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第二章 嫁入りと恋の季節
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「はーん?じゃあ、本当にあんたが、団長の番なんだ。」
「番じゃないよ、ガット。ただの奥さん。」
「あー?んー?あ?確かに?何か違うな?は?何で、団長が番でもない女と結婚なんてするわけ?」
「そんなの、俺の方が知りたいくらい。」
突然、店に現れた獣人二人組は、ガットとルナールだと名乗った。ボルドによると、彼らは同じ傭兵団の仲間で、それぞれ猫と狐の獣人らしい。確かに、見た目十七、八の男の子の頭でピコピコ動く耳は大変可愛らしいのだが、
(何だろう。発言が可愛くない。)
ついでに言うと、勝手知ったる感じでVIPルームに侵入してふんぞり返る十代少年の姿も、ふてぶてしくて可愛くない。
「ねぇ、あんたさぁ…」
狐獣人のルナールのこちらを見る目が、スッと細まって、
「どうやって団長に取り入ったの?」
「取り入るって…」
「だってさぁ、変でしょ。あの団長がいきなり女連れてきて、しかも、結婚?」
「あり得ない」と鼻で笑うルナールの瞳孔が開いていく。
「一体さぁ、どんな汚い手、使ったわけ?泣き落とし?団長の優しさにつけこんだ?」
「…」
威圧、されているのがわかるくらいの痛い沈黙の中で、ボルドがそっと身を寄せてくれた。律儀な十五歳は、この状況でも「護衛」を続けてくれるらしい。
「…えっと、一つ、いや、二つだけ、先に聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「なに?俺の質問には答える気はないって?」
「ううん。そうじゃなくて、先に確かめておかないと、その、つけこむ?とかが、よくわからないというか…」
「まあ、いいけど。」
「後で絶対、俺の質問にも答えろ」というルナールに頷いて、感じていた疑問を口にする。
「…あの、ユーグってさ、その、女の人、彼女とか、あんまり連れてきたりしないの?」
「はぁーっ!?」
何言ってんだコイツ、みたいな声を上げたのはガット、そのままの表情で睨んでくるから腰が引けたが、
(いや、だって、気になるじゃない!)
女性関係において、「あの団長が」とか、「あり得ない」とか言われたら、「あれ?じゃあ、ひょっとして私は特別?」なんて、少し、本当に、少しくらいは、ちょっとは自惚れてもー
「…言っとくけど、団長はモテるからね。」
「あ、はい。」
そうですよね。自分から行く必要の無いくらいモテるから、今まで誰も連れて来なかっただけですよね。
(…ん?あれ、じゃあ、やっぱり、何で私?)
ハルハテでたまたま出会ったのが私で、タイミングが良かったから、というのが最有力ではあるけれど、
「…あの、じゃあ、もう一つ。…『番』って何ですか?」
「はー?マジで?マジで言ってんの?お前?」
「番の存在も知らずに、よく獣人と結婚しようなんて思えたよね。」
「あ、はい。」
すみません。呆れられ、説教口調になった年下男子に、心の中で謝った。
「番っつーのはさ、『魂の半身』ってやつで、獣人にとっての唯一なわけ。」
「…ほほう?」
なかなかロマンチックな響きのガットの説明ではあったけれど、申し訳ないことに、いまいち良くわからなかった。
「…獣人は自分の伴侶を本能で見つけるんだよ、それが番。番が見つかるまでは普通に恋愛も結婚もするけど、番が見つかれば、番一筋になる。」
「…え?」
「だぁかぁらー、番がいれば、他の女なんて必要ねぇーし、もう、番以外、勃たなくなるっつーか、反応しなくなるっつーか。」
「それって…」
言われた言葉に、じわりと、番というものの恐ろしさを理解していく。
「つまり、あんたが本当に団長の奥さんだろうと何だろうと、団長に番が現れれば、あんたはお払い箱ってこと。」
「番いたら、意味ねぇーしな。」
「…」
「そんなことも知らずに団長に取り入るとか、本当、あんたって…」
続く言葉は、痛いほど身に染みた。
(番…。ユーグは、何で言ってくれなかったんだろう。)
一瞬、そう考えて、
「あ。」
「…んだよ?」
思い出した。
(そうだ、ユーグは、伝えようとしてくれてた。)
彼は、言っていた、「自分は獣人だ」と。その言葉を、そのままの意味でしかとらえられなかったのは私で、獣人と人間の違い、番や発情期の存在なんかも、きっと、獣人にとっては当たり前のことでー
(…本当だ、私、馬鹿だ。)
情けなくて、込み上げそうになるものを、必死でのみこむ。ここで泣くのは違う。恥ずかしい。格好悪い。だから、上向きの、まだ頑張れそうな何か、悪あがきの希望を見つけたくて、
「…私が、ユーグの番っていう可能性は、」
「無いな。」
「無ぇーよ。」
「あ、はい。」
ワンチャン、本気で信じてみたかった可能性は一瞬で叩き潰された。
「あのさ?お前、獣人の本能なめてんの?」
「いや、そういうわけでは。ただ、私、人間だから。本能?的にって言うのがわからなくて。」
「…匂い、かな。」
「え?」
「人間の感覚に一番近いのは、匂い。獣人は皆、匂いに敏感だから、匂いに惹き付けられて番を見つける。わかるんだよ、『コレが番だ』ってのが。」
「それは…」
確かに、人間の私にはわからない感覚かもと落ち込みかけて、
「番だけじゃないよ。匂いで個人を特定することも出来る。」
恐ろしいことを言い出したルナールに、ジリッと彼から距離をとる。
「…何?」
「いえ。…続けて下さい。」
「…あんたのソレも。」
「えっ!?」
どれ!?
