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大学生の二人
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しおりを挟む「最近、なんか機嫌良さそうだな」
突然橘に言われた未雲は、俯いていた顔を上げて振り向いた。
「急に何の話だよ」
「いやさっきもだけどスマホ嬉しそうに眺めてたし、授業終わったらすぐ帰るもんだから」
「ああ、そのこと……」
柊明と映画館へ行った数日後、連絡はちょくちょく続いていたが遊びに誘われることは全く無かった。不安になりつつも、連絡が途切れることはないし返信も早い。それだけで自分から引き下がるのは何となく癪に触って、どうすることも出来ないでいた。
しかしつい先日、未雲は一か八かの賭けをした。自分から誘ってみることにしたのである。
『気になる映画あるんだけど、今度また一緒に観に行かない?』
送ってすぐ、気にしないようにしていてもいつ返信が来るか分からなくて怖かった。その日は夜布団にくるまってもスマホを握りしめていた記憶がある。返ってきたのは翌日で、映画の誘いを了承する旨の他に柊明からの提案が付け加えられていた。
『もちろん! それと前にも言ったことだけど、映画観終わった後うち来ない? 前回話し足りなかったし、夜も泊まっていきなよ』
震える指で『迷惑じゃない?』と文字を打つ。既読はすぐに付いた。
『全然。前にも数人泊めたし、掃除する時間もあるからね』
あ、もうすでに誰か泊めているのか。
自分の知らない柊明の交友関係になぜか焦りが生じた。高校の時ですらやたら泊まってほしそうにしていたのだから、一人暮らしの今は誰かを泊めるのは当たり前になっているのかもしれない。
『分かった。じゃあ、泊まりの準備して行くわ』
『うん、着替え以外は用意しとくから』
気付けば泊まりの了承をしており、日程まで決めていた。
あの空白期間を無視して何事もなかったかのように振る舞っている現状に、何も思っていないと言えば嘘になる。柊明が何を考えているのか正直今も分からないのに、こんなあっさり誘いに乗っていいのかとも思う。でも、初めは自分から誘ったんだし。……わざわざ断る必要もないし。
何より、柊明にとっては普通のことなのだから。「友人」として適切な選択を、自分はしただけに過ぎなかった。
前回柊明と会った同じ曜日、これから始まる講義が終われば未雲はいつもより少し多めの荷物を持って映画館へと向かうところだった。
「また今日もどこか行くんだろ? もしかしてサークルでいい感じの人でもいたか」
やけに癇に触る微笑を浮かべた橘の言葉に、未雲はあからさまに嫌な顔をした。未雲が大学外で誰かと会っていることを知った橘は、軽い尋問のように探りを入れてくる。まるで母親のようなことを聞いてくるものだから、最近は面倒くさくてほとんど無視していた。
真実を伝える気はなかった。橘は唯一柊明を知っていて、どんなことがあったかも外からの印象ではあるが気付いている。それなのに「柊明と再開して最近会っている」と知ったらこいつはどれだけ執念深いんだと思われそうで嫌だった。
しかし言わないと言わないでずっと的外れなことを聞いてくるのはだんだん面倒になってきた。もうこの際真実を言った方がマシなのではないかと未雲は最近は考えてしまっている。
「いい人とか、そういうのではないから。趣味が合って話しやすいってだけ」
「それはそれで珍しいけどな。未雲くんはあんまり自己開示をしない人だから」
「そうでもないと思うけど」
頬杖をつきながら、橘は少し寂しそうに笑った。
「うーん……でも俺は星が好きなことも、映画が好きなことも知らなかったから」
「言う機会がなかっただけだよ。今は知ってることじゃん」
「まあそうだな。俺たち一応高校の時からの付き合いなのに全然交流なかったし」
そうこう話しているうちに、講義を知らせるチャイムが鳴って同時に教授が教室へ入ってくる。橘が前を向いたので、未雲もそれに倣うように――講義が早く終わることを祈りながら――前を向いた。
「あ、今日は未雲の方が早い」
