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高校生の二人
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しおりを挟むここ最近、柊明は一緒に過ごしている時でもぼんやりしていることが多かった。さっきまで話していたのに返事が返ってこなくて横を向くと、彼は頬杖をついて何かを考え込んでいる。未雲が声をかければ、彼は沈んでいた意識が浮上したかのようにハッと体を大きく揺らして「ごめん、何話してたっけ」と聞く。こんな状況が度々あった。
未雲は柊明のそのような態度が分からなかった……というより、前に橘と話したことを知られていたらどうしよう、と怯えていた。
柊明とは基本一緒に行動しているが、ずっとそうというわけではない。どちらかに用事があれば一人になるし、連絡を他と全く取らないなんてこともない。特に同級生は近くに未雲がいないと分かれば嬉々として柊明に話しかけて、話しかけられた本人も丁寧に受け答えをする。中でも橘は柊明と親しそうな間柄だった。他の同級生には優しい言葉遣いをしている彼が、橘には随分砕けた調子で会話をするくらいなのだから。席が近くなってから二人の会話も増え、未雲はそんな二人を見るたびに驚きと一抹の不安を感じていた。
もし橘が悪気なく未雲の言っていたことを話したら、柊明はどう思うだろうか。
付き合ってないと嘘をつくのは仕方がない。周りにバレて良いことなんか何もないのだから、それに関しては柊明も分かってくれるはずだ。そう思うのに、でも不安が拭えない。
目の前にいるはずの柊明がどこか遠くにいるようだ。未雲は初めて、二人きりの空間に居心地の悪さを感じていた。
梅雨の季節に入り、ここ数日はずっと雨が続いていた。どんよりと曇った空は暗く気分を沈ませ、季節の変わり目で体調も崩しやすくなる。未雲は寝不足も相待ってひどい頭痛に耐えながら午後の授業を受けていた。
(もうだめだ、これ終わったら保健室行こ……)
重くなる瞼に、ズキズキと痛む頭。どうやったって授業なんか真面目に聞いていられず、とにかく黒板に書いてある文字をノートに写すだけで精一杯だった。片方の手を懸命に動かし、もう片方は痛みを少しでも減らそうと頭を抑え込む。効果があるのかは知らないが、やらないよりマシだと思い込んでどうにか耐える。
その時、隣からトントンと肩を突かれた。
「体調悪そうだけど、大丈夫?」
隣をゆっくり見れば、橘が心配そうにこちらへ顔を寄せながら小さな声で聞いてきた。そんなに心配されるくらい顔色でも悪かったのかと未雲は慌てて「大丈夫」と答える。
あの一件以来、橘を見るだけで心臓が嫌な音を立てるので、申し訳ないが今だけは自分のことを存在しないものとして扱って気にしないでほしい。
「これ終わったら保健室行くから」
そう言うと橘は安心したのか目線をすぐに黒板へと移して、何事もなかったかのように意識を授業へと戻していった。
念願の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、なんとか持ち堪えられたと息を吐いた瞬間。前にいる柊明が振り返って「未雲」と声をかけてくる。その声がやけに無機質に聞こえ、未雲はうまく返事ができなかった。
「気分悪いなら、一緒に保健室まで行こう」
「え……いいよ、俺一人で行くし。次の授業もあるだろ」
「遅れたら先生に説明しとくから」
そう言うや否や、柊明は未雲の腕を掴み半ば無理やり席から立たせる。そのまま教室から出て行くまで、他の生徒たちは二人をずっと注視していた。
「なあ、急にどうしたんだよ」
急ぎ足で向かう先はどうも保健室ではない。生徒がいない廊下で、未雲は不安気に目の前を歩く柊明の手を握った。
「未雲、少しだけ保健室まで我慢できる?」
「はあ? まあ、頭痛いだけだし……良いけど」
