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三話
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ようやく午前の授業を終え、昼食の時間となったシルフィーネは、友人作りを早々に諦め素早くクラスから出ていくことにした。
友人作りも大切ではあるが、それよりなにより今はレオナルド(推し)である。
一先ず一度でいいから生の姿を拝みたいしあわよくば話しかけたい。というよりも昨日のことに対する謝礼を一刻も早くしたかったのだ。
(まあ、そんなのも建前のひとつになってしまうのだけど……)
自分の浅慮な考えに自分自身で馬鹿にしそうになるものの、だからと言ってやめる訳には行かないのだ。レオナルドに出会い、あわよくば結婚させてもらいたいのが今世の信念なのである。それも昨日決めたことではあるのだが。
そんなこんなで校舎内をさ迷ったものの、そう簡単に出会えるはずもなく。前世の知識から彼のクラスは知っていたのでこっそりクラスを覗きに行ったりランチルームへ訪れてみたりとそこそこ色んな場所に行ってみたのだが矢張りどこを探しても見つけることが出来なかった。
これは諦めるしかないのかもしれないな、としょぼくれつつ、シルフィーネはお弁当を持って中庭へと向かった。
実はこの中庭には隠れた絶景スポットがあり、前世のスチルで見たそれを目の当たりにしたいがために彼女はお弁当を持参したのである。
レオナルドのことは仕方ないのでまた帰りに探してみようと気持ちを切り替え、彼女はお弁当を持って歩を進めた。
天気の良い外は気持ちの良い風が吹いており、ぽかぽかで気持ちが良い。
早速隠れた名所へ赴こうと意気込んだシルフィーネが中庭へと出ると、そこでふとある事が頭によぎった。
───あれ、私あのスポットへの行き方知らないわね。
そう、なにせゲームでは中庭のとある場所としか記載がされていないのだ。どこにあるかなんてわかる訳もなく。
きっと隠れた名所だと言われているのだから分かりにくいところにあるに違いない。そもそもあの場所に行けるのはレオナルドルートに入ってから彼に連れていってもらったことがきっかけなのだ。
普段から人の出入りするような場所なわけがなかったのだ。
「……これは想定外だわ」
シルフィーネは思わずぽつりと呟く。さて困った。どうしたものかと唸りつつ、とりあえずと彼女は近くにあったベンチに腰を下ろすことにした。
今日は尽くついていない日である。
ため息をつきそうになるのを既のところで堪え、仕方が無いのでこのままここでお弁当を食べるしかないかと肩を落としつつ包みを広げた。
と、その時。
「あれ、きみは……」
後ろからあまりにも聞きなれた穏やかなテノールの音が響いた。
その声が耳朶を擽った瞬間、シルフィーネの思考は停止し、完全に動きが止まる。
完全に油断をしていたのだ。まさか、そんなはずがないだろうとその考えを否定する。
しかし体は素直で、その声の主を確かめたいとぎこちなく後ろへと振り返った。
そうしてそこに立っていたのは、前世で何度も画面越しで眺め続けていたその人だった。
その人は不思議そうに首を傾げたものの、次の瞬間には穏やかな笑みを浮かべて「体調は大丈夫?」と尋ねてきた。
「ひょわ、」
「ひょわ?」
「あ、え、すみません、その、少々驚いてしまって!」
思わず漏れ出た奇声を慌てて誤魔化し、こほんと軽く咳払いをする。
「あの、もしかしてあなたは昨日付き添ってくださったという方でしょうか……?」
「ん?ああ、そうか、きみの家の者にでも聞いたのかな。突然目の前で倒れるものだから心配になって勝手だったけれど付き添わせてもらったんだ」
見ず知らずの人間なのにごめんねと告げる彼に震える声でいいえ、とシルフィーネは首を振る。
そしてそっと胸元に両手を重ねると、彼女は真っ直ぐに彼を、レオナルドを見つめた。
「その、気にかけていただけて光栄でした。本当にありがとうございます。宜しければお名前をお伺いしても……?」
鼓動が早くなる。自分の発言が大胆なものでは無いだろうかと不安になりながらも、名前を呼べるチャンスは欲しいと己の欲望が打ち勝ってしまう。
それに、お礼をする相手に名前を聞くなんてそんなの別におかしなことじゃないでしょ、とどこかで開き直る自分がいた。しかしそこでふと我に返る。
「あ、私ったら先に名乗らずにお名前を聞くなんて失礼な真似を……!申し遅れました、私、今年入学してきたシルフィーネ・ロザリンデと申します」
「知ってるよ。ロザリンデ侯爵の所のご令嬢だよね。私はレオナルド・セルギウスだよ」
ふわっと微笑まれシルフィーネはくらりと眩暈を覚えた。あまりにも眩しい。なんなら後光が差しているような気さえしてくる。なんていう破壊的な表情をなさるのかしら。もう無理。尊いしんどい好き結婚したい……!!
