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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

18.理想を言えば

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まぁ、確かに、お願いしたのは「無事故無怪我」。汚れて帰って来るなとは、一言も言わなかったけれど─

「巫女様!すっげぇっすね!この剣!狼野郎の首をこう、スパーッと!!」

「巫女様、こちら、今回の討伐の成果、銀色狼の毛皮十枚。どうぞ、お収め下さい。」

「…」

(…これは、無理。)

何故、よりにもよって、一番血みどろの二人が前面に出て来るのか。二人の後ろでニヤニヤしてるだけのマティアスなんて、ほこり汚れ一つ見当たらないというのに。

二人の視線に、一歩後退。気持ち、セルジュの背後に隠れてしまったのは許して欲しい。

「…いやぁ、毛皮はやっぱり、要らないかなぁって…」

「ああ。鞣したものをご所望ですか?でしたら、」

「いやぁ!それも要らないなぁ!使い道が無いっていうか!」

「…左様でございますか…」

(うっ…!)

明らかにしょんぼりしてしまったジグには悪いけれど、これは、ホントに、貰ってもどうしようも─

「巫女様!巫女様!この結界っていつまで持つんすかねっ!?」

横から、出発前は確かもっと明るいオレンジ色でしたよね?な髪を赤黒く染めて、緑の瞳をキラッキラさせたお兄さんが詰め寄って来た。

「え…、まぁ、多分、持って半日?」

「半日っ!?…ってことは、明日までは持たないってことっすか!?」

「だね。」

「…そう、っすか。…そうなんすね…」

(うっ…!)

こちらも明らかにしょんぼり。ただ、二人とも見た目があれなので、慰めてあげようという気には中々なれない。

(…本当、何でこの二人…)

セルジュの遠見の魔道具─望遠鏡ではなく双眼鏡だった─で見たから、私は知っている。目の前の二人が、他の誰よりも精力的に銀毛狼を狩っていたことを。片や、剣の一刀で狼の首を斬り落とし、片や、防具のはずの盾で狼をボコボコに叩き潰し─

(…って、やっぱ無理ー!)

はっきりくっきり見えてしまった光景は、現代人には結構堪える凄惨なものだったから。セルジュの腕に手をかけ、更に一歩後退する。

「…えっと、それじゃあ、私達は今日はこの辺でお暇するね?今回の討伐の成果は、後で報告書とか、…いい?現物じゃなくて報告書ね?」

ニヤニヤ笑いの男に念押しして、前面の二人にチラリと視線を向ける。

「…えーっと、で、今回の討伐の感想とかもお願いしたいかなぁって。それで、皆さんの感触というか、これでいけそうな感じだったら、これからも継続して、」

「マジっすか!?」

「っ!?」

「巫女様!明日も来てくれるんすかっ!?」

「え、明日…?…いや、まぁ、皆さんがそれでいいののなら、明日も来ますけど、…えっと、ちょっと、距離が、」

「おっしゃぁあああ!!!」

「っ!?」

間近で上がった雄叫び。顔に大量の血液をこびりつかせたままの男が、白い歯を見せて笑う。恐怖。

「巫女様!絶対っすよ!明日も絶対来て下さいねっ!!」

「…はい。」

「…オットー、控えなさい。…巫女様、このような場所にご足労頂けましたこと、心より感謝申し上げます。お許し頂けるのでしたら、お二人のお見送りを、」

「いやぁ、見送りは要らないかなぁ。…ジグと、オットー?二人は早くシャワー浴びて、血ぃ流した方がいいと思うよ…?」

言って、セルジュの腕を引く。

最後まで自分の部下に任せっぱなしだった男には非難の視線を投げて、他の皆さんには手を振って、帰りの馬車へと向かう。乗り込んだ馬車の車内、漸くのいつもの空間に、ホッと一息─

「…お疲れさまでした、アオイ。」

「うーん、疲れた…。確かに疲れたんだけど、何かこう、思ってたのと違ったというか…」

「?」

(…それで言うなら、セルジュの双眼鏡も疲れの一因、だよね?)

