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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
ソフィの極秘調査6
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レイカの指でギリギリと頭を締められているシダレに詳しい事情を問い質すと、彼女は正座したまま次のように答えた。
ジィの気配を察知したシダレが慌てて身を隠すと、幸いにも彼はシダレに気付かないまま、封筒を部屋の外へと持ち出したらしい。どこへ持っていくかは知らないが、これは『向こう側』の情報を得るチャンスに違いない。そう思ったシダレは、これ幸いと再度尾行を開始したのだが、ジィはすぐに護衛が扉の前に居並ぶ皇城でも一際荘厳な部屋――皇帝の私室へと入ってしまった。
まさかと思いながら、シダレは皇帝の部屋の天井裏に忍び込み、事前にこっそりと拵えていた覗き穴(微小広角レンズ付き)から室内を観察すると、そこには封筒の中身と思しき資料を片手に話し込む皇帝とジィの姿が映っていたという。
「残念ながら話し声は聞こえなかったんですけど、この件には陛下も絡んでいると見て間違いなさそうですね」
はぁと残念そうにシダレはため息をつくが、彼女の言葉を真剣な面持ちで聞いていたソフィアは、シダレのとんでもない情報収集手段を耳にして、鈍い音とともに頭の回転が止まるのを感じていた。
「え? お父様の部屋に、穴……?」
「あ、以前に姫様が陛下の調査もしなきゃと仰っていたので、天井裏までのルートを確保して仕掛けておいたんですよ。盗聴器みたいな電化製品だとすぐバレちゃうんでレンズだけですけど、もちろん私的な利用は一切――ギャフン!!」
レイカの指が弾丸となってシダレの額で弾け、彼女は再び奇跡的な叫び声を上げる。
「ちょ、レイカ姉ひどい! せっかく備えが実を結んだのにぃ!」
「だから一発で済ませた」
温情だと言わんばかりにレイカが指をボキボキと鳴らすと、シダレはよく躾けられた犬のように口を噤んだ。
「父様の部屋に『覗き穴』なんて、バレたら大事よ……。まあ今回は仕方ないとしましょう。それで、その後はどうなったの? その資料は父様の部屋に?」
「あー、それがですね……。資料は結局典医さんが持ってっちゃったんですけど、彼、その資料を燃やしちゃいまして……」
「え? 燃やした?」
「はい。それはもう念入りに、灰になるまでメラメラと。人気につかないところでこっそりとやっていたので、割って入ることもできませんでした。そこまでして秘密にしたいことだったんでしょう」
「そう……」
残念ながら、といった様子でシダレはソフィアにそう報告する。
燃やしたということは、その資料は本当に誰にも知られたくないもので、しかももう他に見せる相手がいないということ。教授は父様にこの資料を見せたいがために、ジィに封筒を渡したということでまず間違いないでしょう。問題はその資料の内容が、情報統制に関するものか、そうでないか――。
「ありがとうシダレ。危険を冒してまで情報を手に入れてくれて助かったわ」
「感謝には及びません……と、言いたいところですが、少しだけご容赦頂いてもよろしいでしょうか」
ちらちらとシダレが憐れみを誘う目をソフィアへと向ける。相変わらずシダレの頭部はレイカの手のうちにあったので、それをどうにかして欲しいのだろう。ソフィアは頷いてレイカに声をかけると、彼女はため息をついて承知しましたと返事した。
「仕方ないですね。諸々を考慮して、2回で許しましょう……と、言いたいところですが、シダレ。残りは?」
「う゛っ」
問い質すようにレイカが言うと、シダレはギクリと身体を震わせる。
どうやらレイカは何かに気がついたらしい。
「レイカ、残りって?」
「資料の残りです。シダレは資料の撮影中に、典医の気配に気づいて隠れました。一部、未撮影の資料があるはずです」
ああ、そういうことか。確かにシダレはそんなことを言っていた。
「え、えっとー、それでも9割くらいは撮影したかなー……」
「本当に?」
「え、えー、目視で9割だからもしかすると実際は8割……いや7割かも……」
「……」
「……」
「う゛ぅ……、ごめんなさい、撮影できたの6割くらいです」
獰猛な肉食獣ばりの威圧感を放つレイカに、シダレは観念したようにそう白状する。
「じゃあ、4回プラスで6回ね」
「ひ、そんな殺生な! ――アバドン!!!」
レイカがガトリングガンのようにデコピンを放つと、シダレは悪魔の名を呼んで悶絶した。
思わずソフィアは額に手を当て、シダレが撮影した資料を読み始めるのであった。
