サンスティグマーダー

どるき

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聖痣の姫とドックウッド家

アズミ・シリーグッド

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 休憩も一段落ついたところで今度はヒメノとアズミが組打ちを行うこととなり二人は中庭の中央で向かい合う。
 アズミはメイド服がミスマッチにさえ思える背筋がピンと伸びた正眼で、剣術などからきしのヒメノは剣先を水平に構えた片手持ち。
 つまり鉈で戦うときと同じである。

「ボクも同じ構えのほうがいいですか?」
「さっきも言ったようにお好きなように。アナタの場合はその構えのほうが慣れているようなので」
「ちなみにこれ……当たったら結構痛くないですか? 普通の硬い木刀よりはマシそうだけど」
「多少は我慢してください。痛くなければ覚えませんし、少しでも痛みを和らげたければ素肌を晒すべきじゃないだけですよ、ヒメノさん」
「その格好で言われたら言い返せないや」

 その格好とはもちろんアズミのメイド服。
 長袖とロングスカートで生地も厚手なので、激しい運動で汗をかいた状態でこの服装は暑すぎると奇妙な目で見ていたヒメノも納得の防御力であろう。

「では今日のところは痛くしても勉強代と思ってください。私も手加減しませんので」
「望むところ」

 アズミは開始の合図代わりに木刀を下段に構えて誘った。
 ヒメノもジリジリと横に動きながら間合いを取り攻撃を仕掛ける隙をうかがう。
 型稽古と異なり何処から攻めてくるか決まっていないのでアズミはヒメノの挙動を注視し、ヒメノは何処ならば攻められるのかアズミを注視した。
 今のところ待ちの構えを取るアズミがヒメノの攻撃を待っているわけだが、乱取りということはいつでも逆転することでもある。

(何処からなら攻められるだろうか? 型を知っていればセオリーがあるんだろうけれど、さっき見た稽古の型通りに動いても逆に読まれそうで難しい)
(臆病者。来ないのならこっちから攻めてやる)

 攻めあぐねるヒメノに焦れるアズミは逆に自分から攻める。
 突き出したヒメノの右腕を狙った脇構えからの切り上げ。
 アズミの踏み込みを見て手を引かなければそのまま手首に当たっていたであろう。

(踏み込みに警戒して手を引いていなかったら当っていた)
(切り返さないということは避けるだけで精一杯のようですね。このまま攻め続けさせていただきましょう)

 ヒメノはアズミの攻撃に反応して避けることができたわけだが避けるがままで追撃しない。
 それを攻め時とみたアズミはすかかず振りかぶってヒメノの額に狙いをつけた。
 左手を添えてヒメノもそれを防ぐわけだが、力強く打ち付けられらアズミの切り落としがヒメノを地面に押し付ける。
 グググと押し込まれたヒメノの動きは止まる。

(やっぱりちゃんとした剣術を学んでいる相手には素人じゃ歯が立たないのかな)
(このまま押し潰せるのならそれで終わり。だけど動こうモノならそれこそ詰みね)

 ヒメノの次の手を探りつつも体重をかけて押していくアズミは有利に立っていた。
 アズミは剣先にこめる力がガクリンよりも強く、昨日ヒメノが「主人であるガクリンよりも実力が勝る」と感じた直感の答えもコレである。
 ここまで素人剣術で戦っていたヒメノもこのままでは手も足も出ずに負けると悟り、ではどうすれば勝負になるかと意識を切り替えることにした。
 ここまでヒメノは剣術の稽古ということでサンスティグマの力を意図的に外して学ぶことに徹していた。
 なまじサンスティグマが異能の力と言うことで、無能力者が相手の組打ち稽古で使用することへの抵抗感もあった。
 だがそのままのヒメノでは弱すぎて稽古にならない。
 いくら猟師としての知恵と経験があるとはいえ、異能の力を取り除いたヒメノは武術の嗜みなどない16歳の小娘にすぎないからだ。
 空のサンスティグマを得て同じく痣を持つ暗殺者を相手にしても対等以上に戦ったことで心の中に潜んでいた慢心を見つけたヒメノは考えをあらためた。

「はぁっ!」

 気合を入れたヒメノの右腕と左脇腹が熱を帯びた。
 体中の精気が体の表面を潤滑しヒメノの体の感覚を鋭敏にしていく。
 特に差が出たのは精気を感じ取る第六感。
 これまで脆弱だったそれはミオに刻まれ水の痣が空サンスティグマと連動したことで先日の戦いのときよりも遥かに鋭い。
 その新たな感覚で見たアズミの体は木刀に集まった精気が彼女の頭と五体をつないで循環している。
 これがアズミを始めとした近衛騎士団式の剣術において重視される先読みの理屈。
 痣の力を用いずに剣術修行の延長線として、特殊能力とまでは言えないまでもアズミは精気を操っていた。
 この循環する精気が剣を通して触れている相手の動きを読み取って次の行動を最適化する。
 素人から見れば手品のような見切りにも異能的なカラクリがあるわけだ。
 ではこの先読みを潜り抜ける方法はあるのか?
 その答えをヒメノは示す。

(急に気が膨れ上がった!?)