「お、おつかれ。今日は講義早く終わって」
前と同じ待ち合わせ場所に少し早めに着いて待っていると、白い髪をふわふわと揺らした柊明がやって来た。今日もカジュアルな装いながら、バッチリ似合っているスタイリングに思わず見惚れる。
「今日観るのってミステリーものだよね。確か原作あるんだっけ?」
「そう、有名なやつだけど実は読んだことなくて……折角だから前情報なしで観ようかなと」
「おれもこの人の本気になってたけど読んでなかったんだよねー。映画観てから原作買おうかな」
「それ思った。ちょっと違うところとかあるかもだし」
「じゃあ終わってから家帰る前に本屋寄ってもいい? 確か近くにあったよね」
「あった、と思う」
柊明の言葉で、自分が今日柊明の家に泊まることを思い出して声が一瞬喉に詰まる。泊まりなんて高校の時にもしていたはずのに、やはり一人暮らしの家だから余計緊張するのだろうか。
緊張は映画が始まるまで続いていたが、映画が始まると考える暇もなくなる。怒涛の展開に息を呑むばかりで緊張はいつの間にか消え、早く柊明と語り合いたいという気持ちが未雲の中で先行していった。
映画を見終わり、二人はまず本屋へ向かった。柊明はお目当ての本を見つけ、未雲はすでに原作を買っていたのでその続編を買った。用事を済ますと、今日は同じ路線の電車に乗る。その間はずっと映画の感想を話していて、映画前に感じていた緊張はほとんど消えていた。
しかし、エレベーターに乗って部屋に案内される辺りからどんどん未雲の中で緊張がまた増幅していった。というより、明らかに家賃の高そうな場所での自分の場違い感がやけに居心地の悪さを感じてしまう。
「はい、ここがおれの部屋! どうぞ入って~」
「お、お邪魔します……」
恐る恐る部屋に入ると、そこは自分とは比べ物にならないくらい広い部屋だった。未雲の住んでいる物件がそもそも狭めというのもあるが、にしたって学生の一人暮らしでここまで良い物件を探すにはそれなりのお金が必要になりそうだ。
「じゃあおれさっき買った夕飯用意しとくから、未雲は風呂でも入る?」
「え! いや、俺も手伝うよ」
「お客さんなんだから気にしないでいいのに。後回しにしたらきっとどっちもめんどくさくなるから、未雲が先に入っちゃって!」
……確かに。未雲はいつも風呂に入るまでかなり時間がかかる。高校生の時も泊まりの際に、何度も柊明に催促されてやっと入るといった具合だった。そのことをふと思い出すと未雲は何も言い返せない。未雲は替えの下着と柊明が用意してくれた寝間着を持って、大人しく風呂に入った。
未雲が風呂から上がった時にはもう食卓に買った惣菜やら飲み物が置かれており、「早く食べよ」と促され二人は夕飯を食べた。どこか落ち着かない気分になりながらも、先ほど観た映画の感想を話していればいつしか楽しく会話を続けていた。
いくらか時間が経って、柊明がちらりと壁に掛けてある時計を見やる。気付けばそれなりに遅い時間帯になっていた。
「あ、そろそろおれも風呂入ろうかな。先に布団用意しとけばよかったね」
「いいよ、教えてくれれば自分でやるから」
「ほんと? ごめんね、この中にシーツと掛け布団があって――」
柊明が風呂場へ向かうと、未雲はゆっくりと大きな溜め息を吐いた。楽しいは楽しいが、どうしても緊張からは抜け出せないようだ。一人きりになった今、自分がどれだけ体に力を入れていたか知る。体をほぐすように背を伸ばして、それから言われた通りに自分の寝床を準備する。
柊明のベッドのすぐ隣に敷くのは何となく気が引けて、机を挟んだわざと遠目のところに敷いたのだが、風呂から上がった柊明は「机邪魔だったね」と言ってベッドの近くに敷き直してくれた。自分だけやたら気にしているみたいで、顔が熱くなるのを自覚しながらお礼を言う。
各々横になりつつ、本を読んだり話をポツポツと続けたりしていたら、未雲はいつの間にか深い眠りへと落ちていった。遠くで「おやすみ」と優しい声色が聞こえたような気がしたが、微睡んだ未雲の意識は返事を返すことはできなかった。
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