「よく分からないわね……」
一通り資料を読み終えたソフィアは、眉根を寄せてそう言った。カメラの背面ディスプレイでは小さすぎてどうしようもなかったので、結局彼女はパソコンに画像を移し、大きなディスプレでそれを眺めている。
資料には意味のよくわからない単語がふんだんに使用されており、おそらくは何らかの報告書だと思うのだが、専門的すぎて理解するのが困難であった。結論のような文もあるにはあるのだが、背景が不明のためそれが結局どういったことに結びつくのかソフィアにはさっぱりである。
レイカの反応もソフィア同様首をひねるばかりで、シダレに至っては半ば気絶したように床に倒れてぐったりとしているため意見を訊くこともできない。自分のベッドを使っても良いと言ったのだが、それには及びませんとレイカが固辞した。自分には優しいレイカも、身内には厳しいんだなとソフィアは思った。
「そうですね。何かの報告書……ですかね? 教授の専門である生物関連のものでしょうか。薬のような単語もちらほら出ていますし……」
「そうね……。薬を投与――か。だとすると生物実験? レイジーのものかしら。けど、彼女はもうここには居ないはず……。一体何の生物を? 〈グレイジア-001〉,〈グレイジア-002〉,〈グレイジア-003〉, 何度も出ている〈グレイジア〉が名前かしら。レイカ、知ってる?」
「いえ、私も初めて耳にします」
「そう。……うーん。ただの研究報告だとすると、情報統制の証拠にはならないわね。なぜ教授がお父様にこれを送ったのか気になるけど……」
「姫様はレイジーさんのことを気遣っていました。陛下も研究自体はご存知ですので、一通りの資料を送ってもらったということは?」
「だとしてもこんなこっそりする必要はないわ。前にマグヌス准教授を呼び出したように、直接話を聞き出せばいいだけよ」
「それも、そうですね」
「資料に情報統制の手がかりはなし、か。とすると気になるのは秘密裏にこれを父様に送った理由と、もうひとつ……」
ソフィアは一枚目の資料をディスプレイに映し出す。資料には付箋が貼られており、おそらく教授本人のものと思しき筆跡で、「準備ができました」というメッセージが綴られていた。
「これ、ね。一体何の準備かしら」
「分かりません。が、陛下と教授の動向にはより注意するべきでしょう。何か動きがありそうです」
「そうね」
ソフィアは同意すると、カメラをレイカに渡した。もう資料から分かることは無さそうだし、持ち主であるシダレは未だに床で伸びているので、彼女に渡しておくのが無難だと思ったからだ。
レイカはカメラを受け取ると、シダレの元に歩み寄って彼女の頬を数回叩いた。それでシダレは目を覚ますが、彼女はレイカに首根っこを掴まれ、そのまま部屋の外へと連れ出されてしまう。どうやらレイカがこれからさらにお灸を据えるらしい。可哀想にとソフィアは思ったが、彼女らの家柄が少々特殊であることを思い出し、あまり口出しはしないことにした。
扉が閉まるときに外にいたラインハルトが不安そうにこちら見たが、「大丈夫よ」と声をかけると、安心とはいかないものの、気にしなくていいものなんだと判断したようで、彼は一礼して扉を締めた。きっと交代の時間が来るまで仁王立ちを続けてくれることだろう。
ソフィアは寝間着に着替えるとベッドに入った。先程少し休んだし、いつも休む時間よりは少し早いが、今日は肉体的にも精神的にもかなり疲れたので、身体が休息を欲していたのだ。
沈みゆくベッドの中で、彼女はぼんやりと思考を巡らせる。
結局、自分の父親が情報統制の元締めだったかは分からない。けれど、情報統制の「向こう側」の教授と不自然なやり取りをしているのは確かで、そのうえ何か始めようとしていることだけは分かった。そして、それを私達に隠していることも。
願わくば、それは私達を思ってのことであって欲しい。私や、国民達を想ってのことであって欲しい。
これまで見てきた父の面影をなぞるように、今の不安を過去の事実で覆い隠すように、彼女はそう願いながら眠りに落ちた。
彼女の信じる確固たる過去ですら、その願いを裏切るものであるとは露ほどにも思わずに。
彼女がその裏切りを知るのは数日後のことであった。それは「向こう側」の準備が終わり、ラッパが地平に響きわたるように、巻き戻せない事態が始まったことを意味していた。
彼女が極秘に調査をしなければ、その裏切りを知ることも無かっただろう。けれど、彼女は知ってしまった。知ってしまったらもう戻れない。なぜならば、残念ながらそこには線路が一本しかなかったからである。その電車に乗ったが最後、もう戻る選択肢は残されていないのだ。
