で帰っているという。
団員達の間でも、『最近、団長は早く帰る』という話も聞いていた。忙しすぎて身体を壊してしまうのが心配だったから、会えない寂しさはあっても、ロディネは少し安心していた。
だが、夜になって、いつもならば家に寄っていけと誘う彼が珍しく躊躇した。
「⋯⋯今日はどうする? 俺の家に来るか?」
「は⋯⋯はい」
にわかに緊張した様子のロディネに、アルベルトは少しばかり思案気にした。
「⋯⋯まあ、いいか」
「?」
何がだろうかと困惑したが、アルベルトはそれ以上は何も言わず、以前と同じく自宅へと連れて行った。
ただ、アルベルトに続いて家の中に入ったロディネは、玄関からすでに小さな違和感を覚えた。
いつも完璧といいたいくらい整然としているというのに、靴箱の扉が開けっぱなしで、中から彼の別の靴が片方落ちていた。
アルベルトは黙って拾って靴箱の中にしまってしまったが、朝、よっぽど急いで中から靴を出したのかもしれない。
珍しいと思いつつ居間に入り、言われるがままソファーに座る。
「ちょっとそこで待っていろ」
と、アルベルトは言うと、奥の寝室へと入っていった。
居間の方からは室内はよく見えなかったが、彼が中で何か物を動かしている音が聞こえる。
見れば、居間の物も配置が微妙に変わっていた。
大きな家具こそ同じだったが、棚の上に物が一切なくなっている。ロディネと街に出かけた時に、お揃いで買って飾っていたコップも見当たらない。
美しい床には覆い隠すようにカーペットが敷かれていたが、所々にシミがついていた。
すっかり様子が変わっている室内に、ロディネは落ち着きがなくなってくる。
――――まさか、そんな⋯⋯。
頭を軽く振って、過った可能性を消しにかかったが、足元に何かが当たった感触がして、机の下をのぞき込む。そこにあった物を拾い上げ、ロディネは愕然とした。
「こ、これは⋯⋯《おもちゃ》だわ!」
ロディネは知っている。
それが、どういうものなのか、何に使うものなのか。
バクバクと早鐘が打つ心臓の上を押さえながら、周囲を見回すと、さらに見つけてしまったものがあった。
「あ⋯⋯っ」
ダイニングテーブルの片隅に置かれていたのは、花柄の可愛いお皿だった。
彼の家にある食器は白のもので統一されていて、柄のあるものを好まないようだと思っていたから、ロディネはすぐにそれがアルベルトの物ではないと分かる。
もう居てもたってもいられなくなって、立ち上がろうとした時、ソファーの上に落ちていた毛に気づいた。
「⋯⋯これって⋯⋯」
茶色の毛をつまみあげ、ロディネは震えた。
長さからして勿論、自分のものではないし、アルベルトのものではない。
証拠はすべて、揃った。
アルベルトは言い逃れできないに違いない。ぎゅっと膝の上で手を握り締め、彼の帰りを待つ。
やがて少しばかり息を切らしたアルベルトが居間に戻って来た。もの言いたげな顔をしていたロディネと、机の上に置かれた《おもちゃ》を見た。
「どこにいったかと思ったが⋯⋯見つけたのか?」
「はい。机の下にありました」
「⋯⋯そうか」
小さくため息をついた彼に、ロディネは真剣に訴えた。
「だから、隠しても無駄です!」
「⋯⋯⋯⋯」
「おもちゃも、可愛いあの食器も! それに毛も見つけました! 証拠は揃っているんです!」
「⋯⋯分かった、分かった」
なだめるようにアルベルトは言ったが、ロディネの頬は紅潮し、勢いよく立ち上がった。
「アルベルトさん!」
訴えかけてくる彼女を見つめ、アルベルトは――――たまらない。
今まで付き合った女達の中には、ただ仕事が忙しいというだけだったのに、何もそれを指し示す物など無い中で浮気を疑って一方的に詰って来た者もいた。
ちっとも自分の話を聞かず、挙句に泣きだされてしまい、ウンザリした覚えがある。
実際、ロディネも今、証拠だと言って突きつけて迫ってきているが、アルベルトはちっとも不快だとは思わなかった。
無論、彼女が自分の浮気を疑ってかかっているわけではないからだと分かってはいるが、一方的に言ってくるという構図は同じである。
だが、ロディネは何やら必死で、今にも泣きだしそうで、可愛くて仕方がない。
彼女がもし悋気を起こして泣いて詰って来ても、同じことを思う自信がある。
ただ、今は目下、彼女の望みをかなえてやらなければならない。
「俺に慣れてからと思っていたんだがな⋯⋯でも、さっきから探しているんだが、見つからねえんだよ」
「お手伝いします!」
「いや、止めろ。俺は何度も噛みつかれて、引っかかれたぞ。お陰で腕が生傷だらけだ」
意気込むロディネをなだめつつ、アルベルトは居間の中を歩き回る。そして、戸棚の後ろから物音が聞こえて、のぞき込み、目的の生き物を見つけた。
「⋯⋯てめえ、また埃だらけになりやがって。俺の家をどれだけ汚せば気が済む⋯⋯! まさかそこで吐いてねえだろうな!」
苛立ちつつも、腕を伸ばす。途端にガブッとまた噛まれたが、構わず首根っこを掴んで引っ張り出すと、両手で持って、ロディネの前に連れて行った。