内心で暴れ狂う己の心を表面上には一切出さないよう最新の注意を払いつつ、セルギウス公爵子息様、と名前を繰り返す。
「そんなに堅苦しく呼ばなくても構わないよ。気軽にレオナルドと呼んでくれ」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ」
「……では、レオナルド様と呼ばせていただきます」
そうしてふわりと淑女の完璧な笑みを浮かべてみせる。
よし、我ながら完璧だ。分厚い仮面がかぶれているのではなかろうか。
しかしまさかこんなに早く名前を呼ばせてもらえるなんてシルフィーネは思ってもみなかった。なぜなら彼はゲーム上では親愛レベルを上げるのが中々苦労したのだ。一定のレベルを達成するまでファーストネームを呼ばせることなど一切なかったのである。
あれ、もしかしてこれって既に脈アリだったりするのでは……?いや嘘ですすみません調子に乗りましたそんなわけないですよね少し、ほんの少しだけちょっと期待したとかじゃないです言ってみたかっただけなんです。
きっとこれはゲームではなくてあくまで現実世界だから多少変わってくるのだろうとシルフィーネは考えた。そうやって少し調子に乗った考えをすぐに否定する。
「あの、レオナルド様、昨日は本当にありがとうございました」
「シルフィーネ嬢の体調が良くなったのなら良かったよ」
「ひぇっ」
シ、シルフィーネ嬢ですって!!名前を呼ばれてしまった!とシルフィーネはまたとんちきな悲鳴をあげてしまう。そんな彼女にレオナルドは一瞬愉快そうに口角をあげて見せるも、すぐさま元の紳士然とした淡い微笑みに戻る。しかしその一瞬の表情の変化に目敏く気付くのがシルフィーネであった。
なにせ彼の表情ひとつたりとも見逃したくは無いのだ。その表情全てを脳裏に焼きつけるかの如くこっそりと、しかし確実にじっくりと眺めるという至難の業を見事にやってのけてみせていた。
(私の奇声で楽しそうにするレオナルド様を見たらもう全てがどうでも良くなってしまった気がするわ……)
そうしてシルフィーネはレオナルドを作り出し産んでくれた神に心の中で盛大な賞賛をしたのであった。
友人作りも大切ではあるが、それよりなにより今はレオナルド(推し)である。
一先ず一度でいいから生の姿を拝みたいしあわよくば話しかけたい。というよりも昨日のことに対する謝礼を一刻も早くしたかったのだ。
(まあ、そんなのも建前のひとつになってしまうのだけど……)
自分の浅慮な考えに自分自身で馬鹿にしそうになるものの、だからと言ってやめる訳には行かないのだ。レオナルドに出会い、あわよくば結婚させてもらいたいのが今世の信念なのである。それも昨日決めたことではあるのだが。
そんなこんなで校舎内をさ迷ったものの、そう簡単に出会えるはずもなく。前世の知識から彼のクラスは知っていたのでこっそりクラスを覗きに行ったりランチルームへ訪れてみたりとそこそこ色んな場所に行ってみたのだが矢張りどこを探しても見つけることが出来なかった。
これは諦めるしかないのかもしれないな、としょぼくれつつ、シルフィーネはお弁当を持って中庭へと向かった。
実はこの中庭には隠れた絶景スポットがあり、前世のスチルで見たそれを目の当たりにしたいがために彼女はお弁当を持参したのである。
レオナルドのことは仕方ないのでまた帰りに探してみようと気持ちを切り替え、彼女はお弁当を持って歩を進めた。
天気の良い外は気持ちの良い風が吹いており、ぽかぽかで気持ちが良い。
早速隠れた名所へ赴こうと意気込んだシルフィーネが中庭へと出ると、そこでふとある事が頭によぎった。
───あれ、私あのスポットへの行き方知らないわね。
そう、なにせゲームでは中庭のとある場所としか記載がされていないのだ。どこにあるかなんてわかる訳もなく。
きっと隠れた名所だと言われているのだから分かりにくいところにあるに違いない。そもそもあの場所に行けるのはレオナルドルートに入ってから彼に連れていってもらったことがきっかけなのだ。
普段から人の出入りするような場所なわけがなかったのだ。
「……これは想定外だわ」
シルフィーネは思わずぽつりと呟く。さて困った。どうしたものかと唸りつつ、とりあえずと彼女は近くにあったベンチに腰を下ろすことにした。
今日は尽くついていない日である。
ため息をつきそうになるのを既のところで堪え、仕方が無いのでこのままここでお弁当を食べるしかないかと肩を落としつつ包みを広げた。