 掛け声とともにアズミの木刀を跳ね除けるヒメノ。
 その体が発する精気の奔流に戸惑いつつもアズミは次の動きを読んでいた。
 跳ね上がった木刀から左手を離したヒメノが狙ったのはアズミの左腕。
 それを予測したアズミも左腕を柄から離して引き攻撃を躱した上で右腕も持ち上げて木刀を背に隠した。
 この動きでヒメノが左腕に続いて狙った右腕も空振りとなり、それでもヒメノはガラ空きとなった胸元を突こうとする。
 サンスティグマの力で操る精気が肉体に及ぼすブースト。
 その身体能力を持って実現している素早い動きもアズミの見切りの前ではまだ及ばない。
 背中で左腕に持ち替えた木刀がそのままヒメノが喉を捉えるよりも先に彼女の腹を穿つ。

(素人にしては良い動き。だけどまだ無駄が多い!)

 ヒメノが木刀を押しのけた時点で読み切っていたアズミの決め手。
 突きなのでいかにゴルゴム製の木刀でも随分と痛いその攻撃。
 だが──

(間に合う!)

 思考のアクセルを踏みつけたヒメノにはそれが見える。
 左腕の木刀がアズミの背面迫るのを見てからの反応で胸元への攻撃を迎撃に曲げて突きを弾いた。
 「カン!」という乾いた音が鳴り響いてアズミの左腕が開く。
 そのままアズミの左手前に踏み込んだヒメノはアズミの左肩を斬りつけた。
 ついに精気の放出によって加速したヒメノの動きがアズミの先読みを超えた瞬間である。

「ごめんなさい」

 勝負がつくとヒメノはアズミに謝った。
 それは木刀で斬りつけた痛みを気遣ったものではなく、斬られたあとのアズミの姿に理由がある。
 アクセルを踏み込んだヒメノは加減が効かなかったのもあり、綺麗に決まった一撃がアズミのメイド服を裂いていたらだ。
 ポロリと溢れた乳房はヒメノと比べてもだいぶ大きくて、どうやらアズミはメイド服で着痩せしているようだ。

「心配は要りませんよ。この程度はよくあることですので」
「だけど服が……」
「本当にお気になさらず。それよりも、まさかいきなり一撃を入れられるとは驚きました。最初こそ素人丸出しだったのにいきなり変わって……随分と筋が良いですね」
「そうそう。俺も驚いたよ」
「ガクリン様!?」
「だから今度は俺が相手をしてやるよ」
「ガクリン様のお手を煩わせることはありません。次は遅れを取りませんから」
「いいから、いいから。アズミはとりあえず裂けた服を縫って一休みをしていろよ。型稽古のあとの休憩が足りていないから一本取られたんだろうし」
「か、畏まりました」
「ではやろうかヒメノ。それとも……もう少し休憩してからにするか?」
「平気です」

 アズミと交代する形で前に出たガクリンの休憩は充分なのだろう。
 息も整って余裕のある態度である。
 その佇まいからは昨日の初見では感じられなかった秘めた力をヒメノも受け取る。
 このプレッシャーならばアズミが彼に畏まっていたのも当然。
 主が使用人より弱いはずがあろうかと言うことか。

「始める前に言っておくけれど、俺は叔父上の手紙を読ませてもらっているからキミがどういう力を持っているかも知っている。だからアズミのときのように遠慮せず、そのサンスティグマとやらを本気で使って見せてくれよ」
「良いんですか? 結構危険な力なんですが」
「まあ、死なない程度には抑えてくれないと稽古にならんけどな。コレくらいは流石に言わなくても普通わかるでしょ」
「そういうことなら」

 結局アズミが相手のときも術以外の力は使っていた。
 それを見た上でサンスティグマの力を見せろということは、当然ながら術も使ってみろと言う意味。
 今のところヒメノが考案している術はオバタを出たあとに考案したもので、手紙を送ったダイサクには知るすべもないこと。
 だがガクリンは先ほどの組手を一目見て、更に上があると見抜いていた。
 その洞察力は元近衛騎士団長の息子に相応しい。
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