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恋人VS兄
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店の前で立ち話をするのも周囲に迷惑だろうからと、三人は店内へと入った。
店員に案内された窓際のテーブル席に着くと、ルーカスはさっさと椅子に座ったが、先頭を歩いていたアルベルトは立ったままだ。ルーカスが怪訝に思って見ていると、彼はロディネに窓側の席に座るように促した。
ロディネが応じて着席すると、アルベルトは彼女の隣に腰を下ろす。自分の隣に座らせたいという独占欲が見え隠れするが、それだけではないだろう、とルーカスは思った。
妹は他人の視線が苦手だ。
店に入る時も先に入り、注文を取りに来る店員や客が行きかう通路側にアルベルトがあえて座ったのも、ロディネを慮ってに違いない。どちらも自然で、アルベルトに無理がない。彼に礼を言うロディネの表情もずいぶんと柔らかかった。
アルベルトは顔が良いし、仕事もできる。潔癖なところがある一面は、間違いなく面倒くさいはずだと友人ながら思うのだが、妹はかなり信頼を寄せているようだ。アルベルトの内面にも惹かれているのだろう。
――――そりゃあ、アルベルトは良い奴だけどよぉ⋯⋯。
兄として、何だかとっても悔しい。
ついでにいうと、寂しい。
男ができるなんて、ずっと先だと思っていたからだ。さらにアルベルトが慣れた様子でロディネに優しく注文を聞き、次いでいささか雑にルーカスにも聞いた後、店員を呼んで飲み物を頼んだものだから。
――――甘やかしすぎだろ⁉
ルーカスは、ますます面白くない。これは一言もの申してやろう。
「おい、ロディネ。お前、少しは気をきかせろよ。アルベルトが全部やってるじゃねえか。もう社会人だろ?」
「わ、分っているわ!」
ロディネは恥じ入るように頬を赤らめ、お盆に飲み物を運んできた店員から緊張した様子で受け取って、それぞれに配った。アルベルトは微笑みながら彼女に礼を言ったが、『余計な事を言うな』とばかりにルーカスを睨んでくる。
一方、ロディネが素直に自分の言う事を聞いたので、ルーカスは得意げな顔でにやりと笑って返してやった。
「親しき仲にも礼儀あり、っていうだろ?」
「てめえがそれを言うか⋯⋯?」
苦々し気に言ったアルベルトに、ルーカスは素知らぬ顔である。
「しかし、未だに信じられねえよ。お前、付き合っている女は『虎』だとか言ってなかったか?」
「あぁ、そうだ」
アルベルトは、不思議そうな顔をしているロディネに苦笑して、以前ルーカスと交わしたやり取りを教えてやると、彼女の目が泳いだ。
「あの⋯⋯それって、もしかして⋯⋯」
「酒に酔うと、な?」
「う⋯⋯っ」
真っ赤になったロディネは、今度はルーカスが怪訝そうな顔になっているのに気づき、渋々口を開いた。
「新人歓迎会で、ちょっと飲み過ぎたのよ。帰りに木に激突して、尻もちをついて、眼鏡を踏んで壊したそうよ。そこに通りがかったアルベルトさんが助けてくれて、家まで送り届けてくれたの⋯⋯その後、一時間ほどよく分からない事ばかり言ったらしいわ⋯⋯全く覚えていないけど」
「まさかと思うが⋯⋯それが出会いか?」
頬を染めて気まずげな顔をして黙った妹に、ルーカスは感心した。我が妹ながら、あまりにも。
「無様すぎるぞ。挙句に絡み酒かよ。お前、たちが悪い女じゃねえか!」
「それは私が一番、分かっているわよ!」
半泣きの妹に、ルーカスは呆れるしかない。あまりに酷すぎる。それでよく騎士団一のモテ男を惚れさせたものだ、と思いながらアルベルトを見てみれば。
