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第2章 王立ロンデルネス修道学園

第22話 これは違うよ! キスじゃないよ!

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「グレン、お前には大きな弱点があるな」

 放課後の特訓で、俺はグレンの組手に付き合ってやった。

「なんだと。どこに?」

「身体強化魔法に頼りすぎだ」

「でもよ、格闘戦なら強化魔法を使うのは基本だろう?」

「お前はなまじ強化魔法が上手いせいで、格闘術がつたないままなんだよ。今のままじゃ身体能力が高いだけの素人だ。並の相手なら問題ないが、同等の強化魔法の使い手にはまず勝てまい」

「痛いところを突いてきやがる」

「次は強化魔法の出力を落としてみろ。力じゃなく技を意識できる」

「やってみる。付き合ってくれ」

 そう言って構えを取る。応じてやろうと、こちらも構える。

「あっ、ちょっと待って。その前に、わたしにも教えて~」

 アリアに呼ばれて、俺は一旦その場を離れる。

「どうした。お前にはさっき技を教えただろ。練習を続ければいい」

「うん、聖光破斬ブライトスラッシュだよね。でも、上手くできなくって」

 アリアには、かつて俺がこの身に受けた勇者アリアの技を伝授した。

 勇者の力――聖気を剣にまとわせて、切れ味を向上させる。それで斬りつけつつ、聖気を爆発させる必殺剣だ。

「原理が理解できなかったか?」

「原理じゃなくて、やり方がわからないの。お手本見せて」

「無理だ。俺は聖気が使えないからな」

「えぇーっ、嘘だよぉ。カインだって勇者様に覚醒してるのに」

「俺はずっと魔力を鍛えてきたからな。操り方はわからん」

 そもそも覚醒していないことは黙っておく。

「こればっかりは、お前自身がやって覚えるしかないんだ」

「でもぉ~……」

「甘ったれるな。お前は強い勇者になるんだ。これくらいできないでどうする!」

 アリアはしゅんと視線を落としてしまう。

「癒やしの力なら制御できてるんだ。応用すればきっと上手くいくはずだ。とにかくやれ」

 それだけ言って、俺はグレンとの組手に戻る。

 数回相手をしてやって、一息ついたところ。

「ねえカイン」

「あの、カインくん」

 アリアとレナが同時に声をかけてきた。

「どうしたレナ?」

「あ、うぅん。お姉さんが先でいいよ」

「いやいい。アリアは今は自分でやるしかない段階なんだ。そうだろう、アリア? レナが先でいいな?」

「え、う、うん……」

「それで、レナ。なにかわからないところがあるか?」

 するとレナは、より強力な魔力のコントロール方法について質問をしてきた。

「なんだ、そんなことなら簡単だ。ここをこうして、こんな感じにすれば、うまい具合に循環して力が溜まっていく」

 実際に魔力をコントロールして見せてやれば、レナは笑って「ありがとう」と言って、実践練習に戻っていく。素直な様子に、俺も微笑みがこぼれる。

「……カインって、レナちゃんには優しいよね……」

 ぽつりと呟かれた言葉を、俺は無視した。同胞に優しくするのは当然だが、そう返すわけにもいかない。

「で、どうした?」

「ごめん。もう、いいよ」

 アリアは不機嫌そうに、もとの位置に戻っていった。模擬剣を構え、組木に打ち込み始める。

 太刀筋はいい。もともとアリアは体を動かすのが得意だ。あとはコツさえ掴めば、必殺剣もすぐ使えるようになる。

 なにせこの俺の宿敵になるべき女なのだ。できないわけがない。

「むぅうっ、カインのバカ! バカァ!」

 でも組木を俺に見立てて滅多打ちにしているのは、ちょっと恐いな……。

 厳しく言い過ぎたか?

 いや! 宿敵として適切な距離を保つと決めたじゃないか。

 これでいい。これでいいはずだ……。

 ここからは、みんなに特訓をつけつつ、自分自身の修行にも精を出す毎日だ。

 アリアには必殺剣の特訓の他、俺との模擬戦も課してしごいてやっている。他のふたりに比べて、かなり集中的に面倒を見てやっている。

 それが一週間も続いた頃。

 その日、みんなを解散させた後、俺はひとりその場に腰を下ろした。

 正直、もう一歩も動けない。

「……魔力切れ?」

 問いかけと共に戻ってきたのは、レナだった。

「レナにはバレていたか」

「うん。カインくん、すごく頑張ってる。アリアさんのためだよね?」

「ふん……。手がかかるんでな」

 自分の修行で消耗した分もあるが、ほとんどの魔力はアリアの特訓のために使っている。模擬戦でもそうだが、必殺剣を魔力で再現できないか研究して、そこで得られた知見をアリアに伝えるためだ。

 だが最近は、どうも話を聞いてくれていない気がする。

「なんだかんだ言っても、いつも私たちの面倒見てくれるよね」

「まさに面倒だがな」

 レナはくすりと笑う。

「素直じゃないけど、そういうカインくんのこと、私、好きだよ」

 子供らしい素直な感情表現だ。

 友情を感じてくれているのは、素直に嬉しい。

「俺もお前のことは気に入ってるよ」

 にこりと笑って、レナは顔を近づけてくる。

 あれ? これって?

 友情じゃ、ないのか……?

 少し焦ったところ、こつん、と俺の額とレナの額が接触した。

「魔力、分けてあげるね」

 なんだ、と緊張を解く。

 レナの魔力が流れ込んできて、体が少し楽になる。

 が、次の瞬間、俺は戦慄した。

「…………」

 レナの背後、無言でアリアがこちらを見ていたのだ。

 かつて勇者アリアから感じた、無表情の圧倒的な迫力がある。

 俺の様子に気づいたか、ハッとレナが振り返る。

「お、お姉さん!? これは違うよ! キスじゃないよ!」

「へー、キス……」

 そのとき、ぼっ、と燃え上がるようにアリアの全身が発光した。

 癒やしの力に覚醒したときと同じだ。アリアが第二の力に目覚めたのだ。

 だが、なんでこのタイミングで? どんな感情が爆発したんだ!?
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