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第三章 領主夫人、王都へと出向く
1.役目を越えて
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行きたくない─
(どう考えても、行きたくない…)
結界の巫女降臨祭。初代巫女のご降臨を祝って開かれるお祭りだというそれは、私にとって、最も忌むべきイベント。私が召喚されたその夜にも、─パニクっていた私が知るはずもなかったけれど─開催されていたというその祝宴に、何が悲しくて参加しなくてはならないのか。
(…去年は結界張り直した直後だったから、体調不良理由にさぼったけど。)
今年はそういう訳にもいかない。国中の貴族が集まるという王家主催の祝宴に不参加なんて、辺境伯夫人という立場的に非常にまずいということくらい、私にだってわかる。それに─
「…アオイ?何かありましたか?」
「うーん、ちょっと、悩み中…」
夜の寝室、セルジュに指摘されて「駄目だなあ」と思う。
(…もっと、何でもない顔でやり過ごせたらいいのに。)
すぐに感情的になってしまう自分では、優しい夫に心配をかけてしまうばかり。分かっていて、取り繕えない未熟さが嫌になる。
「…先日、報告を受けました。」
「?」
「アオイのドレスが出来上がったとのことでしたが、…もしや、何か不都合がありましたか?」
「え、いやいや、そんなこと全然ない。すごく素敵だった。」
「…ですが、報告を受けた頃から、あなたの様子がおかしい。…ドレスが原因ではないかと考えていたのですが…?」
「…」
(鋭いなぁ…)
もしくは、私がそこまで単純だということか。
「…アオイ?」
「…」
重ねて問われて、だけど、上手く答える自信がなくて躊躇する。その躊躇いの間も待っていてくれるセルジュの姿に結局陥落して、弱音を口にした。
「…王都の降臨祭に出るのが怖い。」
「…」
「巫女召喚をお祝いする空気の中で、ちゃんと笑える自信がない…」
領主の妻として失格。それでも、正直な思いを口にさせてくれる目の前の人に甘える。私の甘えを許して、きっと「大丈夫だ」と励ましてくれる彼の言葉で、王都へ行く勇気をもらえれば─
「…分かりました。」
「…うん。」
(ごめんね…、こんな、面倒くさいやつで…)
「それでは、降臨祭への招待には、欠席で返事を出しておきます。」
「えっ!?」
(聞き間違い?…じゃない、よね!?)
「ちょっと待って…、えっと、欠席って、それは流石にまずいんじゃ…」
「いえ。招待への返事はまだ出していませんので、なんの問題もありません。」
「あるよ!」
「?」
(え?ある、よね…?)
側にエバンスが居ないため確認のしようもないが、これは、絶対、私の認識がおかしいわけじゃない、はず。
「…だって、セルジュが王都に出るって滅多にないことなんでしょう?旧交を温めたり、それこそ、魔石関係の交易のお仕事の話なんかもしなくちゃいけない、はずだよね…?」
「確かに、王都に出れば、そうした交流を持つつもりでいましたが、アオイが行きたくないのであれば無理に出向く必要はありません。他にいくらでもやり様はありますから。」
「…」
(…甘い。)
セルジュが私に甘すぎる。
「…えっと、でも、ドレスも。…折角、降臨祭用に作ってくれたんだから、行かないってわけには…」
「降臨祭用…?」
「え?…違うの?」
セルジュの表情を伺うが、そこにあるのは純粋な疑問。こちらに気を遣っているわけではないというのが見て取れた。
「…じゃあ、あの、ドレスって、なんで急に言い出したの?タイミング的に、降臨祭のためだろうなって勝手に思ってたんだけど…?」
「それは…」
言いかけて、セルジュの視線が逸れた。暫く言葉を探していたようだが、漸く口を開く。だけど、その顔は逸らされたまま。
「…初めは、確かに、エバンスに降臨祭のことを指摘されました。降臨祭前にアオイのドレスを調えておくべきではないかと。…それで、その…」
「?…降臨祭用のドレスを作ってくれたんだよね?」
「…いえ。…正直に言えば、それにかこつけて、というのが正しく…」
「??」
「…ワルターの言葉が全てです。」
「???」
「…ただ、純粋に、私があなたのドレス姿を見てみたかった。」
「…」
一拍、頭の中で思考が止まって、それから、セルジュの言葉を反芻して─
「っ!?」
「…すみません。単なる私の我儘です。」
(っ!?我儘っ!?セルジュがっ!?)
