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第二章 召喚巫女、領主夫人となる
31.与えられるもの(Side S)
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「…お疲れさまでした、アオイ。」
「あー、セルジュも。お疲れ様…」
パラソから戻ったところで受けた報告、領軍の仮設拠点で小型種による被害が出たとの内容に、最初に案じたのはアオイの安否だった。領主としてはあるまじき対応、その場でアオイの無事が確認出来ていなければ、自分はきっと、全てを放り出して飛び出していただろう。
現に今、─分かっていても─アオイの無事な姿を確かめて、酷く安堵している己がいる。
「…拠点に、飛行種が出たとのことでしたが…?」
「ああ、うん。セルジュの方にも連絡いってたんだ。…怪我人は出てたけど、まぁ、一応、全員命に別状はなかったから、『大丈夫』ってことらしいよ?」
「…アオイは?」
「私?私は全然。私が着いた時には、青羽鷹?だっけ?もう、討伐された後だったから。」
「あなたに怪我が無くて良かった。」
「うん。ありがとう。」
言って、小さくため息をつくアオイ。
「はー、もう、本当に疲れた。」
分かりやすく肩の落ちてしまったアオイを労うため、声を掛ける。
「…食事の前に、軽くお茶にしましょうか?」
「あー、うん。頂きます。」
アオイを誘い、テラスへと連れ出す。彼女の帰宅前に準備がなされていたその場所に、二人並んで腰を下ろした。中庭を眺めながらの二人きりの茶会─
「…あー、癒される…」
「…」
アオイの言葉に、同じ気持ちだと頷いて返す。
目をつぶったアオイが、静かに語り出した。
「…拠点でね…?」
「はい。」
「怪我、…顔から血、出してる人とかいて、おまけに、オリバーとアルベルトがその場に居たもんだから、凄くビックリして、…気力、全部持ってかれちゃった…」
「…」
「本当にもう、あんな思い、二度としたくない…」
力無いアオイの言葉に、彼女が彼らの身を案じた、その思いの深さが伝わって来る。
(…アオイに、二度と同じ思いをさせないために…)
目下のところ、対策を取らねばならないのは飛行種に関して。正直、「脅威にはなり得ない」と判断し、後手に回っている部分ではあるので、マティアスと早急に話し合いの場を持つ必要があるだろう。
(あとは…)
「ねぇ、セルジュ?」
「…はい。」
呼ばれた名に、宙を眺めていた視線をアオイに向けた。疲れ切った様子のアオイの視線は、こちらではなく中庭を向いたまま。
「…王都の守護結界みたいに、…あんなに大きくなくていいんだけど、簡易拠点の辺りだけでもずっと覆えるような結界って張れないかなぁ?」
「それは…」
「もうね?本当、自分でやれよって話なんだけど、私じゃ完全に力不足。…セルジュに頼ってばっかりで申し訳ないんだけど、何とかならないかと思って。」
椅子に沈みかけていたアオイが身を起こし、こちらを向く。
「魔力だけは!魔力だけは私が流すから!逆に、魔力を流すだけでいい魔道具というか魔法陣的なものって作れない?」
「…」
「やっぱり、難しい…?」
己に任せる、そう口にしながら、自身が魔力を注ぐことに躊躇も疑問も持たないアオイ。
(…それが、彼女にとっての些事なのだとしても…)
労力を、この地への献身を、惜しむどころか、自らが率先して動こうとする。
(本当に、どうすれば…)
どうすれば、彼女のこの魂に報いることが出来るのか。
「…えーっと?セルジュ?」
目の前、己の返事を待つアオイの姿に突き動かされる情動。与えられる一方、その幸福の大きさに押しつぶされそうになる─
「…すみません。」
「あ、いや、謝らないで欲しいけど、やっぱり、無理そう?」
「…恐らく、ですが、結界陣の構築自体については、可能だと思います。経験はありませんが、陣構築の基本は変わりませんので、応用でなんとか。」
「…ヤバいな。」
「?」
「あ、うん、いや、いいです。続けて下さい。」
「…難しいのは、陣を描くための基盤を手に入れることで、こちらは、現状では不可能だと判断しています。」
「基盤?」
アオイの問いに頷く。
「魔術は…、結界魔術に限らず全般に言えることですが、常時維持が非常に難しく、通常、魔力の供給が尽きた時点で消失してしまいます。魔力の拡散を抑え、長時間保持するためには、魔力保持性の高い材質を用いた基盤が必要になります。」
「…守護結界も?そうなの?」
「はい。守護結界に関しては、…アオイは実際目にしたかとは思いますが、結界の間の床そのものが基盤となっているはずです。」
「床?あー、うん、確かにピカピカした床?だった。そこに陣が描かれてて…」
「はい。その床の材質が魔力保持に最適な素材、かつ、正確な陣を描くために継ぎ目も凹凸もない平面であること、それが守護結界を数十年単位で維持出来ている理由です。」
