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失恋堂~魔女へのお支払いは、失った恋で~
《閉店後 バックヤードにて》 それでもこれは恋だったと叫ぶ少女が、間違った恋の代わりに願うもの
しおりを挟む―…イリダール、様、イリダール殿下は、グレース様が好きなの?
―な、なぜ、グレース様なんですか?だって、グレース様とは初めてお会いしたはずで
―っ!じゃあ、イリダール様は!?
――――――――――――――――
失敗した失敗した失敗した。
この時期にアレックスが婚約破棄されるなんて。何で?選択肢は間違えてない。好感度を上げすぎた?やっぱり関係をせまられた時、あの時に断らなくちゃいけなかったのかも。でも、ここで好感度を下げるリスクは避けたかったし。
本当になんで、このタイミングで婚約破棄イベントが―
分かんない。分かんないけど、でも、このままじゃ駄目だ。これじゃ、アレックスのノーマルエンドルート確定しちゃう。駄目だ、その前に何とかしないと―
「アレックス、あの、あなたとマチルダ様の婚約が破棄されたって聞いたの…それで、私、私のせいだと思って…」
―――――――――――――――
「ルーシー嬢、あなたにこれを。…二人の、素晴らしい思い出の記念になれば」
「わあ!素敵!素敵なネックレス!ありがとう!…うん、ずっと、大切にするね?」
酔った勢いの一夜の過ち、私にはバージル殿下がいると告げれば、あっさりと身を引く男は楽でいい。何も言わずとも、「贈り物」を用意する男はもっと。
いくらで、売れるだろう―?
もっと、お金がいる。彼と出会うまでに。最後の好感度上げ、「お呪い」アイテムを、揃えておかなくちゃ。
―――――――――――――――
ざわめく教室、遠巻きにするクラスメイト。床や机に散らばる教科書にノート。うんざりする。面倒くさい。こんなことに煩わされてる暇なんて―
「…あの、拾うの手伝うよ?」
「別に、平気よ。これくらい」
「…ひどい、ね。誰が、こんなことするんだろ…」
「…」
「…え?あれ?これって…?」
「!?人のもの勝手に見ないでよ!さっさと返して!」
「あ…」
まずい、見られた?
訝しげな視線。彼女はヒューゴの婚約者、だったから。もしかしたら。
ううん、大丈夫、一瞬だったし。だけど、もう、これは処分しないと。これ以上は、危険―
―――――――――――――――
嘘嘘嘘―
たくさんの悲鳴と怒号。階段の下、広がるドレスの裾が見える。私と同じ、桃色の。
嘘、何で?だって、これは、私の。ニコラスに抱き締められて、あそこに倒れているのは私のはず、でしょう―?
―――――――――――――――
「…ルーシー、俺、帝国に行くことになったんだ」
「え…?」
「本当はずっと、君と一緒に居たかったけど…」
減っていく―
ポロポロと、こぼれ落ちていくピース達。
何で?どうして、みんな居なくなるの…?困るよ。だって、これじゃあ、成功しない。 バージルのトゥルーエンド。これじゃあ、足りない。彼に、届かない―
―――――――――――――――
「…ルーシーさん、大丈夫?お怪我は無いかしら?」
何で何で何で?どうして、この女が出てくるの?邪魔するの?これじゃあ、誘拐イベントが―
「…あなたを公爵家で保護するわ。一旦、」
「行かない!あなたなんて信用出来ない!私はバージルが助けに来てくれるのを待つんだから!」
「…」
「きっと、バージルが助けてくれるって信じてる!」
カミールは逃がせた。彼女を犯人にしてくれる。黒幕だと、そう証言してくれるはず。だけど―
―――――――――――――――
「ルーシー、俺の妃になってくれ」
来た。とうとう、来てしまった。最後の、告白イベント―
頷けば、グレースの断罪、婚約破棄イベントが確定する。成功すれば、エンディング後に現れるはずのあの人。ずっと、ずっと、会いたかった。彼に、会いたくて、ここまで―
ああ、だけど、だけどだけど、
「ごめんなさい、バージル。私、王妃には、あなたのお嫁さんにはなれないわ」
「…グレースに、遠慮しているのか?お前を虐げたあの女を?」
「違うわ。そうじゃない。そうじゃないの」
このイベントは、きっと失敗する―
ゲームとは全然違う、かけ離れてしまった現状。バージルの周りには誰もいない。彼を支える人達が、一緒に「悪役令嬢」を追い詰める仲間が、誰も。だから、きっと、
「無理よ…。バージル、婚約破棄なんてやめて。だって、意味ないもの。…私は、あなたと結婚したくない」
私が好きなのは、私が会いたいのは―
―――――――――――――――
駄目だった、やっぱり、駄目だった。
分かってた。分かってたのに、だけど、それでも、どうしても会いたかった。
でも、違った。間違った。
イリダール、私、あなたに、会いたかったの―
―――――――――――――――
―…あの、ここって…?
あら、お客様?ごめんなさいね。『失恋堂』は本日閉店、このまま他所へ移転の予定なの。ちょーっとだけ、ご来店が間に合わなかったみたいね。
―…『失恋堂』
ええ、そうよ。壊れた恋の欠片をお代に、あなたが望むものは何でも!どんな願いも叶えます!魔女のお店『失恋堂』!なんだけど、まあ、今は移転の準備で忙しいのよね。ごめんなさい?
―ま、魔女様!お願いします!私の願い、叶えて下さい!
あら?
―私、もう、どうしたらいいか分からなくて!だから、お願いします!助けて下さい!
