【完結】いつだって二人きりがよかった

ひなごとり

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高校生の二人

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『――それでは、今日の旅はここまでです』
 ぴー、と機械音がして星が瞬き、一瞬にして無機質な天井が目の前に現れた。いつの間にか照明がついていて、未雲の目の端にはおじいさんが重そうな扉を開けて受付に去っていくのが見えた。
(プラネタリウムって好きだけど眠くなるんだよなあ……久し振りですっかり忘れてた)
 まだぼんやりとしている頭を労るように未雲はゆっくりと上半身を起こす。
 そういえばいつもならすぐに話しかけてくる声が聞こえない。やけに隣が静かだ。一体どうしたのだろう――未雲が訝しんで隣へ目をやると、柊明は目をつむっていた。わずかにすー、すー、と気持ちの良さそうな寝息を立てて。
 美形は寝顔もこんなに整っているのか。未雲は思わず感心して見惚れてしまう。あまりに綺麗で、長い睫毛が濡れているようにさえ見えた。
「……ん、……?」
 誰もいないのをいいことに、起こすのも申し訳なくてまじまじと見つめていれば、落ちていた瞼が光に反応してぴくりと動く。隠れていた瞳が見え、状況を理解しようとあどけない表情の柊明が辺りを見回した。
「あ、起きた?」
 未雲が茶化すように聞くも、柊明はすぐには言葉の理解ができずに気怠そうに首を傾げる。次の瞬間、微睡んでいた目を大きく見開いて勢いよく上半身を起こした。
「ごめん! 寝ちゃってた!」
「大丈夫、俺もめっちゃ眠かったから」
 慌てて謝る柊明にフォローを入れるが、柊明本人はそれでも「つまんなくて寝た訳じゃなくて」「綺麗で見惚れてたらね……」と必死になって弁解をしている。未雲はこれっぽっちも気にしていないというのに。
 あの柊明が。
 何でもこなせて、多くの人から好かれる要素を兼ね備えていて、誰もが欲しがる柊明。そんな彼が、自分に対して懸命に謝ってくる。未雲は体の底からむずむずとしたものが迫り上がってくるのを感じた。
「だから気にしてないって。ほら、次は屋上まで行って本物見よう」
 得体の知れない――もしくは気付きたくない――感情を誤魔化すように声を上げると、未雲は上映からずっと繋いでいた柊明の手を引っ張って、プラネタリウム室から明るい外へ出る。
 あ、と何かに気付いたらしい柊明は、先程まで動かしていた口を閉じ頬を赤くして笑顔になると、置いていかれないように強く手を握り直した。

 屋上の外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていていた。秋になると途端に陽が沈む時間が早くなり、気温も一段と冷え込む。「寒いね」と柊明が身を寄せて囁くと息が白く吐き出された。
「外もうこんなに暗くなるんだ」
「灯りも無いからな、ここ。そのおかげで星はすごい綺麗に見えるから……ほら」
 未雲が空を見上げたのに倣って柊明もそれに続く。わあ、と感嘆の声が漏れ出たのは一体どちらだったか。
 二人が見上げた夜空には、プラネタリウムで見たものよりもっと幻想的で煌めく星々が一面に散らばっていた。普段は明るい星がぽつりぽつりと見えるだけの空が今は星でいっぱいになっている。あまりにも非現実的で、もしかしてまだ夢を見ているのかもしれないと思ったほどだ。
「すごい……こんなに綺麗に見えるんだ」
「俺も久し振りに見たけどすっごいな。あ、ほら、あれがペガサス座」
「う~ん……沢山あって分かりづらい、かも」
「特に大きくて明るいのが四つあればそれだから」
 館が貸し出している双眼鏡も使いながら未雲による解説も挟んで星座を探し出していく。プラネタリウムで聞いた神話を受け売りにしたものだったが、柊明が後半をほとんど聴けていなかったので未雲もつい熱が入って事細かに説明しては楽しそうに笑っていた。
 時間も忘れるくらい星を見つめて、未雲が知る限りの星座を全て見終わった時。少しだけ沈黙が流れた。決して気まずいものでも、焦るようなものでもない。少なくとも未雲にとって居心地のいい特別な時間だった。
「あのさ」
 冷たい風が二人の間を通り過ぎ、柊明がさらに肩を寄せる。
「未雲は今まで見てきた星の中でお気に入りとかある?」
 唐突な質問だが、今するには丁度いい会話の始まり。他の人とは絶対しないようなことを話せる柊明との時間が未雲はいつの間にか気に入っていた。
「今は見えないけど、俺は一番蟹座が好き」
「蟹座?」
「小学生の時に同じ場所で母親に教えられながら見てたんだ。そしたら真ん中にプレセペ星団っていう星の塊があって……すごい綺麗だったのを今でも覚えてる」
 相槌を打ちながら、柊明は間近で星を見上げる未雲を見つめる――僅かな月光で暗闇が少しだけ緩和して、三白眼気味の瞳の中で星がキラキラと瞬いているのが見て取れた。
「いいなあ。おれも見てみたい」
「見えやすい時期は冬か夏の前くらいだったかな。肉眼でも結構見えた」
「じゃあさ、今度はその時期に合わせてまた行かない?」
 未雲はすぐに答えられなかった。まだ遠い未来の誘いに同意するべきかどうか、一瞬迷いが生じた時間だった。けれど、そんな迷いもすぐに霧散する。
「うん、俺がまた教えるから」
「約束ね」
 スマホのスケジュールに書きもしなければ、連絡ツールで文字に残した訳でもない。ただの口約束だったとしても、これほどまで大切にして心の中に留めておきたいと思った約束は、未雲にとって人生で初めてのことだった。

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