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一章
40.大切だから
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そしてその夜。
ミルフィは部屋の近くに誰もいないことを確認してから、扉と鍵を閉める。
そして、自身の胸の前で手を組んだ。
そうするとミルフィの周りの空気がはほんの僅かに変わる。
(……やっぱり、ペンダントがないと制御が難しいわね)
自身の中に宿る“加護”の力——簡単に言うと魔力と同じである——を意識して身体の中で循環させる。
そうして暫くしてから、ミルフィは閉じていた瞼を開いた。
『風よ、私の望む者へ声を届けて』
そう言葉を紡ぐと、ミルフィの髪がふわりと舞い上がった。
声を届けるのはミルフィの持つペンダント。つまり今それを所有しているフェリクスのもとへ。
ミルフィは事前にフェリクスと連絡手段を得るために自分が肌身離さず持ち歩いているペンダントを渡していた。そしてそれにほんの少しだけ自分の“加護”の力を分け与えていたのだ。
元々そのペンダントは、ミルフィの“加護”の力を制御するためにとある人物から用意されたものであり、だからこそそれにほんの少しでも力を分け与えることが出来たのであった。
『……んん?あれ、姉上ですかぁ?』
「良かった、ちゃんと届いたようね」
ペンダントを所持していない今、“加護”の力をコントロールすることがミルフィには難しいものだった。
だから失敗してまう可能性も考慮していたのだが、どうやら無事に力を使うことが出来たようだ。
その事にミルフィは安堵する。
「フィル、貴方の近くに今は誰もいない?」
『ええ、いないですよぉ~。アルベルトとリュディガーは宿の食堂で飲み会に参加してますからぁ。あ、勿論聞き込みという名義あってのことですよぉ』
「……まあ、あの二人が職務を放ったらかしにして楽しく飲んでるなんてことになることはないと思っているけれど」
少なくともアルベルトは職務に忠実であるはずだ。
リュディガーだって、団長を務めているだけあってしっかりするところはしっかりしているはずなのだ。
ほんの少しだけなんとも言えない気持ちになりながら、しかしそちらの状況がわからない今は、そんなことはないのだろうと思うことにした。
『それで、姉上。何かありましたか?』
「それなりに、ね。貴方達に探って貰っていた情報をセシリアから教えてもらったの。だからアルベルト達にもう探らなくていいということを伝えておいて」
二つ返事で頷いたフェリクスは、その後ミルフィとの《通話》を終わらせようとして———やめた。
訊くことを訊いていなかった為だ。
『姉上、大事なことを伝え忘れてますよぉ?』
「え?」
伝えることは全て伝えたはずだ。なのに大事なこととは一体何のことだろうとミルフィは首を傾げる。
『こちらの行動を止めるのはいいのですが、その後どうするんですかぁ?動きがある日時を僕聞いていませんよぉ?』
「……フィル達はそのまま王宮に戻っていて構わないわ。あとはわたしに任せてくれればそれでいいから」
ミルフィがそう言うと、フェリクスの溜め息が聞こえてきた。そして、次に心底呆れた声がミルフィに返ってくる。
『姉上だけに任せるなんて、そんなことするはずないじゃないですかぁ。大体姉上一人だけって、もしも何かあった場合にはどうするんですか?只でさえ危険な場所に踏み込むことになるのに、一人だけなんて無謀過ぎですよ』
「その時はその時よ。それにフィルまで来てしまったら危険よりも利用される可能性を否定出来ないでしょう?だったらまだわたし一人の方がましよ。いざと言う時はわたし一人の犠牲だけで済むもの」
だから貴方達は大人しく王宮へ帰っていて。
淡々と告げたミルフィに、フェリクスは苛立ちがこみ上げてきた。
いつもそうだ。この姉は他の誰かを巻き込もうなんて考えない。自分一人だけでどうにかしようとして、そしてその度にぼろぼろになっていく。
心も、体も。
フェリクスは幼い頃からいつか自分の目の前から姉は消えてなくなってしまうのではないかといつも不安だった。それくらい、フェリクスから見たミルフィは脆くて儚かった。
『……いい加減にして下さい』
気が付くと低い声が漏れていた。