(やっぱり臭い!?もう、いやー!)
メンタルボロボロのところに、「こいつ臭い」とか言われたら、本当もう、どうやって立ち直れば良いのよ、と別の意味で泣きそうになっていたら、
「…あんたには、団長の『匂い』がついてる。だから、獣人であればあんたが団長のものだってのがわかるんだよ。」
「あ!」
漸く、合点が言って、ボルドを振り返る。
「…」
無言で頷くボルドが、先ほど話してくれたのはどうやらそういうことだったらしい。決して、私が臭いわけでは、
「まぁ、一応ってくらいで、ほとんど団長の匂いはしねぇーけどな。」
「本当。これで本当、結婚してんの?ってくらい。」
「…」
一々、抉ってくる子達に唇を噛む。
「だから、そういうこと。あんたがもし団長の番だとしたら、そんなうっすい匂いで済むはず無いんだよ。」
「あー確かになぁー。番見つけた最初の発情期はやべぇからなぁ。」
「そう。発情期にあんたがこの場でヘラヘラしてる時点で、あんたは団長の番じゃない。」
「発情期…」
そうか、そう言えばそんなものも、というか、今まさにその時期だと言われていたのを思い出して、凹む。
(…ユーグは、多分、いや、まあ、うん、確実に『そんな気分じゃない』って感じ。)
更に凹んだ。
「トキさんの時はヤバかったもんなー。」
「兎は、繁殖欲強いからね。」
「にしても、一ヶ月籠りっぱはヤバいだろ?俺、トキさんの番、マジで死んだと思ったわ。」
「トキさんは独占欲も強いから。俺、まだトキさんの番に会ったことないし。」
「今も、閉じ込めてんだろうなぁ…」
「…」
凹んでるのに。
凹む私の横で不穏な話題で盛り上がる青少年に、ちょっと、仲間内の話を赤裸々に語らないで欲しいと思う。トキさんのそんな情報、本当、知りたくなかった。
「番じゃないよ、ガット。ただの奥さん。」
「あー?んー?あ?確かに?何か違うな?は?何で、団長が番でもない女と結婚なんてするわけ?」
「そんなの、俺の方が知りたいくらい。」
突然、店に現れた獣人二人組は、ガットとルナールだと名乗った。ボルドによると、彼らは同じ傭兵団の仲間で、それぞれ猫と狐の獣人らしい。確かに、見た目十七、八の男の子の頭でピコピコ動く耳は大変可愛らしいのだが、
(何だろう。発言が可愛くない。)
ついでに言うと、勝手知ったる感じでVIPルームに侵入してふんぞり返る十代少年の姿も、ふてぶてしくて可愛くない。
「ねぇ、あんたさぁ…」
狐獣人のルナールのこちらを見る目が、スッと細まって、
「どうやって団長に取り入ったの?」
「取り入るって…」
「だってさぁ、変でしょ。あの団長がいきなり女連れてきて、しかも、結婚?」
「あり得ない」と鼻で笑うルナールの瞳孔が開いていく。
「一体さぁ、どんな汚い手、使ったわけ?泣き落とし?団長の優しさにつけこんだ?」
「…」
威圧、されているのがわかるくらいの痛い沈黙の中で、ボルドがそっと身を寄せてくれた。律儀な十五歳は、この状況でも「護衛」を続けてくれるらしい。
「…えっと、一つ、いや、二つだけ、先に聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
「なに?俺の質問には答える気はないって?」
「ううん。そうじゃなくて、先に確かめておかないと、その、つけこむ?とかが、よくわからないというか…」
「まあ、いいけど。」
「後で絶対、俺の質問にも答えろ」というルナールに頷いて、感じていた疑問を口にする。
「…あの、ユーグってさ、その、女の人、彼女とか、あんまり連れてきたりしないの?」
「はぁーっ!?」
何言ってんだコイツ、みたいな声を上げたのはガット、そのままの表情で睨んでくるから腰が引けたが、
(いや、だって、気になるじゃない!)
女性関係において、「あの団長が」とか、「あり得ない」とか言われたら、「あれ?じゃあ、ひょっとして私は特別?」なんて、少し、本当に、少しくらいは、ちょっとは自惚れてもー
「…言っとくけど、団長はモテるからね。」
「あ、はい。」
そうですよね。自分から行く必要の無いくらいモテるから、今まで誰も連れて来なかっただけですよね。
(…ん?あれ、じゃあ、やっぱり、何で私?)