未雲が承諾すると、柊明はすぐ横の空き教室の扉を開けた。昼休みに行く教室とは別の、そこより随分広々とした場所だった。先に入ってと促され、言われた通りに従う。後ろで扉の閉まる音がして、振り返れば柊明が何を言うでもなく扉の前で俯いていた。何か話したくてここへ来たはずなのに暫く無言のまま時間が流れる。
「柊明?」
不安になって、俯く彼に近付いた。恐る恐る歩み寄り目の前に立つと柊明が顔を上げる。目線が交差して、そういえばこんなに距離が近くなったのは久し振りだったなと他人事のように思い出す。近頃はお互いどこかぎこちなかったから。
彼の瞳はキラキラと瞬いて揺れていた。光のない暗い教室なのに、その双眸だけが輝き未雲の目を捉えて離さなかった。いつ見てもそこは夜空のようで、深海のようで、吸い込まれていくみたいに二人の距離が近くなる。柊明の手が未雲の頬に触れた。鼻先がくっついた。息が止まって、心臓は飛び跳ねるくらい動いて、なのに未雲は動けなかった。
「未雲はおれのこと、好き?」
見つめ合ったまま、柊明が問いかける。
「な、んでそんな」
「いいから、答えて?」
質問は許されない。未雲はただ答えることを望まれている。
「……好き」
そのまま、唇の触れる音だけが二人の間で小さく鳴った。
どん、と鈍く弱い音が鳴る。
「ぁ、え……」
未雲が柊明を扉へ押し返す音だった。
肩で息をしながら呆然と立ち尽くす。自分が何をしたのか瞬時に理解できず、フラフラと力なく柊明に縋り付いた。
「……ごめん、嫌だった?」
「いや、違くて、その、びっくりして……」
しどろもどろになりながら何か理由を言わなくてはと脳が急ぐ。けれど壊れた機械のようにおかしくなった頭は、何をどうすればいいかまともに考えられなくなっていた。
「恋人同士になったから、いつかしたいとは思ってた。けど、急だったよね。ごめん」
「違う、違うんだよ柊明……」
柊明はきっと何か盛大な勘違いをしている。嫌だから止めたんじゃない。でも、それだとさっきの行動の理由が付かない。
未雲自身もどうしてあんな行動を取ったのか説明ができなかった。まだ柊明を「恋愛的」に好きではないから? それとも、嘘を貫き通していることに今更怖気付いたのか。
「ねえ、未雲はさ……本当は、恋人になるつもりなんてなかったんでしょ」
「え、」
「薄々気付いてはいたんだよ。ただどんな理由であれ一緒にいてくれるなら、と思って何も言わなかったし、それ以上何か未雲に望むつもりもなかった。……だけど、やっぱ駄目だね。最初は我慢できても、どんどん苦しくなってく」
未雲は何も言い返せなかった。本当のことも、嘘も、言い訳も。どれを言っても柊明に見放されてしまいそうで恐ろしかった。
柊明を独り占めにすることで優越感を感じていた。こんな自分でも純粋に好きだと言ってくれる柊明に依存していた。自分のそんな我儘で、柊明の気持ちは考えてこなかった。いつだって自分が一番大切で、傷付きたくないから予防線を張る。いつか離れる、いつか愛想を尽かされる、と先回りして考えることで安心出来ていた。今思えば、俺は彼のように「好き」と囁くことも行動で明確に示したこともなかったし、連絡もほとんど柊明からだった。今更、そんなことを思い出して涙がじわりと滲んでくる。
「だから、さ。お互いに今の関係は良くないんだよ。別れよう、未雲」
そう言って柊明はゆっくり未雲の体を自分から離し、あの寂しそうな顔をしてそのまま教室を後にした。扉の閉まる音がやけに大きく頭に響く。
柊明が最後まで優しいから、余計未雲はつらかった。全部自分が悪いのに。せめて泣いたり、怒ったりしてくれればこの大きく膨らんだ罪悪感や後悔が軽くなってくれるのに。
(結局また自分のためか)
己のどうしようもなさに、未雲は一人取り残された空き教室で自嘲気味に笑った。
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