妖祓師

☆白兎☆

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苦手なもの

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「妖退治に行くぞ」

 煋蘭が大輔の部屋へ来て言うと、

「おう!」

 と大輔は笑顔で返事をした。なぜなら大輔にとっては、煋蘭が着物を着付けてくれるというのは至福の時なのだから。

 大輔は刀を腰に差し、やる気満々だったが、

「刀は使うな。今のお前では使いこなせぬ」

 煋蘭はそう言って、大輔に釘を刺した。

「おう」

 大輔にも分かっていた。多少、剣道で竹刀を振っていたとしても、真剣はまた別物だ。そして、妖祓師あやかしはらいしが振る刀は特別なのだと。



 今日の妖は下級が二体という報告だった。

「今日は結界を二重に張る。夕べは結界を破って、中級が入り込んでいたからな。異変があれば、すぐに撤退するぞ」

 現場に着くと煋蘭はそう言って、二重の結界を張った。結界を張るには呪符と術師の霊力が必要だった。二重に結界を張れば、その分霊力も使う事になる。それでも、中級に入り込まれては二人が危険に晒されるのだ。二体の妖の内、一体はすぐに見つけた。それは噴水の前のベンチに横たわる女に覆い被さっていた。煋蘭は即座に移動し、なぎなたで妖を斬りつけた。しかし、妖は長い左手でそれを薙ぎ払う。煋蘭は人を傷つけないように力を抑えているようだった。もう一体の妖はまだ姿を見せない。大輔は目の前の妖を斃すべく、駆け寄って渾身の拳で殴りつけた。すると、妖と女は繋がっていたようで、一緒に飛ばされた。

「あっ、やべえ。女の人も吹っ飛んでった」

 大輔は慌てて駆け寄ると、妖の股間から生えた突起物が女の身体に刺さっていた。

「なんだ? こいつ!」

 大輔が言うと、煋蘭が近付いて来て、

「色魔だ」

 と目を逸らして、忌々し気に言った。

「その汚らわしいモノを女から抜いてやれ」

 大輔は煋蘭に言われた通り、突起物を女の身体から抜いて地面に寝かせた。女は僅かに息をしているが、精気を吸われて瀕死の状態だった。妖は大輔に殴られた衝撃でぐったりと横たわっている。

「これは私が滅する」

 煋蘭は霊力を込めてなぎなたを一振りすると、妖は黒い霧となって消滅した。

「気を抜くなよ。まだもう一体いる」

煋蘭はそう言って、妖の気を捕らえ、そちらへ視線を向けた。すると、闇の中からすーっと音もなく妖が姿を現した。下級という階級に属するには少し強い妖気を放っていた。

「用心せよ。こ奴は強い」

 と煋蘭は大輔に警告した。その姿は先ほどの妖とよく似ていた。

「こ奴も色魔か」

 煋蘭は厳しい表情を浮かべた。苦手なタイプなのだろうと大輔は思った。妖はまるで笑っているように口角が上がり、舌をべろりと出してじゅるじゅると汚い音をさせていた。股間の突起物も卑猥そのもので、煋蘭が嫌うのも無理はない。

「私に醜悪な姿を見せるな」

 煋蘭はいつになく動揺しているようだった。妖と対峙しながらも、視線を背けている。

「煋蘭ちゃん、大丈夫?」

 ただならぬ様子に大輔が声をかけると、妖がその隙に煋蘭の前まで瞬時に移動して突起物を煋蘭の身体に突き刺そうとした。大輔はその動きが見えていて、咄嗟にその突起物を掴んで引き千切った。千切ったそれは黒い霧となって消滅し、妖の股間からは黒い妖気が漏れていた。

