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一章
17. 素直で愚かな側仕え
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「———それじゃあ、明日もまたよろしくね」
「はい!それじゃあ失礼しますね、エドワード様」
そう言ってペコリと頭を下げると、音を立てないようにゆっくりとローネイン公爵——エドワードの執務室の扉を閉めた。
「あら、ミリアちゃん?」
と、後ろから声を掛けられたミルフィは大袈裟にビクッと身体を震わせ、見苦しくならない程度に頰を膨らませながら後ろを振り返った。
「っもう!セシリアさん、驚かさないで下さいよぉ!!」
拗ねた様子のミルフィを見てセシリアと呼ばれた少女は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「ふふふっ。ミリアちゃんの反応って素直で可愛いわよね~」
「あー!ほら、そうやってすぐにからかうんですから!!」
益々頰を膨らませるミルフィを見て、セシリアはついにくすくす、と声を漏らす。
「~~~っ!!もう、セシリアさんなんて知りません!!」
ふんっと顔を斜めに向けて腕を組むと、セシリアはその笑みを苦笑に変える。
「ごめんごめん。余りにもミリアちゃんの反応が可愛すぎてお姉さんちょっと弄りたくなっちゃったの!」
謝罪にならない謝罪を受け、ミルフィはまったくもう、と言った様子で顔を元に戻した。
「そんなことよりミリアちゃん、今日の仕事はもう終わったの?」
「あ、はい!!勿論ですよ!」
そしてミルフィはぽっと顔を赤らめた。
「今日もエドワード様はとても紳士的でかっこよかったです!」
「そうよねぇ、エドワード様の専属なんて私とミリアちゃんの特権だものねえ」
その気持ち良くわかるわぁ、とうんうん頷くセシリア。それを見つめながらミルフィは客観的な視点で納得する。
(セシリアはたしかにここにいる使用人達の中でもずば抜けて顔立ちも整っているものね。公爵の今までの私への態度を見ると側付きにさせているのも頷けるわ)
ミルフィの言う通り、セシリアはそれはそれは整った顔立ちをしていた。
ピンクアッシュの美しい髪に、パッチリとした二重の薔薇色の瞳。その顔立ちはどこか幼さの残る妖艶なものを漂わせ、見る者の目を奪う、ミルフィとはまた違った系統の見栄えのする容姿を持った人物であった。更には、きゅっと引き締まったウエストや、出るところは出ているバランスの良く取れた体型は異性を惹きつけるのに文句は無かった。
まだあどけなさの残る雰囲気とのどこかちぐはぐした所がまるで、花開くのをいまかいまかと待ちわびる頃合いのそれであった。
(それに、この人何処か侮れない雰囲気も馳せ持っているから油断は出来ないのよね)
まだ十九歳の少女にしては落ち着いた雰囲気のあるこのセシリアという人物は、今ミルフィが見ている表情の裏に一皮も二皮も被っているであろうと思われた。
得体の知れない感覚がミルフィを襲っているのである。
(何処かで感じたことのある感覚なんだけれど……)
未だにその感覚の答えを出せずにいるミルフィはどうしたものかと考え込んでしまった。
「ミリアちゃん?何か悩み事でもあるの?」
セシリアに不思議そうに顔を覗きこまれてミルフィは微笑を零した。
「あ、いえ。何事も慣れって大切だなとしみじみ思っていただけです」
「そうなの?まあ、たしかにそうかもしれないわねー。ミリアちゃんももうここに来て五日もたったものね」
「そうなんですよねー。五日でここまで慣れるなんて思いもよりませんでした!」
やっぱりエドワード様のおかげですね、と笑うとセシリアもにっこりと微笑んだ。
「そうよね。エドワード様はとても尊いお方ですものね。ミリアちゃんのこともきちんと考えてくれているからこそ慣れるのも早いのかもしれないわ」
そしてうっとりとした様子で我が主人に想いを馳せているセシリアは、可憐な大輪の百合を思わせるものであった。
この人を惹きつけてやまないセシリアの雰囲気とその容姿に見惚れ、魅了された者は一体何人いるのだろうか、と冷静にミルフィは考えていた。
(まあ、だからこそなのかもしれないわね。公爵がセシリアを身近に置いておくのは、所謂ハニートラップと似たようなこともやらせているのかもしれない。邪魔な人物達を排除する手段として)
排除するにあたって自身の駒が相手に取り入るのはその後の行動でもとても優位になる。それを計算してセシリアを自身の専属にしているとするならばやはり公爵は侮れない人物であるのだろう。
(いえ、でも……それにしてもわたしから見ていると公爵は良い意味でも悪い意味でも単純なのよね。……とても、そんなところにまで頭が回る人だとは到底思えない)
これはどういうことなのだろうかとミルフィは首を捻る。しかし、今考えても答えなど出るはずもなく。
(後でアルトにでも相談してみようかしら?)