『姉上も姉上ですよ!!全て自分一人で片付けようとして!どれ程僕が貴方を心配しているか、分かっていますか!?貴方が何かしら関わってしまうといつも誰も巻き込もうとしないで自分一人の犠牲を出そうとする。その度に、僕がどんな思いでいたのか、姉上に分かりますか!?姉上がぼろぼろになっていく度に、僕の心がどれだけ悲しくなるのか、苦しくなるのか知っていますか!?』
「……フィル……」
フェリクスは自分の卑怯さに内心で自嘲する。
ミルフィは自分のことを大切に思ってくれてるが故に、自分がそう言ってしまえば戸惑うだろうと知っていたからだ。
それからフェリクスは少しの間を開けてから、声を荒らげることなく穏やかに、ミルフィに言い聞かせるように言葉を紡いだ。
『姉上は、自分を卑下し過ぎなんですよ。誰も姉上が犠牲になることを望んでいません。だから、お願いです、姉上。一人だけで方を付けようだなんて思わないで下さい』
心の底からミルフィに懇願する。
ミルフィはしばしの間黙ったままだった。
その瞳が、微かに揺れている。
声だけしか聞こえない状況で、お互いの表情を見ることは叶わない。しかしその声音だけでフェリクスの言いたいことは全て伝わっていた。
それから長い間を空けてから、ゆっくりと息を吐いた。
「……危険なのよ。もしも捕まってしまったらもうお父様にも、お兄様たちにも会えないかもしれないのよ」
『そうですね』
「もしかしたら死ぬこともできないかもしれない。いたぶり続けられる可能性だってあるのよ」
『その時は自分の舌を噛みちぎってでも死んでやりましょうか。でも姉上も死んでいないのならそれでも構いません』
数々の可能性を、それでもフェリクスは一括する。
「……もしかしたら、わたしがフィルのことを裏切ることになるかもしれないのよ」
『そんな未来が来ることはないと断言出来ますから心配しないで下さい』
徐々にミルフィの声が震えていく。しかし、フェリクスは動じない。
それからまた無言。
「……五日後、場所は孤児院よりも森の奥にある旧協会の地下。参加者は主にローネイン公爵を筆頭に第二王子派の一部の貴族達。それから帝国側の人間が数名」
『きちんと伝えておきます。何かありましたらまた僕に知らせてくれれば。作戦はこちらで練っておきますので、姉上は姉上のしたいように動いて下さい』
フェリクスの返事を聞いたミルフィは、頼もしい弟を持ったわね、と嬉しいような、悲しいような気持ちになった。
ミルフィは部屋の近くに誰もいないことを確認してから、扉と鍵を閉める。
そして、自身の胸の前で手を組んだ。
そうするとミルフィの周りの空気がはほんの僅かに変わる。
(……やっぱり、ペンダントがないと制御が難しいわね)
自身の中に宿る“加護”の力——簡単に言うと魔力と同じである——を意識して身体の中で循環させる。
そうして暫くしてから、ミルフィは閉じていた瞼を開いた。
『風よ、私の望む者へ声を届けて』
そう言葉を紡ぐと、ミルフィの髪がふわりと舞い上がった。
声を届けるのはミルフィの持つペンダント。つまり今それを所有しているフェリクスのもとへ。
ミルフィは事前にフェリクスと連絡手段を得るために自分が肌身離さず持ち歩いているペンダントを渡していた。そしてそれにほんの少しだけ自分の“加護”の力を分け与えていたのだ。
元々そのペンダントは、ミルフィの“加護”の力を制御するためにとある人物から用意されたものであり、だからこそそれにほんの少しでも力を分け与えることが出来たのであった。
『……んん?あれ、姉上ですかぁ?』
「良かった、ちゃんと届いたようね」
ペンダントを所持していない今、“加護”の力をコントロールすることがミルフィには難しいものだった。
だから失敗してまう可能性も考慮していたのだが、どうやら無事に力を使うことが出来たようだ。
その事にミルフィは安堵する。
「フィル、貴方の近くに今は誰もいない?」
『ええ、いないですよぉ~。アルベルトとリュディガーは宿の食堂で飲み会に参加してますからぁ。あ、勿論聞き込みという名義あってのことですよぉ』
「……まあ、あの二人が職務を放ったらかしにして楽しく飲んでるなんてことになることはないと思っているけれど」
少なくともアルベルトは職務に忠実であるはずだ。
リュディガーだって、団長を務めているだけあってしっかりするところはしっかりしているはずなのだ。
ほんの少しだけなんとも言えない気持ちになりながら、しかしそちらの状況がわからない今は、そんなことはないのだろうと思うことにした。
『それで、姉上。何かありましたか?』
