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第三章 堕とされた先で見つけたもの
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遅くまで続いた夜会から帰宅し、疲れているからと、レオナルトとは早々に別れて私室へとたどり着いた。
次期大公妃である私におもねり、大公家へと取り入ろうとする者は多い。多少の追従ならば心地いいで済むが、それも度が過ぎるといい加減うんざりする。払っても払っても付きまとう羽虫のような連中には本当にイライラさせられた。
かといって、私の存在を完全に無視する女にはもっと腹が立つのだけれど―
「…おかえり、ドロテア」
「ただいま」
ドレスを脱ぎ、侍女を下がらせた部屋の中、元からそこに居たかのように現れた男の姿に、自然と笑みが浮かぶ。
「遅かったね。アブロデ侯爵家の夜会は楽しかった?」
「最悪だったわ。あの女、また来なかったの。フリッツが一人で参加していたわ」
「それはそれは」
可笑しそうに笑うナハトに引き寄せられ、そのまま彼の腕の中におさまった。
再三、言っているのだ。己を、未だに『巫女』と呼ばせ続けるあの女には―
フリッツに嫁いだ今、かなり抵抗はあるものの、あの女が次期ケルステン侯爵夫人となることは避けられない。だけど結婚以来、夜会どころかお茶会一つ、顔を出さない女は、貴族としての務めを完全に放棄してしまっている。
それをいくら諭しても、呼び出そうとしても、頑として応じない女。
バッドエンド目前だったのを救ってやったのは誰だと思っているのか。フリッツと結婚までさせてやり、ノーマルエンドに導いてやったというのに。
未だにあの薄気味悪い格好のまま、神殿に籠りっぱなしで、何も変わろうとしない。
「フリッツにも、あの女には強く言わないといけないって言ってるのに」
何故かあの女に関して曖昧な態度をとるようになってしまったフリッツ。危惧したように、巫女にほだされてしまったとでも言うのだろうか。
ナハトに愚痴れば、クスクスと笑い声が返ってくる。
「報われないねえ。彼は彼なりに君のために一生懸命やってるじゃない」
「結果が伴わなければ意味がないわ。大公家の力を磐石にするためにも、ケルステンの家には頑張ってもらわないといけないのに。今のままでは、社交界で侮られるだけよ」
せっかく、『巫女』というブランドを手にしたはずが、あの女の態度のせいで逆効果になってしまっている。
「…結婚させたのは、失敗だったわ」
認めたくはないけれど、このままでは実家の権威は地に落ちてしまうことになる。ゲーム期間が終わっても未だ、あの女に煩わされなきゃならないなんて―
「そんなドロテアに朗報だよ」
「なあに?」
腕の中から見上げた瞳が、ゆっくりと細められた。
「巫女が、力を失ったみたいだ」
「本当!?」
「神殿で噂になり始めてる。数日前から、また聖都の瘴気が増え始めたみたいだよ。微量だけどね」
「…だったら、もう、あの女は完全に用無しじゃない」
「そうだね」
それが真実だとしたら、あの女は完全にケルステンのお荷物、家の名を汚す存在でしかない。
「…ねえ?巫女を、君の前から消してあげようか?」
「…殺すのはダメよ」
ゲーム期間は終了しているから、大丈夫だとは思うけれど、万が一ということがある。巫女が死亡するバッドエンドでは、必ず『世界を救えなかった』という結末を迎えることになるから、それは出来るだけ避けておきたい。
「わかってる。殺さない。ただ、君の前に二度と現れないようにするだけだよ」
かつて、ナハトが同じように口にして、消えていった女の顔が浮かんだ。確か、聖都を逐われ、どこかの修道院へ入れられたのだったか―
「ドロテア、俺を信じて。俺は君が信じてくれる限り、何だって出来るよ」
彼が、私にだけ見せるひたむきな眼差し。それを一身に受けて、愉悦が込み上げる。私を至上とする、極上の男が居ることに―
「…ええ、信じるわ。だって、あなたは攻略済みだもの」
