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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜

クリス vs ベータ

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 状況がさっぱり呑み込めないままに、みんなに付いて俺はさらに地下へと移動した。

(ここは……?)

 錆びた鉄格子の扉を開けると、そこには屋内とは思えないほど広い空間があった。扉の向こうには下り階段があり、階段を降りた先は大空洞が広がっている。テニスコートが何面も敷けそうなくろい広く、余裕でロブが打てるくらいには高い。壁は平らだし天井も平らだ。自然にできた空間というわけではなく、人工的に造られたものらしい。

「俺たちの秘密基地だ」

 悪戯好きな少年のような笑みを浮かべてアスカが答える。

「おーい、アスカ! なんだコイツラは!」

 階段の下から声がする。二人の男女がこちらを見ていた。年齢は十代半ばといったくらいか。ぎりぎり少年少女と呼んで差し支えないくらいの年頃と思われる。

「なんだとは何だ、リズ。連絡したはずだぞ、模擬戦やるってな。というか、集会ほっぽりだしてなにやってやがる」
「うるせえ、そっちの事情なんて知ったことじゃねえ。俺たちは居心地がいいからここに居るだけだ。面倒なことに巻き込まれんのはゴメンだ!」
「リ、リズ、そんなこと言ったらまたアスカに怒られるよう……」

 リズと呼ばれた少年の手をとりつつ、おどおどしながらメガネをかけた少女が言う。

「あーもう、リラ! おどおどすんな! はっきり喋れ!」
「は、はぅうう、ご、ごめんね」
「ちっ」

 リズは舌打ちすると、リラと呼ばれた少女の手を引き俺達に背を向けて歩き出す。

「おいこら、どこへ行く」
「ああん? 部屋に戻るんだよ。模擬戦だかなんだかは好きにしろよ。けど、あんまりうるさくすんなよ」

 そう言い捨てると、二人は壁についた扉から中へ引っ込んでしまった。バタンと乱暴に扉が閉じられる。はあ、とアスカがため息をついた。

(あの子らもレジスタンスのメンバーなの?)
「一応な。男がリズと女がリラだ。でもまあ、俺の言うことは聞かねえからメンバーっていいもんなのかな。一応、俺がボスなんだがな」

 ガリガリと後頭部を搔きながらアスカは言う。
 あ、やっぱりそうなんだ。周りの大人達も当たり前のようにアスカに従ってたし、そうなんじゃないかと薄々思ってたけどやっぱりそうなんだ。

「まあ、いいや。予定通り模擬戦始めるぞ」

 パンパンとアスカが手を鳴らす。それを合図にクリスくんとベータと呼ばれた強面の男性が空間の中央に進む。よくよく見るとベータさん、顔が怖いだけじゃなくて筋肉も凄いな。ムキムキだ。

「崩れるとリズリラがうぜえから天井壊すのは禁止な」
(え、壊れるの? というか、だったら外でやればいいのに)
「前にアルファが壊したからな。注意してんだ。あと、監視の眼があるから外は駄目だ」
(アルファさんって?)
「ん? お前も会ってるだろ? リーシャのマネージャーだよ」

 ああ、あの人、アルファっていうのか。知りたくもない情報が増えてしまった。ベータといい、アルファといい、やはりレジスタンスということで偽名呼びなのだろうか。

「まあな。アルファとベータは元帝国軍人だ。もう死んだことになってるから本名は使えないし、元の顔で大手を振って外を歩くのは危険なんだ」

 そうなんだ。でも、だからといってアレは無いだろう。むしろ、逆に目を引いてしまうんじゃ無かろうか。

「まあ、今の所バレてないし、大丈夫だろ。アレに積極的に関わろうとする人もいないしな」

 さようでございますか。

(監視の眼って?)
「帝国は到るところに目を光らせてる。監視くらい普通にしてるさ」
「ああ、悪霊さん。それに僕たちも引っかかったんですよ」

 レイジーちゃんと一体化し、羽を広げたクリスくんは答える。

「その可能性に気づかないのは迂闊でした。まさか、人工衛星のカメラで僕たちの位置がばれるとは。そんな解像度のいいカメラ使ってたんですね」
「ふん。別にお前らの顔を特定したわけじゃないさ」

 取り出した拳銃を手際よく確認しながらベータさんは言う。

「車を検出したんだよ。誰も立ち入らないはずのヴェルニカに不審車が近づいたとあれば、それはお前殺してくださいって挨拶してるようなもんだ」
「そんな地上分解能があるとは思いませんでした」
「軍が情報を全て公開する訳無いだろうが。馬鹿かお前は」

