妖祓師

☆白兎☆

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修行

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 大輔が目覚めると、視界には天井が見えた。

「俺、布団に寝かされている?」

 体を起こすと痛みが走った。着ていた服は着物に着替えされられていて、土にまみれた身体は綺麗になっていた。

 その時、部屋の障子をそっと開けて、可愛らしい少女が顔を見せた。

「気が付いたんですね」

 少女はそう言って微笑んだ。

「君が俺の世話をしてくれたの?」

 大輔が聞くと、

「いいえ、姉が……」

 少女が答えようとしたが、そこで言葉を止めた。

「下がりなさい」

 煋蘭の言葉に従い、少女はその場から離れた。煋蘭は膳を持ち、部屋へ入って来た。

「朝食だ」

「ありがとう。さっきの子、煋蘭ちゃんの妹?」

 大輔が言うと、煋蘭は軽蔑を込めた視線を向けて、

「妹は十二歳だ。厭らしい目で見るな」

 強い口調で非難するように言い放った。

「おい、おい。俺を見くびるなよ。あんなお子ちゃまは俺の範疇じゃない。というか、俺は煋蘭ちゃん一途だからね」

 大輔の言葉に、呆れたようにフンッと鼻を鳴らし、膳を置いて部屋を出て行った。しかし、怒っているようには感じられなかった。



「煋蘭ちゃん、俺に惚れられていること、喜んでいるのかも」

 大輔はそう思うと、にやりと笑った。

「妹ちゃん、なんて言いたかったのな? 俺の着替えも身体を綺麗にしたのも煋蘭ちゃんって事かな? だとしたら、やっぱ俺の事、気に掛けてくれてるんだろう。案外可愛いな」

 大輔はニヤニヤしながら朝食を済ませた。



 しばらくすると煋蘭が来て、大輔の部屋の障子を勢いよく開けた。

「お前、膳は自分で片付けろ。庭で待っている」

 相変わらず、キツイお言葉だが、大輔にはそれが少し快感になっていた。



 庭に行くと、煋蘭が仁王立ちして待っていた。

「私の攻撃を予測し、防御の姿勢を取れ。行くぞ」

 煋蘭の蹴りが来る。大輔はそれを蹴りで受けたが、脛に強い痛みが走った。

「受けるだけでは痛いのは当然だ。受ける場所に意識を集中しろ」

 煋蘭の次の攻撃は拳だった。朝と同じパターンだ。これをまともに食らえば今朝の二の舞となるが、腹に意識を集中し受け止めてみた。重いパンチが鳩尾を襲った。

「ふぐっ」

 大輔は膝をついたが、痛みは耐えた。

「感覚を掴んだか?」

「ああ。まだ動けるぜ。次の攻撃はまだか?」

 強気な言葉を言って、立ち上がった大輔に、煋蘭の容赦ない攻撃が炸裂した。それは、蹴りでも拳でもなかった。空気の塊のようなものを、まともに食らった大輔は数メートル飛ばされたが、地面に足を着き、両手で受け止めた。