恥ずかしそうにしているロディネに苦笑して、
「大丈夫だ。お前の兄の酔い方は、無様どころじゃなかったぞ」
などと言って、彼女を責めない。
「あの⋯⋯もしかして、私の前にアルベルトさんに愚痴を二時間ほど言ったという御友人は⋯⋯」
「ルーカスだ」
「兄妹揃って、本当に申し訳ありません!」
頭を抱えたロディネに、アルベルトは軽く笑ってみせた。
「いい。ルーカスの愚痴は全て聞き流した」
「それが一番です! 女性の話しかしませんから! 私の家に来た時も、八割方その話です。挙句に服も忘れていったりして、本当に困ります」
実家でも姉のカレンは全く聞く耳を持たないせいで、ロディネは聞き役に回る事が多かった。おかげで初恋も知らない内に、男女の修羅場の数々を聞かされ、げんなりしたものである。
ただ、ふとロディネが気になったのは、アルベルトが聞き流していたのは自分の話ではなかった事だ。
全く記憶が無いだけに、一体なんのことで騒いだのか。
嫌な予感がして、ロディネはそれとなく尋ねた。
「あの⋯⋯ところで、酔っぱらった私は、何を言っていましたか?」
「⋯⋯⋯⋯。言っていいのか?」
アルベルトは、すっかり不貞腐れた顔をしているルーカスを一瞥する。ロディネの目が泳いだ。
二人きりになった時に聞くべきだろう、と思い直したが。
ルーカスが平然と口を挟んだ。
「まずいだろ」
「お兄ちゃん⁉」
ぎくりとするロディネに、ルーカスはにやりと笑った。
「お前、俺が知らないとでも思っていたのか? 家で飲んで酔っぱらった時、ペラペラといつもしゃべってたぞ」
毎回同じ話だったから、ルーカスは興味をひかれて、調べてみたのだ。
「噓でしょう⁉」
ロディネは愕然として、真っ赤になった後、蒼くなった。恐らくカレンにも知られているだろうが、優しい姉は黙っていてくれているのだろう。問題は、やはり兄だ。ルーカスはやり返したとばかりに、ご満悦だったからだ。
そんな兄妹を見て、アルベルトは眉を顰めた。
酔った彼女が初対面の時に言っていたのは、『なぜ別れなければならなかった』とか『自分は納得していない』という事を延々繰り返していた。『他の人がいい』とも言われたようだから、どうやら失恋したらしいと思ったのだ。部屋にあった男物の服を見て、悲鳴を上げたのだろう、とも考えた。
服はただのルーカスの忘れ物だったが。
――――誰かに失恋した、というのは事実か⋯⋯?
そういえば、彼女は急に何かを見て驚いたように震え、よろけて街路樹に激突した。あの時も、何を見たのだろうか。
もう終わった事であるのに、胸がざわつく。気になって仕方がないが、今の恋人に言いにくい事でもあるだろう。どうしたものかと思い悩みながらも、ロディネの注意がまたルーカスに向いたのが気に入らない。
ルーカスが『黙っていてほしければ、また飯を作れ』などと言い出していたからだ。
「おい、調子に乗るな」
と、アルベルトが遮るが、ルーカスは動じない。
「別にいいだろ、俺の妹なんだから」
「俺の恋人だ。お前が兄だと言われなければ、さっきも締め上げていた所だぞ。前もロディネの眼鏡を取り上げて、からかいやがって⋯⋯」
「あれは軽い牽制だ。分かるだろ?」
「いらん。俺がする。軍人と事務の職場恋愛は認められているからな。だから⋯⋯そろそろ、俺の恋人だという事も言いたいんだ」
アルベルトは小さくため息まじりに言って、ロディネが頬を赤くしたのに気づき、彼女を気遣うように尋ねた。
「⋯⋯お前の仕事ぶりは真面目だし、俺と恋仲になっても変わらなかった。誰も文句はないだろう。それでも、何か言ってくるような奴がいたら、俺が対処する。だから⋯⋯いいか?」
ロディネは、小さく頷き、顔を綻ばせた。
