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第一章 純真妖狐(?)といっしょ

6-3.

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6-3.

「一花ちゃん!大丈夫!?」

「…綾香さん…」

へたりこんだまま、声の聞こえた方へ顔を向ければ、

「わっ!」

次の瞬間、勢いよく飛び付いてきた綾香にギュウギュウに抱き締められる。

「良かったー!!ごめんね?見失っちゃって、追い付けなくて、恐い思いさせちゃったよね!ホントにごめん!」

「あの、綾香さんは止めてくれたのに、勝手に突っ走っちゃったのは私なので…」

「何言ってるの!それでも私が止めるべきだったんだよ!だから、ごめん!あ!てか!」

勢いよく離された体、肩を掴まれたまま、マジマジと全身を観察されて、

「怪我してない!?大丈夫!?オミは?間に合った!?」

「…大丈夫です。あの、助けて貰ったから」

『オミ』と呼ばれた男に視線を向ければ、ちょうど鞘に刀を納めるところだった彼と目が合う。

「!」

「…」

ただ、それだけなのに―

何だか居たたまれなくて直ぐに視線をそらした。逸らした視線の先、木々を縫って現れたのは、以前、綾香の部屋の前であった男性。

「よー、間に合ったみたいだな」

場違いなほど軽い調子でそう声をかけてきた男と、ため息をついた綾香、それから、無表情な彼とを見比べて、

「…皆さん、お知り合い、ですか?」

「あー、うん…実は、そうなんだよね」

「…」

だとしたら―

『彼』を目撃して間もない内に、綾香が隣の部屋に越してきたことは、きっと偶然ではないのだろう。今のこの状況や、綾香が私を守ろうとしてくれたこと、そういったことを考えれば―

「あー、あんたが不審に思うのも仕方ないよな。ただ、俺達には俺達の目的っていうか、そういうのがあったわけ。その辺もちゃんと説明するからさ、とりあえず場所変えようぜ」

「ここの後始末は?」

「それは俺がやる。本部への連絡もな。お前は、綾香と二人でその子を家まで送ってやれ」

「了解」

男性達の会話の流れから移動するのだとわかり、立ち上がろうとしたのだが、

「っ!?」

「一花ちゃん!?」

思いっきりよろめいた体を綾香が支えてくれる。

「す、みません。足が…立てない…」

足に、全く力が入らない。

意識はこれだけはっきりしているのに、言うことを聞いてくれない自分の体。自分が情けなくて、格好悪くて、また涙が込み上げてくる。

「…綾香、これ持ってて」

「あら?人に預けるなんて珍しい」

「…」

頭上で交わされるやりとりに顔を上げた。綾香に刀を手渡す彼の動きを、ボーッと見守っていれば―

「キャア!?」

予想外の出来事、突然、背中と膝裏に手を回された。宙に浮いた自分の体に思わず悲鳴を上げる。

「っ!あの!?」

悲鳴をあげてしまったことも、所謂「お姫様抱っこ」状態で持ち上げられたことも死ぬほど恥ずかしくて、顔に血が上る。焦って逃げ出そうにも、何をどうしていいかがわからない。

「あの、降ろしてください!大丈夫です!直ぐ、歩けるようになるから!」

「…」

間近にある彼の視線を意識して、顔を上げないまま懇願するが、彼の返事はない。

「降ろして!降ろしてください!」

恥ずかしさのあまり、懇願が悲鳴のようになる。瞬間、腕の中に居たシロが勢いよく飛び出した。

「イチカを放してなの!!」

「っ!」

シロの言葉とともに、目の前、宙から現れた丸いものが彼に直撃する。一つ、二つと増えるソレが何かを、瞬時に理解して―

「シロちゃん!?駄目!!」

「…イチカ?」

慌てて手を伸ばしてシロを捕まえる。抱き上げた彼女の顔を正面から見つめて、

「シロちゃん、ごめんね、ありがとう。でも、違うの。えっと、これは…」

―何て、言えばいいの…?

切実に、この状態から抜け出したいとは思う。けど、だからと言って、助けてくれようとしている彼に危害を加えたいわけではなくて。その辺りを上手くシロに伝える言葉が見つからず―

「…シロちゃん、大丈夫だよ」

「『大丈夫』なの?にげなくていいの?」

言葉とともに、ポロポロと涙を流し始めたシロの頭を撫でた。

実際のところ、私もまだ何が起きているのか正確には理解出来ていない。だけど、幼いシロは私以上に不安だろうから、

「うん、大丈夫」

お腹の上にのせたシロに向かって、笑った―

「この人達は、私とシロちゃんを助けてくれたんだよ?」

「…シロに、『やさしい』なの?」

「うん、そう」

懸命に泣き止もうとするシロの頭を、もう一度撫でる。

「…シロ、『やさしい』は好き、なのよ?」

「うん」

涙目のまま、それでもようやくフニャリと笑ったシロが可愛くて、嬉しくて。安堵の息が漏れた。

同時に感じた視線、顔をあげてみれば、

「…」

「っ!?」

じっと見下ろす彼と、視線がまともにぶつかった。慌てて顔ごと逸らしたけれど、

「…」

「…」

数瞬のはずの間が、異様に長く感じられる。 

結局、それ以上は何も言えず。彼に抱き上げられたまま、綾香の「帰ろうか」の一言で雑木林を抜け出した。




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