…あなたを?助けるの?どうやって?体力?知力?魔力かしら?魅力かしら?それともお金?お金がいるの?ああ、でも、全部今さらよね?全部あっても、あなたの望みは叶わなかったんだから。
ああ、それとも―
『リセットボタン』、押したいの?
―っ!?
ふふ。だけど、残念。それはもう神の領域。魔女に世界をどうこうなんて出来ないの。だから、ごめんなさい?諦めて?あなたに残されたのは、この『エンド』後の世界だけ。それが、あなたにとってのバッドでも、誰かにとってのハッピーなこの世界で、うん、頑張って?
―ちが、違うんです。私は…
あら?何が違うの?会えたんでしょう?あなたの会いたかったその人に。会えて、歯牙にもかけられず、ボロッボロになったあなたのこの恋。ふふ。自分で?自分でやったの?スッゴくグチャグチャ。これ、元が何かも分からないくらいの『失敗作』なんじゃない?
―…違う、違うの
他者を貶めてでも手に入れた結果を「違う」で片付けられたら、周りはたまったもんじゃないわね。
―…魔女様は、別の世界に、行けますか?
行けるわよ?あなたは連れてかないけど。
―…なら、魔女様には、きっと分からない
あら?
―…好きで、好きで好きで。初めて好きになった人で。ゲームのキャラクターだって、現実には存在しないって分かってても。それでも、ずっと、ずっと、彼と同じ世界、行けたら、生きられたらって想像するだけでドキドキして、幸せで。
…
―だけど、やっぱり、そんなの無理だって、ただの妄想だって分かってた。分かってて、彼への想いだけは諦めきれなかった。諦めきれない想いのまま、諦めてた世界に来れたって気づいた時の私の気持ち、魔女様には分からないでしょう?
…
―絶対、絶対に彼に会おう。その為なら何でもしよう。これは、本当に奇跡、あり得ないことが起きたんだから、このチャンス、逃さないためなら何だってする。そう決めたら、出来ないことなんて何もなかった。誰が傷つこうが関係なかった。本当に何だって、何だって出来た。彼に、イリダールに会うためなら。なのに…
…
―…違った。全然、違った。あの人は、イリダールだったけど、だけど、私が好きで大好きで、追いかけてたあの人じゃなかった。…私、恐かった。覚えてたのに。イリダールに何て言えばいいのか、どんな『台詞』で彼の興味が引けるのかだって、分かってたのに。あの人の前に、堂々と立つことさえ出来なかった。
…恋に恋してたってこと?あなたの想像の中の彼に、恋してたと?
―違います!っ!この世界の彼じゃなかっただけ!…間違ったけど、間違ってしまったけど、私は、私の世界のイリダールが本気で好きだった!
画面の向こうの?架空の人物に?
―それでも!それでも、私は彼に恋してた!…彼がいたから、彼に出会ったから、毎日が楽しかった、嫌なことだって頑張れた。…手が届かなくたっていい、彼が、彼の存在があればそれだけでって、思ってたはず、なのに…
はぁ…。うん、でも、まあ、仕方ないわね。あなたがここに来れたということは、まあ、そういうことだから、お願い、聞いてあげてもいいわよ?だけど、分かってる?私に願うということは、あなたのこのグッチャグチャの残骸は、跡形もなく消えてしまう。あなたが、恋だったと言う想いも…
―…構いません。私、こっちのイリダールに会って、間違ったって気づいた時に、もう、前と同じ気持ちでイリダールのこと、想えないって気づいてしまったから
そう?ならまあ、いいわ。それで?あなたは私に何を願うの?
―…記憶を、消して下さい
記憶を?抱える罪悪感ごと記憶を全部消しちゃおうって?それで、あなたが許されるはずもないってことはわかってるわよね?
―はい。勝手ですけど、でも、もう、それくらいしないと、私、やり直せない
ふーん?だけど、それってきっと、イバラの道よ?犯した罪の記憶も無いままに、周囲に責められ、罪を償う。あなた、王子様とど田舎生活決まってるんでしょ?記憶が無い方が、きっと地獄よー。四面楚歌。理由は分かっても納得は出来ない。みたいな?
―…それでも、お願いします
まあ、それがお望みなら?ああ、でも、そうだ。あなたのその魂にくっついたままの前世の記憶。神様がやらかした凡ミ、失ぱ、ん、んー。まあ、神の御業?私に消すのは無理。お偉いさんに、前世消し損ねてましたけど?って下が指摘するのはまずいのよ。諦めて?つまり、あなたは前世の記憶のみでリスタート!あはは!人生ハードモードねぇ?
―いいです、それで。…私、前の自分は嫌いじゃなかったから。…彼に会えなくても、一緒にキャーキャー言ってくれる友達はいたし、イベント行って、グッズ買って、どうしようもなく、楽しくて、幸せだったのに。…何で、何で、そんな大事な気持ち、忘れ、忘れちゃってたんだろう…
ああもうほら、泣かない泣かない。気づいたのは致命的に遅すぎたけど、一生気づかずにいるよりは、まぁ、ましなんじゃない?ほらほら、この失敗作?ラッブラブな彼氏でも躊躇するであろうあなたのこの手作りスイーツ、世界でたった一つのオンリーワンであることは、まあ、間違いない?私が、一応、もらってあげるから。
―…ありがとう、ございます
うん!まあ、あなたのこれから思うと、気軽には言えなくなっちゃったけど、あなたもまぁ、頑張って?
―…魔女様は、移転、どこか別の場所に行かれるんですか?
ん?そうよ?あなたのおかげで商売繁盛!素敵な欠片にたくさん出会えたんだけど、残念よね?
どうやら、だぁれも、常連客にはなってくれないみたいだから―
(完)
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