騎士のオトナな秘密と新入りのオ××な秘密

黒猫子猫

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大虎と子虎

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 それから一週間後の休日、ロディネは久しぶりにアルベルトと一緒に過ごした。いつものように街を散策して、食事もとり、他愛のない話に花を咲かせる。

 半月ほど顔を合せていなかったが、アルベルトは元気そうだった。

 以前は多忙を極めていたのか、会った時も疲れた様子である事もあったが、最近ではそうでもないらしく、定時で帰っているという。

 団員達の間でも、『最近、団長は早く帰る』という話も聞いていた。忙しすぎて身体を壊してしまうのが心配だったから、会えない寂しさはあっても、ロディネは少し安心していた。

 だが、夜になって、いつもならば家に寄っていけと誘う彼が珍しく躊躇した。

「⋯⋯今日はどうする? 俺の家に来るか?」
「は⋯⋯はい」

 にわかに緊張した様子のロディネに、アルベルトは少しばかり思案気にした。

「⋯⋯まあ、いいか」
「?」

 何がだろうかと困惑したが、アルベルトはそれ以上は何も言わず、以前と同じく自宅へと連れて行った。
 

 ただ、アルベルトに続いて家の中に入ったロディネは、玄関からすでに小さな違和感を覚えた。

 いつも完璧といいたいくらい整然としているというのに、靴箱の扉が開けっぱなしで、中から彼の別の靴が片方落ちていた。
 アルベルトは黙って拾って靴箱の中にしまってしまったが、朝、よっぽど急いで中から靴を出したのかもしれない。

 珍しいと思いつつ居間に入り、言われるがままソファーに座る。

「ちょっとそこで待っていろ」
と、アルベルトは言うと、奥の寝室へと入っていった。

 居間の方からは室内はよく見えなかったが、彼が中で何か物を動かしている音が聞こえる。

 見れば、居間の物も配置が微妙に変わっていた。

 大きな家具こそ同じだったが、棚の上に物が一切なくなっている。ロディネと街に出かけた時に、お揃いで買って飾っていたコップも見当たらない。
 美しい床には覆い隠すようにカーペットが敷かれていたが、所々にシミがついていた。

 すっかり様子が変わっている室内に、ロディネは落ち着きがなくなってくる。

 ――――まさか、そんな⋯⋯。

 頭を軽く振って、過った可能性を消しにかかったが、足元に何かが当たった感触がして、机の下をのぞき込む。そこにあった物を拾い上げ、ロディネは愕然とした。

「こ、これは⋯⋯《おもちゃ》だわ!」

 ロディネは知っている。
 それが、どういうものなのか、何に使うものなのか。

 バクバクと早鐘が打つ心臓の上を押さえながら、周囲を見回すと、さらに見つけてしまったものがあった。

「あ⋯⋯っ」

 ダイニングテーブルの片隅に置かれていたのは、花柄の可愛いお皿だった。

 彼の家にある食器は白のもので統一されていて、柄のあるものを好まないようだと思っていたから、ロディネはすぐにそれがアルベルトの物ではないと分かる。

 もう居てもたってもいられなくなって、立ち上がろうとした時、ソファーの上に落ちていた毛に気づいた。

「⋯⋯これって⋯⋯」

 茶色の毛をつまみあげ、ロディネは震えた。

 長さからして勿論、自分のものではないし、アルベルトのものではない。

 証拠はすべて、揃った。

 アルベルトは言い逃れできないに違いない。ぎゅっと膝の上で手を握り締め、彼の帰りを待つ。

 やがて少しばかり息を切らしたアルベルトが居間に戻って来た。もの言いたげな顔をしていたロディネと、机の上に置かれた《おもちゃ》を見た。

「どこにいったかと思ったが⋯⋯見つけたのか?」
「はい。机の下にありました」
「⋯⋯そうか」

 小さくため息をついた彼に、ロディネは真剣に訴えた。

「だから、隠しても無駄です!」

「⋯⋯⋯⋯」

「おもちゃも、可愛いあの食器も! それに毛も見つけました! 証拠は揃っているんです!」

「⋯⋯分かった、分かった」

 なだめるようにアルベルトは言ったが、ロディネの頬は紅潮し、勢いよく立ち上がった。

「アルベルトさん!」

 訴えかけてくる彼女を見つめ、アルベルトは――――たまらない。

 今まで付き合った女達の中には、ただ仕事が忙しいというだけだったのに、何もそれを指し示す物など無い中で浮気を疑って一方的に詰って来た者もいた。

 ちっとも自分の話を聞かず、挙句に泣きだされてしまい、ウンザリした覚えがある。

 実際、ロディネも今、証拠だと言って突きつけて迫ってきているが、アルベルトはちっとも不快だとは思わなかった。
 無論、彼女が自分の浮気を疑ってかかっているわけではないからだと分かってはいるが、一方的に言ってくるという構図は同じである。