と、その時。
「あれ、きみは……」
後ろからあまりにも聞きなれた穏やかなテノールの音が響いた。
その声が耳朶を擽った瞬間、シルフィーネの思考は停止し、完全に動きが止まる。
完全に油断をしていたのだ。まさか、そんなはずがないだろうとその考えを否定する。
しかし体は素直で、その声の主を確かめたいとぎこちなく後ろへと振り返った。
そうしてそこに立っていたのは、前世で何度も画面越しで眺め続けていたその人だった。
その人は不思議そうに首を傾げたものの、次の瞬間には穏やかな笑みを浮かべて「体調は大丈夫?」と尋ねてきた。
「ひょわ、」
「ひょわ?」
「あ、え、すみません、その、少々驚いてしまって!」
思わず漏れ出た奇声を慌てて誤魔化し、こほんと軽く咳払いをする。
「あの、もしかしてあなたは昨日付き添ってくださったという方でしょうか……?」
「ん?ああ、そうか、きみの家の者にでも聞いたのかな。突然目の前で倒れるものだから心配になって勝手だったけれど付き添わせてもらったんだ」
見ず知らずの人間なのにごめんねと告げる彼に震える声でいいえ、とシルフィーネは首を振る。
そしてそっと胸元に両手を重ねると、彼女は真っ直ぐに彼を、レオナルドを見つめた。
「その、気にかけていただけて光栄でした。本当にありがとうございます。宜しければお名前をお伺いしても……?」
鼓動が早くなる。自分の発言が大胆なものでは無いだろうかと不安になりながらも、名前を呼べるチャンスは欲しいと己の欲望が打ち勝ってしまう。
それに、お礼をする相手に名前を聞くなんてそんなの別におかしなことじゃないでしょ、とどこかで開き直る自分がいた。しかしそこでふと我に返る。
「あ、私ったら先に名乗らずにお名前を聞くなんて失礼な真似を……!申し遅れました、私、今年入学してきたシルフィーネ・ロザリンデと申します」
「知ってるよ。ロザリンデ侯爵の所のご令嬢だよね。私はレオナルド・セルギウスだよ」
ふわっと微笑まれシルフィーネはくらりと眩暈を覚えた。あまりにも眩しい。なんなら後光が差しているような気さえしてくる。なんていう破壊的な表情をなさるのかしら。もう無理。尊いしんどい好き結婚したい……!!
内心で暴れ狂う己の心を表面上には一切出さないよう最新の注意を払いつつ、セルギウス公爵子息様、と名前を繰り返す。
「そんなに堅苦しく呼ばなくても構わないよ。気軽にレオナルドと呼んでくれ」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ」
「……では、レオナルド様と呼ばせていただきます」
そうしてふわりと淑女の完璧な笑みを浮かべてみせる。
よし、我ながら完璧だ。分厚い仮面がかぶれているのではなかろうか。
しかしまさかこんなに早く名前を呼ばせてもらえるなんてシルフィーネは思ってもみなかった。なぜなら彼はゲーム上では親愛レベルを上げるのが中々苦労したのだ。一定のレベルを達成するまでファーストネームを呼ばせることなど一切なかったのである。
あれ、もしかしてこれって既に脈アリだったりするのでは……?いや嘘ですすみません調子に乗りましたそんなわけないですよね少し、ほんの少しだけちょっと期待したとかじゃないです言ってみたかっただけなんです。
きっとこれはゲームではなくてあくまで現実世界だから多少変わってくるのだろうとシルフィーネは考えた。そうやって少し調子に乗った考えをすぐに否定する。
「あの、レオナルド様、昨日は本当にありがとうございました」
「シルフィーネ嬢の体調が良くなったのなら良かったよ」
「ひぇっ」
シ、シルフィーネ嬢ですって!!名前を呼ばれてしまった!とシルフィーネはまたとんちきな悲鳴をあげてしまう。そんな彼女にレオナルドは一瞬愉快そうに口角をあげて見せるも、すぐさま元の紳士然とした淡い微笑みに戻る。しかしその一瞬の表情の変化に目敏く気付くのがシルフィーネであった。
なにせ彼の表情ひとつたりとも見逃したくは無いのだ。その表情全てを脳裏に焼きつけるかの如くこっそりと、しかし確実にじっくりと眺めるという至難の業を見事にやってのけてみせていた。
(私の奇声で楽しそうにするレオナルド様を見たらもう全てがどうでも良くなってしまった気がするわ……)
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