ぼんやり遠くが見える、なんて想像していたものとは大違い。高画質で細部まで見えてしまったが故の疲労。生の臨場感、それに近いものを目の当たりにして、凄く思い知った。

「…はぁ…、現実は厳しい…」

「アオイ…?」

「…ホント、私、よく『討伐について行く』なんて言えたよね?セルジュ、止めてくれてありがとう。」

「…」

二人が怪我をしたわけでもない。返り血だと分かっていても、こんなにオタオタしてしまう。

(…ただなぁ、返り血だとしても…)

魔物の血が、爪が、牙が、彼らに届く距離にあるという状況が怖い─

(…もっと遠くから、…弓矢とか?)

矢じりに結界を張ることが出来れば、遠距離からの攻撃も可能かもしれない。

(あ、いや、違う、そっか、魔術があるんだから、遠距離から攻撃出来る、って、…何で、マティアスとか、魔術使わなかったの?)

意味が分からない、とは思ったが、恐らく、彼らの攻撃魔術にも何らかの制約、限度があるのだろう。

(…まぁ、遠距離って言っても、結局その距離で身を守らなきゃいけないことに変わりはないしね…)

そこまで考えて浮かんだのは、ぼんやりとした元の世界の知識。こちらから狩りに出ても絶対安全な空間、魔物から身を守れる場所。

「…戦車が欲しい…」

「『戦車』…、アオイの世界のものですか?」

「うん。…あぁ、何て言えばいいんだろう。私の世界の車って、馬のついてない馬車が自動で走るんだけど、あ、自動って言っても魔術的なあれじゃななくて、エンジンとかガソリンとかでね?」

「…」

「…取り敢えず、私の知識では説明しようのない動力で動くんだけど、それの戦闘用、…形もだいぶ違う気はするけど、兎に角、頑丈だから、中の人を守ってくれるし、乗ったまま外に向かって攻撃出来るって言うか…」

「…」

(…うん、何言ってるか分かんないよね。)

考え込んでしまったセルジュ。自分の言語能力の無さと知識の浅さに凹む。

(…あー、けど、でも、馬車に結界を張れば頑丈さだけは何とかなる?…そこから魔術とか弓矢で攻撃?…ただ、馬には張れないから…)

私の結界の致命的な欠陥。動くものに会わせて形を変えることも、位置を変えることも出来ない。馬が歩けば、初期位置に張ったままの結界から馬の脚が無防備に飛び出してしまう。

(…駄目だ。使えない…)

自分の無力さに追加で凹んだ。

「アオイ。」

「ん?」

「その車というものについて、もう少し詳しく話を聞かせてもらえますか?」

「え?…いや、でも、本当、見た目の説明ぐらいしか出来ないから、どうやって動くとかどういう構造とか、そんなのはさっぱりだよ?」

「構いません。…では、そうですね、…動力は馬でなくエンジン…、操作はどのように?御者も付かないということでしょうか?」

「ああ、うん、そうだね。車って、中に運転席っていうのがあって、そこに座って運転、…御者さんで言うところの操縦?操作?するんだけど、手綱じゃなくて、ハンドルって言うのを使うの。」

「ハンドル?」

「そう。」

セルジュの問いかけに頷く。

その後も、好奇心のままにセルジュの口から次々と出て来る質問に答えていたら、はたと気づいた。

(あれ?…これって?)

夜の二人のまったりタイム。セルジュが私の世界についてあれこれ聞いて、それに私が答える時間。それも、ここ最近の「義務教育導入計画」のせいで遠ざかっていたけれど。

(…なんか、落ち着く、かも…)

久しぶりの感覚に、肩の力が抜けた。

(…まぁ、ね?私一人が肩肘張ってたところで、どうにかなるような問題じゃないし…)

それこそ、戦闘のプロであるマティアス達と要相談。その上で、今よりもっと安全で効率的な魔物狩りが出来るようになればいい。

割り切ってしまえば、感じていた疲労もどこかに飛んでいく。揺れる馬車の中、続くセルジュとの会話、穏やかな時間に身を任せることにした。

(…うん、癒される…)

そう、いつもの二人きりの穏やかな時間。至福のまったりタイム。

求められるままに、好きな様に好きなだけしゃべって。ただ、その時間を楽しく過ごす。本当にそれだけ。

そのはず、だったのに─







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