「へー。」
「ただし、この基盤は神代に作られたもので、材質も加工技術に関しても、全てが不明。現代では再現不可能とされています。」
「そう、なんだ…」
驚いたようなアオイが、宙を睨む。何かを思い出そうとするかのように。
「…そう、言われたら、何か、確か、召喚陣も同じような感じ、だった気がする…」
「ええ、恐らくは…」
「…」
「…召喚陣に関しての情報はほとんど開示されていないため、これは、私の憶測でしかないのですが…」
「うん…」
「…通常の巫女召喚では、百人以上の魔術師が術を繋いで陣を完成させます。一人の魔術師が力尽きるまで魔力を注ぎ、その後を別の魔術師が継ぐ。その繰り返しで陣に魔力を満たします。」
国で最高の力を持つ魔術師百人を超えた力、それでも、魔力が足らずに、召喚は失敗に終わることもある。
「…そのため、召喚の儀は長時間に及びます。魔力を陣に充填し切るまでの間、注いだ魔力を保持できるよう、召喚陣に関しても、恐らく、守護結界と同等の基盤が使われているはずです。」
「…なんか、凄い規模なんだね。…あの男が自慢するだけのことはある…、って認めたくはないけど。」
「…」
アオイはそう言うが、彼女の言うあの男、フォーリーン魔術師長をもってしても、軌道させられるのは召喚陣まで。守護結界を張るには至らない。それは、魔力の質という問題以前。
(アオイの魔力は、この世界の量りでは量れない…)
そんな彼女が「領のため」と望むもの、形にすることが出来るとすれば─
「…先ほど、魔力保持が可能な素材、と言いましたが…」
「うん?」
「…それらを使って基盤を作ることが出来れば、或いは…」
「っ!出来るのっ!?」
「…少し、時間をもらえますか?守護結界陣には遠く及びませんが、魔力含有量の高い鉱物、或いは魔石そのものを利用することで類似の基盤を作成できるかもしれません。」
「うん!待つよ!いくらでも、…は駄目かもだけど、待ちます!」
「…あの、ですが、出来ても、拠点周囲に展開できる規模、持続時間も数日程度しか、」
「全然いい!それで、全然、問題無いから!」
「…分かりました。やってみます。」
「っっっ!!ありがとう!セルジュ!!」
「…あの、いえ。」
立ち上がったアオイ、感極まったと言わんばかりに抱きつかれ、動揺が声に出てしまう。
「もう!セルジュ!凄い!完璧!最高!」
「…」
(ああ…)
全幅の信頼、抱きしめて来る柔らかさを抱きしめ返す。
(アオイ、アオイ、アオイ…)
この温もりが側にある限り─
「あー、セルジュも。お疲れ様…」
パラソから戻ったところで受けた報告、領軍の仮設拠点で小型種による被害が出たとの内容に、最初に案じたのはアオイの安否だった。領主としてはあるまじき対応、その場でアオイの無事が確認出来ていなければ、自分はきっと、全てを放り出して飛び出していただろう。
現に今、─分かっていても─アオイの無事な姿を確かめて、酷く安堵している己がいる。
「…拠点に、飛行種が出たとのことでしたが…?」
「ああ、うん。セルジュの方にも連絡いってたんだ。…怪我人は出てたけど、まぁ、一応、全員命に別状はなかったから、『大丈夫』ってことらしいよ?」
「…アオイは?」
「私?私は全然。私が着いた時には、青羽鷹?だっけ?もう、討伐された後だったから。」
「あなたに怪我が無くて良かった。」
「うん。ありがとう。」
言って、小さくため息をつくアオイ。
「はー、もう、本当に疲れた。」
分かりやすく肩の落ちてしまったアオイを労うため、声を掛ける。
「…食事の前に、軽くお茶にしましょうか?」
「あー、うん。頂きます。」
アオイを誘い、テラスへと連れ出す。彼女の帰宅前に準備がなされていたその場所に、二人並んで腰を下ろした。中庭を眺めながらの二人きりの茶会─
「…あー、癒される…」
「…」
アオイの言葉に、同じ気持ちだと頷いて返す。
目をつぶったアオイが、静かに語り出した。
「…拠点でね…?」
「はい。」
「怪我、…顔から血、出してる人とかいて、おまけに、オリバーとアルベルトがその場に居たもんだから、凄くビックリして、…気力、全部持ってかれちゃった…」
「…」
「本当にもう、あんな思い、二度としたくない…」
力無いアオイの言葉に、彼女が彼らの身を案じた、その思いの深さが伝わって来る。
(…アオイに、二度と同じ思いをさせないために…)
目下のところ、対策を取らねばならないのは飛行種に関して。正直、「脅威にはなり得ない」と判断し、後手に回っている部分ではあるので、マティアスと早急に話し合いの場を持つ必要があるだろう。
(あとは…)
「ねぇ、セルジュ?」
「…はい。」
呼ばれた名に、宙を眺めていた視線をアオイに向けた。疲れ切った様子のアオイの視線は、こちらではなく中庭を向いたまま。