「今のは何だ?」

「波動」

「すごいな。人間の力じゃないだろう、あんなの」

「修行を重ねれば、お前にも使えるはずだ」

「俺にあんなことが出来るのか? それ、早く教えてくれよ」

 大輔は煋蘭との力の差が歴然であると知った事より、自分も波動が使えるようになることを知り興奮した。

「今のお前に教えても出来ぬことだ。身の程を知れ、戯け者!」



 朝の鍛錬はこれにて終了となった。



 その夜、

「行くぞ」

 煋蘭が突然、大輔の部屋の障子を開けて言った。

「え? 今からデート?」

「支度しろ。妖退治だ」

 時刻は十時を過ぎた頃だった。

「了解。俺はこのままでいいぜ」

 部屋着のTシャツと短パン姿で立ち上がった大輔に、

「これに着替えろ」

 煋蘭は地味な色の着物と袴を渡した。

「え? これ着て戦うの?」

「妖退治は神聖なる務めだ。そのようの粗野な身なりでは品位が落ちる。早く着替えろ」

 煋蘭はそう言って、腕組みしながら待っている。仕方なく服を脱いで着物に着替えた。

「お前、着物も着られないのか?」

「仕方ないだろう。俺、着物の着方が分からないんだぜ」

 みっともない姿に呆れながら、煋蘭が甲斐甲斐しく着物を着つけた。



 玄関で煋蘭は式神からなぎなたを手渡された。

「おっ。なんか本格的だな。俺の武器は?」

「お前、武器もまともに扱えぬだろう、持っているだけ無駄だ。行くぞ」

「俺、素手で戦うのか?」

 大輔の言葉は虚しく聞き流された。



 煋蘭のあとをついて歩くこと三十分。突然彼女は止まった。

「結界を張る」

 そう言うと、何やら呪文のようなものを唱え、両手を大きく広げた。結界が張られたのが大輔にも分かった。

「煋蘭ちゃん、すごいな。結界も張れるのか」

 大輔が感心していると、煋蘭は厳しい眼差しを真正面に向けて、大輔を手で制した。妖がいると大輔にも分かった。

「結界の中に二体いる」

 煋蘭が言うと、闇夜の暗がりから、じわりと滲むように巨体が現れた。

「あれは私がやる。もう一体はお前がやれ」

 そう言われて大輔は身構えたが、もう一体が、どこにいるのかすら分からない。きょろきょろしていると、

「集中しろ。感を研ぎ澄ませ。奴の妖気を感じろ」

 巨体の妖と対峙しながら、煋蘭が言った。

「おう!」

 大輔は闇夜で視界が奪われる中、眼を閉じ、妖の妖気に意識を集中した。すると、それは大輔の真後ろに現れた。

「おっと。そこか!」

 すぐさま振り返り、拳で殴りかかったが、妖は瞬時に移動し、大輔の頭上にいた。

「上か? そこじゃ拳も届かないな。降りて来いよ」

 妖はまた移動し、姿を消した。

「逃げてばかりだな。俺が怖いんだろう」

 大輔はすでに妖の気配を捉えていて、足元の石をいくつか拾いながら、妖に近付いて行った。

「ほら、出て来いよ」

 大輔が声をかけると、妖は木の陰から飛び出した。その機を逃さず、気を込めた石を投げつけた。何度も立て続けに石をぶつけると、妖はようやく動きを止めた。

「こんなんでやられるとはな」

 大輔が妖に近付くと、最後の力を振り絞るように向かってきた。大輔はそれを拳で殴りつけて滅した。



「終わったな。帰るぞ」

 煋蘭はあの巨体をすでに滅していた。




 屋敷へ帰ると、玄関で式神が煋蘭のなぎなたを受け取り片付けた。

「私は風呂に入る。お前も遠慮せずに入れ」

 煋蘭は大輔にそう言った。

「お、おう……」

 戸惑いながら返事をした。

(煋蘭ちゃん、俺と風呂に入るの、少しは意識してくれてもいいのにな)



 支度をして風呂へ行き、脱衣所で着物を脱いで浴室へ入ると、煋蘭が身体を洗っているところだった。

(綺麗な身体だ)

 大輔がうっとり見惚れていると、

「何をしている、早く身体を洗え」

 煋蘭が大輔を見ずに言った。

「おう」

 大輔は煋蘭の隣に座ってドキドキしながら身体を洗い始めると、煋蘭は洗い終わったようで、立ち上がり湯船へ浸かった。

 大輔はつい、その姿を目で追った。

(煋蘭ちゃん、全部見えちゃってるよ)

 大輔の心の声はダダ洩れなはずだが、煋蘭は怒ることなく湯船でくつろいでいる。



 大輔も身体を洗い終えると、煋蘭と並んで湯船に浸かろうとしたが、

「先に出る」

 煋蘭は湯船から上がってしまった。

「もう出るの?」

(一緒に湯船に浸かりたかったのに……)

「ゆっくり浸かるといい」

 煋蘭はそう言って出て行った。

「まっ、いいか。毎日チャンスはあるしな」

 大輔はそう言って、煋蘭の美しい後姿を見つめた。
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