サンスティグマーダー

どるき

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空の姫と水の姫

手打ち

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 ミオからあふれる鮮血が裸のヒメノに化粧を施す。
 赤く染まる自分の肌を見てようやくシラフに戻ったとでも言うべきか。
 戦いの熱に酔った様子で殺すか殺されるかで判断していたヒメノは、ようやく顔見知りになった女性ですら躊躇なく手にかけたことを自覚した。

「わたしの負けだぜ。だからこれ以上は見逃してもらえないかな、ヒメノちゃん」

 相手が今朝まで仲良く王都を目指していたミオだと自覚すれば理性で青ざめるかと思っていたヒメノだが、結局のところ「殺すと決めた相手を殺そうとするなど当然のことに過ぎない」と冷静な野生が勝る自分を「奴らに負けず劣らず歪なのかもしれない」と心のなかで己を笑う。
 そんな彼女の耳に降参を宣言したミオの声が届いた。
 まだ息があるのかと思いながら目線を向けたヒメノの目に肩を矢で裂かれたミオの姿があった。
 ミオは咄嗟に刀を放してヒメノの手を取り突きの軌道をそらしている。
 このおかげで喉への直撃を回避していた。

「ワン!」

 ミオの降参に対して先に反応したのはキジノハ。
 その鳴き声は「それ以上はやめておけ」とヒメノを諭しているかのように彼女には聞こえた。

「わかったよキジノハ」

 ヒメノが体の力を緩めると、傷ついていない右手の力でミオは彼女を突き放す。
 距離をおいたことを交渉成立と捉えたミオは傷口を右手で抑えると、怪我を癒やすための活気の術を発動させた。
 あれだけ深い傷跡だったのにも関わらず、早くも塞がりだすミオの傷口。
 だが彼女の精気が目に見える早さで消耗されているのをヒメノも感じ取った。

「ありがとうヒメノちゃん」
「礼ならキジノハに言ってください。彼が鳴かなければボクは止まらなかったよ」
「ならありがとうね、キジノハ」
「それといくら降参したからって、このまま何もせずに返すわけには行きません。アナタが持っているサンスティグマを差し出してください。それがボクがアナタを見逃す条件ですよ、ミオさん」

 ヒメノもギリギリの状態なのでハッタリに近いわけだが、それでも肩の傷を治療している影響で弱体化したミオを攻撃するのには充分。
 完全にヒメノがこの場をつかんでいた。

「それはできない相談だって。いまわたしがこれを失ったらわたしと彼は間違いなく死ぬ。それじゃあ見逃したとは言えないぜ」

 彼とはヒメノの鉈が首筋に刺さって虫の息になっていたアルスのこと。
 ミオも親身にしている幼馴染の命は惜しいということだ。

「それは困ります。ボクの目的は奴らを潰してサンスティグマをすべて回収することで──」
「でもわたしの申し出は受け入れたくないんでしょ? だったらこうしようじゃないか。わたしとアルスくんは内通者としてヒメノちゃんに情報を流すから、代わりにわたしたちは互いにできる限り不可侵にする。そういう取り決めならいいかな? それに最後の最後で他の四聖痣を倒したあかつきには、わたしの持つ水のサンスティグマもヒメノちゃんに差し出すよ」
「お、おい……ミオ……」

 ミオが代わりに出した条件は、自分とアルスがスパイとしてヒメノの協力者になること。
 ヒメノはそこまで言うのならと納得する様子だが、これに狼狽えたのは虫の息なアルスだった。
 ミオが父オクチョウとの因縁で、カグラとアポトーという四聖痣の二人に復讐心を持っていることをアルスは知っている。
 だが四聖痣最後の一人であるシロガネとも、ここまでしたら最終的に敵対関係になるのも目に見えていた。
 恩師としてミオがシロガネを敬愛していることを知っているからこそ、アルスはそんな決断をしたミオに「それでいいのか」と訴える。

「喋っちゃダメだよアルスくん。それにわたしは風の読心術も使えるから、何が言いたいのかも言われずともわかってる。流石にシロ様とは極力戦いたくはなかったけれど、キミの命との両天秤ならばこっちを選ぶぜ。こうして目の前で死なれそうになって初めて決断できるあたり、わたしもダメな女だとは我ながら思うわけだけどさ」
「そ……」(それって?)
「まあ続きは二人っきりになってから。それまでお預けだよ、アルスくん」
「……」(わかった)

 ヒメノはミオたちのやり取りを見て、それだけアルスという仲間がミオに取って特別なのだろうと察した。

「仕方がないですね」

 仇としか思っていなかったサンスティグマーダーの人間にほだされるとは思いもしなかった。
 そんな顔で答える「仕方がない」は無論イエスの意味である。

「ありがとう。でも気を許すのはわたしだけにしておいてね。他の構成員にわたしみたいに他人に甘いやつはいないからさ。わたしが言えた義理じゃないかもしれないけれど、身内に甘くても他人には厳しいクソ野郎ばかりだからさ」
「わかりました」
「それと……その格好じゃ不味いでしょ」
「え?」

 不味いとは何がと小首を傾げたヒメノは、ようやく自分が裸同然の姿であることを自覚して顔を赤らめた。

「今更気がついたんだ。おっちょこちょいなんだから」
「うっ!」

 ヒメノをからかいながらミオは右手の指の形で印を組む。
 するとヒメノの脇腹に一瞬だけ刺さるような激痛が走ったあと、しゅるしゅると吸い寄せられたミオの返り血がヒメノの左脇腹にうっすらと浮かんでいた痣を濃いものに変えると共にヒメノの体の汚れを取る。
 何をされたのかと困惑するヒメノに向かって地面に置いていた鞄から一着の服を投げると、ミオは続けて出したタオルにアルスを包みつつ、彼に刺さっていた鉈を取り除いてヒメノに返した。
 活気による治療がある程度進んで血管の損傷が解消されたことで鉈を動かしても問題がなくなったようだ。

「サンスティグマそのものは渡せないけれど、代わりに痣を刻んでおいたよ。ヒメノちゃんのセンスの良さなら、活気くらいはすぐに身につくんじゃないかな」

 ミオは大柄なアルスを抱えると、ヒメノが目指す王都とは真逆の方向に踵を返して背を向ける。
 この場はこれでお別れ。
 そういう意味合いをヒメノに向けて背中で語った。

「またね」
「はい」

 そのまま手も振らずに山を降りていくミオ。
 彼女の背中を見送りながら渡された衣服にヒメノは早速着替えるのだが、過激な衣装に赤面するのはもう少し先の話である。
 それと男二人の死体をヒメノは林の中に埋めたわけだが、その際の気分は仇の仲間の遺体とはいえ気分がいいものではなかった。
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