【更新停止中】おキツネさまのしっぽ【冬再開予定】

リコピン

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第一章 純真妖狐(?)といっしょ

6-2.

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6-2.

「あ!」

「っ!」

大きな声では無かったが、突如近くで聞こえた声に悲鳴をあげそうになった。そっと視線だけを送れば、肩に掛けている鞄の隙間から、いつの間にか顔を出しているシロ。

キラキラと輝く視線がこちらを見上げて、

「イチカ、イチカ!あの子なの!シロのお友だちなのよ!」

「…シロちゃんの、友達?」

影の方を指差すシロの言葉に改めてそちらを見つめれば、やがてそこに現れた小さな女の子の姿。そのことに、ホッとしても良さそうなものだけれど―

「こわい人に刺されて、消えちゃったのよ!でも、生きてたの!」

「…」

嬉しそうなシロの様子とは裏腹に、最初に感じた恐怖がぬぐいきれない。シロと似たような見た目、同じ様な耳をした女の子。でも、その目が、微動だにしない表情が、何だか恐ろしいものに思えて仕方がない。

恐怖に、一歩後ずされば、

「…一花ちゃん、ひょっとして、何か居る?見えてる?」

「えっと…」

綾香に訊かれた言葉の意味を考える。現れた影を前に立ち止まったのは彼女、なのに、見えていないのだろうか?目の前に立つ、小さな子どもの姿が―?

「警報、みたいなものが鳴ったから止まったんだけど、私に『視る』力は無いんだよね。だから、そこに何がいるのかはわからない」

「…」

「だけど、そこに居るのは間違いなく危ないヤツだから、近づいちゃダメ」

腕を握る綾香の力が強まった。彼女に止められなくても、近づくつもりは全く無かったが―

「良かったの!もう会えないと思ってたのよ?」

「っシロ!?」

しまったと思ったときには遅過ぎた。鞄から飛び出したシロが、一直線に女の子の元へと飛んでいく。

「シロ!駄目!!戻って!」

「一花ちゃん!?」

興奮してこちらの声が聞こえていないのだろう。振り返りもしないシロを連れ戻すため、綾香に掴まれた腕を振り切って駆け出した。

「あ!待ってなのよ!行かないでなの!」

「シロ!」

シロが近づいた途端、身を翻して離れていく女の子。それを更に追いかけようとするシロを呼び止めるが、必死なシロが振り返ることはない。

「シロ!シロ!待って!」

名前を呼び続けながら後を追うが、二人のスピードになかなか追い付くことが出来ない。見失わないように必死で走る内に、気づけば周囲を立ち木に囲まれていた。

「シロ!」

木々に阻まれる視界の先、漸く止まったシロの姿が見える。

―早く、連れ戻さなくては

追い付いたシロを後ろから両手で捕まえた。

「…シロちゃん、戻ろう…ここは、さっきの子は、危険、危ないんだよ」

「…」

息切れしながら周囲を見回すが、先ほどの女の子の姿は見当たらない。

―今のうちに

「…シロちゃんの、お友達かもしれないけど、お願い、今は私の言うことを聞いて…?」

「…イチカ…」

「シロちゃん…?」

両手で掴んだシロの体、毛が逆立っていくのがわかる。一体、何が―

「っ!キャァァアー!!」

「っイチカ!イチカ!」

シロの視線の先、茂みの中から現れた「何か」に、戦慄した。

毛のようにも、モヤのようにも見えるものを全身にまとった、大きな球体の「何か」。大型動物ほどの大きさのそれが、ズリズリと地面を擦る音をたてながら近づいてくる。その球体の上部に一本だけ生えた長い触角、捕まってしまったらしい先ほどの女の子が、逆さまに吊り下げられていて―

「っ!」

違う―

吊り下げられているはずの女の子が、逆さのまま、笑った。よく見れば、女の子の身体に直接繋がっている触角。

アレは、あの子は―

「…イチカ、こわいの。こわいのよ」

手の中で震え出したシロに辛うじて「大丈夫」だと答えたが、実際のところ、何の根拠も自信も無いその言葉。私だって恐くて堪らない。だけど、手の中に守りたいものがあるから、

「…シロちゃん、逃げるよ」

言って、背後を振り返った。

「そんなっ!?」

いつの間にか、背後、来た道にまで広がっているモヤ。周囲を見回すが、完全に囲まれて逃げ道を塞がれてしまっている。

「…」

「…イチカ?」

背後のモヤと、ユックリと―だけど確実に―近づいてくる球体を見比べる。あの巨体をどうこうすることは私には出来ない。一か八か、だけど、モヤを突っ切るしか―

「…シロちゃん、ちょっとだけ我慢しててね」

「イチカ…?」

不安そうなシロを胸の内に深く抱き込んだ。なるべく、あのモヤには触れないほうがいい気がするから。

「…」

意を決して走り出す。目の前に迫るモヤに突っ込んだ、瞬間、

「っ!」

―息が、出来ない

酸素が薄くなったような感覚。まとわりつくモヤに足が重くなる。恐くて、目をつぶって、それでも、もう一歩を踏み出そうとして、

「ッキャア!」

何かに足をとられた。シロを庇って倒れ込む。咄嗟に背後を振り返った。

「っ!」

間近に迫ってくる逆さのまま笑う少女。その触角の根元、球体に現れた赤い直線が徐々に広がっていき、

―食べ、られる…

それが、その「何か」の「口」なのだと理解して逃げようとしたが、足にまとわりついたモヤに立ち上がることさえ出来ない。

「!」

広がりきった赤、

―もう、駄目…

目を閉じて上体を倒した。腕の中のシロを、きつくきつく抱き締める―

―せめて、せめて、シロは

覚悟を決めた、瞬間―

「っ!?」

―風が…

背後から、周囲を覆っていたモヤを吹き飛ばす勢いの風に煽られた。その勢いで球体が動きを止める。

「っ!?」

座り込んだまま動けずにいたその横を、走り過ぎる人影。球体を前に跳躍したその人が手にしているもの。

―ああ、私はこの人を知っている

月明かりに一瞬煌めいた刃が、球体に振り下ろされたかと思うと、

『キシャァァァァアア!!』

「!」

ガラスの軋むような断末魔を上げた球体が、次の瞬間には霧散し、闇の中に溶けて消えていく。あっという間の出来事に思考が追い付かず、その光景をただ、ただ唖然と見守っていれば、

「…怪我はないか?」

「…」

近づいてきたその人が、彼が持つ抜き身の刃が、あんなに恐くて堪らなかったのに―

「…大、丈夫、です…」

「…」

口にして、それが本心だと自分でもわかった。かつての恐怖が嘘のように、今はひどく安堵するその人の存在。堪えていた涙が溢れだした。




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