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第三章 領主夫人、王都へと出向く
9.あなただけに満たされる(Side S)
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「アオイ?…どう、しましたか?」
第一声、思わずそう問いかけたのは、アオイの表情に焦りを見つけてしまったから。戸惑う彼女の隣へと立つ。
「えっと、これは…」
「何か問題が…?」
「う、ううん!それはない!大丈夫!」
彼女の不自然な返しに、その場に居る他者の姿を確認する。内二人は、既に顔見知り。幾度か言葉も交わしたことのある男性二人に向かって頭を下げた。
「…お久しぶりです、マルステア卿、フォーリーン魔術師長。」
「…ああ。久しぶりだね。」
「最後にあったのは父君の葬儀だったな。…息災か?」
「はい。…お陰様で。」
顔を上げれば、隣から小さく袖を引かれた。
「…?」
「えっと、あの、セルジュ、どうしてここに?」
「アオイを、迎えに来ました。」
「!そっか、だいぶ待たせちゃったから。…ごめんね?」
「いえ。私が待ちきれなかっただけです。」
「じゃ、じゃあ、そろそろ戻ろうか?皆さんにお暇して…」
「?」
落ち着かない様子のアオイ。彼女のその「らしくない」態度の答えを求めて、周囲の人間を見渡す。それに、一人、苦笑をもって答えたのはマルステア辺境伯だった。
「すまないな、アンブロス卿。巫女殿を困らせているのは私だ。」
「…アオイに、何を…?」
「いや、なに。少し、巫女殿を口説いていただけのこと。」
「口説く…?」
「っ!ちが!セルジュ、違うから!」
焦ったようなアオイの声に振りむけば、必死に首を振るアオイの姿。彼女のその様子と辺境伯を見比べて、納得がいく。
「…なるほど。」
「っ!違う!本当に違うの!ちょっと揶揄われただけで!」
「おや?これは心外だな。先ほども伝えたが、私の巫女殿への想いは本物だ。」
「なっ!?」
「…」
軽い調子で告げられたが、こちらへ向けられた辺境伯の瞳に揶揄いの色はない。熱を帯びた真剣さで見据えられて、彼の言葉の「真実」を知る。
(ならば…)
こちらも、その言葉にはきちんと向き合うまで。
「…マルステア卿。」
「ああ。」
「卿には申し訳ありませんが、私は、この先一生、アオイを手放すつもりはありません。」
「…そうであろうな。」
「はい。」
「…」
見上げる長身、強い視線で見下ろされる。
(…恐らく…)
アオイにとってはきっと、己以外の選択肢─目の前の辺境伯以外であっても─、そちらを選ぶ方がよほどより良い生を送れるであろうと分かっていても─
「?」
軽く腕を引かれ、そちらに視線を送る。俯いたままのアオイの赤い頬が目に入った。
「…アオイ?」
「…」
顔を上げる気配のないアオイの名を呼ぶが、やはり俯いたまま、首だけを振られた。そのままその場から連れ出そうというのか、腕を引く彼女に促され、最後に暇だけを口にする。
「…では、我々はこれで失礼させて頂きます。」
「ああ。」
苦笑気味に頷いたマルステア辺境伯が、右手を差し出す。その求めに応じれば、強い力で握り返された。
「魔に対し同じ防衛線を張る者同士、卿には一度、北を尋ねて欲しい。」
「はい、いずれ、必ず…」
進行中の計画、アオイの望みでもある魔道具の完成をもって尋ねられればと試算したところで、横から聞こえて来た声─
「…魔力無しに大したことが出来るとは思いませんが。」
「…」
久方ぶりに耳にした単語。貴族階級を除いて、魔力を持たぬ者の方が多いこの国で、そうした類の言葉が禁じられて久しいが─
「…?」
(…アオイ?)
