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第三幕
十一、ルックバック・ウィズ・ユー④
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庄助が顔を赤くしてそう言ったのを聞くと、景虎はようやくレンゲと水の入ったコップを持ってソファベッドの方へ戻った。
卵とネギの入った雑炊を茶碗に入れてローテーブルに運んでから、庄助は静流に借りた服を脱ぎ始めた。
「つーか、大丈夫やから。兄ちゃんはお前みたいに変態じゃないし、昨日だってタマ取った取られたとかの危ない仕事に行ったわけやない。お前が心配するようなことは何もないねん」
タニガワに尻を揉まれまくったこと以外は。と、心の中で呟くと、庄助はクローゼットから取り出した自分のハーフパンツに足を通した。
「俺は……庄助に、危ない目に遭ってほしくない。それだけだ」
いつもより控えめに批難すると、景虎は湯気の立つ温かい雑炊を口に運んだ。ガラス製のレンゲに歯が当たる音が小さく聞こえる。
「あのな、それはそっくり俺がお前に思っとることやっちゅーねん。この前も殺されかけやがって。気ィ抜けとんねやったらヤクザなんか辞めてまえや」
「俺がヤクザを辞める……? それは無理だろう。俺はここでしか生きていけない」
ガツガツと飯を食いながら、そうすげなく言い切る景虎に、庄助は頬を膨らませた。
「カゲのそういうとこ、ホンマ嫌いや~!」
またしても突き放されていることに腹が立った。景虎は妙に卑屈なところがある。どうせきれいな水では生きられないと、最初から諦めている魚のようだ。濁りにしか住んだことがないくせに。
「じゃあカゲは結局どうなりたいねん、俺と」
着替えを終えて隣に座ると、ぺたりとしたフローリングの感触が庄助の裸足のふくらはぎに触れる。短い眉を吊り上げて、怒ったように景虎を覗き込んだ。
珍しい類の質問に、景虎は少し考える素振りを見せてからぽつりと答えた。雑炊はすでに食べきって、茶碗の中は空っぽだ。
「わからない」
意外な答えだった。恋人になりたいとか、ペットにしたいとか、そういったよく分からないことを言い出すのかと思っていた庄助は、あてが外れたような微妙な表情をした。
「庄助が好きだからそばに居たい、俺のものにして繋いでおきたいって思ってたし、今も思ってる。けど……」
景虎は、庄助に触れようと右手を伸ばした。指はするりと滑って、行き場を探すように数秒逡巡し、そうして庄助の頭を撫でた。
「それで庄助も幸せでないなら嫌だとも思う。合ってるか間違ってるかはわからん」
いつもと違う匂いがすると言って咎めたばかりの髪を、こんなに優しく撫でてくれるものかと、庄助は驚いた。が、正直に迷いを吐露する景虎が可愛く見えて、思わず笑ってしまった。
「へへ、そっかぁ……」
片手が不自由な景虎の代わりに、藥袋の中の錠剤をシートから押し出すと、三種類ほど景虎の口の中に入れた。
「わからんこと考えてもしゃーないよな。熱出てんのに、ごめん」
庄助は水の入ったコップを景虎に渡して立ち上がると、もう一度クローゼットを引き開けて、隅に置いてあった段ボールを開けた。少し前に届いた母親からの荷物だった。
底のほうから一冊の小さなフォトアルバムを取り出し、中身を軽く確認した後、景虎の隣にまた座った。食後の薬を飲み終えて一息ついた景虎は、庄助の行動に怪訝な顔をしている。
「なんだそれは」
「国枝さんに指折られてかわいそうなカゲのお願いを、ちょっとだけ叶えたろ思てな」
卵とネギの入った雑炊を茶碗に入れてローテーブルに運んでから、庄助は静流に借りた服を脱ぎ始めた。
「つーか、大丈夫やから。兄ちゃんはお前みたいに変態じゃないし、昨日だってタマ取った取られたとかの危ない仕事に行ったわけやない。お前が心配するようなことは何もないねん」
タニガワに尻を揉まれまくったこと以外は。と、心の中で呟くと、庄助はクローゼットから取り出した自分のハーフパンツに足を通した。
「俺は……庄助に、危ない目に遭ってほしくない。それだけだ」
いつもより控えめに批難すると、景虎は湯気の立つ温かい雑炊を口に運んだ。ガラス製のレンゲに歯が当たる音が小さく聞こえる。
「あのな、それはそっくり俺がお前に思っとることやっちゅーねん。この前も殺されかけやがって。気ィ抜けとんねやったらヤクザなんか辞めてまえや」
「俺がヤクザを辞める……? それは無理だろう。俺はここでしか生きていけない」
ガツガツと飯を食いながら、そうすげなく言い切る景虎に、庄助は頬を膨らませた。
「カゲのそういうとこ、ホンマ嫌いや~!」
またしても突き放されていることに腹が立った。景虎は妙に卑屈なところがある。どうせきれいな水では生きられないと、最初から諦めている魚のようだ。濁りにしか住んだことがないくせに。
「じゃあカゲは結局どうなりたいねん、俺と」
着替えを終えて隣に座ると、ぺたりとしたフローリングの感触が庄助の裸足のふくらはぎに触れる。短い眉を吊り上げて、怒ったように景虎を覗き込んだ。
珍しい類の質問に、景虎は少し考える素振りを見せてからぽつりと答えた。雑炊はすでに食べきって、茶碗の中は空っぽだ。
「わからない」
意外な答えだった。恋人になりたいとか、ペットにしたいとか、そういったよく分からないことを言い出すのかと思っていた庄助は、あてが外れたような微妙な表情をした。
「庄助が好きだからそばに居たい、俺のものにして繋いでおきたいって思ってたし、今も思ってる。けど……」
景虎は、庄助に触れようと右手を伸ばした。指はするりと滑って、行き場を探すように数秒逡巡し、そうして庄助の頭を撫でた。
「それで庄助も幸せでないなら嫌だとも思う。合ってるか間違ってるかはわからん」
いつもと違う匂いがすると言って咎めたばかりの髪を、こんなに優しく撫でてくれるものかと、庄助は驚いた。が、正直に迷いを吐露する景虎が可愛く見えて、思わず笑ってしまった。
「へへ、そっかぁ……」
片手が不自由な景虎の代わりに、藥袋の中の錠剤をシートから押し出すと、三種類ほど景虎の口の中に入れた。
「わからんこと考えてもしゃーないよな。熱出てんのに、ごめん」
庄助は水の入ったコップを景虎に渡して立ち上がると、もう一度クローゼットを引き開けて、隅に置いてあった段ボールを開けた。少し前に届いた母親からの荷物だった。
底のほうから一冊の小さなフォトアルバムを取り出し、中身を軽く確認した後、景虎の隣にまた座った。食後の薬を飲み終えて一息ついた景虎は、庄助の行動に怪訝な顔をしている。
「なんだそれは」
「国枝さんに指折られてかわいそうなカゲのお願いを、ちょっとだけ叶えたろ思てな」
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