入職して間もないからと、彼が遠慮して待ってくれていたことでもある。ただ、アルベルトと出歩く機会も多くなっているし、今日の兄のように、いずれは誰かの目に止まるだろう。
騎士団長の彼と恋仲などと知られたら、好奇な目を向けられるのも避けられない。怖くない、といえば噓になる。だが、いつまでもこのままではいられないし、兄に叱責されてしまったのも、当然だと反省する。
私事ではアルベルトが本当に優しくて、何も無理をしなくていいから心が落ち着く。だから、支えて貰った分、職場では勇気を出そう。彼の恋人である事に幸せと喜びを感じているから、耐えられるような気がした。
「はい。私も⋯⋯聞かれたら、答えても良いですか?」
「無論だ。いくらでも言い触らせ」
「そ、そこまではできません!」
慌てるロディネに、アルベルトはくすくすと笑ったが。
――――しかし、邪魔だ。
と、心から思い、向かいに座って半眼になっているルーカスを軽く睨んだ。
「俺さぁ、腹減ってんだけど! これ、これ食いたい!」
わざとらしくメニュー表を突きだした。まるで空気を読もうとしない兄に、素直なロディネは慌てて謝った。
「ごめんね。お兄ちゃん! わ、私が注文するわ!」
今度こそ、と意気込むロディネに、すかさずアルベルトが口を挟んだ。
「ロディネ。買い物した荷物は、そのままで大丈夫か?」
「あ、そうですね! 生ものがありました!」
「常温でいいものは、後で俺が運んでやるから、それだけ先に片付けてくると良い」
「はい! 行ってきます」
さすがアルベルトだ。細かい所まで気が回ると、ロディネは感動した。席を立って荷物を仕分けると、要冷蔵品だけ抱えて、店を出て行く。彼女に「気をつけてな」と優しく声をかけて送り出したアルベルトは、彼女の姿が見えなくなるや否や、豹変した。
明後日の方を向いているルーカスを睨みつけ、地を這う声で告げた。
「休みの日に、気疲れさせんじゃねえよ。兄貴としては面白くねえんだろうが、何度も邪魔するな」
「するだろ。お前、俺の前で口説くんじゃねえよ」
にらみ合う両者の目に火花が散る。
「忘れ物も、男への牽制のつもりか。無駄だぞ」
冷ややかにアルベルトが言うと、ルーカスは忌々し気に舌打ちした。
「お前、よく動じなかったな」
「⋯⋯⋯⋯」
「ん?」
「俺がその程度で騒ぐか」
ルーカスの手前、澄ました顔で答えたアルベルトであるが。
「実はパンツにしようかと思ったことも一度や二度ではない」
と、ルーカスは余計なことまで付け加えた。
さすがにそんな物を何度も忘れていくというのは不自然である。ロディネに嫌がられて、捨てられでもしたら無意味だからやめたのだ。
やはり上着では牽制にならなかったかと口惜しがっていると、全身に悪寒が走った。顔を引きつらせて、向かいの男を見てみれば、怒気が漂っている。
「そんなものをロディネの家に置いていったら、俺がどうお前に報復に出るか、考えてから物を言え」
「勘弁してくれよ⋯⋯。俺はあいつがあまりに恋愛に奥手で夢見がちだから、騙されないか心配して、色々と気にかけてやっているだけだぞ? 優しい兄じゃないか!」
そもそもロディネが恋愛に怯み始めたのは、兄の奔放過ぎる恋愛事情に閉口したからだ。そうとも知らず、ルーカスは妙な気を回していた。
「⋯⋯⋯⋯。他にも何かしたのか?」
「俺の女達の痴話げんかに巻き込んでみたり?」
殺気立った目で睨みつけられて、ルーカスは慌てて手を振った。
「いや、俺もロディネを恋人だと嘘ついて、修羅場というものがどういうものか教えてやったのは、ちょっとやり過ぎたと思っている! その後、姉ちゃんにドつかれたし!」