腕に添えられていたアオイの手に力が込められた。振り向けば、下を向いていたはずの彼女の視線が、今ははっきりと魔術師長へと向けられていた。その顔に浮かべた表情、瞳が煌めいて─
「本気?あなた、本気でそんなこと言ってるの!?」
「アオイ…?」
「だとしたら、最っ低!」
こちらの呼びかけが聞こえないかのよう。魔術師長だけを一心にねめつけるアオイの口から、怒りに満ちた声が飛び出した。それに、笑って答えた魔術師長の瞳には侮蔑の色が浮かぶ。
「ふん。本気も何も、私は真実を口にしている。セルジュ・アンブロスは魔力を持たない。そんな男が領に発展をもたらすなど、」
「出来るに決まってるでしょ!!」
「馬鹿な。魔力無しに出来ることなどたかが知れている、」
「バカはあんたの方!」
「っ!?なん、だと…!」
隣、アオイが息を大きく吸う。彼女が自分を落ち着かせようとしているのが見て取れて、止めに入ろうとするが─
「アオイ、私は、」
「ごめん!セルジュはちょっと黙ってて!」
「…」
「アンバー・フォーリーン!あんたのその魔力至上主義!本っ当にむかつくくらい変わってないみたいだけど、私、はっきり言ってバカみたいだと思ってるから!」
「っ!一度ならず二度までも…!貴様のような低能に、謗られる謂れはない!」
「ハッ!」
アオイの嘲笑。
「いい?ちゃんと聞きなさいよ?」
その瞳の熱に、対峙する二人に割って入るべきかを迷う。
「アンブロスが今、魔物討伐にも魔石採集にも苦労してないのは、セルジュが作ってくれた魔道具のおかげ!それがあるから、東は発展出来てるの!全っ部、セルジュのおかげなんだから!」
「魔道具だと?小賢しい!魔力持たぬ者の悪あがきではないか!」
「悪あがきの何が悪いの!それで、アンブロス領は成功した!あなたに同じことが出来るわけ!?」
「っ!?」
「出来ないでしょっ!?」
勝ち誇るかのようなアオイの笑みに、魔術師長の憎悪の眼差しが向けられる。その気配に、アオイを背後に庇おうとして、アオイ自身に止められる。
「セルジュの方がよっぽど凄い!あなたなんかよりずっと!」
「…私には不可能だと言うのか?この私が、魔力無しの無能に劣るだと?」
「っ!?セルジュをそういう風に呼ばないで!」
「ハッ!事実だ!」
「っ!!本っ当、あんたってムカつく!あんたがそんなだから、あんたには絶対出来ないって言ってるの!」
「なにっ…!?」
「言っとくけど!私、あなたにだって、一度は話したことがあるんだからね!」
「話?何を言って、」
「セルジュが作った魔道具の原型!私の世界の機械の話!あなたにもした!けど、あなたは私の話を一言で切って捨てたの!魔力で動かないものなんて無意味だって!私の世界の技術を大したことない、魔術の方が便利だって切り捨てたの!」
「…」
「けど、セルジュは違う!あなたが無駄だと判断した話を、セルジュはちゃんと聞いて拾って、それで、それをこの世界で再現してみせたんだから!」
アオイが大きく息を吸う。
「無能はあんた!」
「っ!?」
「あんたなんて、セルジュの足元にも及ばないんだから!」
魔術師長の顔から表情が消える。その危険に、今度こそアオイを背後に庇うが─
「行こう!セルジュ!」
「アオイ…」
片腕を抱き込むようにして、今までで一番強い力で引かれた。一歩、足が動く。そのまま、決して後ろを振り向くまいとしているアオイに腕を取られ、歩き出す。背後を振り返れば、苦笑気味のマルステア辺境伯と視線が合う。後は気にするなという風に手を振られ、小さく頭を下げてその場を後にした。
「…アオイ?」
「…」
こちらの腕にしがみつき、顔は前を向いたまま。黙々と歩くアオイが、ポツリとこぼした言葉。
「…ごめんね。」
「?何を…?」
「こんなとこで、みっともない真似して。…つい、カッとなっちゃって…」
「…」
「…ごめんなさい。」
泣き出しそうな声に胸がうずく。
アオイの怒りの発露。彼女は「みっともない」というが、
