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第四幕
十七、スカベンジャーは嵐に乗じる③
カサイの姿が見えなくなると、ようやく庄助は踵を返した。頑張って表情には出さないつもりだったが、緊張でこめかみに血がどくどくと巡って痛かった。
庄助はすでに外回りに出かける前に、ユニバーサルインテリアの入っているビルの、裏口の喫煙所で、景虎と国枝が話しているのをドア越しにこっそり聞いてしまっていたのだ。
「……川濱組は、キトンブルー乳児院と繋がってたんだね。親のいない子供の戸籍は、いい値段で外国人に売れるから……それはわかるけど」
「セトツグミの件でアシがつきそうになったから、カサイシンタロウはついでみたいに殺された。どうも、そんな感じですね」
「だね。どちらにしろ彼が俺たちに捕まるのも、視野に入れてたんでしょうよ。あのクラブで景虎と矢野さんを殺すことができれば御の字。そうでなくても、川濱組のせいってことにすれば、織原と川濱を衝突させることができるからね」
「それで得をする第三者がいるってことですよね、そいつが……」
「ナカバヤシさんとカサイシンタロウを利用した人間。だったらそれはミズタニなんじゃない?」
庄助は、乳児院の階段を駆け登った。子供たちも職員も皆部屋の中にいるのか、二階の廊下は驚くほど人気がなかった。雨で濡れる窓の向こう、カサイが透明なビニール傘を差して、通りの向こうの月極駐車場に歩いてゆくのが見えた。
庄助はポケットから慌ててスマートフォンを取り出すと、彼の横顔をズームし、撮影した。だいぶぼやけてしまったが、なんとか人相はわかるはずだ。
その時、近くの部屋の扉が開く音がして、咄嗟に近くのトイレの個室に飛び込んだ。子供たちの楽しげな声が、数秒廊下に響く。
個室の中からでも居場所がバレてしまうんじゃないかというほど、庄助の心臓は音を立てていた。
カサイなんて、よくある名字だ。だからきっと、人違いだ。国枝と景虎の話を盗み聞きしてもなお、庄助は都合よくそう思っていたが、実際に『がるがんちゅあ』で声をかけられて肝が冷えた。もちろんあの場でカサイの頼みを断ることもできたが、庄助はそうしなかった。
カサイさんは、カサイシンタロウとは無関係なんやって確かめたかった。なぜなら、カサイさんが悪者だとアリマのおばーちゃんが悲しむから。そして、アリマのおばーちゃんの惚れている人を、俺は憎まなくてはいけなくなるから。
しかしそれ以上に、庄助の胸の中で厭な符号が一致して、確信に変わりつつあった。カサイシンタロウの『キトンブルー乳児院』、カサイの『とりのいえ』。
―じゃあお前もネコかトリなん?―
あの夜、イクラが粘ついた臭い息とともに吐き出した言葉だ。ちゃんとした意味はいまだにわからなかったが、偶然とは思えなかった。
実際にカサイの口から“シンタロウ”の名前がポロリと出たとき、恐ろしさが勝って庄助はちょっとチビった。大袈裟ではなく、ほんとにちょびっとパンツの中で漏らした。
直前まで息子のことを誇らしげに語っていたカサイが、化け物に見えた。福祉の底を息子に知ってほしいだとか、海外に行ってしまっただとか、饒舌に語っていたこと全てが嘘なのだ。
カサイシンタロウはもう、いない。それを彼はきっと知っているはずなのに、平気な顔で嘘をついている。そのことにずっと、鳥肌が立っていた。
さすがにカサイシンタロウなんてよくある名前だとは、もう庄助も言えなかった。
庄助は震える手でメッセージアプリを起動して、景虎にカサイの写真を送った。
《カゲ、この人知ってる?》
《もしかしたら、今回のことに関係あるかも》
《今おれ、乳児院にいてる》
《すぐ帰る、大丈夫》
《ここ出たらでんわする》
庄助はすでに外回りに出かける前に、ユニバーサルインテリアの入っているビルの、裏口の喫煙所で、景虎と国枝が話しているのをドア越しにこっそり聞いてしまっていたのだ。
「……川濱組は、キトンブルー乳児院と繋がってたんだね。親のいない子供の戸籍は、いい値段で外国人に売れるから……それはわかるけど」
「セトツグミの件でアシがつきそうになったから、カサイシンタロウはついでみたいに殺された。どうも、そんな感じですね」
「だね。どちらにしろ彼が俺たちに捕まるのも、視野に入れてたんでしょうよ。あのクラブで景虎と矢野さんを殺すことができれば御の字。そうでなくても、川濱組のせいってことにすれば、織原と川濱を衝突させることができるからね」
「それで得をする第三者がいるってことですよね、そいつが……」
「ナカバヤシさんとカサイシンタロウを利用した人間。だったらそれはミズタニなんじゃない?」
庄助は、乳児院の階段を駆け登った。子供たちも職員も皆部屋の中にいるのか、二階の廊下は驚くほど人気がなかった。雨で濡れる窓の向こう、カサイが透明なビニール傘を差して、通りの向こうの月極駐車場に歩いてゆくのが見えた。
庄助はポケットから慌ててスマートフォンを取り出すと、彼の横顔をズームし、撮影した。だいぶぼやけてしまったが、なんとか人相はわかるはずだ。
その時、近くの部屋の扉が開く音がして、咄嗟に近くのトイレの個室に飛び込んだ。子供たちの楽しげな声が、数秒廊下に響く。
個室の中からでも居場所がバレてしまうんじゃないかというほど、庄助の心臓は音を立てていた。
カサイなんて、よくある名字だ。だからきっと、人違いだ。国枝と景虎の話を盗み聞きしてもなお、庄助は都合よくそう思っていたが、実際に『がるがんちゅあ』で声をかけられて肝が冷えた。もちろんあの場でカサイの頼みを断ることもできたが、庄助はそうしなかった。
カサイさんは、カサイシンタロウとは無関係なんやって確かめたかった。なぜなら、カサイさんが悪者だとアリマのおばーちゃんが悲しむから。そして、アリマのおばーちゃんの惚れている人を、俺は憎まなくてはいけなくなるから。
しかしそれ以上に、庄助の胸の中で厭な符号が一致して、確信に変わりつつあった。カサイシンタロウの『キトンブルー乳児院』、カサイの『とりのいえ』。
―じゃあお前もネコかトリなん?―
あの夜、イクラが粘ついた臭い息とともに吐き出した言葉だ。ちゃんとした意味はいまだにわからなかったが、偶然とは思えなかった。
実際にカサイの口から“シンタロウ”の名前がポロリと出たとき、恐ろしさが勝って庄助はちょっとチビった。大袈裟ではなく、ほんとにちょびっとパンツの中で漏らした。
直前まで息子のことを誇らしげに語っていたカサイが、化け物に見えた。福祉の底を息子に知ってほしいだとか、海外に行ってしまっただとか、饒舌に語っていたこと全てが嘘なのだ。
カサイシンタロウはもう、いない。それを彼はきっと知っているはずなのに、平気な顔で嘘をついている。そのことにずっと、鳥肌が立っていた。
さすがにカサイシンタロウなんてよくある名前だとは、もう庄助も言えなかった。
庄助は震える手でメッセージアプリを起動して、景虎にカサイの写真を送った。
《カゲ、この人知ってる?》
《もしかしたら、今回のことに関係あるかも》
《今おれ、乳児院にいてる》
《すぐ帰る、大丈夫》
《ここ出たらでんわする》
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