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演劇鑑賞
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身体は動かせないが、まだ意識の残る大輔は、庭に横たわり仰向けで空を見ていた。
(おじさんに介抱される前に、自分の力で治癒を試してみようかな)
防御、攻撃、そして治癒にも気を使うのだと煋蘭が教えてくれた。霊力の強い大輔なら治癒の力も強いと言う。しかし、まだその力の使い方には慣れていなかった。
(まずは雑念を捨てる。気の流れを感じて、傷付いた箇所へ気を送る)
大輔は暫く考えることを止めて集中した。身体を流れる熱い気を感じた。それはじわりじわりと傷付いた箇所を暖めていく。数分後には傷の痛みも消えていた。
「おっ! 治癒出来たじゃないか!」
大輔は勢いよく起き上がって、身体を動かしてみた。
「どこも痛くない。凄いな治癒って!」
自室へ戻ると、綺麗に畳まれた着物、湯を張った洗面器とタオルが置かれていた。
「おじさんが用意してくれたのかな?」
大輔は汚れた着物を脱いで身体を拭いて、用意された着物を着ようと思ったが、やはり自分では着られる自信がないので、いつものTシャツと短パンに着替えた。
畳に寝っ転がり、スマホで漫画を読んでいると、
「おや、大輔君。怪我を治癒できたようだね?」
と煋蘭の父、武則が声をかけてきた。大輔は障子を閉めずにいたから、部屋の外から大輔の様子が見えたのだ。
「はい。何とか治癒出来ました。人間、追い込まれれば何でも出来るものですね」
と大輔は笑いながら答えて、身体を起こしてその場に座った。
「大輔君、楽にしていていいよ。お勤めは夜だからね。それまでゆっくりしていてよ」
と武則は言ったあと、
「そうだ、演劇のチケットがあるんだけど、良かったら煋蘭と行って来るといい。今から行っても間に合うよ。今日のチケットだからね、今日しか使えないんだよ」
と大輔にチケットを手渡した。
「え? そうなの? それじゃあ、行かないともったいないですね。煋蘭ちゃんの部屋ってどこです? 今行けるか聞いてみます」
大輔が言うと、
「隣の部屋だよ」
と武則が言った。
「え? 隣? って、それじゃあ、今の全部聞こえているんじゃない?」
「聞こえているだろうね。でも、君から誘ってあげてよ」
と武則は言って去っていった。
(え? なんか、気まずいよ。お義父さんから貰ったチケットでデートに誘うの? 怒られないかな?)
と大輔は躊躇したが、会話が丸聞こえなのに誘わない方が気まずいと思い、意を決して、煋蘭の部屋の前で声をかけた。
「煋蘭ちゃん。今、話しかけて大丈夫?」
大輔が部屋の外から声をかけると、
「うむ、話せ」
と煋蘭から返事があった。
「あのさあ、聞こえていたかもしれないけど、お義父さんから演劇のチケット貰ってさ、今から一緒に行かないか?」
断られるのを覚悟でそう言ったが、
「分かった」
そう言って、煋蘭は障子を開けた。そして、大輔を見て、
「お前、その恰好で出かける気ではあるまいな?」
と冷ややかに言った。
「あっ、着替えないとな」
「ならば、私が着付けよう」
煋蘭は大輔の部屋へ入り、
「服を脱げ」
と一言言った。
「おう」
大輔が服を脱ぐと、煋蘭はいつものように出際良く着付けをした。
「そこで待ってろ」
着付けが終わると、煋蘭は隣の自室へ行き、何かを手にして戻って来た。
「それなに?」
大輔が聞くと、
「椿油だ。お前の髪を整えるから、そこへ座れ」
煋蘭は大輔を座らせると、椿油を手に取り、大輔の髪に触れた。煋蘭の胸が大輔の鼻先まで来て触れそうになる。
(いい匂い。もちょっとで鼻に触れそうだよ)
大輔の心の声はダダ洩れのはずだが、聞こえないふりでもしているのか、煋蘭は黙って大輔の髪を整えた。
「終わりだ」
二人が揃って家を出ると、煋蘭の父は嬉しそうに見送った。
「俺さ、演劇って見たことないんだよね。煋蘭ちゃんはこういうの好きなの?」
大輔が煋蘭の隣を歩きながら聞くと、
「好きだ」
と答えた。
「そっか、良かった」
こうして煋蘭と並んで街を歩き、演劇の鑑賞することが出来るのも、煋蘭の父、武則のおかげだが、お膳立てしてもらってのデートなんて情けない大輔は思った。そんな心を読まれたのだろう。