「自惚れでなければ…」
その原因は─
「あの場でアオイが怒ったのは、私のため、という認識なのですが。私は間違っていますか?」
「っ!…それは、そう、なんだけど…」
胸がうずく。甘く痺れる。
「ハハッ!」
「っ!?」
堪え切れずに笑う─
「…ありがとうございます。アオイ。」
「なっ、なんで笑うの!?なんでここで、そんな…!」
「アオイが…」
あなたが、私を思ってくれるから─
胸を満たす想い。己を認め、己のために声を上げてくれる人がいる。
「…ありがとうございます、アオイ。」
「っ!?」
見開かれた瞳、朱の注がれた頬に、ただただ愛おしさが募る。
第一声、思わずそう問いかけたのは、アオイの表情に焦りを見つけてしまったから。戸惑う彼女の隣へと立つ。
「えっと、これは…」
「何か問題が…?」
「う、ううん!それはない!大丈夫!」
彼女の不自然な返しに、その場に居る他者の姿を確認する。内二人は、既に顔見知り。幾度か言葉も交わしたことのある男性二人に向かって頭を下げた。
「…お久しぶりです、マルステア卿、フォーリーン魔術師長。」
「…ああ。久しぶりだね。」
「最後にあったのは父君の葬儀だったな。…息災か?」
「はい。…お陰様で。」
顔を上げれば、隣から小さく袖を引かれた。
「…?」
「えっと、あの、セルジュ、どうしてここに?」
「アオイを、迎えに来ました。」
「!そっか、だいぶ待たせちゃったから。…ごめんね?」
「いえ。私が待ちきれなかっただけです。」
「じゃ、じゃあ、そろそろ戻ろうか?皆さんにお暇して…」
「?」
落ち着かない様子のアオイ。彼女のその「らしくない」態度の答えを求めて、周囲の人間を見渡す。それに、一人、苦笑をもって答えたのはマルステア辺境伯だった。
「すまないな、アンブロス卿。巫女殿を困らせているのは私だ。」
「…アオイに、何を…?」
「いや、なに。少し、巫女殿を口説いていただけのこと。」
「口説く…?」
「っ!ちが!セルジュ、違うから!」
焦ったようなアオイの声に振りむけば、必死に首を振るアオイの姿。彼女のその様子と辺境伯を見比べて、納得がいく。
「…なるほど。」
「っ!違う!本当に違うの!ちょっと揶揄われただけで!」
「おや?これは心外だな。先ほども伝えたが、私の巫女殿への想いは本物だ。」
「なっ!?」
「…」
軽い調子で告げられたが、こちらへ向けられた辺境伯の瞳に揶揄いの色はない。熱を帯びた真剣さで見据えられて、彼の言葉の「真実」を知る。
(ならば…)
こちらも、その言葉にはきちんと向き合うまで。
「…マルステア卿。」
「ああ。」
「卿には申し訳ありませんが、私は、この先一生、アオイを手放すつもりはありません。」
「…そうであろうな。」
「はい。」
「…」
見上げる長身、強い視線で見下ろされる。
(…恐らく…)
アオイにとってはきっと、己以外の選択肢─目の前の辺境伯以外であっても─、そちらを選ぶ方がよほどより良い生を送れるであろうと分かっていても─
「?」
軽く腕を引かれ、そちらに視線を送る。俯いたままのアオイの赤い頬が目に入った。
「…アオイ?」
「…」
顔を上げる気配のないアオイの名を呼ぶが、やはり俯いたまま、首だけを振られた。そのままその場から連れ出そうというのか、腕を引く彼女に促され、最後に暇だけを口にする。
「…では、我々はこれで失礼させて頂きます。」
「ああ。」
苦笑気味に頷いたマルステア辺境伯が、右手を差し出す。その求めに応じれば、強い力で握り返された。
「魔に対し同じ防衛線を張る者同士、卿には一度、北を尋ねて欲しい。」
「はい、いずれ、必ず…」
進行中の計画、アオイの望みでもある魔道具の完成をもって尋ねられればと試算したところで、横から聞こえて来た声─
「…魔力無しに大したことが出来るとは思いませんが。」
「…」
久方ぶりに耳にした単語。貴族階級を除いて、魔力を持たぬ者の方が多いこの国で、そうした類の言葉が禁じられて久しいが─
「…?」
(…アオイ?)
