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王子の最愛を階段から突き落としたと婚約破棄された令嬢が、殺人未遂容疑で逮捕されそうになったため、真実を語る

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寝台の上、青白い頬。血の気の感じられない唇。淡い、桃色の髪に、そっと触れる。

「…医師の見立ては…?」

「お命に別状は無いと」

「そうか…」

黒髪の腹心の応えに、僅かに安堵する。

瞳を閉じたままの最愛の姿に、何度も蘇る光景。階段の下、倒れ伏していた少女の姿。駆け寄って、見上げれば、階段の上、無表情に見下ろしていた氷のような眼差し―

「…学園へ行く。アイラに警護をつけろ。片時も彼女から目を離すな」

「…御意」

腹心の返事を背に、部屋を飛び出した。







王宮から馬車を飛ばし、乗り込んだ学園。本来なら、自身、王族として出席する予定であった卒業の宴。会場となる大ホール前、控える三つの陰が視界に入る。

「…殿下、アイラの容態は?」

「命に別状は無い」

「!良かった!」

「ああ、だが、まだ意識が戻らん」

「っくそっ!」

赤い髪をかきあげて悪態をつくのは、アイラの警護を任せていた自身の近衛。アイラが襲われた昨日は、運悪く王室関係の警備に借り出され、学園を離れていた。

自身の失態を詫びようとする男を制し、

「ジュリアとの婚約を破棄する」

「殿下!それは!」

「…アイラに手をかけた決定的な証拠がまだ…」

事件の調査を命じていた男の躊躇。瑠璃色の瞳には、迷いが浮かんでいる。思うような結果は得られなかったか。だが、

「構わん。私が見たことが全てだ。ジュリアはあの場にいた。それだけで十分だ」

「…承知、しました…」

式典用の深紅のマント。煩わしいそれを払い、ホールへの一歩を踏み出す。

「…ジュリアは?会場に居るか?」

「大丈夫、居るよ。気づかれないように追跡魔法を掛けてる。…ほら、居た。あそこ」

人混みの中、高等魔術による追跡が、一人の女を指し示す。

波打つ金が視界に揺れた。周囲のざわめきが遠ざかる中、振り向いた碧と視線が交わる。あの瞬間、見上げたのと同じ―

「ジュリア・ローンバート!!」

「…ここに」

膝を折り、淑女の礼をとる女。周囲が一斉に引き、そこだけ、ぽっかりと空いた空間が出来あがる。

「ジュリア!貴様との婚約を、今この場で破棄する!」

「承りました」

「っ!併せて、アイラ・シェストへの傷害、殺人未遂の罪を問う!拘束しろ!」

己の声に、駆けつける警護の騎士。囲まれたジュリアが、顔を上げた。

「恐れながら、殿下、そちらの『罪』とやらに関しましては、承知致しかねます。私には、心当たりがありませんもの」

「…貴様!?」

立ち上がった女は、平然とした顔を見せたまま、

「アイラさんは?ご無事でしたの?」

「っ!残念だったな、アイラの命に別状はない!直に目を覚ます!貴様が罪を逃れられるのもそれまでだ!」

「そうですか、それは、本当に…」

残念でした―

そう呟いたように聞こえた女の赤い口元が、弧を描く。

「では…そう、ですね。アイラさんが目を覚まされましたら、もう一度、公爵邸をお訪ね下さいますか?それまで、逃げも隠れも致しません」

「戯れ言を!誰が、貴様のような奸婦かんぷの言葉を鵜呑みにするか!お前達、構わん!捕えろ!」

「まあ。では、仕方ありませんわね。捕えられるのは私も嫌ですから、申し開きをさせて頂きたいと存じます」

「この期に及んで、まだそのような口をきくか!?」

怒りに我を忘れそうになる。このまま、一太刀の元に斬り殺してしまいたい―

「そもそも、私にアイラさんの殺人未遂の容疑がかけられてしまったのは何故でしょう?」

「貴様があの場に居たことは、私が見ている!」

「ええ。ですが、私はあの場に居ただけ。アイラさんが階段から落ちてしまわれたのは不幸な事故、ということにはなりませんの?」

「貴様!?」

「私、アイラさんを手にかける動機を持ち合わせておりませんもの」

「私の妃としての立場を危ぶんだからであろうが!私のアイラへの想いを知り、婚約の継続が叶わぬと知ったが為に、アイラを亡き者にしようと!」

かえすがえすも悔やまれるのは、それを目の前の女に勘づかれたこと。

それまで、アイラの被害が嫌がらせ程度で済んでいたことに油断していた。秘密裏に進めていたジュリアとの婚約破棄が現実味を帯びたところで起きた今回の事件。こちらの動きが、この女の知るところとなってしまったがために、アイラは―