始まりはまだ日常だった。辛うじて日常の範疇であった。
その日の朝、彼女は自分の兄が、苦痛に顔を歪めて倒れる瞬間を目撃した。
それは、まだ、辛うじて日常の範疇であった。
ジィの気配を察知したシダレが慌てて身を隠すと、幸いにも彼はシダレに気付かないまま、封筒を部屋の外へと持ち出したらしい。どこへ持っていくかは知らないが、これは『向こう側』の情報を得るチャンスに違いない。そう思ったシダレは、これ幸いと再度尾行を開始したのだが、ジィはすぐに護衛が扉の前に居並ぶ皇城でも一際荘厳な部屋――皇帝の私室へと入ってしまった。
まさかと思いながら、シダレは皇帝の部屋の天井裏に忍び込み、事前にこっそりと拵えていた覗き穴(微小広角レンズ付き)から室内を観察すると、そこには封筒の中身と思しき資料を片手に話し込む皇帝とジィの姿が映っていたという。
「残念ながら話し声は聞こえなかったんですけど、この件には陛下も絡んでいると見て間違いなさそうですね」
はぁと残念そうにシダレはため息をつくが、彼女の言葉を真剣な面持ちで聞いていたソフィアは、シダレのとんでもない情報収集手段を耳にして、鈍い音とともに頭の回転が止まるのを感じていた。
「え? お父様の部屋に、穴……?」
「あ、以前に姫様が陛下の調査もしなきゃと仰っていたので、天井裏までのルートを確保して仕掛けておいたんですよ。盗聴器みたいな電化製品だとすぐバレちゃうんでレンズだけですけど、もちろん私的な利用は一切――ギャフン!!」
レイカの指が弾丸となってシダレの額で弾け、彼女は再び奇跡的な叫び声を上げる。
「ちょ、レイカ姉ひどい! せっかく備えが実を結んだのにぃ!」
「だから一発で済ませた」
温情だと言わんばかりにレイカが指をボキボキと鳴らすと、シダレはよく躾けられた犬のように口を噤んだ。
「父様の部屋に『覗き穴』なんて、バレたら大事よ……。まあ今回は仕方ないとしましょう。それで、その後はどうなったの? その資料は父様の部屋に?」
「あー、それがですね……。資料は結局典医さんが持ってっちゃったんですけど、彼、その資料を燃やしちゃいまして……」
「え? 燃やした?」
「はい。それはもう念入りに、灰になるまでメラメラと。人気につかないところでこっそりとやっていたので、割って入ることもできませんでした。そこまでして秘密にしたいことだったんでしょう」
「そう……」
残念ながら、といった様子でシダレはソフィアにそう報告する。
燃やしたということは、その資料は本当に誰にも知られたくないもので、しかももう他に見せる相手がいないということ。教授は父様にこの資料を見せたいがために、ジィに封筒を渡したということでまず間違いないでしょう。問題はその資料の内容が、情報統制に関するものか、そうでないか――。
「ありがとうシダレ。危険を冒してまで情報を手に入れてくれて助かったわ」
「感謝には及びません……と、言いたいところですが、少しだけご容赦頂いてもよろしいでしょうか」
ちらちらとシダレが憐れみを誘う目をソフィアへと向ける。相変わらずシダレの頭部はレイカの手のうちにあったので、それをどうにかして欲しいのだろう。ソフィアは頷いてレイカに声をかけると、彼女はため息をついて承知しましたと返事した。
「仕方ないですね。諸々を考慮して、2回で許しましょう……と、言いたいところですが、シダレ。残りは?」
「う゛っ」
問い質すようにレイカが言うと、シダレはギクリと身体を震わせる。
どうやらレイカは何かに気がついたらしい。
「レイカ、残りって?」
「資料の残りです。シダレは資料の撮影中に、典医の気配に気づいて隠れました。一部、未撮影の資料があるはずです」
ああ、そういうことか。確かにシダレはそんなことを言っていた。
「え、えっとー、それでも9割くらいは撮影したかなー……」
「本当に?」
「え、えー、目視で9割だからもしかすると実際は8割……いや7割かも……」
「……」
「……」
「う゛ぅ……、ごめんなさい、撮影できたの6割くらいです」
獰猛な肉食獣ばりの威圧感を放つレイカに、シダレは観念したようにそう白状する。
「じゃあ、4回プラスで6回ね」
「ひ、そんな殺生な! ――アバドン!!!」
レイカがガトリングガンのようにデコピンを放つと、シダレは悪魔の名を呼んで悶絶した。
思わずソフィアは額に手を当て、シダレが撮影した資料を読み始めるのであった。
「よく分からないわね……」
一通り資料を読み終えたソフィアは、眉根を寄せてそう言った。カメラの背面ディスプレイでは小さすぎてどうしようもなかったので、結局彼女はパソコンに画像を移し、大きなディスプレでそれを眺めている。