腕に添えられていたアオイの手に力が込められた。振り向けば、下を向いていたはずの彼女の視線が、今ははっきりと魔術師長へと向けられていた。その顔に浮かべた表情、瞳が煌めいて─
「本気?あなた、本気でそんなこと言ってるの!?」
「アオイ…?」
「だとしたら、最っ低!」
こちらの呼びかけが聞こえないかのよう。魔術師長だけを一心にねめつけるアオイの口から、怒りに満ちた声が飛び出した。それに、笑って答えた魔術師長の瞳には侮蔑の色が浮かぶ。
「ふん。本気も何も、私は真実を口にしている。セルジュ・アンブロスは魔力を持たない。そんな男が領に発展をもたらすなど、」
「出来るに決まってるでしょ!!」
「馬鹿な。魔力無しに出来ることなどたかが知れている、」
「バカはあんたの方!」
「っ!?なん、だと…!」
隣、アオイが息を大きく吸う。彼女が自分を落ち着かせようとしているのが見て取れて、止めに入ろうとするが─
「アオイ、私は、」
「ごめん!セルジュはちょっと黙ってて!」
「…」
「アンバー・フォーリーン!あんたのその魔力至上主義!本っ当にむかつくくらい変わってないみたいだけど、私、はっきり言ってバカみたいだと思ってるから!」
「っ!一度ならず二度までも…!貴様のような低能に、謗られる謂れはない!」
「ハッ!」
アオイの嘲笑。
「いい?ちゃんと聞きなさいよ?」
その瞳の熱に、対峙する二人に割って入るべきかを迷う。
「アンブロスが今、魔物討伐にも魔石採集にも苦労してないのは、セルジュが作ってくれた魔道具のおかげ!それがあるから、東は発展出来てるの!全っ部、セルジュのおかげなんだから!」
「魔道具だと?小賢しい!魔力持たぬ者の悪あがきではないか!」
「悪あがきの何が悪いの!それで、アンブロス領は成功した!あなたに同じことが出来るわけ!?」
「っ!?」
「出来ないでしょっ!?」
勝ち誇るかのようなアオイの笑みに、魔術師長の憎悪の眼差しが向けられる。その気配に、アオイを背後に庇おうとして、アオイ自身に止められる。
「セルジュの方がよっぽど凄い!あなたなんかよりずっと!」
「…私には不可能だと言うのか?この私が、魔力無しの無能に劣るだと?」
「っ!?セルジュをそういう風に呼ばないで!」
「ハッ!事実だ!」
「っ!!本っ当、あんたってムカつく!あんたがそんなだから、あんたには絶対出来ないって言ってるの!」
「なにっ…!?」
「言っとくけど!私、あなたにだって、一度は話したことがあるんだからね!」
「話?何を言って、」
「セルジュが作った魔道具の原型!私の世界の機械の話!あなたにもした!けど、あなたは私の話を一言で切って捨てたの!魔力で動かないものなんて無意味だって!私の世界の技術を大したことない、魔術の方が便利だって切り捨てたの!」
「…」
「けど、セルジュは違う!あなたが無駄だと判断した話を、セルジュはちゃんと聞いて拾って、それで、それをこの世界で再現してみせたんだから!」
アオイが大きく息を吸う。
「無能はあんた!」
「っ!?」
「あんたなんて、セルジュの足元にも及ばないんだから!」
魔術師長の顔から表情が消える。その危険に、今度こそアオイを背後に庇うが─
「行こう!セルジュ!」
「アオイ…」
片腕を抱き込むようにして、今までで一番強い力で引かれた。一歩、足が動く。そのまま、決して後ろを振り向くまいとしているアオイに腕を取られ、歩き出す。背後を振り返れば、苦笑気味のマルステア辺境伯と視線が合う。後は気にするなという風に手を振られ、小さく頭を下げてその場を後にした。
「…アオイ?」
「…」
こちらの腕にしがみつき、顔は前を向いたまま。黙々と歩くアオイが、ポツリとこぼした言葉。
「…ごめんね。」
「?何を…?」
「こんなとこで、みっともない真似して。…つい、カッとなっちゃって…」
「…」
「…ごめんなさい。」
泣き出しそうな声に胸がうずく。
アオイの怒りの発露。彼女は「みっともない」というが、
「自惚れでなければ…」
その原因は─
「あの場でアオイが怒ったのは、私のため、という認識なのですが。私は間違っていますか?」
「っ!…それは、そう、なんだけど…」
胸がうずく。甘く痺れる。
「ハハッ!」
「っ!?」
堪え切れずに笑う─
「…ありがとうございます。アオイ。」
「なっ、なんで笑うの!?なんでここで、そんな…!」
「アオイが…」
あなたが、私を思ってくれるから─
胸を満たす想い。己を認め、己のために声を上げてくれる人がいる。
「…ありがとうございます、アオイ。」
「っ!?」
見開かれた瞳、朱の注がれた頬に、ただただ愛おしさが募る。
応援ありがとうございます!
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