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大学生の二人
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しおりを挟む翌朝。誰かの動く物音が聞こえて、未雲はまだ覚醒しきっていない頭をゆっくりと起こす。
「――あ、起きた?」
足音が微かに聞こえる。
「うん……?」
足音が止み、近くで衣擦れの音が聞こえたかと思えば、低音の掠れた声が耳元で囁かれた。
「未雲、早く起きて」
「うぁっ……!?」
ゾワゾワと感じる声に、途端目が覚める。耳を押さえながら横を見れば、すでに服を着替えて綺麗に身なりを整えた柊明が笑いながら未雲のいる布団のすぐ横に座り込んでいた。
「もう朝だよー、今日は一限からあるんでしょ? 早く支度しなきゃ」
「え、……あ! ごめん、今すぐ準備する」
時計を見ればいつもの起きる時間とほぼ変わらない。昨日アラームを設定し忘れていたようで、もし柊明に起こしてもらっていなかったらまた寝坊するところだった。
「朝ごはん今作ってるところだから、準備終わったら一緒に食べよ」
「何から何までごめん……顔洗ってくる」
そう言うが否や、未雲は洗面所へと駆け込み朝の支度を急いで済ませ、柊明に促されるがまま朝ごはんもきっちり食べた。未雲にとっては実に久し振りの朝食だ。
「朝ごはん、ちゃんと食べてる?」
柊明が問いかけてきた質問に、未雲はバツが悪そうに笑いながら「まあそれなりに?」と誤魔化した。柊明は何も言わなかったが、何となくバレていそうな感じがする。
最後に忘れ物がないか確認して――あったらその時また渡すから大丈夫だよ、と柊明は言っていた――最寄りの駅まで一緒に歩く。
「今度は一緒に家で映画観ない?」
「あの大きいテレビで? 楽しそう」
そんなことを話しながら歩けば駅まではすぐだった。それぞれ大学への路線が別なのでまた次の約束をしながら、二人は別れを告げた。
しばらくして、未雲は柊明の家で寝泊まりする機会が増えた。映画館や本屋に行った後だったり、泊まることを前提に家での映画鑑賞をしたり。ほとんど喋ることなく自由に過ごすこともあれば、互いに映画や本の内容、大学のことを話して夜更かしすることもあった。
部屋が広いのも一つの理由だが、柊明の家は互いの大学からも行き来しやすい場所というのもあって、自然と寝泊まりが当たり前になっていた。初めは何度か誘われても遠慮していたのだが、いつものように映画を観て帰ろうとしたある日――確かその日は雨だった――柊明が過去に見たことのある寂しそうな表情を浮かべながら、手首を掴んでこう言った。
「ねえ、やっぱりおれはもっと未雲といたいよ。友だちなら当然のことでしょ?」
だから泊まっていきなよ、と零す彼の言葉に嬉しいやら寂しいやらぐちゃぐちゃになった感情を持て余しながら、自分は「うん」とだけ答えて柊明に引かれるまま同じ電車に乗り込んだ。
それからは特に予定がなければ柊明の誘いに乗るがまま、毎週のように家へお邪魔している。今日も未雲は柊明に誘われて、彼の家で映画鑑賞をすることになっていた。もちろん夜遅くまで。
最近二人の間では一人の俳優を選びその出演作を一気に観るという娯楽が流行っており、集合する前に誰がいいか事前に考えておく必要があった。未雲はスマホで検索をかけながら三限の講義が行われる教室へと入っていく。定位置になりつつある席の隣には、橘が誰よりも早く座って講義の始まりを待っていた。
「おはよう」
「おはよ、ってまた荷物多いな。今日も誰かの家行くのか?」
下を向いていた顔がこちらを向くと、橘の視線が未雲の荷物へと注視する。この質問をされるのも最早恒例となっていた。
「あー、そんなところ」
「ほぼ……毎週になってない? 変なことに巻き込まれてないよな?」
橘はやたら気にして質問を繰り返すが、何となく言いたいことは未雲も分かってはいた。
傍から見れば何となく不審なのだろう。あまり人と関わらないはずの人間が、ある日突然誰かに入れ込んだかのように毎週会って、あまつさえその家で寝泊まりまでしている。入れ込んでいるかどうかは別として、寝泊まりに関しては高校の時から柊明としていたことだから自分ではそれほど変だとも思わないのだが、事情を知らない第三者からはおかしく見えても仕方がないのかもしれない。
――橘なら伝えてもいいかな。柊明とのことで気を病んでいたし、今の現状を教えたらむしろ安心するのかも。
未雲はそう思い立ち、自分たちしかいないのをいい事に今言ってしまおうと姿勢を正す。
「そのことなんだけど、実は橘に言ってないことがあって」
「えっ……! まさか本当に危険なことを」
「違うから! その、サークルで知り合ったのは本当なんだけど……。実は、偶然柊明と再開したんだよ。そこからまた話すようになって、友人に……戻れたんだと思う」
予想では嬉しそうに安堵する顔が見えると思ったのだが、目の前の橘は困惑した表情でただこちらを見つめていた。
「……柊明って、あの、高校の時の?」
「うん。言うの少し迷ったんだけど……色々と気遣ってくれてたからちゃんと言うべきかなって」
「あー、うーん……そっかあ……柊明かあ……」
相変わらず橘は眉間に皺を寄せて納得いっていない顔をしている。まさかこんな反応が返ってくるとは思わず、今度は未雲が困惑する番だった。
「なんでそんな渋い反応?」
「俺も言おうか迷ってるんだって。いや、でも言っておくべきかな、うん。これで縁切るとか言うなよ」
「……言い方による」
「はいはい」
躊躇しながらもついに決心して橘が未雲へと向き直る。慎重に言葉を選んでいるのだろう。橘はゆっくりとした口調で話し始めた。
「高校の時から何となく思ってたけど、あいつは未雲くんに執着してる。好きって意味も込みで。でも急に態度が一変したから俺の勘違いだと思ってた。それなのに今はまた仲良くしてるのは……正直どこか怪しい、というか気になる。危害を加えるとかそういう負の面はないにしても……未雲くんは気を付けた方がいいと思う」
「……はあ?」
未雲の反応は実に端的だった。
執着だとか、好きだとか。これは全て高校生の未雲が柊明に抱いていたものだ。恋人としての関係になるくらいだから、柊明に好きと思われてた時期はあっても執着は訳が分からない。仮にそうだとしたら、どうしてあの時別れたんだ。どうしてただの友人のままなんだ。
てっきりもっと自分が知らないような情報が飛び出てくるのではないかと内心焦っていたので、未雲はむしろほっと胸を撫で下ろした。
「そんな訳ないって。確かに高校の時はお互いべったりだったけど。離れた件については……言いたくないから言わないでおく。ま、今は友だちってはっきり言ってくれたし、大学生になって反省したんじゃない?」
「そう……なんかな」
「そうだよ」
だから気にするな、と目配せで伝えると、橘は納得したのかそれ以上は柊明のことについて何も言ってこなかった。
しかし、一連の彼の真剣な表情がやけに頭に残って、未雲は今まで気にしていなかったはずの柊明の言動に少しだけ違和感を感じていた。
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