「それなりに、ね。貴方達に探って貰っていた情報をセシリアから教えてもらったの。だからアルベルト達にもう探らなくていいということを伝えておいて」
二つ返事で頷いたフェリクスは、その後ミルフィとの《通話》を終わらせようとして———やめた。
訊くことを訊いていなかった為だ。
『姉上、大事なことを伝え忘れてますよぉ?』
「え?」
伝えることは全て伝えたはずだ。なのに大事なこととは一体何のことだろうとミルフィは首を傾げる。
『こちらの行動を止めるのはいいのですが、その後どうするんですかぁ?動きがある日時を僕聞いていませんよぉ?』
「……フィル達はそのまま王宮に戻っていて構わないわ。あとはわたしに任せてくれればそれでいいから」
ミルフィがそう言うと、フェリクスの溜め息が聞こえてきた。そして、次に心底呆れた声がミルフィに返ってくる。
『姉上だけに任せるなんて、そんなことするはずないじゃないですかぁ。大体姉上一人だけって、もしも何かあった場合にはどうするんですか?只でさえ危険な場所に踏み込むことになるのに、一人だけなんて無謀過ぎですよ』
「その時はその時よ。それにフィルまで来てしまったら危険よりも利用される可能性を否定出来ないでしょう?だったらまだわたし一人の方がましよ。いざと言う時はわたし一人の犠牲だけで済むもの」
だから貴方達は大人しく王宮へ帰っていて。
淡々と告げたミルフィに、フェリクスは苛立ちがこみ上げてきた。
いつもそうだ。この姉は他の誰かを巻き込もうなんて考えない。自分一人だけでどうにかしようとして、そしてその度にぼろぼろになっていく。
心も、体も。
フェリクスは幼い頃からいつか自分の目の前から姉は消えてなくなってしまうのではないかといつも不安だった。それくらい、フェリクスから見たミルフィは脆くて儚かった。
『……いい加減にして下さい』
気が付くと低い声が漏れていた。
『姉上も姉上ですよ!!全て自分一人で片付けようとして!どれ程僕が貴方を心配しているか、分かっていますか!?貴方が何かしら関わってしまうといつも誰も巻き込もうとしないで自分一人の犠牲を出そうとする。その度に、僕がどんな思いでいたのか、姉上に分かりますか!?姉上がぼろぼろになっていく度に、僕の心がどれだけ悲しくなるのか、苦しくなるのか知っていますか!?』
「……フィル……」
フェリクスは自分の卑怯さに内心で自嘲する。
ミルフィは自分のことを大切に思ってくれてるが故に、自分がそう言ってしまえば戸惑うだろうと知っていたからだ。
それからフェリクスは少しの間を開けてから、声を荒らげることなく穏やかに、ミルフィに言い聞かせるように言葉を紡いだ。
『姉上は、自分を卑下し過ぎなんですよ。誰も姉上が犠牲になることを望んでいません。だから、お願いです、姉上。一人だけで方を付けようだなんて思わないで下さい』
心の底からミルフィに懇願する。
ミルフィはしばしの間黙ったままだった。
その瞳が、微かに揺れている。
声だけしか聞こえない状況で、お互いの表情を見ることは叶わない。しかしその声音だけでフェリクスの言いたいことは全て伝わっていた。
それから長い間を空けてから、ゆっくりと息を吐いた。
「……危険なのよ。もしも捕まってしまったらもうお父様にも、お兄様たちにも会えないかもしれないのよ」
『そうですね』
「もしかしたら死ぬこともできないかもしれない。いたぶり続けられる可能性だってあるのよ」
『その時は自分の舌を噛みちぎってでも死んでやりましょうか。でも姉上も死んでいないのならそれでも構いません』
数々の可能性を、それでもフェリクスは一括する。
「……もしかしたら、わたしがフィルのことを裏切ることになるかもしれないのよ」
『そんな未来が来ることはないと断言出来ますから心配しないで下さい』
徐々にミルフィの声が震えていく。しかし、フェリクスは動じない。
それからまた無言。
「……五日後、場所は孤児院よりも森の奥にある旧協会の地下。参加者は主にローネイン公爵を筆頭に第二王子派の一部の貴族達。それから帝国側の人間が数名」
『きちんと伝えておきます。何かありましたらまた僕に知らせてくれれば。作戦はこちらで練っておきますので、姉上は姉上のしたいように動いて下さい』
フェリクスの返事を聞いたミルフィは、頼もしい弟を持ったわね、と嬉しいような、悲しいような気持ちになった。
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