資料には意味のよくわからない単語がふんだんに使用されており、おそらくは何らかの報告書だと思うのだが、専門的すぎて理解するのが困難であった。結論のような文もあるにはあるのだが、背景が不明のためそれが結局どういったことに結びつくのかソフィアにはさっぱりである。
レイカの反応もソフィア同様首をひねるばかりで、シダレに至っては半ば気絶したように床に倒れてぐったりとしているため意見を訊くこともできない。自分のベッドを使っても良いと言ったのだが、それには及びませんとレイカが固辞した。自分には優しいレイカも、身内には厳しいんだなとソフィアは思った。
「そうですね。何かの報告書……ですかね? 教授の専門である生物関連のものでしょうか。薬のような単語もちらほら出ていますし……」
「そうね……。薬を投与――か。だとすると生物実験? レイジーのものかしら。けど、彼女はもうここには居ないはず……。一体何の生物を? 〈グレイジア-001〉,〈グレイジア-002〉,〈グレイジア-003〉, 何度も出ている〈グレイジア〉が名前かしら。レイカ、知ってる?」
「いえ、私も初めて耳にします」
「そう。……うーん。ただの研究報告だとすると、情報統制の証拠にはならないわね。なぜ教授がお父様にこれを送ったのか気になるけど……」
「姫様はレイジーさんのことを気遣っていました。陛下も研究自体はご存知ですので、一通りの資料を送ってもらったということは?」
「だとしてもこんなこっそりする必要はないわ。前にマグヌス准教授を呼び出したように、直接話を聞き出せばいいだけよ」
「それも、そうですね」
「資料に情報統制の手がかりはなし、か。とすると気になるのは秘密裏にこれを父様に送った理由と、もうひとつ……」
ソフィアは一枚目の資料をディスプレイに映し出す。資料には付箋が貼られており、おそらく教授本人のものと思しき筆跡で、「準備ができました」というメッセージが綴られていた。
「これ、ね。一体何の準備かしら」
「分かりません。が、陛下と教授の動向にはより注意するべきでしょう。何か動きがありそうです」
「そうね」
ソフィアは同意すると、カメラをレイカに渡した。もう資料から分かることは無さそうだし、持ち主であるシダレは未だに床で伸びているので、彼女に渡しておくのが無難だと思ったからだ。
レイカはカメラを受け取ると、シダレの元に歩み寄って彼女の頬を数回叩いた。それでシダレは目を覚ますが、彼女はレイカに首根っこを掴まれ、そのまま部屋の外へと連れ出されてしまう。どうやらレイカがこれからさらにお灸を据えるらしい。可哀想にとソフィアは思ったが、彼女らの家柄が少々特殊であることを思い出し、あまり口出しはしないことにした。
扉が閉まるときに外にいたラインハルトが不安そうにこちら見たが、「大丈夫よ」と声をかけると、安心とはいかないものの、気にしなくていいものなんだと判断したようで、彼は一礼して扉を締めた。きっと交代の時間が来るまで仁王立ちを続けてくれることだろう。
ソフィアは寝間着に着替えるとベッドに入った。先程少し休んだし、いつも休む時間よりは少し早いが、今日は肉体的にも精神的にもかなり疲れたので、身体が休息を欲していたのだ。
沈みゆくベッドの中で、彼女はぼんやりと思考を巡らせる。
結局、自分の父親が情報統制の元締めだったかは分からない。けれど、情報統制の「向こう側」の教授と不自然なやり取りをしているのは確かで、そのうえ何か始めようとしていることだけは分かった。そして、それを私達に隠していることも。
願わくば、それは私達を思ってのことであって欲しい。私や、国民達を想ってのことであって欲しい。
これまで見てきた父の面影をなぞるように、今の不安を過去の事実で覆い隠すように、彼女はそう願いながら眠りに落ちた。
彼女の信じる確固たる過去ですら、その願いを裏切るものであるとは露ほどにも思わずに。
彼女がその裏切りを知るのは数日後のことであった。それは「向こう側」の準備が終わり、ラッパが地平に響きわたるように、巻き戻せない事態が始まったことを意味していた。
彼女が極秘に調査をしなければ、その裏切りを知ることも無かっただろう。けれど、彼女は知ってしまった。知ってしまったらもう戻れない。なぜならば、残念ながらそこには線路が一本しかなかったからである。その電車に乗ったが最後、もう戻る選択肢は残されていないのだ。
始まりはまだ日常だった。辛うじて日常の範疇であった。
その日の朝、彼女は自分の兄が、苦痛に顔を歪めて倒れる瞬間を目撃した。
それは、まだ、辛うじて日常の範疇であった。
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