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大学生の二人
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しおりを挟む何度目かの柊明の部屋はいつ見ても綺麗に片付けられていて、あまり生活感は感じられない。部屋には二人で座るには少し小さいソファやテーブル、十分な大きさのテレビなどが置いてある。引き戸になった室内ドアを開いた先には寝室があり、柊明の体格に合ったサイズのベッドが入ってもなおスペースが余っており、寝泊まりをする際はそのベッドの横で未雲は用意してもらったマットレスを敷いて寝ていた。
「今日はどの俳優さんにするか決めてきた?」
ソファに座りながら部屋の様子を眺めていると、家主がキッチンからお菓子と飲み物を注いだグラスを準備して持ってきてくれた。今日の映画鑑賞のためのお供だ。
「うん、前とはまた趣向を変えて選んでみた」
「おれも。じゃあ、せーので発表して、どっちにするか決めよ!」
家での映画鑑賞の良いところは、周りを気にせず好きに会話できるところだと思う。二人は選んだ俳優の名前を動画配信アプリで検索すると、出てきた映画から順に観ていくことにした。
二人が観る映画はもっぱら洋画が多く、今観ているものもヴァンパイアを題材にした海外の映画だった。孤独だった一人の人間が、ヴァンパイアに血を吸われて同じ種族になってしまう。そこで彼は新しい家族の形を作り幸せに暮らすが、次第に変化していく環境、仲違い、そしてついには大きな事件が起きて……とハラハラする展開が続く。
映画の主人公である元人間に、未雲は何となく親近感が湧いた。孤独だったところを自分とは違う世界を生きる者に救われ、幸せになるも幾度の困難に遭い苦悩する姿。自分だけが互いの関係を大切にしていて、相手は簡単に自分を切り捨てることもできると知った時の動揺……。
そうやって映画の中の登場人物に深く入り込みすぎたせいだろうか。何故か高校の時の思い出や大学で橘に言われた「忠告」がふと頭に浮かび、未雲はパッと思ったことが口に出た。
「――俺たちもいつかこうして会わなくなるのかもな……」
自虐のような独り言だった。ちょっとした当て付けのつもりだったのかもしれないし、自分自身を宥めるためのものだったのかもしれない。どちらにせよ、柊明は映画に集中して無視するか、笑って何か言ってくれると思っていた。
案の定、彼からは何も反応が返ってこないので少し悲しくも感じながら映画へと集中しようと身じろぎする。
突然、自分の膝に置いていた片方の手がひんやりとした手に掴まれた。驚いて柊明の方を見ると、彼はやたら神妙な顔つきでこちらをじっと見つめていた。狭いソファに二人で座っていたせいで元々近かった距離がさらに近付き、未雲は映画のことも一瞬忘れて柊明を見入った。
常より近い距離で、柊明の口がゆっくりと開く。
「未雲はそうなってもいいと思ってるの?」
「え……。いや、続くならもちろんそれがいいけど、こんなに趣味が合う友人も中々いないし」
「うん。おれもそう思う」
まるで尋問されているような感覚に、小さく喉が鳴る。手は強く握られ、見つめられた目は逸らすなと言われているようだった。遠くで映画の中のヴァンパイアが何かを叫んでいる。
いつの間にか、もう唇が重なる寸前まで二人の距離は溶けていた。いつぞやの情景がフラッシュバックして、未雲の肩が大きく揺れる。
「……またあの時みたいに拒絶する?」
柊明の瞳は、どこまでも沈んでいくような海だった。先が見えない夜空だった。
拒絶なんて、できるはずがない。元通りになれたと思った関係をもう一度壊すのも、また同じ過ちを犯すのもしたくなかった。あの時の離れていく柊明を思い出して罪悪感に押しつぶされそうになりながら、未雲は自分から顔を近づける。
柊明にもう見限られたくない、出来もしないのに独り占めしたいと思いながらゆっくりと唇を重ねると、繋がれていた手が離れて自分の頬を包み込み、二人のキスはさらに深くなった。
慣れないことで戸惑っていると、舌が唇を割って中へ入ってくる。そのまま舌を絡め取られ、途端身体中に電気が走ったかのようにビクビクと震えた。未知の体感に困惑して柊明の方に縋るが、キスは中々終わらなかった。
「……ぁっ、んんっ……!?」
舌を吸われ、未雲の頭に白い火花が散る。訳もわからず目を白黒とさせていると、唇をやっと離した柊明が恍惚とした表情をさせながら囁いた。
「キスだけでこんなに感じるんなら、もっと早くすれば良かったね」
心臓が痛いほど音を鳴らす。困惑しながらも興奮や期待が入り混じっている心音は、次を期待してどんどんうるさくなっていく。
「未雲は……続き、したい?」
こうやって聞いてくるのもきっとわざとなのだろう。分かってても、未雲は抗える気すら失せて身体がさらに熱くなっていくのを感じた。
柊明はきっと復讐の機会を狙っていたのだ。あの時と似た状況を作り出して、こうして試してきている――そう思うのに。
「し、したい、柊明となら、したい」
自分は縋ることしかできない。縋らなければ、見捨てられてしまうから。
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