【完結】いつだって二人きりがよかった

ひなごとり

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大学生の二人

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「未雲くんはサークルとか入る予定ある?」
 とある昼下がり、午前の講義が終わって帰り支度をしている横で橘がそんなことを尋ねてきた。
「サークル?」
「俺は特に入るつもりはないんだけど、気になってさ」
「一応ここに入学するって決めてから入りたいサークルは見つけた」
「へえ、どれ?」
 待ってましたとばかりに未雲はファイルから一枚のチラシを取り出す。それを橘の前に出すと、前面に大きく書かれた文字をなぞりながら答えた。
「天文サークル」
「星好きなのか? 知らなかった」
「まあ、言ってなかったし。前に星座の本読み始めたらハマって」
「いいな、そういうの。今度俺にも教えてくれ」
「えっ……」
 その言葉に思わず声が詰まる。未雲が大学生になってからも星に興味を持つきっかけになったのは、言うまでもない。柊明と星を見に行った時だった。
 ――俺がまた教えるから。
 ――約束ね。
 もう一生叶わない、あの時交わした約束を今でも鮮明に覚えている。そんな未練たらしい自分に思わず溜め息が出た。
「めんどくさい。興味あるなら自分で調べなよ」
 忘れようとしているのにお前のせいでまた思い出してしまった、と八つ当たりの意も込めて橘の要望を一蹴する。
「手厳しいな。まあ教えなくていいけど、サークルの話は聞かせろよ」
 そう言うと橘はすぐに話題を変え、それ以上言及されることはなかった。
 未雲は今でもあの綺麗な情景を夢に見る。一緒に暗い夜空の下、寒さを凌ぐためにくっついて懸命に星を探していた。月明かりが二人を照らし、いつしかその空間には静かな星の煌めきと自分たちの息遣いだけが耳に残った。もうどんな話をしたのかさえ朧げだったが、二人で交わした約束だけは色鮮やかに思い出せる。柊明のキラキラと瞬く瞳、赤くなった耳と頬、嬉しそうに「約束ね」と笑った顔。
 それから星を見に行く話は一度もすることはなかった。
 しかし当時の自分は浮かれに浮かれて、家にあった星座にまつわる本を片っ端から読みまくった。幼い頃に読んでそれきりだった本は高校生になって読み返すと随分読みやすく楽しかった。一時期は勉強もそっちのけで読み耽って親に叱られたような気もする。
 結局大学生になってからも星の興味は尽きることなくサークルにまで入るときた。問題は星を見るたびに柊明を思い出すことだが、もうこの際サークルで新しい出会いを見つけてしまえばいいんじゃないかと未雲は考え始めている。実際、入る予定の天文サークルは他大学と合同で天体観測や合宿をするらしい。それくらいの規模ならば必然的に出会いはあるだろうし、同じ趣味同士気の合う人も多いはずだ。
 今では友人もそれなりにいるし――主に橘のおかげだが――人との付き合い方も分かってきた。もうそろそろ自分は高校の頃のあれそれを吹っ切って、新しいことに挑戦していくべきだ。
(折角の大学生活、楽しまないでどうする)
 未雲は自分に喝を入れるように両手で頬を叩く。そしてサークルに入るための諸々の手続きを始めたのだが、勝手が分からず泣く泣く橘に助けを求めて事なきを得た。


 そして今日。この日は天文サークルの新入生歓迎会が開かれていた。未雲にとっては初めての大人数の飲み会だ。
 その店の前で、未雲は立ち往生していた。行く前に橘からの「一緒について行こうか」という申し出に縋りそうになりながらも何とか断ってここまで来たはいいものの、やはり付いてきてもらえばよかったと早々に後悔する。緊張と場違いな雰囲気でもう帰ってしまいたかった。
 しかし店の前にいても他の人の迷惑になってしまうので、ええいままよ!  と店へ入る。他大学との兼ね合いもあってか店は貸切にしているらしく、すぐ前にあるテーブルに上級生らしき人が座って受付係をしていた。
「お、新入生?」
「はい、あの、未雲です」
「オッケー、じゃあ一年生はあっちのテーブルで集まってもらってるから! あ、お酒は飲めないよね?」
「はい、まだ……」
「うん、じゃあそのままあっちで。他の大学の子もいるから、機会ある内に連絡先交換しときなね」
 ロボットのように同じ返事と挙動を繰り返して案内されたテーブルまで歩く。緊張で吐き気がすでに酷かったが、同い年の人とならまだ気楽に話せるだろうかと希望を抱いて空いている席を探す。
 一年生はまだそれほど集まっていないのか、他のテーブルより空いていた。前のテーブルでは数人の女子が和やかに談笑しており、流石にそこへ入っていけるほどの度胸もないので大人しくさらに奥の、まだ誰も座っていない方へ向かう。奥の座席に座るのは立ち上がる時に不便で避けたかったのだが、後のことを考えると座らざるを得ない。隣に気が合って話しやすい人が来ますように、と願いながら未雲は席に着いた。
 座ってしばらくすると、店の前が騒がしくなって数人の男子学生が扉を開けて入ってきた。聞こえる声からして違う大学の新入生らしかった。受付の上級生が嬉しそうに大きな声でよく入ってくれたと話している。その数人が案内されて一年生のテーブルに近付いた。派手な髪色や着けているアクセサリーの数々に未雲は思わず眉間に皺が寄った。
 その中でも特に目を惹くのが真っ白な髪色をした人だった。周りがピアスなど着けている中、一人だけ何も身に付けていないのが逆に存在感を浮き彫りにさせている。顔はよく見えないが、少し前にいる女子が釘付けになっているところを見るに、かなりの男前なのだろうか。
 まあ自分には縁のない人たちだな、と未雲はすぐに区切りを付けて目の前にある麦茶を飲む。どうせこっちには来ないだろうと油断していたところ、
「……未雲?」
 一瞬、自分の耳を疑った。
 傾けていたグラスのことも忘れて、ぴたりと体が金縛りにでもあったかのように停止する。信じられない、有り得ないはずなのに、その声はひどく耳に馴染んだ。
 恐る恐る、自分の名前が呼ばれた方へ顔を動かす。
「わ、やっぱり未雲だ……!」
 そこには、他の学生を押し退けた真っ白い髪の人――柊明が、あの時と変わらない綺麗な笑顔で立っていた。


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