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一章
38, 新月の夜に
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月のない真っ暗な夜空が広がる頃。
昼間とは打って変わって辺りには妙な静けさが漂っていた。そして、人の気配が全くといっていい程無い廊下には、見回りの者であろう足音が響き渡っていた。
「……はぁ、眠れない」
ミルフィは貸し与えられた部屋のベッドの上で、寝返りを打ちながら溜め息をこぼす。
就寝についてから数時間か経過していたのだが、依然としてミルフィに眠気は訪れて来なかった。
(それもこれも、きっとあの光景を実際に目の当たりにしたから……)
数日前、ミルフィはテオの目を盗んで地下へと侵入して、地下の様子を確認してきていた。そしてそこには予想通り、人身売買の為に使うと思われる数多くの少年少女達が檻の中に入れられていたのだ。
(……リエルは、今頃どうしているのかしら)
地下で話しかけた、まだ十にも満たしていないだろうと思われる少女を脳裏に思い浮かべる。
あの時自分を天使と呼んだ少女は、自ら『リエル』と名乗った。
リエルは人の心が読めるという、ミルフィとはまた違った珍しい力を持っていた。
リエル達を見つけたミルフィは、そのまま救い出すことが出来ないということに歯噛みした。
すぐ目の前にいるのに。手を伸ばしたら届く距離にいるのに。
しかし、それを鉄格子が、そして見えない『相手』が阻む。
それがミルフィにとてもどかしくて、悔しくて仕方がなかった。
「……駄目ね、これじゃあ寝れるわけないわ」
目を閉じて無心になろうとしても、気が付くと何かしらを考えてしまっている状況で眠れる筈が無い。
ミルフィは仕方なく寝間着の上に薄手の上着を羽織ると、そのまま外へと向かって行った。
* * *
「月がない分、星が綺麗に見えるわね……」
孤児院の外へと出たミルフィは、その近くに備え付けられていたベンチへと腰を下ろして、そして夜空を見上げた。
今日は新月の為月は一切見えなかったのだが、その分いつもよりも星が明るく見えた。
(フィル達は今頃なにかしら情報を掴めているのかしら?次に向こうが動き出す日を割り出せていれば、それに合わせてこちらも用意をしないと行けないのだけれど)
今フェリクス達は、ミルフィの側にはいない。
ミルフィの命によって外側から人身売買の内情を探らせているのだ。
初めのうちアルベルトが渋っていたのだが、ミルフィの有無を言わさない様子とフェリクスの援護により、結局は「御意」と肯定させることが出来た。
(リュディガーとアルトがフィルの側についていてくれるなら、きっとフィルは無事だから)
フェリクスが自分では何も出来ないくらいひ弱な訳では無いのだが、それでも周りに少しでも腕の立つものがいた方がいいに決まっている。
何せ『元』はつくが、それでも血筋的に最も正当な王位継承権第一位の王子なのだから。
暗殺された場合はどうしようもないのだが、もしもミルフィが誘拐された場合、王族は国にとって最善の選択をする必要がある。『家族』という情に構っていられるほど王族とは生易しいものでは無いのだ。
もしもそんなことがあった場合、国は簡単にミルフィを切り捨てるだろう。そして、ミルフィの代わりにもう一度フェリクスに王位継承権第一位の座が戻っていくはずだ。
(わたしよりも、フィルの方が命の優先順位は高いはずよ)
ミルフィは王位継承権暫定一位に過ぎない。下手したら継承権だって貰えなかったかもしれない存在なのだ。
(わたしは、前回に起こったことを今回で繰り返さないためにも王にならなければいけない。けれどもフィルならばきっと、わたしの意思を受け継いでくれるはずだもの)
フェリクスになら、王の座を奪われても構わない。
そう思うのは、甘いのだろうか。
(……そう、ね。わたしは結局甘い人間なんだわ)
前にも似たようなことを兄に対して思った。〝 前回とは違うから〟というような理由だけで。
確かに前回とは打って変わり、お互いを厭い、憎むことは無かった。邪魔な存在だとお互いを蹴落とそうだなんて考えは、誰も持ち合わせてはいなかった。
少なくとも、前回とは比べものにならない程兄弟間の関係は良好であった。
けれども未来のことなど結局のところは誰にも分かるはずがない。
もしかしたら、内乱が引き起こるかもしれない。
もしかしたら、裏切られるかもしれない。
そんな〝もしも〟の時を想定して、それでもそんなことになるはずがないと信じようとしている自分にミルフィは嫌気がさしてくる。
(〝もしも〟のことを考えて、それなのにそれを〝あるはずがない〟と否定する。……我ながら馬鹿みたいに単純な思考をしてるわ……)
誰もいないとすぐに今日のようなことを考えてしまう。
ミルフィはゆるりと頭を振って、その考えを頭の外へと追い出した。
(堂々巡りの考えなんて、考えてる時間が無駄よ。……もう、考えるのは止めましょう)
そうしてまたその考えから逃げ出すのかと、誰かに問われたような気がした。それが誰の問いかけであるのかを分かっていながら、それでもミルフィは気が付かない振りをする。
(貴方に……何もしなかった貴方なんかに、今のわたしの気持ちが分かって貯まるものですか)
