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彼女が彼を嫌う理由
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やっぱり、たまに、叩き潰しておきたくなるんだよね―
最愛の妻が、かつて受けた仕打ち。大衆の面前での断罪劇。まあ、自身その手を絶対に使わないとは、言い切れないが。
他でもない、ユニファルアが傷つけられたのだ。自分のことは棚上げにして、ついでに男としての嫉妬も多分に含んで、彼女の元婚約者への怒りが薄れることはない。
義妹のリリアージュが、暇を見つけて領主館を訪れた日。生憎と、彼女のお目当ての一人であるヴィアンカは、協力者の一人と共に特務の任務で留守にしていた。
代わりに、でもないが、妻と二人で彼女を誘って、庭園の片隅で行われる、肩肘張らないお茶会。好き勝手に遊ぶ息子達を眺めながらのそれは、とても心安らぐもので。
息子達を見守る自分の姉の顔に、陰りが全く無いことに勇気を得たのか、リリアージュが、今までしたことのなかった質問を初めて口にした。
―婚約破棄の場であったことを、私も知りたい
概要は把握しているものの、姉自身の口からその顛末を聞いたことの無かったリリアージュ。果たして、応えた姉の話の内容に、唇を強く噛む。
悔しいのか、悲しいのか、黙り込んでしまった妹を励まそうと、ユニファルアが、自身も初めて耳にした言葉を語る。
「…怒っていらっしゃったのでしょうけど、茶番だと断じたヴィアンカ様の眼差しは本当に強くて。それを思い出したら、頑張ろうって思えたの。あの時、私は一人じゃなかったわ。ヴィアンカ様が隣に居てくれた。…ねえ、リリィ。そんな顔しないで?」
妹の落ち込みに、ユニファルアが困ったように笑う。だから本当は、気づいたコレを、伝えたくは無いんだけど。でもきっと、君が笑ってくれるから。
「…ユニ。その時、ヴィアが茶番だと断じたという時に、君は何か言われなかった?」
「?…そう言えば、その時はセウロン様も一緒にいらっしゃって『そんな女と付き合うなど、君もたかが知れている』と言うようなことを、言われました」
ユニファルアの言葉に、やはりと、うなずく。
「多分、それだね」
「それ、とは?」
ユニファルアが首を傾げた。
―ねえ、気づいてる?
「…ヴィアには、君しか友達がいないんだ」
「!?」
「もちろん、軍の中に、親しい仲間や、彼女を慕う部下は大勢いるよ?レイとかね」
そういう『戦う』というあの子の得意分野を通しては。
「だけど、まあ、軍って言うのは男社会ってのもあって、親しい友人、しかも女の子っていうのが、あの子には居なかったんだ」
当時のヴィアンカは、それを特に気にしてはいなかったようだが。
「だから、僕達があの子を士官学校にやったのは、友達を作れっていう意味もあったんだよ。だけど結局、三年間で出来た友達は、唯一君だけ」
ユニファルアが、ヴィアンカのあの態度に、物怖じしなかったとは思えない。それでも、あの子の側に居ようとしてくれた。
「あの子は、ああいう生き方をしてきたから。一度線を引いてしまうと、自分の内側に人を入れるのが、とことん下手でさ」
『戦う』ことを通さずに、他者を信じて、期待して、働きかける。関係を築くというのが、致命的にね。だからこそ、
「ヴィーはね、士官学校時代、ラギアスくん達に何を言われても気にしてなかったんだ。彼らは、彼女の内側に居ない。だから、何を言われようと、関係ない」
あの子は線引きするのも早いから。それは長所にも短所にもなるんだろうけど。
「だから、あの子が「茶番」だと断じたのは、君が傷つけられるようなことを言われたから。あの子が怒りを見せたと言うのなら、それは、間違いなく君のためだよ」
瞬間、ユニファルアが幸せに蕩けたような笑顔を見せる。ずっと見ていたい、こちらまで嬉しくさせる、そんな笑顔を。
けれど、彼女にその顔をさせたのは、自分ではなくて。
―だから、伝えたくなかったんだよね
悔しい思いをするのは、わかってはいたけれど。君の笑顔の方が大切だから。
息子に呼ばれて席を立ったその背を、未練がましく目で追い続けて―
「…お義兄様、大丈夫です。私から見たねえ様は、お兄様といるときも、とっても幸せそうです」
