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第二章 召喚巫女、領主夫人となる
20.始まるナニか (Side M)
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「…」
「…」
「…こりゃまた、どえらいもん、持ち込んでくれたな?」
「うん。私もビビってる。」
「…」
事前の連絡で、今日の調練後に「アオイ発案の乗り物を見て欲しい」とは言われていたが─
「…で?ありゃ、何だ?」
「…装甲車、だと思う。」
「…」
傍らに立つ女の視線の先、巨大な木製のソレを前に、製造者である自身の主が、調練後の部下達を相手に何やら熱心に講義を始めている。
「…あんた、アレに乗って来たよな?」
「うん。あ、でも、私に説明は求めないでね。エンジン、…動力部って言ってたかな?それも見せてもらったけど、正直、全っ然、分かんなかった。難しい術式書いてあるなぁってくらいで。」
「…」
「乗ったら、マティアスもきっとビックリすると思う。乗り心地、かなりいいから。セルジュに聞いたら、『馬車の緩衝装置を改良しました』って。…何それ?あんな重くておっきいものがガッタンガッタンしないんだよ?改良の一言で片づけられちゃうもの?」
「…まぁ、セルジュに限っちゃ、あるかもな。」
「…納得。」
神妙に頷く女の頭を見下ろして、小さく息をつく。
「…んで?奥方様は、アレで俺達に何をさせたいんだ?」
「…」
「俺は、セルジュから、奥方様の発案だって聞いてんだが…、って、何て顔してんだ、あんた。」
「え、いや、だって、マティアスが変な呼び方するから。」
「あ?」
「…『奥方様』ってなに?昨日まで、巫女さんって呼んでたじゃない。」
「…なんだ、あんたが嫌がったんじゃねぇのか?」
「?」
分からない、ということを分かりやすく伝えて来る顔に、肩を竦める。
「セルジュが、あんたはもう結界の巫女じゃなく、アンブロス領の領主夫人なんだから、巫女とは呼ぶなって通達を出したんだよ。あいつがんなことに拘るなんて妙だから、まぁ、多分、あんたがそう希望したんだろうって…」
「…」
言いかけた言葉を飲みこんだ。
自身の言葉の何がそうさせたのか。恐らく、羞恥のためだろうが、
「…顔、真っ赤だぞ?」
「っ!?」
指摘してやれば、目に涙まで溜めた女が、睨むようにこちらを見上げて来る。
「…んだよ。意味が分からん。やっぱ、あんたがセルジュに頼んだんじゃねぇのか?」
「…頼んでは、ない。」
「ふーん…?」
「…けど、でも、嫌、まではないけど、ちょっと、色々、引っかかるものはあったから…」
「…」
「巫女って言われるより名前で呼ばれる方が嬉しい、とは思ってる。けど、強要するつもりはなかったし…」
「へぇー…?」
「っ!別に!ホントに!頼んだ訳じゃないんだよ!?なのに、何か、そういう、こっちの気持ち汲んで自発的に動いてくれてたっていうのが!思いやってくれる感じがさぁ!何か、こう!グワッと!ねっ!?」
「…」
言って、自分の言葉で自分に止めを刺した女が両手に顔を埋めた。
「…見ないで下さい。」
「見てねぇよ。」
「…うちの旦那が良い男過ぎて辛い。無理。」
「…そうかよ。」
「…団長、さっきから何なんですか?ニヤニヤして気持ち悪いです。」
「おい。お前、仮にも上司に向かってその言い方はねぇだろうが。」
「事実ですので。」
切って捨てる言い方に、それでも気づけば顔が笑ってしまうのは、先ほどのアオイとのやり取りが耳に残っているから。
「…本当に止めて下さい。嫌でも視界に入ってくるんです。迷惑です。」
「…何だよ、ジグ、機嫌悪ぃなぁ。」
アオイの言うところの装甲車、その狭い車内に乗り込んだのは、自分を含めて五人。それで、どうにか二人はギリギリ弓が弾けるかと言う狭い空間で、向かいに座る男が苛立つ気持ちは分からないでもないが。
「…ジグは、オットーに操縦席取られたのが悔しいんですよ。」
「あ?」
隣に座る部下の笑いを押し殺した声に、そちらを向く。ニヤけ顔の古参の部下が、車の前方、一人だけ離れた席に陣取る部下を顎でしゃくった。
「この車、奥方様の発案だって言うじゃないですか。それの操縦一番乗りをオットーに取られたせいで不機嫌なんです。」
「ああ、そういうことか。」
「…チッ!」
向かいから聞こえた確かな舌打ち。よほど機嫌が悪いと分かるジグの、その尾を平気で踏もうとする呑気な声が前方から聞こえた。
「仕方ないっすよー、ジグさん。巫女様のご指名なんすから。」