「ロディネが他人を怖がるのは、てめえが原因か⋯⋯。ここが公共の場で良かったな」
「おう⁉」
冷徹な目で見据えてきたアルベルトに、ルーカスは完全に圧倒された。
店員に案内された窓際のテーブル席に着くと、ルーカスはさっさと椅子に座ったが、先頭を歩いていたアルベルトは立ったままだ。ルーカスが怪訝に思って見ていると、彼はロディネに窓側の席に座るように促した。
ロディネが応じて着席すると、アルベルトは彼女の隣に腰を下ろす。自分の隣に座らせたいという独占欲が見え隠れするが、それだけではないだろう、とルーカスは思った。
妹は他人の視線が苦手だ。
店に入る時も先に入り、注文を取りに来る店員や客が行きかう通路側にアルベルトがあえて座ったのも、ロディネを慮ってに違いない。どちらも自然で、アルベルトに無理がない。彼に礼を言うロディネの表情もずいぶんと柔らかかった。
アルベルトは顔が良いし、仕事もできる。潔癖なところがある一面は、間違いなく面倒くさいはずだと友人ながら思うのだが、妹はかなり信頼を寄せているようだ。アルベルトの内面にも惹かれているのだろう。
――――そりゃあ、アルベルトは良い奴だけどよぉ⋯⋯。
兄として、何だかとっても悔しい。
ついでにいうと、寂しい。
男ができるなんて、ずっと先だと思っていたからだ。さらにアルベルトが慣れた様子でロディネに優しく注文を聞き、次いでいささか雑にルーカスにも聞いた後、店員を呼んで飲み物を頼んだものだから。
――――甘やかしすぎだろ⁉
ルーカスは、ますます面白くない。これは一言もの申してやろう。
「おい、ロディネ。お前、少しは気をきかせろよ。アルベルトが全部やってるじゃねえか。もう社会人だろ?」
「わ、分っているわ!」
ロディネは恥じ入るように頬を赤らめ、お盆に飲み物を運んできた店員から緊張した様子で受け取って、それぞれに配った。アルベルトは微笑みながら彼女に礼を言ったが、『余計な事を言うな』とばかりにルーカスを睨んでくる。
一方、ロディネが素直に自分の言う事を聞いたので、ルーカスは得意げな顔でにやりと笑って返してやった。
「親しき仲にも礼儀あり、っていうだろ?」
「てめえがそれを言うか⋯⋯?」
苦々し気に言ったアルベルトに、ルーカスは素知らぬ顔である。
「しかし、未だに信じられねえよ。お前、付き合っている女は『虎』だとか言ってなかったか?」
「あぁ、そうだ」
アルベルトは、不思議そうな顔をしているロディネに苦笑して、以前ルーカスと交わしたやり取りを教えてやると、彼女の目が泳いだ。
「あの⋯⋯それって、もしかして⋯⋯」
「酒に酔うと、な?」
「う⋯⋯っ」
真っ赤になったロディネは、今度はルーカスが怪訝そうな顔になっているのに気づき、渋々口を開いた。
「新人歓迎会で、ちょっと飲み過ぎたのよ。帰りに木に激突して、尻もちをついて、眼鏡を踏んで壊したそうよ。そこに通りがかったアルベルトさんが助けてくれて、家まで送り届けてくれたの⋯⋯その後、一時間ほどよく分からない事ばかり言ったらしいわ⋯⋯全く覚えていないけど」
「まさかと思うが⋯⋯それが出会いか?」
頬を染めて気まずげな顔をして黙った妹に、ルーカスは感心した。我が妹ながら、あまりにも。
「無様すぎるぞ。挙句に絡み酒かよ。お前、たちが悪い女じゃねえか!」
「それは私が一番、分かっているわよ!」
半泣きの妹に、ルーカスは呆れるしかない。あまりに酷すぎる。それでよく騎士団一のモテ男を惚れさせたものだ、と思いながらアルベルトを見てみれば。
恥ずかしそうにしているロディネに苦笑して、
「大丈夫だ。お前の兄の酔い方は、無様どころじゃなかったぞ」
などと言って、彼女を責めない。