 ピキリ、とクリスくんの額に青筋が浮かんだ。

「……へえ。僕とレイジーをヴェルニカからレジスタンスまで運んだのはベータさんだって聞いてますよ? どうやって運んだんですか。是非とも若輩者の僕に教えてくださいませんかね」
「少しは考えてからものを喋れ。馬鹿だと思われるぞ」
「そうですね。まあ、ざっと30通りくらい考えました。最も単純な方法は夜に移動する。次に単純な方法だと車に迷彩でも貼りますか。上からの撮影に対処だけするのはこれが簡単でしょう。もちろん、鏡面反射を防ぐ措置は必須です。あとは、轍を隠すために箒でもぶらさげますかね。人工衛星が真上に無いタイミングで移動するのもありですね。斜めなら歪んで認識率が下がりますし。ああ、前提として、テラの人工衛星の軌道くらい把握してますよね。すいません、当たり前のことを確認してしまって。少し複雑な方法であれば、人工衛星をクラックする方法がありますね。まあ、ベータさんなら余裕ですよね。僕も二、三台くらい人工衛星のバックドア持ってますし。あれ、古くて廃棄された奴ならまだ動かせて面白いですよね。直接軍の衛星に衝突させてクラッシュさせるのもいいかもしれません。まあ、一回しか使えませんけど。あとは以外な抜け道として徒歩で移動するのもありですね。ギリースーツでも着てればばれる心配はないでしょう。おおっと、長々と僕が喋り続けるのは申し訳ないですね。残りの25通りの方法を説明しようと思いましたけどこれで止めて起きましょう。もちろん、ベータさんの方法は若輩者の僕がとてもとても思いつかない眼から鱗の素敵でナイスな方法なんですよね。是非とも教えていただきたいです」

 わあ、クリスくんの口が回ること回ること。
 銃を弄っていたベータさん手が止まり、目元がギョロリとクリスくんに固定される。

「……ふん。まあいいさ。せいぜい、オスカーさんの片鱗くらいは見せてくれよ」
「ははは、お手柔らかに」

 ベータさんは相変わらずの強面で、クリスくんは口だけの笑顔だ。怖えぇ。この人らめっちゃ怖いよー。

「ははは、盛り上がってきたな」

 アスカは口角を上げて笑う。

「それじゃあ、いっちょ行ってみよう。時間は俺が終わりって言うまでな。模擬戦開始ー。好きにり合えー」

 気の抜けた声でアスカは開戦の合図を告げる。
 睨み合う二人の凄味が途端に増した。

(だ、大丈夫なの? クリスくん、なんかよく分からないけどレイジーちゃんと合体して変な翼みたいなの生えてるけど、あの子もともと研究畑出身のもやしっ子で階段登ったら息が切れるくらい運動駄目なんだけど。ベータさんって、元軍人さんなんだよね)
「ん? なんだ、悪霊。心配性だな。別にお前が死ぬわけじゃないだろうが。あ、お前はもう死んでるんだっけか」
(そうだけど、心配なものは心配だ)

 現にクリスくんは撃たれてレジスタンスの皆に助けられたって話じゃないか。
 あれ? そういえばクリスくん、俺が見たときにはそれはもう致命傷で、虫の息だった気がするけど。本人も頭指さして撃たれた真似していたし、どうすればあの状況から助かったのだろう。

「まあ、安心しろ。レイジーをパートナーにしたクリスはもう立派に人外だ。先祖返り並の力とレイジー並の回復力が備わってる」
(えっ)

 気の抜けた声でアスカは言う。

 瞬間、地下空間に銃声が響く。ベータさんは両手に銃を持ち、ものの数秒で弾倉のすべての銃弾を撃ち尽くした。白煙舞う空間にて、クリスくんは微動だにしない。

(ーークリスくん!!)
「……え、悪霊さん、何か言いました?」

 クリスくんは呑気にこちらを見て返事をした。

「余所見をするとは余裕だな」

 ベータさんが瞬時に弾倉を取り替え、今度は両手でひとつの銃を握りしめ銃弾を撃ち込む。瞬間、クリスくんの周りの翼が僅かに動いた。

「羽を使った防御か」
「それも、自動防御オートマチックのようですね」

 アスカの言葉にユキトが反応する。

「ああ、これだこれ。ヴェルニカではこれに手古摺ったんだよな」

 はあ、とベータはため息をつく。

「聞きましたよ。ベータさん、僕が気を失っている間、僕を守ろうとしたレイジーとずっと闘ってたって」
「そうだな。お前らを回収しようと思ったが、レイジーそいつがなかなかに煩わしくてなぁ」
「へえ、それで。どうやってレイジーの防御を突破して僕を回収したんです?」
「それは、秘密だよっと」

 コン、コロロっと。クリスくんの足元に何かが転がる。よく見ると、それは戦場のパイナップルであった。

「! レイジー!」
「わあ、やべえ。アルバート、俺の背後に入れ。ユキトは前だ」
「言われずとも!!」

 ベータさんは一足先に退避し、クリスくんは全面に翼を集中させる。ユキトはアスカの前に立ち塞がり、アスカはアルの服を引っ張って自分の背後に隠した。

 俺? 微動だにしないよ。悪霊だもの。

 轟音とともに火薬が弾け、瞬く間に俺の視界は黒く塗りつぶされた。
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