逃がすまいとするかのように、抱き締める腕の力が強くなった。それが可笑しくて、ナハトの胸元、頬を寄せて笑った。
遅くまで続いた夜会から帰宅し、疲れているからと、レオナルトとは早々に別れて私室へとたどり着いた。
次期大公妃である私におもねり、大公家へと取り入ろうとする者は多い。多少の追従ならば心地いいで済むが、それも度が過ぎるといい加減うんざりする。払っても払っても付きまとう羽虫のような連中には本当にイライラさせられた。
かといって、私の存在を完全に無視する女にはもっと腹が立つのだけれど―
「…おかえり、ドロテア」
「ただいま」
ドレスを脱ぎ、侍女を下がらせた部屋の中、元からそこに居たかのように現れた男の姿に、自然と笑みが浮かぶ。
「遅かったね。アブロデ侯爵家の夜会は楽しかった?」
「最悪だったわ。あの女、また来なかったの。フリッツが一人で参加していたわ」
「それはそれは」
可笑しそうに笑うナハトに引き寄せられ、そのまま彼の腕の中におさまった。
再三、言っているのだ。己を、未だに『巫女』と呼ばせ続けるあの女には―
フリッツに嫁いだ今、かなり抵抗はあるものの、あの女が次期ケルステン侯爵夫人となることは避けられない。だけど結婚以来、夜会どころかお茶会一つ、顔を出さない女は、貴族としての務めを完全に放棄してしまっている。
それをいくら諭しても、呼び出そうとしても、頑として応じない女。
バッドエンド目前だったのを救ってやったのは誰だと思っているのか。フリッツと結婚までさせてやり、ノーマルエンドに導いてやったというのに。
未だにあの薄気味悪い格好のまま、神殿に籠りっぱなしで、何も変わろうとしない。
「フリッツにも、あの女には強く言わないといけないって言ってるのに」
何故かあの女に関して曖昧な態度をとるようになってしまったフリッツ。危惧したように、巫女にほだされてしまったとでも言うのだろうか。
ナハトに愚痴れば、クスクスと笑い声が返ってくる。
「報われないねえ。彼は彼なりに君のために一生懸命やってるじゃない」
「結果が伴わなければ意味がないわ。大公家の力を磐石にするためにも、ケルステンの家には頑張ってもらわないといけないのに。今のままでは、社交界で侮られるだけよ」
せっかく、『巫女』というブランドを手にしたはずが、あの女の態度のせいで逆効果になってしまっている。
「…結婚させたのは、失敗だったわ」
認めたくはないけれど、このままでは実家の権威は地に落ちてしまうことになる。ゲーム期間が終わっても未だ、あの女に煩わされなきゃならないなんて―
「そんなドロテアに朗報だよ」
「なあに?」
腕の中から見上げた瞳が、ゆっくりと細められた。
「巫女が、力を失ったみたいだ」
「本当!?」
「神殿で噂になり始めてる。数日前から、また聖都の瘴気が増え始めたみたいだよ。微量だけどね」
「…だったら、もう、あの女は完全に用無しじゃない」
「そうだね」
それが真実だとしたら、あの女は完全にケルステンのお荷物、家の名を汚す存在でしかない。
「…ねえ?巫女を、君の前から消してあげようか?」
「…殺すのはダメよ」
ゲーム期間は終了しているから、大丈夫だとは思うけれど、万が一ということがある。巫女が死亡するバッドエンドでは、必ず『世界を救えなかった』という結末を迎えることになるから、それは出来るだけ避けておきたい。
「わかってる。殺さない。ただ、君の前に二度と現れないようにするだけだよ」
かつて、ナハトが同じように口にして、消えていった女の顔が浮かんだ。確か、聖都を逐われ、どこかの修道院へ入れられたのだったか―
「ドロテア、俺を信じて。俺は君が信じてくれる限り、何だって出来るよ」
彼が、私にだけ見せるひたむきな眼差し。それを一身に受けて、愉悦が込み上げる。私を至上とする、極上の男が居ることに―
「…ええ、信じるわ。だって、あなたは攻略済みだもの」
逃がすまいとするかのように、抱き締める腕の力が強くなった。それが可笑しくて、ナハトの胸元、頬を寄せて笑った。
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