「あの⋯⋯もしかして、私の前にアルベルトさんに愚痴を二時間ほど言ったという御友人は⋯⋯」
「ルーカスだ」
「兄妹揃って、本当に申し訳ありません!」
頭を抱えたロディネに、アルベルトは軽く笑ってみせた。
「いい。ルーカスの愚痴は全て聞き流した」
「それが一番です! 女性の話しかしませんから! 私の家に来た時も、八割方その話です。挙句に服も忘れていったりして、本当に困ります」
実家でも姉のカレンは全く聞く耳を持たないせいで、ロディネは聞き役に回る事が多かった。おかげで初恋も知らない内に、男女の修羅場の数々を聞かされ、げんなりしたものである。
ただ、ふとロディネが気になったのは、アルベルトが聞き流していたのは自分の話ではなかった事だ。
全く記憶が無いだけに、一体なんのことで騒いだのか。
嫌な予感がして、ロディネはそれとなく尋ねた。
「あの⋯⋯ところで、酔っぱらった私は、何を言っていましたか?」
「⋯⋯⋯⋯。言っていいのか?」
アルベルトは、すっかり不貞腐れた顔をしているルーカスを一瞥する。ロディネの目が泳いだ。
二人きりになった時に聞くべきだろう、と思い直したが。
ルーカスが平然と口を挟んだ。
「まずいだろ」
「お兄ちゃん⁉」
ぎくりとするロディネに、ルーカスはにやりと笑った。
「お前、俺が知らないとでも思っていたのか? 家で飲んで酔っぱらった時、ペラペラといつもしゃべってたぞ」
毎回同じ話だったから、ルーカスは興味をひかれて、調べてみたのだ。
「噓でしょう⁉」
ロディネは愕然として、真っ赤になった後、蒼くなった。恐らくカレンにも知られているだろうが、優しい姉は黙っていてくれているのだろう。問題は、やはり兄だ。ルーカスはやり返したとばかりに、ご満悦だったからだ。
そんな兄妹を見て、アルベルトは眉を顰めた。
酔った彼女が初対面の時に言っていたのは、『なぜ別れなければならなかった』とか『自分は納得していない』という事を延々繰り返していた。『他の人がいい』とも言われたようだから、どうやら失恋したらしいと思ったのだ。部屋にあった男物の服を見て、悲鳴を上げたのだろう、とも考えた。
服はただのルーカスの忘れ物だったが。
――――誰かに失恋した、というのは事実か⋯⋯?
そういえば、彼女は急に何かを見て驚いたように震え、よろけて街路樹に激突した。あの時も、何を見たのだろうか。
もう終わった事であるのに、胸がざわつく。気になって仕方がないが、今の恋人に言いにくい事でもあるだろう。どうしたものかと思い悩みながらも、ロディネの注意がまたルーカスに向いたのが気に入らない。
ルーカスが『黙っていてほしければ、また飯を作れ』などと言い出していたからだ。
「おい、調子に乗るな」
と、アルベルトが遮るが、ルーカスは動じない。
「別にいいだろ、俺の妹なんだから」
「俺の恋人だ。お前が兄だと言われなければ、さっきも締め上げていた所だぞ。前もロディネの眼鏡を取り上げて、からかいやがって⋯⋯」
「あれは軽い牽制だ。分かるだろ?」
「いらん。俺がする。軍人と事務の職場恋愛は認められているからな。だから⋯⋯そろそろ、俺の恋人だという事も言いたいんだ」
アルベルトは小さくため息まじりに言って、ロディネが頬を赤くしたのに気づき、彼女を気遣うように尋ねた。
「⋯⋯お前の仕事ぶりは真面目だし、俺と恋仲になっても変わらなかった。誰も文句はないだろう。それでも、何か言ってくるような奴がいたら、俺が対処する。だから⋯⋯いいか?」
ロディネは、小さく頷き、顔を綻ばせた。
入職して間もないからと、彼が遠慮して待ってくれていたことでもある。ただ、アルベルトと出歩く機会も多くなっているし、今日の兄のように、いずれは誰かの目に止まるだろう。
