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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

30.順風満帆とは言い難く

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そうして、マティアス号令の下、領軍全面協力でスタートすることになった「魔の森開墾計画」。五年前、今ある城壁を造った時と同じように、領軍が警備を担当し、城壁の建築には、領内から広く集めた職人や土木作業担当の方々が参加することになった。当然、城壁の設計は、その職人さん達の誰かが担当するのだろうと思っていたのだが─

「えっ!?城壁の設計、セルジュがするのっ!?」

「はい。…パラソの職人達との共同作業にはなりますが。」

「…」

朝食の席、本日の予定を互いに伝え合っている中で判明した事実。これから、その職人さん達との打ち合わせがあるというセルジュの言葉に、少しだけ、気分が落ち込む。

(…なんか、私が何か言い出す度に、セルジュ、どんどん忙しくなっていってない?)

魔の森開墾の計画を立ててもらうようお願いした時も同じように思ったが、それでも、セルジュ本人が実際の作業にまで関わるとは思っていなかったのだ。責任者的な立場に納まるだろうと思っていたのが、まさか─

(そんなつもりじゃなかった、って言ってもなぁ…)

「アオイ…」

「ん?」

「心配する必要はありません。」

「心配、っていうか、どっちかって言うと、申し訳ないっていうか…」

「安心して下さい。設計に関しては、前回の城壁設計時の資料が残っていますし、当時の記憶もあります。この五年間、実際に城壁を運用する中で得た情報、改善点も分かっていますので、前回より大幅な改良が見込めると、」

「ちょーっと待って!」

「?」

「いや、えっと、本当にそういう心配は全くしてないんだけど…」

それよりも、何だか、今の言い方には若干引っかかるものがあって─

「…あの、ちょっと確認してもいい?今ある城壁を設計したのって…?」

「パラソの建築職人数名が主体です。」

「あ、そっか!やっぱり、」

「そこに、私も参加させて頂きました。」

「っ!?うそっ!?」

(流石にそれは嘘!だって、城壁出来たのが五年前、造り始めたのが更に二年前でしょう!?)

思わず、セルジュの背後、そこに控えるエバンスに視線を送った。

「…」

「っ!?」

無言で頷かれてしまい、セルジュとエバンスを交互に確かめる。二人ともに無表情。平常運転の二人の様子に、ただもう、驚愕の事実を受け入れるしかない。

「…ですので、アオイ。」

「…」

「我々には前回の経験もあります。今回の城壁建造は、以前よりよほど容易に進めることが出来るはずです。」

「…あー、うん、はい。えっと、でも、セルジュは大変なんじゃ…?」

「いえ。…どんな形であれ、建造に携われるのあれば、私は…」

「…そっか。」

その一言で、前回の時、十歳前後のまだ子どもだったセルジュがどんな思いでいたのか、それが少しだけ分かってしまった。

(…父親の力に成りたかった、か…)

「…まぁ、それで実際に力に成れちゃうとことが、セルジュの凄いところだと思うけどね?」

「?」

「…頑張ろうね!城壁づくり!」

「…はい。」








領主夫妻の鳴り物入りの公共事業である城壁建造は、けれど、実際は、かなり地道な作業から始まった。セルジュ達、設計班が設計を進める一方で、仮設防壁建築班が魔の森近くに木製の防護柵を築く。そこに私が結界を張ることで、木製と言えど強度はなかなかという開拓拠点が出来上がった。

ただし、

「申し訳ありません、奥方様。本日も奥方様の貴重なお時間を頂くことになり、」

「あー、うん。大丈夫。何度も言うけど、これも私のお仕事、最初からそのつもりだったし。」

最長で半日程度しか持たない私の結界魔術、朝一で掛けた後、午後にもう一度拠点まで出向いて結界を張り直す必要がある。その行き帰りを、五台に増産された装甲車で代わる代わる送迎してくれる領軍メンバー達─本日のリーダーはジグらしい─に、もう何度目か分からない謝罪とお礼を言われ、いい加減、こちらの方が申し訳なくなってくる。

(…私の結界がもう少し、…せめて、丸一日くらいは持てばいいんだけど。)

どれだけ気合を入れて魔力を注いでも、多少持続時間が伸びる程度で、丸一日というには程遠い。

(王都の守護結界並み、みたいな贅沢は言わないんだけどなぁ…)

なんて、まだどこか呑気に考えながら装甲車に揺られて着いた開拓拠点─

「…っ!?何これ!?」

到着した私達を待っていたのは、いつもとは違う異様な雰囲気。中には、明らかに血を流して治療を受けている領軍の人も居て─

「っ!マティアス!」

拠点の中心部、何人かの部下に囲まれたマティアスを見つけ、そちらへと駆け寄る。

「なに!?何があったの!?何でみんな怪我してるのっ…!?」

私の結界じゃ、守れなかった─?

