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第三章 夏祭りと嫉妬する心

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私的基準で言えば、「ゴング前のボクシング」でギリだ。それもテレビ中継、画面越しの映像に限る。試合終了後のインタビューなんて、「早く治療させてあげなよ!」としか思えない。プロレスも、選手の肉体や技術を賛美することはあっても、流血シーンにはこちらの血の気が引く。大晦日にやるタイプに到っては、「足!?足で蹴るとか!?」と、想像した痛みに勝手に悶えたくなる。

つまり、例えそれがスポーツや格闘技という名のつくものであろうと、私は人を蹴ったり殴ったりが怖い。リアルやんちゃ系はもっと苦手、武装するような人種は未知の世界。なのに、

(…身内だんながそんな世界にどっぷりとか…)

日が暮れる町の端、月兎つきうさぎ亭のテーブルの一つに突っ伏して呻く。人気の無い店内、耳に届くのは、店の外、遠くから聞こえてくる歓声、今日の祭りの盛り上がりを伝えてくる―

(…結局、ダメだったな…)

ごちゃごちゃと悩んだ末、夏月祭に出かける気にもなれなくて、臨時休業のお店に一人残ってのお留守番。「また来年もあるからね」と言ってくれたトキさんは、未だその姿どころか名前も教えてもらえずに幻の存在とかしている彼の番と一緒にお祭りへと出かけて行った。どうやら、番さんに「遊びに行きたい」と泣いてお願いされたらしい。

(それで、お店休んでお祭りデートしてくれるとか、やっぱり、トキさん優しい…)

そして、羨ましい―

「はぁー。私もラブラブデートしたい。」

そんなユーグは想像できなくても、言ってみるだけなら許されるだろう。そうやってグダグダしているところに、いきなり店の扉が開いた。「すみません、今日はお店お休みです」と伝えるつもりで上げた視線の先、現れた大きな影に少し驚く。

「あれ?ボルド?」

「…」

店の中に入ってきた巨体がのっそりと近づいてくる。

「お祭りは?行かなかったの?」

「ああ…。祭りは苦手だ。…人が多くて、潰しそうになる。」

「えー!」

笑おうとして、ボルドならあり得なくはないと気づいて、笑いが引っ込んだ。

「…クロエは、行かないのか?クロエが行きたいなら、連れていく。」

「うーん。ありがとう。…でも、今年は止めとく。」

「…」

いくら皆が認める最強の男だろうと、旦那が命がけで殴り合ってる横でりんご飴を舐める気概は無い。

(…来年までに、その気概が養えるかはわからないけど。)

「ボルド、ご飯もう食べた?まだなら、何か作ろうか?」

「…食べる。」

「了解。」

多分、私を気遣って。ご飯も食べずに様子を見に来てくれた優しい熊の子に、好物を作ってあげようと決めた。幸い、臨時休業で余った食材がそこそこある。その中から、「彼の好む肉料理を」とキッチンに立ったところで、再び店の扉が開いた。

「あー、やっぱ、ボルドも来てたか。」

「お前、暇なの?」

両手いっぱいに祭りの戦利品らしきものを抱えた二人組の登場に、一気に店の中が騒がしくなった。

「…ガットとルナールは、お祭り楽しんで来た後?」

「おー。まぁ、一通りは制覇したな。」

「…はい、お土産。」

ボルドと同じテーブルについた二人が、ボルドの前に戦利品の食べ物を積み上げていく。

「焼いた肉と甘いもんはそこそこあったんだけどさぁ。腹にたまるもんがねぇんだよな。」

「肉も固いしね。マズい。」

「…」

トキさんの料理に舌を慣らされてしまっている彼らに、夜店の味はもの足りなかったらしい。

「…二人も、何か食べる?」

「食う、肉。」

「俺は、腹にたまるもの。」

適当なリクエストにうなずいて、取り敢えず、下ごしらえ済みの鶏の唐揚げを揚げにかかる。

「…」

高温の油の中、ジュージューと音を立てる肉の塊を眺めながら、少しボーっとする。忘れたつもりで、納得したつもりで背を向けた町の喧騒が、騒がしい男たちのおかげで今は遠い。だけど、店の外のあの暗闇の先、光の当たる場所でユーグは―

「…お前、何か顔、変じゃねぇ?」

「…いきなり喧嘩売ってくるなら、ガットは唐揚げなし。」

「はぁーっ!?」

気づけば、カウンターから身を乗り出すようにしてこちらを見ていたガット。彼の目に映る自分は一体どんな顔をしていたのか。

変なへこんだ顔はしてたかもしれないけど、顔は変じゃない、はず…)

気を取り直し、盛り付けた唐揚げの山を彼らの前に運ぶ。テーブルの上、お皿を置くこちらをジッと見つめるルナールの金の瞳。

「…なに?」

「…連れてってあげようか?」

「え?」

「行きたいんでしょ?闘技会。…俺が、連れてってやるよ。」




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