騎士団長の彼と恋仲などと知られたら、好奇な目を向けられるのも避けられない。怖くない、といえば噓になる。だが、いつまでもこのままではいられないし、兄に叱責されてしまったのも、当然だと反省する。
私事ではアルベルトが本当に優しくて、何も無理をしなくていいから心が落ち着く。だから、支えて貰った分、職場では勇気を出そう。彼の恋人である事に幸せと喜びを感じているから、耐えられるような気がした。
「はい。私も⋯⋯聞かれたら、答えても良いですか?」
「無論だ。いくらでも言い触らせ」
「そ、そこまではできません!」
慌てるロディネに、アルベルトはくすくすと笑ったが。
――――しかし、邪魔だ。
と、心から思い、向かいに座って半眼になっているルーカスを軽く睨んだ。
「俺さぁ、腹減ってんだけど! これ、これ食いたい!」
わざとらしくメニュー表を突きだした。まるで空気を読もうとしない兄に、素直なロディネは慌てて謝った。
「ごめんね。お兄ちゃん! わ、私が注文するわ!」
今度こそ、と意気込むロディネに、すかさずアルベルトが口を挟んだ。
「ロディネ。買い物した荷物は、そのままで大丈夫か?」
「あ、そうですね! 生ものがありました!」
「常温でいいものは、後で俺が運んでやるから、それだけ先に片付けてくると良い」
「はい! 行ってきます」
さすがアルベルトだ。細かい所まで気が回ると、ロディネは感動した。席を立って荷物を仕分けると、要冷蔵品だけ抱えて、店を出て行く。彼女に「気をつけてな」と優しく声をかけて送り出したアルベルトは、彼女の姿が見えなくなるや否や、豹変した。
明後日の方を向いているルーカスを睨みつけ、地を這う声で告げた。
「休みの日に、気疲れさせんじゃねえよ。兄貴としては面白くねえんだろうが、何度も邪魔するな」
「するだろ。お前、俺の前で口説くんじゃねえよ」
にらみ合う両者の目に火花が散る。
「忘れ物も、男への牽制のつもりか。無駄だぞ」
冷ややかにアルベルトが言うと、ルーカスは忌々し気に舌打ちした。
「お前、よく動じなかったな」
「⋯⋯⋯⋯」
「ん?」
「俺がその程度で騒ぐか」
ルーカスの手前、澄ました顔で答えたアルベルトであるが。
「実はパンツにしようかと思ったことも一度や二度ではない」
と、ルーカスは余計なことまで付け加えた。
さすがにそんな物を何度も忘れていくというのは不自然である。ロディネに嫌がられて、捨てられでもしたら無意味だからやめたのだ。
やはり上着では牽制にならなかったかと口惜しがっていると、全身に悪寒が走った。顔を引きつらせて、向かいの男を見てみれば、怒気が漂っている。
「そんなものをロディネの家に置いていったら、俺がどうお前に報復に出るか、考えてから物を言え」
「勘弁してくれよ⋯⋯。俺はあいつがあまりに恋愛に奥手で夢見がちだから、騙されないか心配して、色々と気にかけてやっているだけだぞ? 優しい兄じゃないか!」
そもそもロディネが恋愛に怯み始めたのは、兄の奔放過ぎる恋愛事情に閉口したからだ。そうとも知らず、ルーカスは妙な気を回していた。
「⋯⋯⋯⋯。他にも何かしたのか?」
「俺の女達の痴話げんかに巻き込んでみたり?」
殺気立った目で睨みつけられて、ルーカスは慌てて手を振った。
「いや、俺もロディネを恋人だと嘘ついて、修羅場というものがどういうものか教えてやったのは、ちょっとやり過ぎたと思っている! その後、姉ちゃんにドつかれたし!」
「ロディネが他人を怖がるのは、てめえが原因か⋯⋯。ここが公共の場で良かったな」
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