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一章

21. 夜明け前の訪問者

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「……ィ、……ミルフィ、起きてミルフィ」

 微かな振動と共に誰かに呼ばれ、ミルフィはゆっくりと目を開けた。

「ミルフィ、起きた?」

 いまいち状況を飲み込めていないミルフィは、声のした方へと視線を向け、目を瞬かせた。
 そこには、癖のない真っ直ぐな金髪に金色の瞳を持つ中性的な顔立ちをした少年がいた。

「……カイ?」
「うん。おはよう、ミルフィ」

 とはいってもまだ夜明け前なんだけどね、と言って微笑んだ人物を見てミルフィの思考が停止する。

「あれ?ミルフィ、どうかしたの?」

 不思議そうに首を傾げミルフィを覗き込んだ少年——カイを見て、そして窓の外へと視線を向け、もう一度カイへと視線を戻し——

「貴方こんなところで何しているの!?」

 ————そして、叫んだ。

「大丈夫、誰にも見つかるわけないから」

 カイは不思議な程に良く澄んだ声でそう言ってころころと笑う。それに対してミルフィはそういう問題じゃないと頭を抱えたくなった。

「そんな心配はしてないわよ!貴方が誰かに見つかるなんてヘマをしないことくらいわたしがいっっちばんよく理解しているわ!そういうことではなくて、どうしてここに来ているのかと訊いているの!精霊界から抜け出して来たの!?貴方それでもなの!?」
「うん、僕はれっきとした精霊王だよ!」

 そしてカイは胸を張る。
 意図しているのかしていないのか。
 絶妙なくらいに話をそらされ、しかし話自体に間違ったことを言っていないので指摘しようにも出来ない。
 ミルフィは溜め息をついた。

「……もういいわ。貴方とはいまいち話が噛み合わないことくらい〝あの場所〟で出会った時から分かっていたことだもの」

 ミルフィはその顔に諦めの感情を滲ませる。

(出会っていきなり“加護”を贈ってきた色んな意味で問題のある精霊王ときちんと話せると思える方が馬鹿だわ)
「……ミルフィ、今僕の悪口思った?」
「気のせいじゃないかしら?わたしはただ非常識な精霊と話が通じるなんて馬鹿げた期待はしないでおこうと思っただけよ」

 しれっと告げたミルフィにカイは酷い…と嘆き、嘘泣きをする。
 カイは精霊王にもかかわらず、自由奔放で無邪気で自分が面白いと思うこと以外に興味を持たない全くもって精霊王らしくない精霊王だった。
 なにせ始めてミルフィがカイと出会った瞬間に「面白そうだから」と言って“加護”を与えてきやがった人物である。
 非常識にも程があるだろう。
 精霊界の未来を本気で心配し始めるミルフィをよそにカイはすぐさまいつもの様ににこにこと笑ってミルフィを見つめた。

「ねえ、ミルフィ」
「……なにかしら?」

 嫌な予感を感じながらミルフィは注意深くカイを観察する。
 カイはそんなミルフィを見て苦笑しながら肩を竦めてみせた。

「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」
「それは難しい要求ね。貴方のいうことは毎回面倒なことになるのだから」 

 まあそれもそうだね、と返してきたカイに更にミルフィは嫌そうな顔をする。しかしカイはそれを見てほんの少しだけ口元を緩めた。
 何故ならいつも自分の感情を表に出すことをしないミルフィが、カイの前ではそれを露骨に表すから。それは、カイに心を許しているという証拠であるからだ。
 ミルフィが心から誰かを信頼するのはを知っているカイからしたら難しいことを知っている。
 今ミルフィの身近にいる者の中では心から信頼出来ている者はフェリクス以外にいないことを知っている。
 だからこそ、そんなミルフィが自分に信頼してくれているということがカイにとっては嬉しかったのだ。

「カイ?」

 くすくすと笑ってしまったカイをミルフィは怪訝そうに見つめた。
 カイはなんでもないと首を振った。

「……なにか失礼なことを考えていたようにしか見えないけれど、まあいいわ。それで話はなに?」

 早くしないとメイドとしての仕事を始めなくてはならない時間が来てしまうのと告げる。
 それを聞いたカイは可笑しそうに笑った。

「あはは、一国の王女様がただの公爵にメイドとして仕えるなんて!本当にミルフィは面白いことをするよねぇ」
「……早くしてくれない?」

 呆れたように溜め息をつき、さっさと話すように促した。

「ふ、ふふ。……ふぅ、ごめんねミルフィ。つい」

 一頻ひとしきり笑い終えてからカイは小さく息を吐くと、顔に浮かべていた笑みを消し去った。
 真剣な眼差しをミルフィに向ける。

「ミルフィ、君にがあるんだ」
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