その思いとともに、ミルフィは脳裏に思い浮かんだ〝 誰か〟の姿を振り払った。
昼間とは打って変わって辺りには妙な静けさが漂っていた。そして、人の気配が全くといっていい程無い廊下には、見回りの者であろう足音が響き渡っていた。
「……はぁ、眠れない」
ミルフィは貸し与えられた部屋のベッドの上で、寝返りを打ちながら溜め息をこぼす。
就寝についてから数時間か経過していたのだが、依然としてミルフィに眠気は訪れて来なかった。
(それもこれも、きっとあの光景を実際に目の当たりにしたから……)
数日前、ミルフィはテオの目を盗んで地下へと侵入して、地下の様子を確認してきていた。そしてそこには予想通り、人身売買の為に使うと思われる数多くの少年少女達が檻の中に入れられていたのだ。
(……リエルは、今頃どうしているのかしら)
地下で話しかけた、まだ十にも満たしていないだろうと思われる少女を脳裏に思い浮かべる。
あの時自分を天使と呼んだ少女は、自ら『リエル』と名乗った。
リエルは人の心が読めるという、ミルフィとはまた違った珍しい力を持っていた。
リエル達を見つけたミルフィは、そのまま救い出すことが出来ないということに歯噛みした。
すぐ目の前にいるのに。手を伸ばしたら届く距離にいるのに。
しかし、それを鉄格子が、そして見えない『相手』が阻む。
それがミルフィにとてもどかしくて、悔しくて仕方がなかった。
「……駄目ね、これじゃあ寝れるわけないわ」
目を閉じて無心になろうとしても、気が付くと何かしらを考えてしまっている状況で眠れる筈が無い。
ミルフィは仕方なく寝間着の上に薄手の上着を羽織ると、そのまま外へと向かって行った。
* * *
「月がない分、星が綺麗に見えるわね……」
孤児院の外へと出たミルフィは、その近くに備え付けられていたベンチへと腰を下ろして、そして夜空を見上げた。
今日は新月の為月は一切見えなかったのだが、その分いつもよりも星が明るく見えた。
(フィル達は今頃なにかしら情報を掴めているのかしら?次に向こうが動き出す日を割り出せていれば、それに合わせてこちらも用意をしないと行けないのだけれど)
今フェリクス達は、ミルフィの側にはいない。
ミルフィの命によって外側から人身売買の内情を探らせているのだ。
初めのうちアルベルトが渋っていたのだが、ミルフィの有無を言わさない様子とフェリクスの援護により、結局は「御意」と肯定させることが出来た。
(リュディガーとアルトがフィルの側についていてくれるなら、きっとフィルは無事だから)
フェリクスが自分では何も出来ないくらいひ弱な訳では無いのだが、それでも周りに少しでも腕の立つものがいた方がいいに決まっている。
何せ『元』はつくが、それでも血筋的に最も正当な王位継承権第一位の王子なのだから。
暗殺された場合はどうしようもないのだが、もしもミルフィが誘拐された場合、王族は国にとって最善の選択をする必要がある。『家族』という情に構っていられるほど王族とは生易しいものでは無いのだ。
もしもそんなことがあった場合、国は簡単にミルフィを切り捨てるだろう。そして、ミルフィの代わりにもう一度フェリクスに王位継承権第一位の座が戻っていくはずだ。
(わたしよりも、フィルの方が命の優先順位は高いはずよ)
ミルフィは王位継承権暫定一位に過ぎない。下手したら継承権だって貰えなかったかもしれない存在なのだ。
(わたしは、前回に起こったことを今回で繰り返さないためにも王にならなければいけない。けれどもフィルならばきっと、わたしの意思を受け継いでくれるはずだもの)
フェリクスになら、王の座を奪われても構わない。
そう思うのは、甘いのだろうか。
(……そう、ね。わたしは結局甘い人間なんだわ)
前にも似たようなことを兄に対して思った。〝 前回とは違うから〟というような理由だけで。
確かに前回とは打って変わり、お互いを厭い、憎むことは無かった。邪魔な存在だとお互いを蹴落とそうだなんて考えは、誰も持ち合わせてはいなかった。
少なくとも、前回とは比べものにならない程兄弟間の関係は良好であった。
けれども未来のことなど結局のところは誰にも分かるはずがない。
もしかしたら、内乱が引き起こるかもしれない。
もしかしたら、裏切られるかもしれない。
そんな〝もしも〟の時を想定して、それでもそんなことになるはずがないと信じようとしている自分にミルフィは嫌気がさしてくる。
(〝もしも〟のことを考えて、それなのにそれを〝あるはずがない〟と否定する。……我ながら馬鹿みたいに単純な思考をしてるわ……)
誰もいないとすぐに今日のようなことを考えてしまう。
ミルフィはゆるりと頭を振って、その考えを頭の外へと追い出した。
(堂々巡りの考えなんて、考えてる時間が無駄よ。……もう、考えるのは止めましょう)
そうしてまたその考えから逃げ出すのかと、誰かに問われたような気がした。それが誰の問いかけであるのかを分かっていながら、それでもミルフィは気が付かない振りをする。
(貴方に……何もしなかった貴方なんかに、今のわたしの気持ちが分かって貯まるものですか)
その思いとともに、ミルフィは脳裏に思い浮かんだ〝 誰か〟の姿を振り払った。
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