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大学生の二人
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しおりを挟むは、と目を覚ますとそこは冷房の効いた教室だった。キョロキョロと辺りを見渡すとそこには誰もいない――目の前の人物を除いて。
「未雲、授業終わったよ。また寝てたね……体調でも悪い?」
あの綺麗な顔が、こちらを見つめて微笑んでいた。もうそんなことは有り得ないはずなのに。もしかして都合の良い夢でも見ているのかと思わず目の前の顔の頬をつねってみる。
「まだ寝ぼけてるの?」
彼は柔らかく笑って未雲の手を優しく戻した。そのまま手を繋がれてしばらく互いに無言で見つめ合う。
「……柊明、」
「ん? どうしたの」
心地良い声に笑みが漏れる。懐かしいそれに視界が滲んだ。
「俺、……」
ゆらゆら、体が空間を揺蕩う。誰かが遠い方で自分の名前を呼んでいる気がした。
「……くん、未雲くん!」
「うわっ」
ビクッと大袈裟なほど体が跳ねる。ガヤガヤと周りの騒がしさから、先程まで受けていた講義が終わったのだと察した。
「寝てるなんて珍しい。夜更かしでもしたか?」
「橘……俺いつから寝てた」
「んー、先生が動画流してすぐだったかな。プリントまとめといたから次の時間までに写しとく?」
「うん、する」
はいどうぞ、と今日の授業の要点がまとめられたプリントを受け取る。少し乱れた字列に、橘も眠たかったのだと気付いて思わずにやけた。
「次、別の授業だったよな。俺は次休講になってたから、いつもの教室で待ってる」
「んー、分かった。じゃあまたお昼に」
橘は他の学生に声をかけられ、話も程々に教室へ向かっていった。
現在未雲は無事大学受験を終え、都内の大学に通っていた。親に心配されながらも一人暮らしを始め、大学では新しい友人も増えて平凡な生活を送っている。
その手助けをしてくれたのが高校の同級生である橘だった。高校二年の頃まではそれほど関わりもなかったのだが、未雲がクラスから遠巻きにされていることを知りながらも声を掛けてくれる唯一の存在で、それは三年になってからも変わらなかった。
そしてあの時――未雲がさらに孤独になった時、一人で志望大学の赤本を勉強しているところを橘に話しかけられた。「俺と同じ志望校だ」と。今思うともしどちらかが落ちたら気まずくなりそうなものだが、当時の未雲はそれほど関わることもないと特に気にしていなかった。橘がこうして話しかけてくるのもただの気まぐれだと思っていたから。
しかし、橘はそれからよく話しかけてくるようになった。勉強も分からないところがあれば教えてくれたし、大方の授業が終わって自習が多くなった時期には一緒に過去問を解き合うこともあった。
受験が終わった後、無事に二人とも志望校に合格して橘が大喜びしている中、水を差す思いをしながら未雲は恐る恐る質問をする。なんであの時話しかけてくれたのか、と。
「今その話するか……まあ受験でそれどころじゃなかったからな」
聞かれた橘は気まずそうに目を伏せる。
「前に柊明とのこと聞いただろ。その後に二人の空気が悪くなった気がして……俺のせいかもと思ったらつい」
「それは……別に橘のせいじゃない。気にしなくて良かったのに」
「前にも言ったけど、未雲くんと話したかったのは本当だから。同じ志望校だったのは驚いたけどなー。改めて、これからもよろしく」
同じ学部だったのもあって二人は案外気が合った。共通の話題も多く、もっと初めから積極的に話していたらまた何か違ったのだろうかと意味のないことを考える。
残りの高校生活は卒業式まで静かに過ごした。橘とはたまに学校で会ったら話をするくらいで、特段仲良くなったという訳でもない。それでも十分楽しい日々だった。あの狭い教室で人と会う必要がなくなったのが大きかったかもしれないが。
大学生になってからも橘はちょくちょく未雲と行動を共にしていた。誰かと仲良くなったらすぐに紹介もしてくれるから、高校の時のような孤独感はさっぱり消えた。今にして思うと、高校生の自分は柊明に依存していたのだろう。だから離れたくなかったし見捨てられた気になって落ち込んだ。悪いことをしてしまったのは自分の方だというのに。
今でも柊明との思い出は鮮明に思い出せる。自分だけに向けられた笑顔も、視線も、簡単に手放せるものではない。その度にあれはただの夢だったのだと言い聞かせて今の新しい生活に身を投じた。環境が変わったのもあって忙しい日々は今の未雲にちょうど良かった。
未雲は、柊明を忘れようと必死だった。
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