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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

32.もうすぐ、また…

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朝食の席、向かい合う夫の機嫌がいい。機嫌がいいというか、隠しきれない嬉しさがにじみ出ている。

(…こういう時は、大体、)

「アオイ。」

「うん?」

「今日の午後、アオイに会わせたい者がいます。」

(おっと…?)

「時間をもらえますか?」

「うん、それは全然。問題無いよ?」

だけど、珍しい。魔道具関連のことでなく、セルジュがここまでウキウキしているのは。セルジュにとって、よほど重要な人物なんだろう。これは気合を入れてかからねば、と思ったその日の午後─

「ん?て、あれ?ワルターさん?」

「ご無沙汰しております、奥方様。」

「あ、はい、お久しぶりです。お元気、…そうですね?」

「ええ!はい!それはもう!奥方様のおかげで、私も、我がワルター商会も絶好調!今や飛ぶ鳥を落とす勢いだと、王都でもかなり名が知れ渡るようになって参りました!」

「あー、そうなんですね。それは良かったです。」

ニコニコ、笑顔全開で握手を求められてしまっては、それ以外に返せる言葉が無かった。

(飛ぶ鳥を落とすって、自分で言っちゃってるし…)

握手に応えながら、目の前の人物を眺める。

人好きのする笑顔を浮かべた恰幅のいい壮年の男性、以前、セルジュの仕事に同行した際に出会ったうちの一人、アンブロス領の中では比較的商業が発展しているセラトルの町で商会の会頭をしている─

「…って、ちょっと待って下さい。今、私のおかげ?って言いました?」

彼の言葉を思い出し、「一体、何が?」と言いかけて、言わせてもらう暇もなく前のめり気味で返って来た答え。

「はい!勿論、奥方様のおかげでございます!奥方様の八面六臂の大活躍をもってして、アンブロス領での魔石採集量は大幅増!昨年を遥かにしのぎ、ここ数十年を見てもあり得ないほどの大収益!我が商会はウハウハでございます!」

「…ウハウハ、…なんですか?」

「ウハウハです!」

「…」

イイ笑顔でそういうワルターさんから視線を外し、横を向く。そこで黙って成り行きを見守っていた夫の顔色を窺ってみる。

「…ウハウハなんだって。」

「はい。アオイのおかげです。採集量が増えたことで、ワルター商会を仲介に、国中に魔石を流通させることが可能になりました。」

「…そっか。」

領主相手にウハウハ発言は如何なものかと思ったのだけれど、セルジュが気にしないならいいんだと思う。

「あー、えっと?それで?今日、ワルターさんが会いに来たのは魔石の話?ウハウハの報告ってこと?」

「いえ、それだけではなく…」

セルジュが向けた視線に、ワルターが心得たとばかりに頷く。そのまま、退出の許可を求め、いそいそと部屋を出ていくワルター。状況が飲み込めずにボーっとしていると、セルジュから補足が入った。

「…ワルター商会は元々、輸送業を主体とした商会です。取り扱う商品は魔石に限らず、領内で生産される製品の輸送と原料の仕入れを行っていました。」

言われて、思い出す。

「…そう言えば、この前会った時の話は、そんな話だったね?」

確か、どこかの町が主力にしている織物産業をパラソの町に導入できないかという話で、原料の仕入れ先は確保できるのか、製品の輸送費はどうなるか、そんな感じの話をしていた気がする。

「…ええ、当初は…」

「?」

「守護結界が張り直された当初は、魔石に変わる収入源を確保するために、ワルター商会に動いてもらっていました。…魔石の採集量減少は予想された事態でしたので、ある程度、事前に準備は進めていたのですが…」

「…え?」

セルジュの言葉に驚く、と同時に納得がいった。こちらに来て直ぐの頃、セルジュがアンブロス領のみでなく、他領の商会とも商談のようなことを行っていたのは、つまり、そのためだったのだと。

(あれ、え?じゃあ、ひょっとして…)

「…私、余計なことした?別に、魔石狩りに出るようなことしなくても…」

「いいえ。それはありません。…収入源確保のため動いていたとはいえ、確たる目途が立っていたわけではありませんでしたから。…それに、国内の魔石需要を満たすのは、やはり、辺境の地でしかあり得ません。」

「…」

結果として一番いい形になったと言うセルジュの言葉に、頷いた。

(…まぁ、結局、どこかの時点で魔の森開拓は言い出してただろうし…)

遅かれ早かれ、魔物狩りに乗り出していたことは間違いない。それで、ワルター商会がウハウハ、ひいては領の収入が右肩上がりなのだとしたら、何の問題も無い気がする。

「あ…、それで?そのワルターさんはどこに?」

中途半端なタイミングで部屋を出て行ってしまった彼の行き先を尋ねれば、何故か少し、照れたように笑うセルジュ。

「…実は、私もエバンスに指摘されるまで、思いが至っておらず…」

「?」

「その…、このようなことをするのは、私自身、初めてのことで…」

「??」

「助言を求めたところ、やはりパラソで手に入るものには限度があるため、ここは専門家、…王都での取引があり、洋裁方面にも顔がきくということで、ワルターに手配を頼んだのですが…」

「洋裁???」

頭の中が疑問符だらけになったところで、部屋の扉が開いた。現れたのは、さっきと同じくらい満面の笑みを浮かべたワルターと、それから、何やらでっかい荷物を抱えた、見たことのない女性達がワラワラと。

「奥方様!いかがでございましょう!」

「え?…いかがと言われましても…?」

「王都で流行の最新の生地の数々!ああ!もちろん、ご安心下さいませ!生地だけではございません!本日は、奥方様の採寸から最先端のドレスのデザインまで!全てをお引き受けすべく、工房一件、丸ごと連れてまいりましたので、どうぞ、奥方様のお望みどおりに!」

そこまで言われて、漸く、何のことかが分かって来た。

「…セルジュ、これって…?」

「はい。どうか、私に、アオイのドレスを贈らせて下さい。」

「…えっと、でも、今着てるこれだって、セルジュが用意してくれてたものだし、その、今更、ドレスとかって…」

王都で夜会に参加していた時は、その場のノリ、強制的なTPOに合わせて着ていただけのもの。好き好んで、あんな重くて動きづらいものを着ていたわけではない。それに─

「…ドレスなんて作っても、その…、着ていくところがないんじゃない?それなら、あの、普段に着られるようなワンピースでも作ってもらった方が、」

「何を仰います奥方様!」

はっきり拒絶するのも申し訳ないという気持ちで言い淀んだ言葉を、横から、ワルターにすっぱりと叩き切られてしまった。

「ご領主様がお望みなのは、美しく着飾った奥方様をご覧になること!着ていく場所など関係ございません!ただ、ご自分が作られたドレスを身にまとう奥方様をご覧になりたいだけ!それだけなのでございます!」

「…」

多分、私が断らないようにというワルターなりの説得なのだろうが、うちの旦那がそこはかとなく変態くさい扱いを受けている気がするのは気のせいだろうか。

「…アオイ。」

呼ばれて、セルジュを見上げた。真っ直ぐな視線。

「ワルターの言葉の通りです。」

「え!?言葉の通りなのっ!?」

「はい。…出来れば、あなたに私が贈るドレスを着てもらいたい。ドレスを着たアオイの姿を見てみたいのですが、…駄目ですか?」

「っ!?」

(ズルいっ!?)

最後の「駄目ですか」はズルいと思う!これで、「駄目だ」と答えられる人間なんているのだろうか。

(あー、もー…!)

悩んで躊躇って、でも結局、悩んだ時点で答えは出ている。

「…ありがとう。」

「!」

微妙に目線を合わせられないままお礼を口にすれば、視界の端でセルジュの頬が緩んだ。

(…本当、ズルい…)

日頃とのギャップ、こうやってたまに、本当に嬉しそうな顔をするから─

「ではでは!奥方様、どうぞこちらへ!この者が工房の代表、全てを取りしきって参ります!お好きなようにご注文をおつけ下さい!」

「…あー、えっと、よろしくお願いします。」

工房の代表だという年配の女性に身柄を引き渡され、セルジュとワルターが部屋を出ていくのを見送った。男性陣が退出したところで、改めて名乗った工房のオーナー兼デザイナーだというマイラ夫人、彼女の指示の下、あれよあれよという間に服を脱がされ、下着姿に剝かれてしまった。

「…申し訳ありません、奥方様。本来であれば、奥方様の私室にてお伺いすべきところを…」

「ああ、いえ、大丈夫、です。」

「私ども、本日よりこの部屋を作業部屋として貸し与えられておりますもので、時間の関係上、この場での作業がより効率的かと…」

「え?この部屋って?…もしかして、お仕事、泊まり込みなんですか?」

「はい。私どもの工房は王都にございます。往復の手間を考えますと、その方が良かろうとの辺境伯閣下のご判断です。」

「…」

思わず、絶句してしまった。ドレス一着、─いや、この勢いだと一着じゃないかもしれないが─作るために、工房丸ごと一つを長期滞在させてしまうなんて。

「…あの、でも、それって、マイラ夫人、王都でのお仕事が出来ないんじゃ?」

「ご安心くださいませ、奥方様。辺境伯閣下は三か月間、当工房を貸し切りでお召しになって下さっていますから。なんの触りもございません。」

「…」

それは、つまり、下世話な話、それだけのお金をかけて─

(…どうしちゃったの、セルジュ。)

普段、そんな話も素振りも見せないセルジュの謎の行動力。誰に何を吹き込まれたのかは知らないけれど、振り幅が大きすぎる。

困惑を隠しきれずにいたら、目の前の女性がニッコリとほほ笑んだ。

「ですから、奥方様、十分に間に合うとお約束させて頂きますわ。」

「…間に合う?」

「はい。先ほど、ドレスをお召しになる機会がないと仰っておいででしたが…」

「ああ、うん。それはそう。折角、作ってもらうのに申し訳ないけど、お披露目の機会、あんまりないかも。」

「…奥方様、お忘れのようですが…」

マイラ夫人の言葉に首をひねる。

(…忘れている?何を…?)

その疑問に、柔らかな笑みを浮かべて答えるマイラ夫人。

「…蒼月の日は二ヶ月後でございます。」

「っ!?」

その言葉に、漸く理解した。なぜ、ドレスが必要なのか。なぜ、このタイミングなのか。

「…蒼月の日に行われる王都の降臨祭。これほど、奥方様のドレスお披露目に相応しい日もございませんでしょう。巫女様、…奥方様は祝祭の主役でいらっしゃいますから。」

「…」

「私ども工房の威信をかけて、最高の一着をご用意させて頂きます。」

マイラ夫人の言葉に、惰性で頷く。

(…そっか。)

忘れていた、忙し過ぎて。忘れていたかった、毎日が楽しいから。

(そっか…、もうすぐ…)

年に一度、夜空に輝く月が蒼く染まる日、その日にのみ許される儀式がある。

私がこの世界に来てから、もうすぐ二年が経つ─







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