「…巫女様ではない。奥方様だ。」
「ああ、そうっしたそうっした。けど、まぁ、奥方様が、俺に操縦しろっつーんすから、ジグさんもそんな怒んないで下さいよー。」
「…別に、お前個人を指名されたわけではない。」
ジグの神経を逆なでしているとしか思えない発言に、一応の補足を入れる。
「今回の討伐任務はこの車の性能試験、後は、まぁ、ついでの魔物狩りだ。アオイが知りてぇのは、車の安全性と車上からの攻撃の有効性。攻撃に関しちゃ、魔術主体でいくから、遠距離攻撃の出来ないオットーが車の操縦に回るのは順当だろ?」
「…」
「お前は、得意の風魔術で狼野郎を蹴散らしてやりゃあいいんだよ。」
「…分かってます。」
(…だろうな。)
この男が、言われた任務を理解していないわけがない、分かっていてなお納得はいかないというところなのだろうが、それ自体、この男に関しては稀なこと。
(…本当、うちの連中は、アオイが絡むとおかしなことになりやがる奴が多いからなぁ…)
呆れ半分で目の前の男を見遣れば、鋭い視線が返って来た。
「…『奥方様』、です。団長。」
「あ?」
「…奥方様の御名を軽々しく口にしないで下さい。敬称も付けずにお呼びするなど…」
「…」
ジグの八つ当たりとも言えるその発言に、むくりと悪戯心が湧きあがった。顔が笑う。
「…何ですか、その顔。」
「…アオイがな、良いっつったんだよ。」
「…は?」
「奥方様なんてガラじゃねぇから、名前で呼んでくれってよ。」
「っ!?」
「まぁ、流石に人前じゃあ敬称つけるが、別にアオイでも構わないんだとさ。」
「っ!?!?!?」
「おいおいおい。お前、立つなよ。こんな狭いとこで、」
「団長っ!!」
ジグの悲鳴にも近い叫び声、何かを言いかけたジグの、だが、その言葉を、緊張感の欠片も無い声が遮った。
「取り込み中んとこすんませーん。前方、出ましたよ、狼どもが。」
オットーの報告に、一瞬で車内の空気が変わる。
「…数は?」
「あー、五、いや、六っすね。こっちに気づいて向かって来てるっす。」
「…総員配置。車体の強度確認は取るが、念のため、奴らの攻撃範囲に入るまでに数は減らしておく。最低でも一残せりゃいい。…後は、ヤレ。」
「了解。」
指示に、想定の配置につく部下達。自身も、車体に取り付けられた窓の一つに寄った。閉じられた木製の戸を開ければ、視界に銀の影が映る。
「…」
「…こりゃまた、どえらいもん、持ち込んでくれたな?」
「うん。私もビビってる。」
「…」
事前の連絡で、今日の調練後に「アオイ発案の乗り物を見て欲しい」とは言われていたが─
「…で?ありゃ、何だ?」
「…装甲車、だと思う。」
「…」
傍らに立つ女の視線の先、巨大な木製のソレを前に、製造者である自身の主が、調練後の部下達を相手に何やら熱心に講義を始めている。
「…あんた、アレに乗って来たよな?」
「うん。あ、でも、私に説明は求めないでね。エンジン、…動力部って言ってたかな?それも見せてもらったけど、正直、全っ然、分かんなかった。難しい術式書いてあるなぁってくらいで。」
「…」
「乗ったら、マティアスもきっとビックリすると思う。乗り心地、かなりいいから。セルジュに聞いたら、『馬車の緩衝装置を改良しました』って。…何それ?あんな重くておっきいものがガッタンガッタンしないんだよ?改良の一言で片づけられちゃうもの?」
「…まぁ、セルジュに限っちゃ、あるかもな。」
「…納得。」
神妙に頷く女の頭を見下ろして、小さく息をつく。
「…んで?奥方様は、アレで俺達に何をさせたいんだ?」
「…」
「俺は、セルジュから、奥方様の発案だって聞いてんだが…、って、何て顔してんだ、あんた。」
「え、いや、だって、マティアスが変な呼び方するから。」
「あ?」
「…『奥方様』ってなに?昨日まで、巫女さんって呼んでたじゃない。」
「…なんだ、あんたが嫌がったんじゃねぇのか?」
「?」
分からない、ということを分かりやすく伝えて来る顔に、肩を竦める。
「セルジュが、あんたはもう結界の巫女じゃなく、アンブロス領の領主夫人なんだから、巫女とは呼ぶなって通達を出したんだよ。あいつがんなことに拘るなんて妙だから、まぁ、多分、あんたがそう希望したんだろうって…」
「…」
言いかけた言葉を飲みこんだ。
自身の言葉の何がそうさせたのか。恐らく、羞恥のためだろうが、
「…顔、真っ赤だぞ?」
「っ!?」
指摘してやれば、目に涙まで溜めた女が、睨むようにこちらを見上げて来る。
「…んだよ。意味が分からん。やっぱ、あんたがセルジュに頼んだんじゃねぇのか?」