一体、どんな顔をしてそんなことを言っているのか、覗きたい。逸らされたままの顔を覗いてみたいけど。
(っ!無理っ!)
だって、たぶん、自分の方がよっぽど変な顔を─
「私は…、王都でのアオイを知りません…。昨年は、魔物関連の対応に追われ、王都へ出向くこともありませんでしたので。…その、アオイの貴重な姿を見逃していたな、と…」
「…」
「他の誰かが目にしたことのあるアオイの姿を、自分が知らないという事実が、どうしても…」
「…」
「…すみません。忘れてください。」
(…無理。)
無理だけど─
(…これって嫉妬、だよね…?)
分かりにくい。分かりにくいけれど、セルジュが初めて示してくれた私への執着のようなもの。
(っ!!駄目だ…!)
口元が緩む。にやける顔を抑えきれない。口を開けばバカみたいなことを言ってしまいそうで、必死に口を噤む。
「…あの、ですので、アオイが降臨祭を気にする必要はありません。そんなものは、どうとでもなります。」
「…」
「ただ、許されるなら、…いつか、アオイのドレス姿を見せてもらえないでしょうか?」
「…」
「…人目が気になるのでしたら、今、この場でも構いませんので、」
「うん、逆に、それはちょっと、無理かなぁ…」
「…そう、ですか。」
こちらの返答に気落ちした様子を見せるセルジュ。だけど、よく考えてみて欲しい。なんの理由もなく、二人きりの空間でドレスを着て見せるなんて、そんなのもうただのプレイ、羞恥プレイでしかない。
だけど─
「…セルジュ、私、降臨祭に行くよ」。」
「…無理をする必要は…」
「うん。なんか、大丈夫な気がしてきた。ちょっと、一人でゴチャゴチャ考え過ぎてたみたい。」
(まぁ、しんどいことは間違いないけどね…)
だけど、自分のドレス姿一つで喜んでくれるような人が隣に居るのだ。その人のため、その人が守りたいもののためなら。
(…ううん。領主夫人っていう『役目』のためじゃなくても。)
やってやろうじゃないかって気になれる。
(…大丈夫。)
今度は、私は、一人じゃない。
(どう考えても、行きたくない…)
結界の巫女降臨祭。初代巫女のご降臨を祝って開かれるお祭りだというそれは、私にとって、最も忌むべきイベント。私が召喚されたその夜にも、─パニクっていた私が知るはずもなかったけれど─開催されていたというその祝宴に、何が悲しくて参加しなくてはならないのか。
(…去年は結界張り直した直後だったから、体調不良理由にさぼったけど。)
今年はそういう訳にもいかない。国中の貴族が集まるという王家主催の祝宴に不参加なんて、辺境伯夫人という立場的に非常にまずいということくらい、私にだってわかる。それに─
「…アオイ?何かありましたか?」
「うーん、ちょっと、悩み中…」
夜の寝室、セルジュに指摘されて「駄目だなあ」と思う。
(…もっと、何でもない顔でやり過ごせたらいいのに。)
すぐに感情的になってしまう自分では、優しい夫に心配をかけてしまうばかり。分かっていて、取り繕えない未熟さが嫌になる。
「…先日、報告を受けました。」
「?」
「アオイのドレスが出来上がったとのことでしたが、…もしや、何か不都合がありましたか?」
「え、いやいや、そんなこと全然ない。すごく素敵だった。」
「…ですが、報告を受けた頃から、あなたの様子がおかしい。…ドレスが原因ではないかと考えていたのですが…?」
「…」
(鋭いなぁ…)
もしくは、私がそこまで単純だということか。
「…アオイ?」
「…」
重ねて問われて、だけど、上手く答える自信がなくて躊躇する。その躊躇いの間も待っていてくれるセルジュの姿に結局陥落して、弱音を口にした。
「…王都の降臨祭に出るのが怖い。」
「…」
「巫女召喚をお祝いする空気の中で、ちゃんと笑える自信がない…」
領主の妻として失格。それでも、正直な思いを口にさせてくれる目の前の人に甘える。私の甘えを許して、きっと「大丈夫だ」と励ましてくれる彼の言葉で、王都へ行く勇気をもらえれば─
「…分かりました。」
「…うん。」
(ごめんね…、こんな、面倒くさいやつで…)
「それでは、降臨祭への招待には、欠席で返事を出しておきます。」
「えっ!?」
(聞き間違い?…じゃない、よね!?)