シャーっと牙をむいたが、アルベルトはおかまいなしである。
そうして、彼をここ半月悩ませている生き物は――――小さな茶トラの子猫が、ロディネの前に現れた。
「な⋯⋯なんて、可愛いの!」
ロディネはもう一瞬にして虜になった。大きな円らな黒い瞳に、ぴんと尖った耳。ふさふさの毛に、長い尻尾。あまりに愛らしい。
「母親のペットなんだが、旅行にいくから、預かってくれと押しつけられてな⋯⋯」
実家に一人で暮らす母親に呼びつけられて行ってみれば、一方的に押し付けられた。離乳していたが、まだ子猫であったし、長時間放ってもおけない。
仕方なく連日仕事を急いで終わらせて、帰宅する日々である。
しかも、かなりやんちゃな猫で、棚の上に乗って物を片っ端から落とそうとするわ、床に毛玉を吐いて汚すわ、靴箱が気に入ったのか中に入って泥だらけになるわ。
アルベルトは散々である。
それでも短い間だからと思って面倒を見てやっているにも関わらず、気に入らないとすぐにひっかいてくる凶暴さだ。こんな暴れん坊がいる家に、おちおちロディネを招けないとも思った。
それに、ロディネはきっと――――。
「お名前は!」
眼鏡の奥はもうきらきらと輝いて、興奮が抑えられない様子だ。
「トラだとよ」
「トラちゃんですね! 可愛い名前です!」
「いや、そのまんまだぞ⋯⋯? 適当極まりねえよ」
閉口するアルベルトを他所に、ロディネはもう子猫に、うっとりと魅入っている。
ちっとも威嚇をやめない子猫に全く怯む様子もなく、全身がなでたい、触りたい、抱っこしたいと物語り、手が泳いでいる。
《大虎》が《子虎》に夢中だなと、アルベルトはつい思った。
「ロディネ⋯⋯動きが怪しいぞ」
「は、はい! だ、だめですね。抱きしめるのは、我慢⋯⋯我慢です。近づいてくるまで、待ちます!」
「⋯⋯そうだな。怖がらせるものな?」
「ええ!」
彼女は、絶対に猫好きだと思ったのだ。
なにしろロディネの部屋には猫のぬいぐるみがあった。写真集もあった。カレンダーまで猫の絵が入っていた。
これを猫好きと言わずに、何という。
ただ、よっぽど嬉しいのか、この家に来るとよく緊張していた顔をしていたロディネの表情が、いつになく柔らかい。
子猫が手の中で暴れるので、アルベルトが離してやると、駆け出していてカーテンレールの上に飛び乗った子猫を追って、優しく話しかけている。
ロディネが気負うことなく滞在できているというだけで、猫を預かったかいもあるというものだ。
「⋯⋯大丈夫そうだな。でも、気をつけろよ?」
「はい。見ています!」
アルベルトそっちのけの彼女に、彼は苦笑しつつ、ダイニングテーブルの椅子にかけてあった上着から財布と自宅の鍵を取り出した。
「そいつの餌が少なくなってきたから、買ってくる。一緒にいてくれ。そこの鞄に猫用の他の玩具も入っているから、もし遊べるようなら使ってもいいぞ」
「分かりました!」
すっかりご機嫌の彼女に微笑んで、アルベルトは家を後にした。
そして、近くの店で餌を買って戻ったのは、一時間ほど後になったのだが。
「お帰りなさい!」
玄関口で出迎えたロディネの腕の中に、なんと大人しく子猫が抱かれている。
アルベルトは驚愕である。
「おい⋯⋯もう仲良くなったのか?」
「はい! 一緒に沢山遊びました!」
「⋯⋯⋯⋯。そうか」
――――この野郎、俺にはちっとも懐かないくせに。
と思って睨めば、子猫はフンと顔を背ける。
だが、ロディネを見れば、表情は明るい。全力で遊んだらしく、頬も赤く、ほんのりと汗をかいていた。
「本当に⋯⋯可愛いな」
「そうですよね! 猫、最高です!」
「⋯⋯⋯⋯。飯にしてやってくれ。花柄の皿に、底が隠れるくらい入れてやるといい」
「分かりました!」
子猫を下ろすと、アルベルトから荷物を受け取り、いそいそと中に入っていく。一方、子猫はといえば、じろりとアルベルトを見上げてきた。
「⋯⋯お前に言ったわけじゃねえぞ。お前はロディネと同じ《虎》だが、可愛くない。ほら、さっさと行け」
と、中へと追い払おうとしたが、その手はすかさず猫パンチで叩き落された。
そして、さっさとロディネを追って中へと入っていく。おまけになにやら甘えた声で鳴く声も聞こえる。
アルベルトは、顔をしかめた。先ほど、ロディネに抱かれてゴロゴロと喉を鳴らしていた猫とは思えない、豹変ぶりである。
そういえば、あの猫は雄だった。
「本当に⋯⋯可愛くねえ。⋯⋯が、まあいいか」
身体を重ねてから、そちらを意識しすぎてしまうのかロディネは軽く触れるだけでも緊張しやすくなった。
以前のような表情が出てきただけで、十分だとアルベルトは思い、微笑んだ。
23
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
本編完結済み。
続きのお話を、掲載中です。
続きのお話も、完結しました。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる