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一章
5.夜会の裏に潜む影2
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外は雨が降っていた。
濡れてドレスが台無しになっているがそんなことなど気にせずに歩みを進め庭園の奥の方までくると、ふとミルフィは足を止めてそこの光景に目を細めた。
「……ここも懐かしいわね」
記憶に残っているのは前回の時のことだ。思い出したくなくて、今のミルフィは近づかないようにしていた場所。
ミルフィはゆっくりと目を閉じて、その時のことを思い浮かべる。
『ミルフィ様、綺麗に咲いているよ』
『本当に!!とっても綺麗!!』
無邪気な笑みを浮かべてはしゃいでいる幼い頃の自分の姿がそこにはあった。
『ねえ、アルト。この花はなんていうの?』
『これ?この花はね、ブライダルベールというんだ』
ミルフィはアルトの説明に目を輝かせて感心した。
『アルトは物知りなのね!』
『ありがとう。ミルフィ様、はい』
いつのまに切り取っていたのか、一輪のブライダルベールをミルフィに差し出してきた。
『くれるの?』
『もちろん。この花はね、〝幸福〟と、〝願い続ける〟という意味があるんだ。だからね、ミルフィ様。俺は……』
———ずっと貴方の幸福を願い続けているから。
「アルトは、一体何を思って言ったのかしら?貴方の心は———」
そっと目を見開いてからぽつりと呟いた。
「これはこれは、王女殿下ではありませんか!」
と、その時。ミルフィの後ろから低く野太い声が聞こえてきた。ミルフィは来たわねと、すっと息を吸ってから穏やかな笑みをその顔に浮かべて、後ろをゆっくりと振り返った。
「あら、オルコット伯爵。このような場所でどうかいたしましたか?外は雨が降っておりますし風邪を召されてしまいますよ?」
そう言って小首を傾げると、オルコット伯爵はニヤリと笑みを浮かべた。
「少し私用がありましてな。いやはや、それにしてもこれは好都合ですよ」
そう言ってオルコット伯爵が指をパチン、と鳴らす。すると背後からガサッという音が聞こえ、次の瞬間にはミルフィの体は何者かの手によって抑えられてしまった。
「手荒い真似はあまりしたくはないのですよ、王女殿下。抵抗しないでいただけると、こちらとしても助かりますなぁ」
そう言ってはははっと笑った。
その間、ミルフィは無言を押し通した。
すると、その様子を怖がっていると勘違いしたオルコット伯爵は押さえつけておかなくとも大丈夫だろうと油断をし、そのまま手を縄で縛れと自身の配下に命じた。そして、ミルフィの手に縄を掛けようと一瞬拘束が緩む。
(今!)
その瞬間、ミルフィは身体に力を込めて男を無理やり引き剥がすとその背後に回り込んで、首に手刀を一発お見舞いした。
「なっ!?」
ドサリっ。とミルフィの目の前で男が崩れ落ちる。
ミルフィはごちゃごちゃになったドレスを気にも止めずにそこから立ち上がって、冷静にオルコット伯爵を見つめた。
「な、なぜ……」
呆然と呟くオルコット伯爵を見て、そして悠然と微笑んだ。
「出し抜くことが出来なくて残念だったわね、オルコット伯爵」
その言葉にオルコット伯爵はハッと我に返り、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
「たかが王女ごときが……!!」
「そのたかが王女ごときに出し抜かれるようじゃ、貴方も大したことはないわねぇ」
そう言ってくすりと微笑むと、オルコット伯爵は簡単に激昂した。
「貴様ぁ!!」
怒りに身を任せて突っ込んでくるオルコット伯爵にミルフィは呆れた様子で溜め息をついた。
(こんな簡単な挑発にのるようじゃ駄目ね)
そして突っ込んでくるオルコット伯爵をつまらないものを見るような目で見つめる。
「……無駄なのに」
ミルフィはまた一つ溜め息をつくと、自身のペンダントを握りしめた。
『水よ』
その一声に応じ、ミルフィの周りを水の壁が覆った。
「な、んだと!?」
それに対してオルコット伯爵は驚きを隠せない様子で叫んだ。
「まさか、“加護”持ち……!?」
「それは貴方が知る必要のないことよ」
思わず後ずさったオルコット伯爵を一瞥してから、ミルフィは伯爵の命令を受け襲いかかってくる五人の男を水で絡め取った。そしてそのまま気絶させる。
「何故……なぜだ!?“加護”なんて持てるはずが……」
「オルコット伯爵。わたくしはいつ“加護”を持ったなんて言っていたかしら?」
オルコット伯爵に歩み寄りながらミルフィは本当に不思議そうに首をかしげる。
「実際、力を使ったではないか!!それが何よりの証拠だ!!」
「証拠、ねぇ……。ねえ、オルコット伯爵。貴方は“加護”持ちを見たことがあって?」
ミルフィが心底不思議そうに首を傾げると、オルコット伯爵は明らかに言い淀んだ。
「それは、……ない、が」
「だったらどうして“加護”だと判断できるのかしら?」
「その力は、“加護”持ちでないとありえない……」
それでも確信したように告げるオルコット伯爵に、ミルフィは更に畳み掛けた。
「本当にそうなのかしら?だって“加護”持ちなんて、今の世の中お伽話と同じような存在なのよ?それにこの世界には魔法だって存在する」
「そ、う……だが…」
オルコット伯爵はミルフィの言葉に口籠る。
ふぅっと息をつくと、ミルフィはオルコット伯爵の肩に自らの手を重ね、優しい声音で問いかけた。
「オルコット伯爵。貴方が首謀者で間違いはないのよね?」
「……」
いつまでも押し黙ったままのオルコット伯爵を見て、ミルフィは沈黙の肯定だと受け取る。
「そう。……そうよね」
「殿下!!」
丁度良いタイミングで誰かが慌てた様子でこちらに近づいてくるのがわかった。
低く澄んだその声は、ミルフィのよく知る人物のものだ。
「ここよ」
ミルフィはその呼びかけに応える。
そして、オルコット伯爵の肩においていた手を離して立ち上がった。
「殿下!ご無事ですか!?」
「ええ。この通り」
近寄ってきたアルベルトに向けて頷くと、アルベルトはほっとしたように息を吐いた。そして後から続いてきた他の騎士に現場を片付けるように言い残すと、ミルフィを部屋へと送っていった。
「それで、オルコット伯爵はどうなるのかしら」
王族用の控え室へと戻ると、早速ミルフィはアルベルトに尋ねた。
「……王族に対する不敬罪、殿下誘拐未遂でオルコット伯爵は家族共々身分剥奪に。本人ははっきりとは決まっていませんが終身刑、もしくは死罪になるでしょう」
「そう。……やっぱり今回も変わらないのね……」
アルベルトの言葉にミルフィは憂いを帯びた声音でそう呟いた。
「今回……?」
その声を拾ったアルベルトが訝しげに視線を向けると、ミルフィはなんでもないとゆるゆる首を振った。
アルベルトはどこか腑に落ちなかったが、それよりも言わなくてはならないことを思い出してこほん、と咳払いをして話題を変えた。
「殿下、危ないので今後は一人であのような行動を取られないようにしてください。せめて護衛をつけて下さい」
ミルフィの行動を窘めるようにアルベルトが言うとあら、それを貴方が言うの?とミルフィは言葉を返した。
「今回の誘拐事件のこと、未然に防ぐことは可能だったはずよ。お父様の耳にも入っていたでしょうに。それなのにそれをしなかったのはオルコット伯爵を捕らえるため。そのためにわたしを囮にした」
そうでしょう?と首を傾げるミルフィにアルベルトは絶句する。
「わたしはさっさとこんな茶番を終わらせたかったからこうして自分で動いたまでよ。それを貴方にとやかく言われる筋合いはないと思うのだけれど。それに、問題が早く解決できてよかったじゃない」
手間が省けたわね、と告げるミルフィを見てアルベルトは、信じられないといった表情をする。
「殿下は、全て知っていて……?」
「当たり前でしょう?そうではなかったらあんな雨の中外に出ようなんて思わないわよ」
呆れたようにそう言うミルフィを見て、アルベルトは素直に驚く。
(……世間知らずの心優しいお姫様ではないということか)
夜会で見たミルフィと今目の前にいるミルフィはまるで別人のようだった。それに対してアルベルトはどこかちぐはぐさを感じた。
「そうでしたか……」
それ以外の言葉が思い浮かばず、取り敢えずそう言って頷くだけに留めておく。
その様子を横目で見ながらミルフィは侍女が用意してくれた紅茶を一口飲んだ。
(心配、してくれてたみたいだけれど。……駄目ね、どうしても嬉しいって素直に思ってしまう)
出来るだけ関わりたくなかったのはすんなりと自分がアルベルトのことを受け入れようとしてしまうと思ったからだ。そして実際その通りだった。
(……でも、どうせ今回だけだもの。今日が終わればまた関わることはなくなるはずよ。だから、大丈夫。……まだ、大丈夫よ)
「……突然なんですが、殿下はどうして王位継承権を破棄しないんですか?」
そう自分に言い聞かせていたミルフィは、アルベルトの突然の言葉に不意を突かれてビクッと肩を微かに震わせてしまった。
「……え?」
いきなり話が飛び、ミルフィは目を見開いてアルベルトを見つめる。
「本当に突然ね。……どうして?」
「いえ、少し気になったので。……こんな風に命を狙われる羽目になるのに、なぜ王位継承権をフェリクス殿下のように放棄してしまわないのかと不思議に思って」
ミルフィはそっと息を吐いて、そしてそっと目を伏せて答えた。
「……そうね。そこまでしてなりたいかと言われれば答えは否、よ」
「ならば、なぜ……?」
「わたしには王にならなくてはいけない理由があるの。〝なりたい〟というのと、〝ならなくてはいけない〟とでは、意味は全く違うわ」
そこまで言うと、ミルフィは真っ直ぐにアルベルトを見つめた。
絶望と、悲観と、憤りと———そして、後悔。
それらを全て放り込んでかき混ぜたような、そんな感情をその瞳に映し出していた。
「殿下、」
「姉上~お疲れ様でしたぁ~」
アルベルトが何事かを言いかけた時、タイミング良く扉が開かれ、そしてフェリクスが乱入してきた。
「やっぱり何も変わってませんでしたかぁ?」
「フィル……アルベルト、貴方はもう下がっていいわ」
突然の乱入に戸惑いを含んだ声音でフェリクスの名前を読んだ後、アルベルトにその話を聞かれるわけにはいかないと部屋を出るように促した。
アルベルトは言いかけた言葉を飲み込んでミルフィの言葉に従って部屋を退室していった。
部屋から出て暫くすると、後ろから急に声がかけられた。
「フェリクス殿下、どうされましたか?」
アルベルトを追ってきたのはフェリクスだった。
「いいえぇ~。ただ少しだけ忠告しておきたいことがありましてぇ~」
「忠告?」
フェリクスの言葉をいまいち理解できずに、アルベルトはその台詞を繰り返した。
それにフェリクスは大きく頷く。
「忠告です~」
「……なんでしょうか」
アルベルトが聞き返すと、不意にフェリクスが真剣な表情でアルベルトを見つめ返した。
そして、いつもの言葉遣いではなく〝普通〟の口調でその先の言葉を口にした。
「これ以上、姉上を苦しめないで下さいね?」
「はい?」
フェリクスの曖昧な言葉が何を指しているのか。
アルベルトはどういうことかと問う。
「だ・か・ら、姉上を苦しめないで下さいって言ってるんですよ」
子供に言い聞かせるように告げるフェリクスを見て、頭に疑問符が浮かぶ。
「……どういうことでしょうか」
「そこまで僕が教える義理はありませんからぁ~」
あとは自分で考えてくださいねぇ~。と、それだけ言うと、アルベルトの返事を待たずにフェリクスはその場を去って行ってしまった。
アルベルトはなんなんだと首を捻りつつ、残っている仕事を片付けるために再び歩き出した
濡れてドレスが台無しになっているがそんなことなど気にせずに歩みを進め庭園の奥の方までくると、ふとミルフィは足を止めてそこの光景に目を細めた。
「……ここも懐かしいわね」
記憶に残っているのは前回の時のことだ。思い出したくなくて、今のミルフィは近づかないようにしていた場所。
ミルフィはゆっくりと目を閉じて、その時のことを思い浮かべる。
『ミルフィ様、綺麗に咲いているよ』
『本当に!!とっても綺麗!!』
無邪気な笑みを浮かべてはしゃいでいる幼い頃の自分の姿がそこにはあった。
『ねえ、アルト。この花はなんていうの?』
『これ?この花はね、ブライダルベールというんだ』
ミルフィはアルトの説明に目を輝かせて感心した。
『アルトは物知りなのね!』
『ありがとう。ミルフィ様、はい』
いつのまに切り取っていたのか、一輪のブライダルベールをミルフィに差し出してきた。
『くれるの?』
『もちろん。この花はね、〝幸福〟と、〝願い続ける〟という意味があるんだ。だからね、ミルフィ様。俺は……』
———ずっと貴方の幸福を願い続けているから。
「アルトは、一体何を思って言ったのかしら?貴方の心は———」
そっと目を見開いてからぽつりと呟いた。
「これはこれは、王女殿下ではありませんか!」
と、その時。ミルフィの後ろから低く野太い声が聞こえてきた。ミルフィは来たわねと、すっと息を吸ってから穏やかな笑みをその顔に浮かべて、後ろをゆっくりと振り返った。
「あら、オルコット伯爵。このような場所でどうかいたしましたか?外は雨が降っておりますし風邪を召されてしまいますよ?」
そう言って小首を傾げると、オルコット伯爵はニヤリと笑みを浮かべた。
「少し私用がありましてな。いやはや、それにしてもこれは好都合ですよ」
そう言ってオルコット伯爵が指をパチン、と鳴らす。すると背後からガサッという音が聞こえ、次の瞬間にはミルフィの体は何者かの手によって抑えられてしまった。
「手荒い真似はあまりしたくはないのですよ、王女殿下。抵抗しないでいただけると、こちらとしても助かりますなぁ」
そう言ってはははっと笑った。
その間、ミルフィは無言を押し通した。
すると、その様子を怖がっていると勘違いしたオルコット伯爵は押さえつけておかなくとも大丈夫だろうと油断をし、そのまま手を縄で縛れと自身の配下に命じた。そして、ミルフィの手に縄を掛けようと一瞬拘束が緩む。
(今!)
その瞬間、ミルフィは身体に力を込めて男を無理やり引き剥がすとその背後に回り込んで、首に手刀を一発お見舞いした。
「なっ!?」
ドサリっ。とミルフィの目の前で男が崩れ落ちる。
ミルフィはごちゃごちゃになったドレスを気にも止めずにそこから立ち上がって、冷静にオルコット伯爵を見つめた。
「な、なぜ……」
呆然と呟くオルコット伯爵を見て、そして悠然と微笑んだ。
「出し抜くことが出来なくて残念だったわね、オルコット伯爵」
その言葉にオルコット伯爵はハッと我に返り、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
「たかが王女ごときが……!!」
「そのたかが王女ごときに出し抜かれるようじゃ、貴方も大したことはないわねぇ」
そう言ってくすりと微笑むと、オルコット伯爵は簡単に激昂した。
「貴様ぁ!!」
怒りに身を任せて突っ込んでくるオルコット伯爵にミルフィは呆れた様子で溜め息をついた。
(こんな簡単な挑発にのるようじゃ駄目ね)
そして突っ込んでくるオルコット伯爵をつまらないものを見るような目で見つめる。
「……無駄なのに」
ミルフィはまた一つ溜め息をつくと、自身のペンダントを握りしめた。
『水よ』
その一声に応じ、ミルフィの周りを水の壁が覆った。
「な、んだと!?」
それに対してオルコット伯爵は驚きを隠せない様子で叫んだ。
「まさか、“加護”持ち……!?」
「それは貴方が知る必要のないことよ」
思わず後ずさったオルコット伯爵を一瞥してから、ミルフィは伯爵の命令を受け襲いかかってくる五人の男を水で絡め取った。そしてそのまま気絶させる。
「何故……なぜだ!?“加護”なんて持てるはずが……」
「オルコット伯爵。わたくしはいつ“加護”を持ったなんて言っていたかしら?」
オルコット伯爵に歩み寄りながらミルフィは本当に不思議そうに首をかしげる。
「実際、力を使ったではないか!!それが何よりの証拠だ!!」
「証拠、ねぇ……。ねえ、オルコット伯爵。貴方は“加護”持ちを見たことがあって?」
ミルフィが心底不思議そうに首を傾げると、オルコット伯爵は明らかに言い淀んだ。
「それは、……ない、が」
「だったらどうして“加護”だと判断できるのかしら?」
「その力は、“加護”持ちでないとありえない……」
それでも確信したように告げるオルコット伯爵に、ミルフィは更に畳み掛けた。
「本当にそうなのかしら?だって“加護”持ちなんて、今の世の中お伽話と同じような存在なのよ?それにこの世界には魔法だって存在する」
「そ、う……だが…」
オルコット伯爵はミルフィの言葉に口籠る。
ふぅっと息をつくと、ミルフィはオルコット伯爵の肩に自らの手を重ね、優しい声音で問いかけた。
「オルコット伯爵。貴方が首謀者で間違いはないのよね?」
「……」
いつまでも押し黙ったままのオルコット伯爵を見て、ミルフィは沈黙の肯定だと受け取る。
「そう。……そうよね」
「殿下!!」
丁度良いタイミングで誰かが慌てた様子でこちらに近づいてくるのがわかった。
低く澄んだその声は、ミルフィのよく知る人物のものだ。
「ここよ」
ミルフィはその呼びかけに応える。
そして、オルコット伯爵の肩においていた手を離して立ち上がった。
「殿下!ご無事ですか!?」
「ええ。この通り」
近寄ってきたアルベルトに向けて頷くと、アルベルトはほっとしたように息を吐いた。そして後から続いてきた他の騎士に現場を片付けるように言い残すと、ミルフィを部屋へと送っていった。
「それで、オルコット伯爵はどうなるのかしら」
王族用の控え室へと戻ると、早速ミルフィはアルベルトに尋ねた。
「……王族に対する不敬罪、殿下誘拐未遂でオルコット伯爵は家族共々身分剥奪に。本人ははっきりとは決まっていませんが終身刑、もしくは死罪になるでしょう」
「そう。……やっぱり今回も変わらないのね……」
アルベルトの言葉にミルフィは憂いを帯びた声音でそう呟いた。
「今回……?」
その声を拾ったアルベルトが訝しげに視線を向けると、ミルフィはなんでもないとゆるゆる首を振った。
アルベルトはどこか腑に落ちなかったが、それよりも言わなくてはならないことを思い出してこほん、と咳払いをして話題を変えた。
「殿下、危ないので今後は一人であのような行動を取られないようにしてください。せめて護衛をつけて下さい」
ミルフィの行動を窘めるようにアルベルトが言うとあら、それを貴方が言うの?とミルフィは言葉を返した。
「今回の誘拐事件のこと、未然に防ぐことは可能だったはずよ。お父様の耳にも入っていたでしょうに。それなのにそれをしなかったのはオルコット伯爵を捕らえるため。そのためにわたしを囮にした」
そうでしょう?と首を傾げるミルフィにアルベルトは絶句する。
「わたしはさっさとこんな茶番を終わらせたかったからこうして自分で動いたまでよ。それを貴方にとやかく言われる筋合いはないと思うのだけれど。それに、問題が早く解決できてよかったじゃない」
手間が省けたわね、と告げるミルフィを見てアルベルトは、信じられないといった表情をする。
「殿下は、全て知っていて……?」