ハルハテでたまたま出会ったのが私で、タイミングが良かったから、というのが最有力ではあるけれど、
「…あの、じゃあ、もう一つ。…『番』って何ですか?」
「はー?マジで?マジで言ってんの?お前?」
「番の存在も知らずに、よく獣人と結婚しようなんて思えたよね。」
「あ、はい。」
すみません。呆れられ、説教口調になった年下男子に、心の中で謝った。
「番っつーのはさ、『魂の半身』ってやつで、獣人にとっての唯一なわけ。」
「…ほほう?」
なかなかロマンチックな響きのガットの説明ではあったけれど、申し訳ないことに、いまいち良くわからなかった。
「…獣人は自分の伴侶を本能で見つけるんだよ、それが番。番が見つかるまでは普通に恋愛も結婚もするけど、番が見つかれば、番一筋になる。」
「…え?」
「だぁかぁらー、番がいれば、他の女なんて必要ねぇーし、もう、番以外、勃たなくなるっつーか、反応しなくなるっつーか。」
「それって…」
言われた言葉に、じわりと、番というものの恐ろしさを理解していく。
「つまり、あんたが本当に団長の奥さんだろうと何だろうと、団長に番が現れれば、あんたはお払い箱ってこと。」
「番いたら、意味ねぇーしな。」
「…」
「そんなことも知らずに団長に取り入るとか、本当、あんたって…」
続く言葉は、痛いほど身に染みた。
(番…。ユーグは、何で言ってくれなかったんだろう。)
一瞬、そう考えて、
「あ。」
「…んだよ?」
思い出した。
(そうだ、ユーグは、伝えようとしてくれてた。)
彼は、言っていた、「自分は獣人だ」と。その言葉を、そのままの意味でしかとらえられなかったのは私で、獣人と人間の違い、番や発情期の存在なんかも、きっと、獣人にとっては当たり前のことでー
(…本当だ、私、馬鹿だ。)
情けなくて、込み上げそうになるものを、必死でのみこむ。ここで泣くのは違う。恥ずかしい。格好悪い。だから、上向きの、まだ頑張れそうな何か、悪あがきの希望を見つけたくて、
「…私が、ユーグの番っていう可能性は、」
「無いな。」
「無ぇーよ。」
「あ、はい。」
ワンチャン、本気で信じてみたかった可能性は一瞬で叩き潰された。
「あのさ?お前、獣人の本能なめてんの?」
「いや、そういうわけでは。ただ、私、人間だから。本能?的にって言うのがわからなくて。」
「…匂い、かな。」
「え?」
「人間の感覚に一番近いのは、匂い。獣人は皆、匂いに敏感だから、匂いに惹き付けられて番を見つける。わかるんだよ、『コレが番だ』ってのが。」
「それは…」
確かに、人間の私にはわからない感覚かもと落ち込みかけて、
「番だけじゃないよ。匂いで個人を特定することも出来る。」
恐ろしいことを言い出したルナールに、ジリッと彼から距離をとる。
「…何?」
「いえ。…続けて下さい。」
「…あんたのソレも。」
「えっ!?」
どれ!?
(やっぱり臭い!?もう、いやー!)
メンタルボロボロのところに、「こいつ臭い」とか言われたら、本当もう、どうやって立ち直れば良いのよ、と別の意味で泣きそうになっていたら、
「…あんたには、団長の『匂い』がついてる。だから、獣人であればあんたが団長のものだってのがわかるんだよ。」
「あ!」
漸く、合点が言って、ボルドを振り返る。
「…」
無言で頷くボルドが、先ほど話してくれたのはどうやらそういうことだったらしい。決して、私が臭いわけでは、
「まぁ、一応ってくらいで、ほとんど団長の匂いはしねぇーけどな。」
「本当。これで本当、結婚してんの?ってくらい。」
「…」
一々、抉ってくる子達に唇を噛む。
「だから、そういうこと。あんたがもし団長の番だとしたら、そんなうっすい匂いで済むはず無いんだよ。」
「あー確かになぁー。番見つけた最初の発情期はやべぇからなぁ。」
「そう。発情期にあんたがこの場でヘラヘラしてる時点で、あんたは団長の番じゃない。」
「発情期…」
そうか、そう言えばそんなものも、というか、今まさにその時期だと言われていたのを思い出して、凹む。
(…ユーグは、多分、いや、まあ、うん、確実に『そんな気分じゃない』って感じ。)
更に凹んだ。
「トキさんの時はヤバかったもんなー。」
「兎は、繁殖欲強いからね。」
「にしても、一ヶ月籠りっぱはヤバいだろ?俺、トキさんの番、マジで死んだと思ったわ。」
「トキさんは独占欲も強いから。俺、まだトキさんの番に会ったことないし。」
「今も、閉じ込めてんだろうなぁ…」
「…」
凹んでるのに。
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