「俺の煋蘭ちゃんに卑猥なものを見せるな!」

 大輔がそう言って、渾身の拳で殴りつけると、妖は黒い霧となって消滅した。

「煋蘭ちゃん、大丈夫? あいつ、気色悪かったよね? 猥褻物は処理したから安心して」

 大輔がそう言うと、

「うむ。今後、猥褻物処理はお前に任せよう」

 といつもの冷徹な表情に戻り、

「終わったな。帰るぞ」

 そう言って結界を解いた。被害者の女性は、式神がどこかへと運んでいった。

「ねえ、煋蘭ちゃん、あの人、どこへ連れて行くの?」

 大輔が聞くと、

「決まっている。病院だ」

 と煋蘭が答えた。



 屋敷へ戻ると、煋蘭の祖父、皇真琴すめらぎまことが玄関で出迎えた。

「任務を無事に果たしたようだな」

 と一言言って、

「ゆっくり休め」

 と労いの言葉をかけて自室へ戻っていった。

「今の人、煋蘭ちゃんのおじいちゃん?」

 大輔が聞くと、

「そうだ」

 と答える煋蘭の顔はどこか陰りがあった。

「煋蘭ちゃん、どうしたの?」

 大輔は気になって尋ねたが、それには答えずに、

「風呂に入る。お前も遠慮せずに入れ」

 と言って、煋蘭はなぎなたを式神に渡し、自室へ風呂の支度を取に行った。大輔はそれ以上何も聞くことは出来ずに、自分も風呂の支度を取に部屋へ行き、風呂場に向かった。

(煋蘭ちゃんのおじいちゃん、何で今日は出迎えたのかな? 煋蘭ちゃんは何で、冴えない表情だったんだ? 二人は仲が悪いのか? それとも何か良くない事があったのか?)

 大輔は悶々としていた。いつものように、煋蘭と一緒に風呂に入りながらも、頭の中では考え事でいっぱいになり、やはり、聞かずにはいられなかった。



 風呂から出て、煋蘭が自室に入ると、大輔は部屋の外から声をかけた。

「煋蘭ちゃん、今話してもいい?」

 大輔が聞くと、

「構わぬ」

 煋蘭はそう言って、障子を開けて、

「入れ」

 と大輔を招き入れた。

「煋蘭ちゃん、何かあったの? 今日はおじいちゃんが出迎えたりして、いつもと違うから気になってたんだけど?」

 と大輔が聞くと、

「お前は、何でも知りたがるのだな」

 と呆れたように深くため息をついて、

「どうせ、今話さなければ、何度も聞くのだろう?」

 と諦めたように語り始めた。



 今日の任務は、私が試されたのだ。苦手な色魔を斃せるかを。私が色魔を苦手とするのには理由がある。これは過去の話だが、その出来事が私には衝撃的で、心に傷を負ったのだ。

 私がまだ十二の頃、山で妖祓師あやかしはらいしの修行をしていた時だった。その山は上位の修行者によって結界が張られ、その中に居れば安全だった。しかし、その結界から外へ出れば、いつ妖に遭遇するか分からない危険があった。それでも、私たちは、修行の一環として、結界の外へ出て、街まで買い出しに行かなければならなかった。もちろん、妖祓師が一緒に行くのだが、その日は、零お姉さまが、妖祓師の代理として、一緒に行く事になった。その当時のお姉さまは、妖祓師になったばかりで、階級は下級だったが、買い物に行くのは昼間であり、それほど危険はないとの判断だった。しかし、そんな甘い考えを打ち砕くように、色魔が私たちの前に現れたのだ。お姉さまもまだ修行の身、一人では妖を退治できない。しかし、私を庇って、色魔と戦ってくれた。お姉さまの式神は即座に山へ伝令に行き、ものの数分で、上級の妖祓師が到着して、色魔を斃したが、零お姉さまは色魔に霊力を吸われてしまったのだ。目の前で色魔に襲われるお姉さまを見ていたが、私には何も出来なかった。それが私の心の傷だ。この事が色魔を苦手とする理由だ。



 煋蘭はここで語りを終えると、

「今日の任務は、これを克服するために与えられた試練だったのだ。おじいさまが今日、出迎えて下さったのは、私がこの試練を乗り越えたかを確認するためだったのだ」

 と煋蘭は言葉を続けた。

「そうか。それで、煋蘭ちゃんは、克服できたのか?」

 大輔が聞くと、

「だから言ったであろう。猥褻物処理はお前に任せると。お前が私の相棒でいるならば、目の前に色魔が現れても、安心して戦える」

 と笑みを浮かべて答えた。

「おう! 任せろ。猥褻物は俺が処理する。だから、安心して一緒に戦おうぜ!」

 と大輔は拳を握って笑顔を返した。
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