「ちょっと待って…、えっと、欠席って、それは流石にまずいんじゃ…」
「いえ。招待への返事はまだ出していませんので、なんの問題もありません。」
「あるよ!」
「?」
(え?ある、よね…?)
側にエバンスが居ないため確認のしようもないが、これは、絶対、私の認識がおかしいわけじゃない、はず。
「…だって、セルジュが王都に出るって滅多にないことなんでしょう?旧交を温めたり、それこそ、魔石関係の交易のお仕事の話なんかもしなくちゃいけない、はずだよね…?」
「確かに、王都に出れば、そうした交流を持つつもりでいましたが、アオイが行きたくないのであれば無理に出向く必要はありません。他にいくらでもやり様はありますから。」
「…」
(…甘い。)
セルジュが私に甘すぎる。
「…えっと、でも、ドレスも。…折角、降臨祭用に作ってくれたんだから、行かないってわけには…」
「降臨祭用…?」
「え?…違うの?」
セルジュの表情を伺うが、そこにあるのは純粋な疑問。こちらに気を遣っているわけではないというのが見て取れた。
「…じゃあ、あの、ドレスって、なんで急に言い出したの?タイミング的に、降臨祭のためだろうなって勝手に思ってたんだけど…?」
「それは…」
言いかけて、セルジュの視線が逸れた。暫く言葉を探していたようだが、漸く口を開く。だけど、その顔は逸らされたまま。
「…初めは、確かに、エバンスに降臨祭のことを指摘されました。降臨祭前にアオイのドレスを調えておくべきではないかと。…それで、その…」
「?…降臨祭用のドレスを作ってくれたんだよね?」
「…いえ。…正直に言えば、それにかこつけて、というのが正しく…」
「??」
「…ワルターの言葉が全てです。」
「???」
「…ただ、純粋に、私があなたのドレス姿を見てみたかった。」
「…」
一拍、頭の中で思考が止まって、それから、セルジュの言葉を反芻して─
「っ!?」
「…すみません。単なる私の我儘です。」
(っ!?我儘っ!?セルジュがっ!?)
一体、どんな顔をしてそんなことを言っているのか、覗きたい。逸らされたままの顔を覗いてみたいけど。
(っ!無理っ!)
だって、たぶん、自分の方がよっぽど変な顔を─
「私は…、王都でのアオイを知りません…。昨年は、魔物関連の対応に追われ、王都へ出向くこともありませんでしたので。…その、アオイの貴重な姿を見逃していたな、と…」
「…」
「他の誰かが目にしたことのあるアオイの姿を、自分が知らないという事実が、どうしても…」
「…」
「…すみません。忘れてください。」
(…無理。)
無理だけど─
(…これって嫉妬、だよね…?)
分かりにくい。分かりにくいけれど、セルジュが初めて示してくれた私への執着のようなもの。
(っ!!駄目だ…!)
口元が緩む。にやける顔を抑えきれない。口を開けばバカみたいなことを言ってしまいそうで、必死に口を噤む。
「…あの、ですので、アオイが降臨祭を気にする必要はありません。そんなものは、どうとでもなります。」
「…」
「ただ、許されるなら、…いつか、アオイのドレス姿を見せてもらえないでしょうか?」
「…」
「…人目が気になるのでしたら、今、この場でも構いませんので、」
「うん、逆に、それはちょっと、無理かなぁ…」
「…そう、ですか。」
こちらの返答に気落ちした様子を見せるセルジュ。だけど、よく考えてみて欲しい。なんの理由もなく、二人きりの空間でドレスを着て見せるなんて、そんなのもうただのプレイ、羞恥プレイでしかない。
だけど─
「…セルジュ、私、降臨祭に行くよ」。」
「…無理をする必要は…」
「うん。なんか、大丈夫な気がしてきた。ちょっと、一人でゴチャゴチャ考え過ぎてたみたい。」
(まぁ、しんどいことは間違いないけどね…)
だけど、自分のドレス姿一つで喜んでくれるような人が隣に居るのだ。その人のため、その人が守りたいもののためなら。
(…ううん。領主夫人っていう『役目』のためじゃなくても。)
やってやろうじゃないかって気になれる。
(…大丈夫。)
今度は、私は、一人じゃない。
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