「当たり前でしょう?そうではなかったらあんな雨の中外に出ようなんて思わないわよ」
呆れたようにそう言うミルフィを見て、アルベルトは素直に驚く。
(……世間知らずの心優しいお姫様ではないということか)
夜会で見たミルフィと今目の前にいるミルフィはまるで別人のようだった。それに対してアルベルトはどこかちぐはぐさを感じた。
「そうでしたか……」
それ以外の言葉が思い浮かばず、取り敢えずそう言って頷くだけに留めておく。
その様子を横目で見ながらミルフィは侍女が用意してくれた紅茶を一口飲んだ。
(心配、してくれてたみたいだけれど。……駄目ね、どうしても嬉しいって素直に思ってしまう)
出来るだけ関わりたくなかったのはすんなりと自分がアルベルトのことを受け入れようとしてしまうと思ったからだ。そして実際その通りだった。
(……でも、どうせ今回だけだもの。今日が終わればまた関わることはなくなるはずよ。だから、大丈夫。……まだ、大丈夫よ)
「……突然なんですが、殿下はどうして王位継承権を破棄しないんですか?」
そう自分に言い聞かせていたミルフィは、アルベルトの突然の言葉に不意を突かれてビクッと肩を微かに震わせてしまった。
「……え?」
いきなり話が飛び、ミルフィは目を見開いてアルベルトを見つめる。
「本当に突然ね。……どうして?」
「いえ、少し気になったので。……こんな風に命を狙われる羽目になるのに、なぜ王位継承権をフェリクス殿下のように放棄してしまわないのかと不思議に思って」
ミルフィはそっと息を吐いて、そしてそっと目を伏せて答えた。
「……そうね。そこまでしてなりたいかと言われれば答えは否、よ」
「ならば、なぜ……?」
「わたしには王にならなくてはいけない理由があるの。〝なりたい〟というのと、〝ならなくてはいけない〟とでは、意味は全く違うわ」
そこまで言うと、ミルフィは真っ直ぐにアルベルトを見つめた。
絶望と、悲観と、憤りと———そして、後悔。
それらを全て放り込んでかき混ぜたような、そんな感情をその瞳に映し出していた。
「殿下、」
「姉上~お疲れ様でしたぁ~」
アルベルトが何事かを言いかけた時、タイミング良く扉が開かれ、そしてフェリクスが乱入してきた。
「やっぱり何も変わってませんでしたかぁ?」
「フィル……アルベルト、貴方はもう下がっていいわ」
突然の乱入に戸惑いを含んだ声音でフェリクスの名前を読んだ後、アルベルトにその話を聞かれるわけにはいかないと部屋を出るように促した。
アルベルトは言いかけた言葉を飲み込んでミルフィの言葉に従って部屋を退室していった。
部屋から出て暫くすると、後ろから急に声がかけられた。
「フェリクス殿下、どうされましたか?」
アルベルトを追ってきたのはフェリクスだった。
「いいえぇ~。ただ少しだけ忠告しておきたいことがありましてぇ~」
「忠告?」
フェリクスの言葉をいまいち理解できずに、アルベルトはその台詞を繰り返した。
それにフェリクスは大きく頷く。
「忠告です~」
「……なんでしょうか」
アルベルトが聞き返すと、不意にフェリクスが真剣な表情でアルベルトを見つめ返した。
そして、いつもの言葉遣いではなく〝普通〟の口調でその先の言葉を口にした。
「これ以上、姉上を苦しめないで下さいね?」
「はい?」
フェリクスの曖昧な言葉が何を指しているのか。
アルベルトはどういうことかと問う。
「だ・か・ら、姉上を苦しめないで下さいって言ってるんですよ」
子供に言い聞かせるように告げるフェリクスを見て、頭に疑問符が浮かぶ。
「……どういうことでしょうか」
「そこまで僕が教える義理はありませんからぁ~」
あとは自分で考えてくださいねぇ~。と、それだけ言うと、アルベルトの返事を待たずにフェリクスはその場を去って行ってしまった。
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