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1日目:別れと出会い

引き金

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 夜になるとさすがにクタクタだった。
旅の一日目というのは特にそうだ。
人間誰でもそうであるが、疲れているときにはイラつきやすいものである。母親も茜も例外ではない。
しかし、茜はいらいらを外に出すことはなかった。
それよりもいつ母の起爆スイッチが入ってしまうか、不安で仕方がなかった。

そんな夜だった。

ホテルから20分ほどのレストランで夕食をとり、夜風にあたりながら人通りの少ない道を2人は歩いていた。

「すみませーん。」

後ろから声をかけてきたのは、若く、髪の毛が緑色の男だった。
隣にはその彼と同じくらいの若さであろう、毛先を赤くし、全体は金髪の男がいた。
2人とも細身ではあるが、おそらく緑色の男は180センチ位あり、隣の男はさらに背が高く見えた。
2人ともサングラスをかけていて、あまり顔は分からない。
緑色の髪の男は、迷彩柄のTシャツにジーンズというラフな恰好をしていた。
しかし、もう1人男はマフィアのような全身黒づくめで見るからに怖かった。

ここから分かることと言えば1つ。
そう、いかにも危なそうな連中だということだ。

「ねぇ、お姉さん達。無視しないでこっち向いてよ。君たち日本人だよね?」

外国人特有の日本語の発音ではなく、綺麗な発音の日本語である。

茜は母親の顔を見た。苛ついている。

(なんてことをしてくれたんだろう?)

茜も彼らに苛ついた。早くどこかに消えて欲しい。

「何でしょうか?」

まるで宗教の勧誘の電話みたいな声色で母親は答えた。

「あっ、もしかして親子?お母さん、若いわー。昔から結構モテたでしょ!?」

そう、母親は美人である。
とてもきつい顔つきの美人である。茜はよく母親に似ていると言われた。
しかし、美人と言われることはない。得なことは昔からあまりなかった。

「茜、行くわよ。」

母親は呆れたように茜に告げた。

「ちょっと話しようよ。あっ、別にナンパとかじゃないよ!
実はさー、お姉さん達やばい奴らに追われてんだよね-。
今、そいつらこっち向かってて-。あっ、でも安心してね?俺たちがいる限り大丈夫だから。」

何を言っているんだろう?

「何をおっしゃっておるのか意味が分かりません。行くわよ!」

今だけは母親と同じ意見だ。

私達はいたってまじめに生活してきた。

だれかに、ましてや他国で狙われるようなことがあるはずがない。

「いや、嘘だと思うじゃん!?俺らもお姉さん達見つけてまじびっくりしたのよ。」

ヘラヘラと笑って緑色の男はしゃべりながら後ろをぴったりと離れない。

そして、茜に拳銃をさしだし、耳元で囁いた。

「これさー、もしもの時用の護身用ね。」

「茜!そんなの受け取っちゃだめよ。」

その時だった。

少し前を歩き始めた母親をいきなりスーツとサングラスに身を包んだ男達が取り囲んだ。

「ちょっ!何!?」

「ママっ!」

「ほーら、のんびりしてるから。」

男達は4人いた。全員見分けは付かないが、そのうちの2人が母親の腕を掴んだ。そして、さらにもう1人の男がナイフを懐から出し、母親に向けた。

「何するの!?離して!離しなさい!茜!逃げて!!」

「大人しく、そっちの娘もこちらに渡せ。」

まるで、映画のワンシーンのようで頭が追いつかない。

「やなこった!おめーらこそ、そのお姉さん離してもらおうか。」

緑髪の男が挑発するように彼らに言い放ち、私の肩を強く自分の方へ寄せた。

すると、手の空いていた2人がこちらへ襲いかかってきた。
緑髪の男は私を自分の後ろ側にかくまって、相手の1人に殴りかかる。

もう1人の方も、金髪の男が相手している。

私は訳が分からずその光景を見ていた。

ママの方に目をやると、ママは近くに止めてあった黒い車に乗せられそうになっていた。

「やめなさい!!やめて!!茜!逃げなさい!!」

ママが必死に叫んだその瞬間だった。

緑髪の男が、相手に殴られてよろめいた。
そして、その拍子に先ほど受け取らなかった拳銃が地面に落ち、私の足下に転がった。

私は、それを拾ってゆっくりと歩きはじめた。

「おい!何してんだよ!!」
緑髪の男の叫び声がどこか遠くにきこえた。

そしてそのまま、ママの方へ近づき引き金を引いた。

その時、私は確かにママを助けるために撃った。ナイフを持った男めがけて銃弾を飛ばした。

「………。」
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