「気にするな。父上はお前を気に入っている。私の伴侶として迎え入れたいと願っているようだ。ここは父の顔を立ててやって欲しい」
と煋蘭が言った。
「おう」
そんな会話をしていると、目的の劇場へと着いた。建物は相当古いように見える。これから始まる演劇を観賞しようと訪れた客が、次々と入って行く。
「行くぞ」
煋蘭はそう言って先を歩いた。大輔は慌てて彼女を追うようについて行った。わりと広い会場でほぼ満席だった。きょろきょろしていると、
「何をしている、こっちだ」
と煋蘭が大輔を振り返った。彼女は既に前の方の真ん中あたりの席にいる。
「おう」
いい席を取ってくれていたようで、舞台が一望できる。二人が席に着いて暫くすると、アナウンスがあり、会場の照明が落とされ演劇が始まった。
大衆演劇の舞台は、まるでタイムマシンに乗ったかのように観客は古の世界へと誘いこまれた様だった。舞台装置の華麗さ、衣装の美しさ、そして役者たちの力強い演技が一体となり、大輔はそれに魅了された。
特に印象深かったのは、役者たちの立ち回りや舞踊。迫力あるアクションシーンや、繊細で優雅な舞踊のパフォーマンスは、まさに目を奪われるような美しさだ。役者たちの表情や身振り手振りからは、物語の感情や緊張感がひしひしと伝わり、観客席も一体となってその世界に引き込まれる。
また、役者たちが観客と近い距離で交流する場面や、即興的な演技が織り交ぜられることで、より身近に感じられる演出がされていた。観客の笑い声や拍手が絶えず、会場全体が一つの大きな家族のような温かい雰囲気に包まれる。
物語の展開も見事で、伝統的なテーマを現代に合わせた解釈がされており、新旧の要素がうまく融合していた。歴史的背景や文化的要素が散りばめられたストーリーは、観客に深い感銘を与え考えさせられる。これは芸術だと大輔は感激した。
隣に座る煋蘭の顔を見ると、目は爛々と輝き、頬は紅潮し、口元には笑みさえ見える。大輔は煋蘭のこんな表情を初めて見た。
(かわいい)
ついそんな言葉を心の中で呟いた。煋蘭はその声に反応するかのように大輔へ顔を向けたが、その時の顔は、いつもの無表情に戻っていた。
(おじさんに介抱される前に、自分の力で治癒を試してみようかな)
防御、攻撃、そして治癒にも気を使うのだと煋蘭が教えてくれた。霊力の強い大輔なら治癒の力も強いと言う。しかし、まだその力の使い方には慣れていなかった。
(まずは雑念を捨てる。気の流れを感じて、傷付いた箇所へ気を送る)
大輔は暫く考えることを止めて集中した。身体を流れる熱い気を感じた。それはじわりじわりと傷付いた箇所を暖めていく。数分後には傷の痛みも消えていた。
「おっ! 治癒出来たじゃないか!」
大輔は勢いよく起き上がって、身体を動かしてみた。
「どこも痛くない。凄いな治癒って!」
自室へ戻ると、綺麗に畳まれた着物、湯を張った洗面器とタオルが置かれていた。
「おじさんが用意してくれたのかな?」
大輔は汚れた着物を脱いで身体を拭いて、用意された着物を着ようと思ったが、やはり自分では着られる自信がないので、いつものTシャツと短パンに着替えた。
畳に寝っ転がり、スマホで漫画を読んでいると、
「おや、大輔君。怪我を治癒できたようだね?」
と煋蘭の父、武則が声をかけてきた。大輔は障子を閉めずにいたから、部屋の外から大輔の様子が見えたのだ。
「はい。何とか治癒出来ました。人間、追い込まれれば何でも出来るものですね」
と大輔は笑いながら答えて、身体を起こしてその場に座った。
「大輔君、楽にしていていいよ。お勤めは夜だからね。それまでゆっくりしていてよ」
と武則は言ったあと、
「そうだ、演劇のチケットがあるんだけど、良かったら煋蘭と行って来るといい。今から行っても間に合うよ。今日のチケットだからね、今日しか使えないんだよ」
と大輔にチケットを手渡した。
「え? そうなの? それじゃあ、行かないともったいないですね。煋蘭ちゃんの部屋ってどこです? 今行けるか聞いてみます」
大輔が言うと、
「隣の部屋だよ」
と武則が言った。
「え? 隣? って、それじゃあ、今の全部聞こえているんじゃない?」
「聞こえているだろうね。でも、君から誘ってあげてよ」
と武則は言って去っていった。
(え? なんか、気まずいよ。お義父さんから貰ったチケットでデートに誘うの? 怒られないかな?)