 だが、ロディネは何やら必死で、今にも泣きだしそうで、可愛くて仕方がない。
 彼女がもし悋気を起こして泣いて詰って来ても、同じことを思う自信がある。

 ただ、今は目下、彼女の望みをかなえてやらなければならない。

「俺に慣れてからと思っていたんだがな⋯⋯でも、さっきから探しているんだが、見つからねえんだよ」

「お手伝いします!」

「いや、止めろ。俺は何度も噛みつかれて、引っかかれたぞ。お陰で腕が生傷だらけだ」

 意気込むロディネをなだめつつ、アルベルトは居間の中を歩き回る。そして、戸棚の後ろから物音が聞こえて、のぞき込み、目的の生き物を見つけた。

「⋯⋯てめえ、また埃だらけになりやがって。俺の家をどれだけ汚せば気が済む⋯⋯! まさかそこで吐いてねえだろうな!」

 苛立ちつつも、腕を伸ばす。途端にガブッとまた噛まれたが、構わず首根っこを掴んで引っ張り出すと、両手で持って、ロディネの前に連れて行った。

 シャーっと牙をむいたが、アルベルトはおかまいなしである。

 そうして、彼をここ半月悩ませている生き物は――――小さな茶トラの子猫が、ロディネの前に現れた。

「な⋯⋯なんて、可愛いの!」

 ロディネはもう一瞬にして虜になった。大きな円らな黒い瞳に、ぴんと尖った耳。ふさふさの毛に、長い尻尾。あまりに愛らしい。

「母親のペットなんだが、旅行にいくから、預かってくれと押しつけられてな⋯⋯」

 実家に一人で暮らす母親に呼びつけられて行ってみれば、一方的に押し付けられた。離乳していたが、まだ子猫であったし、長時間放ってもおけない。
 仕方なく連日仕事を急いで終わらせて、帰宅する日々である。

 しかも、かなりやんちゃな猫で、棚の上に乗って物を片っ端から落とそうとするわ、床に毛玉を吐いて汚すわ、靴箱が気に入ったのか中に入って泥だらけになるわ。

 アルベルトは散々である。

 それでも短い間だからと思って面倒を見てやっているにも関わらず、気に入らないとすぐにひっかいてくる凶暴さだ。こんな暴れん坊がいる家に、おちおちロディネを招けないとも思った。

 それに、ロディネはきっと――――。

「お名前は!」

 眼鏡の奥はもうきらきらと輝いて、興奮が抑えられない様子だ。

「トラだとよ」
「トラちゃんですね! 可愛い名前です!」
「いや、そのまんまだぞ⋯⋯? 適当極まりねえよ」

 閉口するアルベルトを他所に、ロディネはもう子猫に、うっとりと魅入っている。
 ちっとも威嚇をやめない子猫に全く怯む様子もなく、全身がなでたい、触りたい、抱っこしたいと物語り、手が泳いでいる。

 《大虎》が《子虎》に夢中だなと、アルベルトはつい思った。

「ロディネ⋯⋯動きが怪しいぞ」
「は、はい! だ、だめですね。抱きしめるのは、我慢⋯⋯我慢です。近づいてくるまで、待ちます!」
「⋯⋯そうだな。怖がらせるものな?」
「ええ!」

 彼女は、絶対に猫好きだと思ったのだ。

 なにしろロディネの部屋には猫のぬいぐるみがあった。写真集もあった。カレンダーまで猫の絵が入っていた。

 これを猫好きと言わずに、何という。

 ただ、よっぽど嬉しいのか、この家に来るとよく緊張していた顔をしていたロディネの表情が、いつになく柔らかい。

 子猫が手の中で暴れるので、アルベルトが離してやると、駆け出していてカーテンレールの上に飛び乗った子猫を追って、優しく話しかけている。

 ロディネが気負うことなく滞在できているというだけで、猫を預かったかいもあるというものだ。

「⋯⋯大丈夫そうだな。でも、気をつけろよ?」
「はい。見ています!」

 アルベルトそっちのけの彼女に、彼は苦笑しつつ、ダイニングテーブルの椅子にかけてあった上着から財布と自宅の鍵を取り出した。

「そいつの餌が少なくなってきたから、買ってくる。一緒にいてくれ。そこの鞄に猫用の他の玩具も入っているから、もし遊べるようなら使ってもいいぞ」

「分かりました!」

 すっかりご機嫌の彼女に微笑んで、アルベルトは家を後にした。
 そして、近くの店で餌を買って戻ったのは、一時間ほど後になったのだが。

「お帰りなさい!」

 玄関口で出迎えたロディネの腕の中に、なんと大人しく子猫が抱かれている。

 アルベルトは驚愕である。

「おい⋯⋯もう仲良くなったのか?」
「はい! 一緒に沢山遊びました!」
「⋯⋯⋯⋯。そうか」

 ――――この野郎、俺にはちっとも懐かないくせに。

 と思って睨めば、子猫はフンと顔を背ける。

 だが、ロディネを見れば、表情は明るい。全力で遊んだらしく、頬も赤く、ほんのりと汗をかいていた。

「本当に⋯⋯可愛いな」
「そうですよね! 猫、最高です!」
「⋯⋯⋯⋯。飯にしてやってくれ。花柄の皿に、底が隠れるくらい入れてやるといい」
「分かりました!」

 子猫を下ろすと、アルベルトから荷物を受け取り、いそいそと中に入っていく。一方、子猫はといえば、じろりとアルベルトを見上げてきた。

「⋯⋯お前に言ったわけじゃねえぞ。お前はロディネと同じ《虎》だが、可愛くない。ほら、さっさと行け」
 と、中へと追い払おうとしたが、その手はすかさず猫パンチで叩き落された。

 そして、さっさとロディネを追って中へと入っていく。おまけになにやら甘えた声で鳴く声も聞こえる。

 アルベルトは、顔をしかめた。先ほど、ロディネに抱かれてゴロゴロと喉を鳴らしていた猫とは思えない、豹変ぶりである。

 そういえば、あの猫は雄だった。

「本当に⋯⋯可愛くねえ。⋯⋯が、まあいいか」

 身体を重ねてから、そちらを意識しすぎてしまうのかロディネは軽く触れるだけでも緊張しやすくなった。

 以前のような表情が出てきただけで、十分だとアルベルトは思い、微笑んだ。
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