「…王都の守護結界みたいに、…あんなに大きくなくていいんだけど、簡易拠点の辺りだけでもずっと覆えるような結界って張れないかなぁ?」
「それは…」
「もうね?本当、自分でやれよって話なんだけど、私じゃ完全に力不足。…セルジュに頼ってばっかりで申し訳ないんだけど、何とかならないかと思って。」
椅子に沈みかけていたアオイが身を起こし、こちらを向く。
「魔力だけは!魔力だけは私が流すから!逆に、魔力を流すだけでいい魔道具というか魔法陣的なものって作れない?」
「…」
「やっぱり、難しい…?」
己に任せる、そう口にしながら、自身が魔力を注ぐことに躊躇も疑問も持たないアオイ。
(…それが、彼女にとっての些事なのだとしても…)
労力を、この地への献身を、惜しむどころか、自らが率先して動こうとする。
(本当に、どうすれば…)
どうすれば、彼女のこの魂に報いることが出来るのか。
「…えーっと?セルジュ?」
目の前、己の返事を待つアオイの姿に突き動かされる情動。与えられる一方、その幸福の大きさに押しつぶされそうになる─
「…すみません。」
「あ、いや、謝らないで欲しいけど、やっぱり、無理そう?」
「…恐らく、ですが、結界陣の構築自体については、可能だと思います。経験はありませんが、陣構築の基本は変わりませんので、応用でなんとか。」
「…ヤバいな。」
「?」
「あ、うん、いや、いいです。続けて下さい。」
「…難しいのは、陣を描くための基盤を手に入れることで、こちらは、現状では不可能だと判断しています。」
「基盤?」
アオイの問いに頷く。
「魔術は…、結界魔術に限らず全般に言えることですが、常時維持が非常に難しく、通常、魔力の供給が尽きた時点で消失してしまいます。魔力の拡散を抑え、長時間保持するためには、魔力保持性の高い材質を用いた基盤が必要になります。」
「…守護結界も?そうなの?」
「はい。守護結界に関しては、…アオイは実際目にしたかとは思いますが、結界の間の床そのものが基盤となっているはずです。」
「床?あー、うん、確かにピカピカした床?だった。そこに陣が描かれてて…」
「はい。その床の材質が魔力保持に最適な素材、かつ、正確な陣を描くために継ぎ目も凹凸もない平面であること、それが守護結界を数十年単位で維持出来ている理由です。」
「へー。」
「ただし、この基盤は神代に作られたもので、材質も加工技術に関しても、全てが不明。現代では再現不可能とされています。」
「そう、なんだ…」
驚いたようなアオイが、宙を睨む。何かを思い出そうとするかのように。
「…そう、言われたら、何か、確か、召喚陣も同じような感じ、だった気がする…」
「ええ、恐らくは…」
「…」
「…召喚陣に関しての情報はほとんど開示されていないため、これは、私の憶測でしかないのですが…」
「うん…」
「…通常の巫女召喚では、百人以上の魔術師が術を繋いで陣を完成させます。一人の魔術師が力尽きるまで魔力を注ぎ、その後を別の魔術師が継ぐ。その繰り返しで陣に魔力を満たします。」
国で最高の力を持つ魔術師百人を超えた力、それでも、魔力が足らずに、召喚は失敗に終わることもある。
「…そのため、召喚の儀は長時間に及びます。魔力を陣に充填し切るまでの間、注いだ魔力を保持できるよう、召喚陣に関しても、恐らく、守護結界と同等の基盤が使われているはずです。」
「…なんか、凄い規模なんだね。…あの男が自慢するだけのことはある…、って認めたくはないけど。」
「…」
アオイはそう言うが、彼女の言うあの男、フォーリーン魔術師長をもってしても、軌道させられるのは召喚陣まで。守護結界を張るには至らない。それは、魔力の質という問題以前。
(アオイの魔力は、この世界の量りでは量れない…)
そんな彼女が「領のため」と望むもの、形にすることが出来るとすれば─
「…先ほど、魔力保持が可能な素材、と言いましたが…」
「うん?」
「…それらを使って基盤を作ることが出来れば、或いは…」
「っ!出来るのっ!?」
「…少し、時間をもらえますか?守護結界陣には遠く及びませんが、魔力含有量の高い鉱物、或いは魔石そのものを利用することで類似の基盤を作成できるかもしれません。」
「うん!待つよ!いくらでも、…は駄目かもだけど、待ちます!」
「…あの、ですが、出来ても、拠点周囲に展開できる規模、持続時間も数日程度しか、」
「全然いい!それで、全然、問題無いから!」
「…分かりました。やってみます。」
「っっっ!!ありがとう!セルジュ!!」
「…あの、いえ。」
立ち上がったアオイ、感極まったと言わんばかりに抱きつかれ、動揺が声に出てしまう。
「もう!セルジュ!凄い!完璧!最高!」
「…」
(ああ…)
全幅の信頼、抱きしめて来る柔らかさを抱きしめ返す。
(アオイ、アオイ、アオイ…)
この温もりが側にある限り─
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