と大輔は躊躇したが、会話が丸聞こえなのに誘わない方が気まずいと思い、意を決して、煋蘭の部屋の前で声をかけた。
「煋蘭ちゃん。今、話しかけて大丈夫?」
大輔が部屋の外から声をかけると、
「うむ、話せ」
と煋蘭から返事があった。
「あのさあ、聞こえていたかもしれないけど、お義父さんから演劇のチケット貰ってさ、今から一緒に行かないか?」
断られるのを覚悟でそう言ったが、
「分かった」
そう言って、煋蘭は障子を開けた。そして、大輔を見て、
「お前、その恰好で出かける気ではあるまいな?」
と冷ややかに言った。
「あっ、着替えないとな」
「ならば、私が着付けよう」
煋蘭は大輔の部屋へ入り、
「服を脱げ」
と一言言った。
「おう」
大輔が服を脱ぐと、煋蘭はいつものように出際良く着付けをした。
「そこで待ってろ」
着付けが終わると、煋蘭は隣の自室へ行き、何かを手にして戻って来た。
「それなに?」
大輔が聞くと、
「椿油だ。お前の髪を整えるから、そこへ座れ」
煋蘭は大輔を座らせると、椿油を手に取り、大輔の髪に触れた。煋蘭の胸が大輔の鼻先まで来て触れそうになる。
(いい匂い。もちょっとで鼻に触れそうだよ)
大輔の心の声はダダ洩れのはずだが、聞こえないふりでもしているのか、煋蘭は黙って大輔の髪を整えた。
「終わりだ」
二人が揃って家を出ると、煋蘭の父は嬉しそうに見送った。
「俺さ、演劇って見たことないんだよね。煋蘭ちゃんはこういうの好きなの?」
大輔が煋蘭の隣を歩きながら聞くと、
「好きだ」
と答えた。
「そっか、良かった」
こうして煋蘭と並んで街を歩き、演劇の鑑賞することが出来るのも、煋蘭の父、武則のおかげだが、お膳立てしてもらってのデートなんて情けない大輔は思った。そんな心を読まれたのだろう。
「気にするな。父上はお前を気に入っている。私の伴侶として迎え入れたいと願っているようだ。ここは父の顔を立ててやって欲しい」
と煋蘭が言った。
「おう」
そんな会話をしていると、目的の劇場へと着いた。建物は相当古いように見える。これから始まる演劇を観賞しようと訪れた客が、次々と入って行く。
「行くぞ」
煋蘭はそう言って先を歩いた。大輔は慌てて彼女を追うようについて行った。わりと広い会場でほぼ満席だった。きょろきょろしていると、
「何をしている、こっちだ」
と煋蘭が大輔を振り返った。彼女は既に前の方の真ん中あたりの席にいる。
「おう」
いい席を取ってくれていたようで、舞台が一望できる。二人が席に着いて暫くすると、アナウンスがあり、会場の照明が落とされ演劇が始まった。
大衆演劇の舞台は、まるでタイムマシンに乗ったかのように観客は古の世界へと誘いこまれた様だった。舞台装置の華麗さ、衣装の美しさ、そして役者たちの力強い演技が一体となり、大輔はそれに魅了された。
特に印象深かったのは、役者たちの立ち回りや舞踊。迫力あるアクションシーンや、繊細で優雅な舞踊のパフォーマンスは、まさに目を奪われるような美しさだ。役者たちの表情や身振り手振りからは、物語の感情や緊張感がひしひしと伝わり、観客席も一体となってその世界に引き込まれる。
また、役者たちが観客と近い距離で交流する場面や、即興的な演技が織り交ぜられることで、より身近に感じられる演出がされていた。観客の笑い声や拍手が絶えず、会場全体が一つの大きな家族のような温かい雰囲気に包まれる。
物語の展開も見事で、伝統的なテーマを現代に合わせた解釈がされており、新旧の要素がうまく融合していた。歴史的背景や文化的要素が散りばめられたストーリーは、観客に深い感銘を与え考えさせられる。これは芸術だと大輔は感激した。
隣に座る煋蘭の顔を見ると、目は爛々と輝き、頬は紅潮し、口元には笑みさえ見える。大輔は煋蘭のこんな表情を初めて見た。
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