乙女ゲームのヒロインに転生したんですが、これは推しと結婚させて頂いてもいいってことですか!?

七宮 ゆえ

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一話

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 シルフィーネ・ロザリンデはその時思い出した。ここがかつて生きていた世界で乙女ゲームと言われていた世界であるということを。そしてそのゲームの世界で今の自分自身がヒロインであったということを。

「……え、?」

 世界がぐるりと回る。ああ、よく晴れた青空だなぁと他人事のように思いながら回る世界をどこか人ごとのように眺めていた。

 どこからが悲鳴のような甲高い声が聞こえた。ざわり、と揺れる空気。

 しかし今の彼女にはそんなことはどうでもよかった。本当に、どうでもよかったのだ。

 そんなことよりもと、薄れる意識の中で漠然と考えた。

 これ、もしかして推しと結婚できる可能性が存在しているのでは……?と。


 * * *

 王立ティルノア学園はその名の通り王国が建てた唯一の高等学校である。十六歳から十八歳の優秀な子供たちを集めた教育機関であり、今日が新一学年の入学式であった。そんな入学式が始まる直前、とある令嬢が登校してきた際にいきなり倒れてしまったという。かの令嬢は幼い頃から病弱で王都から離れた自身の領地で暮らしていたという。つまりそういうことである。

 ここで何故その話をしたかについての理由を述べようと思う。すなわちそれがシルフィーネ・ロザリンデという少女のことを指しているというのがそれに対する回答である。

 よく見慣れた天井を眺めながらシルフィーネは今世の自分自身を振り返った。

 シルフィーネ・ロザリンデ。十六歳。ロザリンデ侯爵家の長女で元は病弱だった少女。幼い頃は北の領地で過ごしており王都に来ることはこれまで稀であった。上に一人兄がいるが、関係は気薄だったため特に仲が良い訳でもなくて悪い訳でもない。

 しかしまあ、前世の自分と比べたらなんとも良いご身分になったものである、と思わず感嘆する。
 しかもそれが前世で自分の最推し(しかもガチ恋していた)がいる乙女ゲームの世界であり、自分自身がヒロインだというのだ。一体どんな徳を積んだのだろうか。

 推しがいる世界に転生できたというその事実だけでシルフィーネの心は踊った。それだけでお米が百杯は食べられるな、と。

 そんなことをふんふんと考えながら横になっていると、扉をノックする音が聞こえてきた。

「シルフィーネ様、失礼致します」

 そうして丁寧な所作で入室をしてきたのは、幼い頃から一緒の侍女であるジゼルであった。
 シルフィーネがゆるりと体を起こして彼女を見遣ると、ジゼルは安堵したかのように目元を緩ませた。

「目を覚まされたのですね」
「ええ。心配かけてごめんなさい」
「いいえ、いいのです。先生が仰るには疲れが溜まったのだろうとの事だったので本日はゆっくりお休みください」

 そう言うとジゼルは手にしていた粉の入ったつつみと水をシルフィーネの枕元のテーブルに置いた。
 それがいつも飲んでいる薬だとわかると、シルフィーネはそれに手を伸ばし言われるまでもなく口に流し込む。

「……せっかくの入学式だったのに倒れるなんて残念なことをしたわ」
「大丈夫ですよ、シルフィーネ様。この先学園生活は三年間もあるのですから」

 楽しめる時間はまだまだ始まったばかりですよ、と優しく笑うジゼルに微笑み返す。しかし彼女の内心はそうじゃないんだとしょぼくれていた。

 なにせ、入学式はゲーム世界でのイベントのひとつでもあったのだ。しかも最推しと出会えたかもしれないイベントでもある。
 ゲーム内ではそのイベントはどのキャラクターと出会うのか完全ランダム制ではあったのだが、発生するイベント自体は同じである。単純に入学式の会場が分からなくなったヒロインに偶然出くわした攻略対象の誰かが会場までエスコートしてくれるというものであったのだ。
 もし万が一その相手が推しだったのだとしたら実に惜しいことをした、とシルフィーネは後悔してしまう。

 ここにジゼルがいなかったらベッドの上で悔しさのあまりのたうち回るところであった。

「そういえば、倒れたシルフィーネ様のことを邸まで運んでくださった方に後ほど会う機会があったらお礼をするようにしなさい、と旦那様から伝言があったのでした」
「運んでくださった方?」

 ジゼルの言葉にきょとりと目を瞬かせ、首を傾げる。

「うちのものが回収したのではなく?」
「回収って……そんな自分を物みたいに言わないでください」

 ジトりと見つめてくる侍女に軽くごめんなさいと言葉にしてシルフィーネは続きを促した。

「勿論我が家の馬車でシルフィーネ様は運ばせてもらいましたよ。ただ、偶然シルフィーネ様の近くにいらっしゃった方が心配だからと着いてきて下さったのです」
「へぇ……物好きな方もいたのね」

 その物好きな方はどこのどなたなの?と聞いたシルフィーネは次の瞬間に目を丸くし、悲鳴をこらえる羽目になる。

 何せジゼルから紡がれたその名前は、まさに自分の推しの名前であったのだから。

 そう、その人物はレオナルド・セルギウス。セルギウス公爵家の一人息子であり、彼女の最愛だったのだ。
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