「…ありがと」
あげく、二十以上、年下の女の子に慰められちゃう始末。
やっぱり、たまに、叩き潰しておきたくなるんだよね―
最愛の妻が、かつて受けた仕打ち。大衆の面前での断罪劇。まあ、自身その手を絶対に使わないとは、言い切れないが。
他でもない、ユニファルアが傷つけられたのだ。自分のことは棚上げにして、ついでに男としての嫉妬も多分に含んで、彼女の元婚約者への怒りが薄れることはない。
義妹のリリアージュが、暇を見つけて領主館を訪れた日。生憎と、彼女のお目当ての一人であるヴィアンカは、協力者の一人と共に特務の任務で留守にしていた。
代わりに、でもないが、妻と二人で彼女を誘って、庭園の片隅で行われる、肩肘張らないお茶会。好き勝手に遊ぶ息子達を眺めながらのそれは、とても心安らぐもので。
息子達を見守る自分の姉の顔に、陰りが全く無いことに勇気を得たのか、リリアージュが、今までしたことのなかった質問を初めて口にした。
―婚約破棄の場であったことを、私も知りたい
概要は把握しているものの、姉自身の口からその顛末を聞いたことの無かったリリアージュ。果たして、応えた姉の話の内容に、唇を強く噛む。
悔しいのか、悲しいのか、黙り込んでしまった妹を励まそうと、ユニファルアが、自身も初めて耳にした言葉を語る。
「…怒っていらっしゃったのでしょうけど、茶番だと断じたヴィアンカ様の眼差しは本当に強くて。それを思い出したら、頑張ろうって思えたの。あの時、私は一人じゃなかったわ。ヴィアンカ様が隣に居てくれた。…ねえ、リリィ。そんな顔しないで?」
妹の落ち込みに、ユニファルアが困ったように笑う。だから本当は、気づいたコレを、伝えたくは無いんだけど。でもきっと、君が笑ってくれるから。
「…ユニ。その時、ヴィアが茶番だと断じたという時に、君は何か言われなかった?」
「?…そう言えば、その時はセウロン様も一緒にいらっしゃって『そんな女と付き合うなど、君もたかが知れている』と言うようなことを、言われました」
ユニファルアの言葉に、やはりと、うなずく。
「多分、それだね」
「それ、とは?」
ユニファルアが首を傾げた。
―ねえ、気づいてる?
「…ヴィアには、君しか友達がいないんだ」
「!?」
「もちろん、軍の中に、親しい仲間や、彼女を慕う部下は大勢いるよ?レイとかね」
そういう『戦う』というあの子の得意分野を通しては。
「だけど、まあ、軍って言うのは男社会ってのもあって、親しい友人、しかも女の子っていうのが、あの子には居なかったんだ」
当時のヴィアンカは、それを特に気にしてはいなかったようだが。
「だから、僕達があの子を士官学校にやったのは、友達を作れっていう意味もあったんだよ。だけど結局、三年間で出来た友達は、唯一君だけ」
ユニファルアが、ヴィアンカのあの態度に、物怖じしなかったとは思えない。それでも、あの子の側に居ようとしてくれた。
「あの子は、ああいう生き方をしてきたから。一度線を引いてしまうと、自分の内側に人を入れるのが、とことん下手でさ」
『戦う』ことを通さずに、他者を信じて、期待して、働きかける。関係を築くというのが、致命的にね。だからこそ、
「ヴィーはね、士官学校時代、ラギアスくん達に何を言われても気にしてなかったんだ。彼らは、彼女の内側に居ない。だから、何を言われようと、関係ない」
あの子は線引きするのも早いから。それは長所にも短所にもなるんだろうけど。
「だから、あの子が「茶番」だと断じたのは、君が傷つけられるようなことを言われたから。あの子が怒りを見せたと言うのなら、それは、間違いなく君のためだよ」
瞬間、ユニファルアが幸せに蕩けたような笑顔を見せる。ずっと見ていたい、こちらまで嬉しくさせる、そんな笑顔を。
けれど、彼女にその顔をさせたのは、自分ではなくて。
―だから、伝えたくなかったんだよね
悔しい思いをするのは、わかってはいたけれど。君の笑顔の方が大切だから。
息子に呼ばれて席を立ったその背を、未練がましく目で追い続けて―
「…お義兄様、大丈夫です。私から見たねえ様は、お兄様といるときも、とっても幸せそうです」
「…ありがと」
あげく、二十以上、年下の女の子に慰められちゃう始末。
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