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第五章 近づいたり、離れたり
9.
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9.
「その不倫相手ってのが、そこのカフェのマスターで」
結莉愛が指差したのは、まさに今、私が入ろうとした、何かの『都合』で『しばらくお休み』するらしいカフェ。うん、頭痛がしてきた。
「30以上年上の男と不倫して、奥さんにバレて訴えられるとか、マジで笑えるんだけど」
「…」
その不倫はいつから始まっていたのだろう?私と一緒にお店に来た時には、もう既にそういう関係だったということ?
何か、本当に気分が悪くなってきた気がする。
「ここらのお店って、商店街にあるから横の繋がりが強いでしょ?だから、あっという間に噂が広まってさ」
結莉愛の唇が楽しそうに弧を描く。
「あの女、あんた達の高校でそこそこ有名だったからね。同級のSNS でもかなり叩かれて。それで当然来叶の耳にも入って、修羅場って別れたらしい。ホント、ざまぁ」
来叶自身は何も言っていなかった、それが別れの真相、なのだろうか―
「SNSの噂もエグくてさあ。あの女、大学にも行けなくなって引きこもってるらしい」
「…」
ついさっき、ベビーカーを押しながら自分の子どもをあんなに嬉しそうに見ていた結莉愛。その表情が、今、美歌のことを語る表情とあまりにもかけ離れていて―
「…何よ、その顔」
「…結莉愛はさ、幸せだよね?」
「どういう意味!?」
「優しい旦那さんと結婚して、可愛い赤ちゃんが産まれて。すごい幸せだと思うよ」
「…」
そこに至る経緯はどうあれ、今、彼女は本当に幸せなんじゃないかと思う。琥珀ちゃんを見せてくれたときの結莉愛の笑顔はとて可愛かったから。だけど、だから―
「…そろそろ行くね。本当に、結婚も、出産も、おめでとう」
「…」
言いたい思いはあるのだけれど、言葉に出来ずに背を向けた。このグシャグシャの胸の重さも、大丈夫、そのうちきっとスキルが発動して―
「明莉!」
呼び止める声に、振り返った。
「今度帰ってくるときは先に連絡しなさいよ!『おめでとう』って本気で思ってくれるんなら、そんな一言で済ませないでよね!ちゃんと時間つくって、一緒にご飯とか行って、私と旦那とのなれ初めとか、聞きなさいよ」
「…うん」
「あと、あんたの話も。聞かせなさいよ…」
「…うん」
「…」
「…」
お互い、次の言葉を探して何も出てこず、結局、「じゃあね」の言葉と共に、結莉愛がベビーカーを押して歩き出した。「またね」と返した言葉は、既に背を向けていた彼女には届かなかったかもしれない。
来た道を駅へと歩き出す。さっきまでのグシャグシャが幾分、軽くなっていた。
「その不倫相手ってのが、そこのカフェのマスターで」
結莉愛が指差したのは、まさに今、私が入ろうとした、何かの『都合』で『しばらくお休み』するらしいカフェ。うん、頭痛がしてきた。
「30以上年上の男と不倫して、奥さんにバレて訴えられるとか、マジで笑えるんだけど」
「…」
その不倫はいつから始まっていたのだろう?私と一緒にお店に来た時には、もう既にそういう関係だったということ?
何か、本当に気分が悪くなってきた気がする。
「ここらのお店って、商店街にあるから横の繋がりが強いでしょ?だから、あっという間に噂が広まってさ」
結莉愛の唇が楽しそうに弧を描く。
「あの女、あんた達の高校でそこそこ有名だったからね。同級のSNS でもかなり叩かれて。それで当然来叶の耳にも入って、修羅場って別れたらしい。ホント、ざまぁ」
来叶自身は何も言っていなかった、それが別れの真相、なのだろうか―
「SNSの噂もエグくてさあ。あの女、大学にも行けなくなって引きこもってるらしい」
「…」
ついさっき、ベビーカーを押しながら自分の子どもをあんなに嬉しそうに見ていた結莉愛。その表情が、今、美歌のことを語る表情とあまりにもかけ離れていて―
「…何よ、その顔」
「…結莉愛はさ、幸せだよね?」
「どういう意味!?」
「優しい旦那さんと結婚して、可愛い赤ちゃんが産まれて。すごい幸せだと思うよ」
「…」
そこに至る経緯はどうあれ、今、彼女は本当に幸せなんじゃないかと思う。琥珀ちゃんを見せてくれたときの結莉愛の笑顔はとて可愛かったから。だけど、だから―
「…そろそろ行くね。本当に、結婚も、出産も、おめでとう」
「…」
言いたい思いはあるのだけれど、言葉に出来ずに背を向けた。このグシャグシャの胸の重さも、大丈夫、そのうちきっとスキルが発動して―
「明莉!」
呼び止める声に、振り返った。
「今度帰ってくるときは先に連絡しなさいよ!『おめでとう』って本気で思ってくれるんなら、そんな一言で済ませないでよね!ちゃんと時間つくって、一緒にご飯とか行って、私と旦那とのなれ初めとか、聞きなさいよ」
「…うん」
「あと、あんたの話も。聞かせなさいよ…」
「…うん」
「…」
「…」
お互い、次の言葉を探して何も出てこず、結局、「じゃあね」の言葉と共に、結莉愛がベビーカーを押して歩き出した。「またね」と返した言葉は、既に背を向けていた彼女には届かなかったかもしれない。
来た道を駅へと歩き出す。さっきまでのグシャグシャが幾分、軽くなっていた。
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