取り敢えずその疑問は頭の片隅に留めておくことにしたミルフィは、未だうっとりと顔を綻ばせている少女の顔の前で手をひらひらと振ってあげる。
「セシリアさーん?戻って来てくださぁい!」
「あら?私ったら恥ずかしい!!」
はっと我に返ったセシリアは両頬に手を当ててはにかんだ。
「セシリアさん、わたしこれから兄さんの所に行ってくるので失礼しますね!」
「アルさんの所?相変わらず貴方達兄妹は仲がいいのねー。ミリアちゃんが妹じゃなければ今頃ここのメイド達に何かされてたかもしれないわね」
「うえぇ……。それは恐ろしいですぅ」
若干涙目になりながら震えるミルフィを見てセシリアはまたくすくすと笑った。
「まあ、もしもの話よ。実際には貴方はアルさんの妹で家族なんだからそんなことは絶対にされないわよ。それもこれもかっこいいお兄さんを持ったミリアちゃんの自業自得よー」
「ひ、酷いです!わたしのせいじゃないのに~!」
それを見て更にセシリアは笑みを深めた。
今のアルベルトは変装として髪を茶色に染めている。
それだけでもアルベルトの印象はガラリと変わっていたのでミルフィはこれだけでいいかとそれ以上のことをアルベルトにはしなかった。
そのせいなのか、今のアルベルトは変装前と変わりなくその整った顔立ちを晒し出すこととなっていたのだ。これにはミルフィも呆れを通り越して苦笑するしか無かった。
それと同時に心の奥にもやっとしたものが広がっていたがそれには気付かない振りをしていた。
「ほら、それより早くアルさんのところに行ってきない。もうそろそろでアルさんの方も仕事を終わらせているんじゃないの?」
ポンっと背中を押されて前のめりになってしまったミルフィは慌てて体制を立て直すと、恨めしげにセシリアを振り返って「わかってますよ!」と言ってそのまま走り去っていった。
それを見届けてからセシリアはクスリと笑い、エドワードのいる執務室の扉をノックした。
「失礼します」
「ああ、セシリアか。君たちの声は此方まで聞こえていたぞ?」
「まあ、それは失礼しましたわ」
そう言ってまたくすくすと笑うセシリアを呆れた様子でエドワードは見つめた。
「……それで、お前から見てミリアはどう思うか?」
「ミリアちゃんはとっても良い子ですよ?優しくて、可愛くて、素直で、———そして、愚かな子」
「使えると思うか?」
「ええ。存分に」
その言葉に満足そうにエドワードは頷いた。
「それならばもう暫く様子を見てから使うことにしようか。セシリアはあの方に連絡を。新たに一人増えた、とな」
「畏まりました、エドワード様」
そして恭しく頭を下げるセシリアを見つめながらエドワードはにやりと笑みを浮かべた。
「何もかも順調だ。あの方には感謝してもしきれないな」
そしてくつくつと喉を鳴らした。
「はい!それじゃあ失礼しますね、エドワード様」
そう言ってペコリと頭を下げると、音を立てないようにゆっくりとローネイン公爵——エドワードの執務室の扉を閉めた。
「あら、ミリアちゃん?」
と、後ろから声を掛けられたミルフィは大袈裟にビクッと身体を震わせ、見苦しくならない程度に頰を膨らませながら後ろを振り返った。
「っもう!セシリアさん、驚かさないで下さいよぉ!!」
拗ねた様子のミルフィを見てセシリアと呼ばれた少女は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「ふふふっ。ミリアちゃんの反応って素直で可愛いわよね~」
「あー!ほら、そうやってすぐにからかうんですから!!」
益々頰を膨らませるミルフィを見て、セシリアはついにくすくす、と声を漏らす。
「~~~っ!!もう、セシリアさんなんて知りません!!」
ふんっと顔を斜めに向けて腕を組むと、セシリアはその笑みを苦笑に変える。
「ごめんごめん。余りにもミリアちゃんの反応が可愛すぎてお姉さんちょっと弄りたくなっちゃったの!」
謝罪にならない謝罪を受け、ミルフィはまったくもう、と言った様子で顔を元に戻した。
「そんなことよりミリアちゃん、今日の仕事はもう終わったの?」
「あ、はい!!勿論ですよ!」
そしてミルフィはぽっと顔を赤らめた。
「今日もエドワード様はとても紳士的でかっこよかったです!」
「そうよねぇ、エドワード様の専属なんて私とミリアちゃんの特権だものねえ」
その気持ち良くわかるわぁ、とうんうん頷くセシリア。それを見つめながらミルフィは客観的な視点で納得する。
(セシリアはたしかにここにいる使用人達の中でもずば抜けて顔立ちも整っているものね。公爵の今までの私への態度を見ると側付きにさせているのも頷けるわ)
ミルフィの言う通り、セシリアはそれはそれは整った顔立ちをしていた。
ピンクアッシュの美しい髪に、パッチリとした二重の薔薇色の瞳。その顔立ちはどこか幼さの残る妖艶なものを漂わせ、見る者の目を奪う、ミルフィとはまた違った系統の見栄えのする容姿を持った人物であった。更には、きゅっと引き締まったウエストや、出るところは出ているバランスの良く取れた体型は異性を惹きつけるのに文句は無かった。
まだあどけなさの残る雰囲気とのどこかちぐはぐした所がまるで、花開くのをいまかいまかと待ちわびる頃合いのそれであった。
(それに、この人何処か侮れない雰囲気も馳せ持っているから油断は出来ないのよね)
まだ十九歳の少女にしては落ち着いた雰囲気のあるこのセシリアという人物は、今ミルフィが見ている表情の裏に一皮も二皮も被っているであろうと思われた。
得体の知れない感覚がミルフィを襲っているのである。
(何処かで感じたことのある感覚なんだけれど……)
未だにその感覚の答えを出せずにいるミルフィはどうしたものかと考え込んでしまった。
「ミリアちゃん?何か悩み事でもあるの?」
セシリアに不思議そうに顔を覗きこまれてミルフィは微笑を零した。
「あ、いえ。何事も慣れって大切だなとしみじみ思っていただけです」
「そうなの?まあ、たしかにそうかもしれないわねー。ミリアちゃんももうここに来て五日もたったものね」
「そうなんですよねー。五日でここまで慣れるなんて思いもよりませんでした!」
やっぱりエドワード様のおかげですね、と笑うとセシリアもにっこりと微笑んだ。
「そうよね。エドワード様はとても尊いお方ですものね。ミリアちゃんのこともきちんと考えてくれているからこそ慣れるのも早いのかもしれないわ」
そしてうっとりとした様子で我が主人に想いを馳せているセシリアは、可憐な大輪の百合を思わせるものであった。
この人を惹きつけてやまないセシリアの雰囲気とその容姿に見惚れ、魅了された者は一体何人いるのだろうか、と冷静にミルフィは考えていた。
(まあ、だからこそなのかもしれないわね。公爵がセシリアを身近に置いておくのは、所謂ハニートラップと似たようなこともやらせているのかもしれない。邪魔な人物達を排除する手段として)
排除するにあたって自身の駒が相手に取り入るのはその後の行動でもとても優位になる。それを計算してセシリアを自身の専属にしているとするならばやはり公爵は侮れない人物であるのだろう。
(いえ、でも……それにしてもわたしから見ていると公爵は良い意味でも悪い意味でも単純なのよね。……とても、そんなところにまで頭が回る人だとは到底思えない)
これはどういうことなのだろうかとミルフィは首を捻る。しかし、今考えても答えなど出るはずもなく。
(後でアルトにでも相談してみようかしら?)
取り敢えずその疑問は頭の片隅に留めておくことにしたミルフィは、未だうっとりと顔を綻ばせている少女の顔の前で手をひらひらと振ってあげる。
「セシリアさーん?戻って来てくださぁい!」
「あら?私ったら恥ずかしい!!」
はっと我に返ったセシリアは両頬に手を当ててはにかんだ。
「セシリアさん、わたしこれから兄さんの所に行ってくるので失礼しますね!」
「アルさんの所?相変わらず貴方達兄妹は仲がいいのねー。ミリアちゃんが妹じゃなければ今頃ここのメイド達に何かされてたかもしれないわね」
「うえぇ……。それは恐ろしいですぅ」
若干涙目になりながら震えるミルフィを見てセシリアはまたくすくすと笑った。
「まあ、もしもの話よ。実際には貴方はアルさんの妹で家族なんだからそんなことは絶対にされないわよ。それもこれもかっこいいお兄さんを持ったミリアちゃんの自業自得よー」
「ひ、酷いです!わたしのせいじゃないのに~!」
それを見て更にセシリアは笑みを深めた。
今のアルベルトは変装として髪を茶色に染めている。
それだけでもアルベルトの印象はガラリと変わっていたのでミルフィはこれだけでいいかとそれ以上のことをアルベルトにはしなかった。
そのせいなのか、今のアルベルトは変装前と変わりなくその整った顔立ちを晒し出すこととなっていたのだ。これにはミルフィも呆れを通り越して苦笑するしか無かった。
それと同時に心の奥にもやっとしたものが広がっていたがそれには気付かない振りをしていた。
「ほら、それより早くアルさんのところに行ってきない。もうそろそろでアルさんの方も仕事を終わらせているんじゃないの?」
ポンっと背中を押されて前のめりになってしまったミルフィは慌てて体制を立て直すと、恨めしげにセシリアを振り返って「わかってますよ!」と言ってそのまま走り去っていった。
それを見届けてからセシリアはクスリと笑い、エドワードのいる執務室の扉をノックした。
「失礼します」
「ああ、セシリアか。君たちの声は此方まで聞こえていたぞ?」
「まあ、それは失礼しましたわ」
そう言ってまたくすくすと笑うセシリアを呆れた様子でエドワードは見つめた。
「……それで、お前から見てミリアはどう思うか?」
「ミリアちゃんはとっても良い子ですよ?優しくて、可愛くて、素直で、———そして、愚かな子」
「使えると思うか?」
「ええ。存分に」
その言葉に満足そうにエドワードは頷いた。
「それならばもう暫く様子を見てから使うことにしようか。セシリアはあの方に連絡を。新たに一人増えた、とな」
「畏まりました、エドワード様」
そして恭しく頭を下げるセシリアを見つめながらエドワードはにやりと笑みを浮かべた。
「何もかも順調だ。あの方には感謝してもしきれないな」
そしてくつくつと喉を鳴らした。
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