「…それに関しましては、私も謝罪しなければなりませんわね?私、恥ずかしながら、勘違いしておりましたの」

「何?」

「殿下は、アイラさんを愛妾、良くて側室としてお迎えになるつもりなのだとばかり。ですから、私は正妃として、少しでも殿下の後宮を良きものにしようと、アイラさんには、少々厳しく口出ししてしまいました」

ジュリアがアイラに投げつけた言葉は、「口出し」などという生温いものではない。心無い言葉に、幾度も、アイラは涙を流した。

「ですが、これは殿下にも非があると思うのです。殿下がもっと早くに私との婚約を破棄し、アイラさんを正妃とすると、一言そう仰って頂いていたら、私も無駄な労力を費やすこともなく、アイラさんも心健やかにお過ごしになれたでしょうに」

「…もう、いい、黙れ」

「承知致しました。では、私への嫌疑は保留ということでよろしいでしょうか?でしたら、私は即刻退場させて頂こうかと、」

「捕えろ」

「殿下!?横暴でございます!」

声を荒げる女を無視して、引っ立てようとしたところで、女が深く嘆息した。

「仕方ありませんわね。私も自身の身は可愛いですから。昨日さくじつの顛末、全て、お話しさせて頂きます」

「…逃げられんと悟ったか。だが、真実を語ったところで、貴様の罪が軽くなるわけではない。それ相応の罰を受ける覚悟をしておけ」

こちらの言葉に観念したか、また一つ嘆息した女が口を開く。

「アイラさんは、ご自分で階段を落ちられました」

そのあまりに稚拙な言い訳には、最早怒りさえわかず、

「愚かな。言い逃れにしても、有り得ん」

「言い逃れではありませんわ。アイラさんはご自身の保身のため、自ら階段を落ちたのです」

「保身」、荒唐無稽な女の言葉にこれ以上は無駄だと判断する。連れて行けと再び命じようとしたところで、

「アイラさんのお腹には、お子がいらっしゃいます」

「!?」

アイラの、名誉までをも傷つけんとする言葉に、身体中の血が沸騰する。この場で切り捨てることを決めて剣にかけた手を、女が、覚めた目で見つめる。

「昨日、アイラ様に相談されましたの。『殿下のお子がお腹にいる。殿下と別れてくれ』と。…殿下は、アイラ様と関係を持たれていたのですね?」

「っ!」

否定出来ぬ言葉、誉められた行為でないことは百も承知。殺すと決めた決意が揺らいだ。だが、腹に子が居るなど、それだけは有り得ない。だから、そんな事実は無いと、そう、否定してしまえば―

「アイラさんのお腹にお子が居るとして、勿論、殿下のお子ではありませんわね?殿下にはまだ、私との誓約の呪が残っておりますから」

王家の血を、無闇にばら蒔かぬための処置。妃以外に子を成さぬため、王家の男子に、婚約者が立てられると同時に施される呪い。秘匿されているわけではないが、知る者の限られる―

「もし、本当にお子が出来たというのなら、それは大変喜ばしいこと。ですから『祝福』して、それから改めて、殿下の誓約の呪についてご説明致しましたの。…そうしましたら、」

女の瞳が、温度を失う。あの時と同じ、アイラを、無機質に見つめていた―

「…突然、アイラさんが階段を飛び降りてしまわれて。全く、何を考えてそうされたのか。流れたとて、子を宿していた事実は隠しようもないでしょうに。…彼女がそこまで愚かだと思い到らなかった私の浅慮、本当に迂闊でしたわ」

何も―

此処にある何も映さぬ瞳が向けられる。

「…だから、本当に良かったですわ。お子は、流れなかったのでしょう?確かに、私の『祝福』がお子にかかるのを感じましたから、そこまで心配はしておりませんでしたが、本当に良かった」

何を、何を言っているのか。公爵家の血が持つ「祝福」をかけた?将来の伴侶に送られるべき「長寿の約束」を、居るはずのない腹の赤子に?そんなことは、絶対に―

「アイラさんは、今、王宮ですか?大切に、守られていらっしゃるんでしょうね?誰からも、アイラさんご自身からも傷つけられることなく、健やかに過ごしておられる。安心しましたわ。このまま十月十日、あら、もう少し短いのかしら?健やかに過ごされて、元気なお子をお産みになる日が楽しみですわね?」

有り得ない。彼女に子など、私の子など―

「どんなお子が産まれるのでしょうね?赤い髪かしら?宝石のような青の瞳?それとも、王国一の魔力を持つようなお子でしょうか?」

女の視線がこちら、己の周囲を夢見るように見回す。それから、

「…ああ、黒い髪、というのも、珍しくて素敵ですわね?」

遠くを見る眼差しで、心底、嬉しそうに―

「どちらにしろ、お子が健やかに育たれるのを願っていますわ」

女が、ジュリアが、喜びに溢れた笑みを見せ―

「…殿下、アイラさんが目を覚まされたら、お伝え願えますか?…私、複数の殿方と関係を持つ女性も、自身の子を犠牲にしてまで保身を図る母親も、大っ嫌いなんです」









(終)





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