「…頼んでは、ない。」
「ふーん…?」
「…けど、でも、嫌、まではないけど、ちょっと、色々、引っかかるものはあったから…」
「…」
「巫女って言われるより名前で呼ばれる方が嬉しい、とは思ってる。けど、強要するつもりはなかったし…」
「へぇー…?」
「っ!別に!ホントに!頼んだ訳じゃないんだよ!?なのに、何か、そういう、こっちの気持ち汲んで自発的に動いてくれてたっていうのが!思いやってくれる感じがさぁ!何か、こう!グワッと!ねっ!?」
「…」
言って、自分の言葉で自分に止めを刺した女が両手に顔を埋めた。
「…見ないで下さい。」
「見てねぇよ。」
「…うちの旦那が良い男過ぎて辛い。無理。」
「…そうかよ。」
「…団長、さっきから何なんですか?ニヤニヤして気持ち悪いです。」
「おい。お前、仮にも上司に向かってその言い方はねぇだろうが。」
「事実ですので。」
切って捨てる言い方に、それでも気づけば顔が笑ってしまうのは、先ほどのアオイとのやり取りが耳に残っているから。
「…本当に止めて下さい。嫌でも視界に入ってくるんです。迷惑です。」
「…何だよ、ジグ、機嫌悪ぃなぁ。」
アオイの言うところの装甲車、その狭い車内に乗り込んだのは、自分を含めて五人。それで、どうにか二人はギリギリ弓が弾けるかと言う狭い空間で、向かいに座る男が苛立つ気持ちは分からないでもないが。
「…ジグは、オットーに操縦席取られたのが悔しいんですよ。」
「あ?」
隣に座る部下の笑いを押し殺した声に、そちらを向く。ニヤけ顔の古参の部下が、車の前方、一人だけ離れた席に陣取る部下を顎でしゃくった。
「この車、奥方様の発案だって言うじゃないですか。それの操縦一番乗りをオットーに取られたせいで不機嫌なんです。」
「ああ、そういうことか。」
「…チッ!」
向かいから聞こえた確かな舌打ち。よほど機嫌が悪いと分かるジグの、その尾を平気で踏もうとする呑気な声が前方から聞こえた。
「仕方ないっすよー、ジグさん。巫女様のご指名なんすから。」
「…巫女様ではない。奥方様だ。」
「ああ、そうっしたそうっした。けど、まぁ、奥方様が、俺に操縦しろっつーんすから、ジグさんもそんな怒んないで下さいよー。」
「…別に、お前個人を指名されたわけではない。」
ジグの神経を逆なでしているとしか思えない発言に、一応の補足を入れる。
「今回の討伐任務はこの車の性能試験、後は、まぁ、ついでの魔物狩りだ。アオイが知りてぇのは、車の安全性と車上からの攻撃の有効性。攻撃に関しちゃ、魔術主体でいくから、遠距離攻撃の出来ないオットーが車の操縦に回るのは順当だろ?」
「…」
「お前は、得意の風魔術で狼野郎を蹴散らしてやりゃあいいんだよ。」
「…分かってます。」
(…だろうな。)
この男が、言われた任務を理解していないわけがない、分かっていてなお納得はいかないというところなのだろうが、それ自体、この男に関しては稀なこと。
(…本当、うちの連中は、アオイが絡むとおかしなことになりやがる奴が多いからなぁ…)
呆れ半分で目の前の男を見遣れば、鋭い視線が返って来た。
「…『奥方様』、です。団長。」
「あ?」
「…奥方様の御名を軽々しく口にしないで下さい。敬称も付けずにお呼びするなど…」
「…」
ジグの八つ当たりとも言えるその発言に、むくりと悪戯心が湧きあがった。顔が笑う。
「…何ですか、その顔。」
「…アオイがな、良いっつったんだよ。」
「…は?」
「奥方様なんてガラじゃねぇから、名前で呼んでくれってよ。」
「っ!?」
「まぁ、流石に人前じゃあ敬称つけるが、別にアオイでも構わないんだとさ。」
「っ!?!?!?」
「おいおいおい。お前、立つなよ。こんな狭いとこで、」
「団長っ!!」
ジグの悲鳴にも近い叫び声、何かを言いかけたジグの、だが、その言葉を、緊張感の欠片も無い声が遮った。
「取り込み中んとこすんませーん。前方、出ましたよ、狼どもが。」
オットーの報告に、一瞬で車内の空気が変わる。
「…数は?」
「あー、五、いや、六っすね。こっちに気づいて向かって来てるっす。」
「…総員配置。車体の強度確認は取るが、念のため、奴らの攻撃範囲に入るまでに数は減らしておく。最低でも一残せりゃいい。…後は、ヤレ。」
「了解。」
指示に、想定の配置につく部下達。自身も、車体に取り付けられた窓の一つに寄った。閉じられた木製の戸を開ければ、視界に銀の影が映る。
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