「あー、アオイか。…まぁ、怪我っちゅーか、そんな大したもんじゃ、」

「大したもんでしょうっ!?顔から血が出てる!何でっ!?」

言いかけたところで気が付いた。マティアス達大人に囲まれるようにして、その影になっていた存在。体格のいい大人達の腰ほどの背丈しかない─

「っ!?オリバー!?アルベルト!?」

「あ!巫女様!聞いて!さっき、俺らすげぇ、」

「何で、二人がここに居るのっ!?」

午後の授業の後、他の子ども達と遊びに出かけたはずの二人が、何故こんな危険な場所に居るのか。怪我をしている人達の姿と重なって、血の気が引く。恐怖から来る怒りを、そのまま目の前の二人にぶつけてしまった。

「…アオイ様、ごめんなさい。」

「え?何で謝んの?」

こちらの怒りを見て取って、素直に頭を下げるアルベルトと、それに気づかないオリバー。その姿を見て、頭に上ってしまった血を何とか抑え込む。

「…説明して、何で二人がここに居るのか。」

「!俺ら、さっき、青羽あおばねに襲われたんだよ!で、軍団長達に助けてもらって!」

「青羽?襲われた?」

不穏な言葉にマティアスに視線を向ければ、気まずげな視線が僅かに逸らされる。

「あー、青羽鷹あおばねだかってのは小型の魔物だな。飛行種の。で、こいつらがそれに目ぇつけられちまって…」

「っ!?」

マティアスの言葉に再び二人に視線を向ける。怖くて、怒鳴りたくなる気持ちを必死に抑えた。

「…何で、二人が襲われるようなことになったの?そもそも、何であなた達は城壁の外なんかに出てるの?」

「俺ら、装甲車見に来たんだ!」

「…ごめんなさい、アオイ様。装甲車を見に来たら、領軍の人達が乗せてくれて、それで…」

「っ!?」

子ども達の言葉に周囲の大人達を睨む。逸らされるいくつもの視線、唯一、気まずげに視線を合わせたのはオットーで、

「あー、えっと、こいつら乗せたのは俺なんすけど、あ!でも!青羽に襲われたっつっても、大した、」

「怪我してる人が居るのよっ!?」

「いや、でも、本当、大した怪我じゃ、」

「顔!失明してたかもしれないっ!」

「…そう、ですね。…すみませんでした。」

「っ!」

こちらも素直に頭を下げられてしまい、それ以上の言葉を飲みこむ。怒鳴って怒りたいのは、この恐怖から逃げ出したいから。これ以上、彼らを責めるのは違う。

(っ!でも…!)

納まりのつかない感情、必死にこらえながら、子ども達へと視線を戻す。極力、感情的にならないようにして。

「…オリバー、アルベルト、いい?二度とこんなことしないで。」

「…」

「ここは結界の中とは違う。まだ全然、安全じゃないの。領軍の人達が何と言おうと、城壁からは二度と出ちゃ駄目。」

「…はい。」

「えー!?でも、装甲車なら絶対安全なんでしょ!?今度は絶対出ないようにするから、」

「駄目。」

「っ!何で!?」

悲鳴のような声を上げるオリバー。その姿からは、反省も後悔もしていないことが伝わって来たから─

「…ピンクにする。」

「え?」

「今度、あなた達が城壁の外に出たら、耕運機も種まき機も、全部、ピンクに塗り直すから。」

「っ!?」

一瞬、怯んだオリバー、だけど、その顔にはまだ不満が見て取れた。

(…それなら…)

「…お花の模様にする。」

「えー?」

納得いかないという態度のオリバーに、最後通牒を突き付けた。

「約束が守れないなら…」

「…」

「ここにある装甲車、全部、花模様に塗り替えるから。」

「えーっ!?」

「なっ!?ちょっと待って下さい!奥方様っ!?何でっ!?」

オリバーの悲鳴に重なるオットーの叫び声。だけど、そんなの、知ったことじゃない。

「…連帯責任。あなた達が無茶をすればそれだけ領軍に迷惑を掛ける。それを自覚して。」

「…」

漸く、力なくではあるが頷いたオリバー。その態度を信じて、それ以上、言葉を重ねることはしなかった。その場に背を向け、自分の仕事へと向かう。

背後、聞こえたマティアスの声は─

「…連帯責任ってのとは…、何か違くねぇか?」

腹立ちまぎれに聞かない振りをした。






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