サンスティグマーダー

どるき

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聖痣の姫とドックウッド家

朝稽古

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 初日はこれから世話になる使用人たちへの顔合わせということもあり夕飯や湯浴みの時間は淡々と過ぎていく。
 ヒメノも早く床について鶏の声に起こされた翌朝、運動に適したタンクトップとホットパンツに着替えて軽い朝食を済ませたヒメノは約束の時間よりも少し早めに中庭に出た。
 訓練で使うのはしなりが強いゴルゴムの木で作った木刀。
 木刀同士で撃ち合う場合には固く、人体のような柔らかいモノに当たる場合はしなって威力を軽減する、組打ち稽古に適した武器だ。
 思えばヒメノは猟師なので刃物の扱いは鉈で慣れ親しんだ我流。
 こうして真っ当な剣術を学ぶのなんて初めてのことである。

「おはようございます」

 ヒメノが中庭についた時点で既にガクリンは柔軟体操をしており、昨日と変わらずメイド服姿のアズミは彼を手伝っていた。
 他には昨日の様子が気になって早起きをしてきたゲートミルの姿もあり、早めに来たつもりのヒメノは出遅れた形である。

「おはようヒメノ」
「おはようございます。早速ですが稽古の前にしっかりと準備運動を行ってください。怪我をしたら稽古になりませんので」
「どれ、暇だから俺が手伝ってやろう」
「お願いします、ゲートミルさん」

 約束の7時まではガクリンはじっくりと体をほぐすのに時間を使い、ヒメノもそれに合わせて柔軟体操を続けたことで汗ばむ。
 そんな人によっては艶やかと感じそうなヒメノの姿に向けるアズミの目線にはだいぶキツいものがあった。

(あんなに肌を見せた格好をして破廉恥な女だ。ガクリン様の眼に毒よ)

 自分が露出の少ないメイド服というのもあり半袖半ズボンのヒメノをアズミは色仕掛けだと認識してしまうのも無理もない。
 無自覚だからこその意識の差はまだ打ち解けていないアズミの心の中で黒く燃える。
 稽古という場を借りて徹底的にへこませてやろう。
 そのまま田舎に逃げ帰ってほしい。
 そんなつもりだ。

「まずは俺らが組打ちをするからヒメノは見学していてくれ」

 まず最初に行う組打ちは打太刀と仕太刀に別れた型稽古なので素人のヒメノは混じっても邪魔になる。
 その意味で見学しろと言うガクリンの言葉を聞いたアズミは邪魔者が混じらないことに口元が少しだけ緩んだ。
 最初の型は上段打ちに対しての返し。
 そこから次は返し技のさらなる返しをこなすと打太刀の攻撃を変えて型を切り替える。
 上段、袈裟、脇構え、足払いの4パターンとそれぞれの逆、そして突きを加えた9種類の型を一周するごとに打太刀と仕太刀を交換して最初から。
 ガクリンとアズミでお互いに2回ずつ繰り返すころには1時間が経過していた。
 見学していたヒメノは初めて見る剣術に頭が追いつかず混乱中。
 型の手順なんて覚えられる気がしない。

「そろそろ休憩にしよう」
「かしこまりました。では塩茶をたてましょう」

 塩茶とは稽古中の脱水症状対策として近衛騎士団で愛飲されている塩と少量の蜂蜜を混ぜたお茶のこと。
 休憩に入りタオルで汗を拭うガクリンのために塩茶を厨房までたてに行くアズミは「教わる立場なのだから手伝うのが礼儀」だと言ってヒメノを厨房に引っ張り手伝わせるついでに塩茶の作り方を彼女に教えた。

「明日からはヒメノさんが塩茶をたててください。私とガクリン様が教習所に行く日でもアナタはアナタで稽古をするのでしょう? これくらい自分で作れるようになってもらわないと困ります」
「わかりました」

 剣術の型はさっぱり理解できていないヒメノだが、職業柄それなりに料理には親しんでいるヒメノにとってはこちらのほうがわかりやすい。
 これには田舎者には覚えられないだろうと小馬鹿にするつもりでいたアズミも素直に認めざるをえないほどヒメノの手際も良い。
 まあ配分さえ間違わなければ難しいものではないのだが、かつてのアズミは料理を苦手にしていたので、一目で覚えたヒメノは料理上手に見えて少しヒメノを見直す結果になった。
 塩茶をたておえた二人が大きなヤカンいっぱいに入ったそれを中庭に運ぶと、たて終わるまで10分少々我慢していたガクリンは飛びついてゴクゴクと一気に飲み干す。
 続いて同じく喉が乾いてメイド服の中は汗だくであろうアズミは可愛らしくコップを持ちつつも飲む速さはガクリンにも負けず劣らず。
 最後にまだ本格的には動いていないヒメノは初めての塩茶の味を確かめるようにゆっくりと飲んだ。

「そろそろヒメノさんの稽古に入りましょう。今日のところは私に向かって、好きなように打ち込んでみてください」
「つまりボクの方からさっきのお二人みたいに打てば良いんですか?」
「いえ、型なんて気にせずにアナタの好きなように。型をしらない人間が型稽古に手を出しても逆に危険なので、ヒメノさんの場合は最初からゴルゴムの木刀を生かした実践形式で鍛えてあげましょう」
「了解」

 いよいよアズミが胸を貸してくれるのか。
 この時点ではガクリンよりも彼女を本命だと見ていたヒメノは早速おとずれた腕利きと手合わせをして強くなる機会に心を躍らせていた。
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